何度目だろう、ダムは大きさだけじゃない、と気づいたのは
1週間イギリスに行ってきた。目的はダムめぐりである。
イギリスにダムのイメージはあまりないかも知れない。しかし行ってみると、世界中どこを探してもこれほどの場所はそうないだろう、と言える理想郷がそこにはあった。控えめに言って最高すぎた。 ガイドブックにはほとんど載っていないので、紹介します。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
個人サイト:ダムサイト
前の記事:「回転する船のリフト「ファルカーク・ホイール」に乗ってきた」 人気記事:「お祖父さんが作ったドールハウスが泣けるほど昭和の住宅だった」 10年越しの約束の地もう9年も前になるけれど、ダムを見てまわるために初めて1人で海外に行った。日本のダム好きとして、世界を肌で感じて来るのだと、野茂や中田と(たぶん)同じくらいの意気込みで向かった場所はスイス。なぜなら治安が良さそう、片言の英語だけでなんとかなりそう、観光立国なので海外初心者に優しそうなど、野茂や中田と比べるにはおこがましい消極的な理由もあったけれど、いちばんの決め手は「狭い地域に世界屈指の巨大ダムが密集している」ということだった。
日本最大の黒部ダムより60m以上高いスイスのMauvoisinダム
九州と同じくらいの面積と言われるスイスには、険しいアルプス山脈の地形を生かし、そこに降る雪から融けた水を使うため、ヨーロッパを代表するダムがゴロゴロしているのだ。やはり若いうちに世界の頂点を見たいと思ったし、いまでもあのときスイスに行って良かったと思う。
当時世界最大のコンクリートダム、Grande Dixenceダム
ちなみにそのときの模様は以下の記事でどうぞ。
スイスのダムめぐり(前編) 世界一のコンクリートダムを見てきた ジェームス・ボンドがバンジーしたダム でも実は当時、初の海外ダムめぐりに行く場所を決めるときに、スイスと最後まで迷っていた場所があった。それが今回行ってきたイギリス、もっと詳しく言うとウェールズのエラン・バレーである。 エラン・バレーには、イギリス第2の都市バーミンガムに水を供給するため、数キロ四方ほどのエリア内に5ヶ所のダムがある。そのほとんどが19世紀末から20世紀初頭にかけて建設された。築100年以上という、コンクリートダムとしてはたいへんに歴史深い物件である。 ネットなどで調べる限り、ひたすら巨大なコンクリートダムが林立するスイスとは対照的に、エラン・バレーのダムは大きくはないものの、バッキンガム宮殿やビッグベンのような、大英帝国の歴史と伝統が刻まれた趣深い雰囲気が感じられた。海外に行くとき、華やかなリゾートを満喫するか、歴史ある旧市街をのんびり散策するか、誰だって迷うだろう。ダム好きも同じで、さんざん悩んだ挙句、「まずはでかい方から」という理由でスイスにしたのだけど、エラン・バレーもずっと心に残っていたのだ。
というわけで、およそ10年越しの願いを叶えてきたのである。相変わらず前置きが長い。 Caban Cochダム今回のダムめぐりは、バーミンガム空港からレンタカーを借りてスタートした。エラン・バレーまでは車でおよそ2時間30分(ヒースロー空港からだと約4時間)。入国手続きとかレンタカー受け取りとか初めてのイギリスドライブなど、もろもろ苦戦しつつ、冷や汗びっしょりになりながら何とかエラン・バレーに到着。
この看板が出てきたときの胸の高鳴りと言ったらなかった
エラン・バレーはダムだけでなく、果てしなく広がる美しい丘陵地帯の景色も見どころ。ハイキングやサイクリング目的の人も多く(というかダムだけが目的の人はいないと思う)、観光案内と土産物店、ダム建設の歴史の展示施設、そしてカフェがひとつになったようなビジターセンターが建っていた。そしてその奥にそびえるのは、エラン・バレーダム群のいちばん下流に位置するCaban Cochダムである(ちなみにダム名の正確な読み方が分からないので現地表記のままで書きます。たぶんここは「カバン・コッホダム」だと思うけど、このあともっと読めない名前のダムが出てくる)。
