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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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初依頼-4

 モンスターが最も出現する場所で人となじみの深い場所は森だ。森はめぐみをふんだんに持つ一方で、人の支配領域ではない危険な場所でもある。現代の日本のように明かりが氾濫している世界とは違い、光源となるものの価値が高いこの世界においては、光が届かない領域はモンスター達の支配する領域なのだ。ダンジョンしかり、洞窟しかり、夜しかり、森しかり。

 これはモンスターの方が夜目が利くことが1つの要因だ。人は暗闇の中動くのは困難を極めるが、モンスターは然程苦にならない。

 両者が出会い、戦闘行為に移行することを前提に考えれば、光の届かない場所に入り込むということがどれだけ危険な行為かは理解してもらえるだろう。

 森に関していえば太陽が昇っているうちでも、木々の梢が日差しを遮り、闇を作り出すことは非常に多い。そのため、危険度は草原に比べれば高い。木々がさほど密集して無い場所なら良いのだが、原生林は光が入り込まずいつでも暗い。



 そんなわけで森を迂回するように距離をとりつつ、一行は草原を歩く。草原といっても草の高さは最大で15センチ程度、さほど足運びに苦労する高さではない。

 一行の先頭に立ったレンジャー――ルクルットは草原を踏み分けた足跡がないか、森から何かが出てこないかに時折注意を払っている。今日の探索が終わったら街へ帰還する予定である分、真剣さがいつもの数段増しだ。

 他の3人、魔法使い――ニニャ、ファイター――ペテルとドルイド――ダインはのんびりと周囲を見渡す程度、真剣さはルクルットに比べ非常に薄い。これはルクルットを信頼しているという胸の現われなのだろう。

 ジリジリと肌を焦がすような太陽光を一行は背負いながら、黙々と歩く。既に朝露が残る時間は過ぎており、革靴には草を潰した際の微かな汁が付く程度だ。

 そのままどれだけの時間が経過したか。


「伏せろ」


 突如、ルクルットのさほど大きくは無いが、緊迫感をたぶんにはらんだ声が飛んだ。ルクルットが声を上げたことに対する状況の変化を確認をせずに、すぐさま全員ルクルットに従って草原に横になった。パーティーの目であるルクルットの発言は、警戒時には最も強い力を持っている。


《グロウ・プラント/植物成長》


 ダインの魔法の発動にあわせ、一行の周囲の草が伸び、うつ伏せに隠れた全員の姿を覆い隠す。

 近寄られれば一部の植物が伸びていることを疑問に思うだろうが、距離が少しでも開けばよほど優れた知覚力を持っていなければ、気づくのは困難に近い。モモンは伸びた植物でも隠せないため、ゆっくりと背負子を隣に転がす。


「どうしました?」


 ペテルが緑の布団を掻き分けながら匍匐前進をし、ルクルットに並んだ。ニニャ、ダイン、遅れてモモン。


「あれだよ。あれ」


 ルクルットが指差す方角。モモンは伸びた草を掻き分け、隙間から覗く。距離にして200メートルほどだろうか。そこにはちょうど森から外に出てきたモンスターの一行がいた。

 小さな、子供ぐらいの身長をした生き物が12。それに取り囲まれるように巨大な生き物が2体。


 前者の小さな生き物は2日前にも遭遇し掃討した。

 それはゴブリンと呼ばれる亜人種だ。


 潰れた顔に平べったい鼻を付け、大きく裂けた口に小さな牙が上向きに2本生えだしている。肌の色は明るい茶色。油で固まったようなぼさぼさに伸びた薄汚い髪は黒色をしている。

 汚れたのか染めたのか判断が付かないようなこげ茶色の襤褸切れのような服に、毛皮をなめしただけの荒い皮を鎧代わりに着用している。片手に木で作った棍棒<クラブ>を持ち、もう片手にスモールシールドを所持していた。

 人間と猿を掛け合わせて、そこに一握りの邪悪さをトッピング。しかる後に合体に失敗しようなモンスターだ。


 初遭遇になる巨大な生き物。身長は2メートル後半から3メートルはあるだろうか。

 顎を前に大きく突き出した顔は愚鈍そのものである。

 巨木を思わせる筋肉の隆起した長い腕は、猫背ということもあり地面に付く寸前だ。木からそのまま毟り取ったような棍棒を持ち、なめしてさえいないような毛皮を腰に巻くだけという格好だ。酷い匂いがこれだけ離れた場所まで漂ってくるような気さえする。

 所々疣が浮き上がっている肌は茶色っぽく、分厚い胸筋や腹筋をしている。外見から判断するにかなりの筋力を持っているだろうと予測が立つ。

 そんな、毛の完全にぬけ切ったチンパンジーを歪めたようなモンスターがいた。


 モンスターの一行は周囲を見渡し、それから草原に足を踏み出し始めた。殆どのモンスターが襤褸切れで作った袋のようなものを提げている。長距離の移動を考えていると思われる雰囲気だ。


「ゴブリンが12。そして人食い鬼<オーガ>が2か」

「難度的に危険ですか?」


 同じようにモンスターを確認したペテルにモモンは尋ねる。強さの評価というのが単純にできないのだ。ゴブリンは2日ほど前に遭遇したが、ほぼ無傷でこのパーティーは完勝した。ただ、今回はオーガというモンスターもいる。

