会社が社員を「売る」という驚きの第1号となった。
日本にも導入された「司法取引」が初めて適用された事例のことだ。タイの発電所建設をめぐる贈賄事件で、東京地検特捜部が大手発電機メーカーである三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の元役員ら3人を、外国公務員に贈賄した不正競争防止法違反の罪で在宅起訴したのだが、MHPSは法人として起訴されるのを免れるために「司法取引」し、元役員らの不正行為の捜査に協力したのだという。
元役員らは建設資材の荷揚げに絡んで、タイの港湾当局の公務員に約3900万円の賄賂を支払ったとされる。内部告発をきっかけに社内調査を進めたMHPSが不正を把握。会社自らが東京地検特捜部に申し出て、捜査に協力した見返りとして、不正競争防止法による会社への刑事訴追を免除された。会社が訴追されれば、多額の罰金を科される可能性があった。
もともと「司法取引」が導入された目的は、企業や組織の犯罪捜査で、社員などを免責する代わりに「巨悪」をあぶり出すことにあった。社員などに責任を押し付けて、会社や幹部が逃げ切ることを避けるのが狙いだ。ところが、この第1号案件では、会社という法人組織を守るために、役員個人が処罰されるという想定とは逆の「取引」になった。会社を守るために個人を犠牲にする形になったのである。
さっそく日本経済新聞は社説で、「この取引は腑に落ちない」と疑問を呈した。「証拠が得にくく、摘発例が少ない外国公務員への贈賄行為を立件したという点では、制度は一定の役割を果たしたと言えよう」と評価する一方で、司法取引の結果、会社が訴追を免れ、個人だけが刑事責任を負う形になったことに割り切れなさを感じたのだろう。
賄賂を渡す指示をした役員らは、「会社のため」に罪を犯したのであって、「個人の利益」を求めたわけではない。会社もそれが分かっているから、厳しく罪を追及することはない。仮にバレて逮捕されても、会社は生活の面倒ぐらいはみてくれる。日本には伝統的にそんな考え方があった。社会も「会社のため」に働いた罪には寛大だった。
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