これが見えた瞬間、僕は勝利を確信
Caban Cochダムはこのあたりで最初に着工されたダムで、高さ37m、幅186mの重力式コンクリートダム。スペックだけ見れば、このためにわざわざ12時間も飛行機に乗って行ったのか、と思うであろう極小型のダムである。
これを目当てに日本から来ました
モザイク模様のように石が積まれて生み出された、巨大な越流部。すごい、こんなダム見たことない。もっと近くで見たい。ずっと見ていたい。40歳過ぎてもこんなに胸が高鳴るのだと気づいた。
もっと近づいて見たい
僕も同じビブス着てそこに行きたい
完全に一目惚れである。たぶん現地の人々には、瞳孔と口が開きっぱなしの東洋人が、脇目も振らずダムに吸い寄せられて行くように見えたのではないかと思う。
ほんとうに来て良かった
この堤体、全部が石積みのようだけど、中まですべてそうではなく、外枠として石を積み、中にコンクリートを流し込んだ粗石コンクリートダムという工法だ。
石積みダムの構造についてはこの記事をどうぞ。 ローマ時代のダムを造ってみた しかし、目を引くのはその石の形や積み方だ。これまで見たことのある日本の粗石コンクリートダムはほとんどが同じ大きさ、同じ形に切り揃えられた石が積まれていた。 日本で最初の粗石コンクリートダム、布引五本松ダムも
日本で2番目に造られた本河内低部ダムも
4番目に登場した立ヶ畑ダムも規則正しい石積み
しかし、このダムの石の大きさはバラバラだ。いや、一見バラバラのように見えて、よく見ると横のラインは揃っているから、厚さは3種類くらいに揃えられているのかも知れない。でも幅はさまざまで表面の凹凸も大きい。詳しいことは分からないけれど、いわゆる英国式石積みの要素があるような気がする。
とにかくこんな複雑な模様の粗石コンクリートダムはこれまで見たことがなかった。 さまざまな大きさの石が積み上げられている
帰ってからダムの専門家の方に訊いたところ、あくまでも予想としながら、当時既に産業革命が起こっていたイギリスではダム建設にも蒸気機関が使えたため(同時代の日本はまだ人力)、大きい石を蒸気クレーンで設置し、その間に小さい石を人力で設置することで作業効率を上げていたのではないか、とのことだった。つまり100年前の最先端工法だ。
表面の凹凸は、流れ落ちる水の勢いを少しでも抑えるために、白波を立てる効果を狙っているという。日本の粗石コンクリートダムは表面を滑らかに仕上げ、その下に滝壺のような池を作って勢いを抑えることが多い。これはもう美的感覚や力学的な考え方の根本からの違い、と言えそうだ。 上の方に2列に並んでいる突起も白波を立てて勢いを抑えるためらしい
また、放流設備の縁取りや堤体上部の柱まわり、横の斜面と接する部分など、とにかく石を自由自在に使いこなして美しく並べている。石積みマスターのドヤ顔を感じる仕上がりだ。
放流設備の縁取りとか角度が変わる部分とかの見事な石使い
堤体のすぐ下にはこんな橋が架かっている
その橋のたもとには発電所の建物が
Caban Cochダムのすぐ下流に架かっている橋を渡って遊歩道が伸びている。ダムの上まで続いているようなので行ってみることにした。
遊歩道の坂を上がってダムの上に来た。ここも石使いがすごい
越流してるところも見たいけどその場合堤体が見えないというジレンマ
下流方向を見たところ。右奥の屋根のところがビジターセンター
ダムの上に登ってくると、貯水池に沿って細い道が続いていた。ここを上流に向かって歩いてみる。
上流に向かって道が続いている
だんだん細くなってやや不安だけど進む
やがて道がなくなり焦るけどさらに上流へ
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