 出発前の話では難度20だという話だが、モモンからすればどれも弱すぎて、オーガもゴブリンも同じ程度の強さにしか感じれないのだ。

 メートルでしか計れない人間が1ミリと3ミリの違いがよく理解できないのと同じことである。


 それをどう受け取ったのか、ペテルは自信に溢れた笑顔をモモンに向けた。


「大丈夫です。一般的な奴ですし、我々なら簡単に倒せますよ。ただ、モモンさんはニニャと一緒に後ろで待機お願いします」

「……分かりました」


 ゆっくりと後退し、ニニャの横に並ぶ。


「支援魔法はいりますか?」

「欲しい!」

「……森に近いし、逃げられても厄介だな」

「ならいつもどおりの手で行くかい?」

「そうしよう。それとオーガ2体同時は少し厳しいな……」

「では足止めをダインに。ニニャは防御魔法を私に。それからはモモンさんの安全に注意を払いつつ、攻撃魔法に専念して欲しい。ルクルットはゴブリンだ。もしオーガが抜けてきたらダインがそのままブロックしてくれ。その場合はニニャがゴブリンの掃討を優先で」


 ペテルの指揮に反論は生まれない。皆、互いの顔を見合いながら、一度頷く程度だ。戦闘に関する方法の決定が実にスムーズに進んでいる。まさに阿吽の呼吸だ。


 モモンは感心し、ほうと息をもらした。

 モモンからすれば集団攻撃魔法を一撃放てばそれで終わりの戦闘だろうが、それができないならできないなりの手段を考える。それはこの旅の中で脆弱な彼らを最も評価すべきものだ。


 ルクルットが1人だけ立ち上がり、合成長弓<コンポジット・ロングボウ>を弓懸に引っ掛け、引き絞る。ギリギリという音が止み、ビンッと弦が空気を切り裂く。放たれた矢は中空を一直線に走りぬけ、ゴブリンたちから10メートルほど離れた場所に突き立った。


 驚いたのはゴブリン達だ。

 突然の攻撃に戸惑い、ルクルットを確認すると、あざけり笑いを浮かばせる。たった一人で、しかも先手を打った一射を外す。無論、ゴブリンたちも200メートル離れたターゲットに攻撃を命中させる能力は無いが、それは頭から抜け落ちている。

 ゴブリンの高いとはお世辞にも決していえない思考力が回転するが、それ以上に数の圧倒的差はゴブリンの暴力性を過剰に膨れ上がらせる。結果――一斉に叫び声を上げながら、何も考えずに全力でルクルットめがけ走り出した。僅かに遅れてオーガも走り出す。

 血への渇望に我を忘れ、隊列も無ければ、盾を構えながらという防御手段もとらない。もはや完全にすべてが頭から抜け落ちている。

 それを確認したルクルットに僅かな笑みが浮かんだ。


「てっ!」


 彼我の距離が140メートルでもう一射。次の矢は外さずに、ゴブリンの頭部を射抜く。数歩、のたのたと歩き、最も後ろにいたゴブリンが崩れ落ちた。無論、絶命している。

 両者間の距離は見る間に迫ってくるが、ルクルットの矢を構える手に緊張の色は無い。なぜなら、直ぐ側まで迫られたとしても守ってくれる人間がいると知っているからだ。


《リーンフォース・アーマー/鎧強化》


 ルクルットの後方で草に隠れながら、ニニャの防御魔法が発動し始める。それを耳にしながら、再び矢を構える。

 90メートルでもう一射。再び崩れ落ちるゴブリン。

 40メートルで更なる一射。また頭部を貫かれ、一体大地に転がる。そこでペテルとダインが立ち上がった。

 ゴブリンの方が動きは俊敏だが、オーガの歩幅は非常に大きく、両者ともさほどの差は無い。とはいえ、草原という広い場所を200メートルも駆けてきているために、各自の距離はそこそこ開きだしている。そのためあまり多くのモンスターを効果範囲に入れることはできない。だが、ダインの最初の役目はオーガの一体の足止めだ。


《トワイン・プラント/植物の絡みつき》


 ダインの魔法が発動し、オーガの一体の足元を中心に草原の植物がざわめき、のたうつ鞭と化してオーガに絡みつく。非常に細い草が何百も集まり、強固な鎖と化す。焦りを浮かべたオーガの咆哮が響く。ついでに範囲内に3匹のゴブリンが含まれているが、特別に注意を向けるものはいない。


 ペテルはブロードソードにラージシールドを構え、正面から6匹のゴブリンと1匹のオーガの群れへ駆け出す。先頭を走っていたゴブリンの頭が踏み込みざまの一閃でくるくると舞った。吹き上がる血を潜り抜けるように、ペテルはゴブリンたちに肉薄する。


「クライヤガレ!」


 黄色い歯をむき出しにした、ゴブリンの汚らしい濁声が響く。

 ゴブリンのクラブの一撃を盾でペテルはたやすく受け止める。横合いから殴りつけてきた他のゴブリンの一撃は、魔法で強化された鎧によって、重い音を立てて弾き返すことに成功する。

 ペテルの視線は遅れて接近してきたオーガにある。ゴブリンの一撃ではさほど痛烈な痛みを受けないと判断してだ。


「来い!」

「ジネ!!」


 ペテルの言葉を理解したオーガが雄たけびを上げ、持っていたクラブを叩きつけてくる。それを間一髪で避けるペテル。周囲にいるゴブリンのおかげで横からの攻撃が来ないというのが有利に働いている。大地に叩きつけられたクラブが持ち上げられる。大地が大きくめり込んでいた。まともに受ければ、下手をすると即死しかねない破壊力だ。


《マジック・アロー/魔法の矢》


 最後に立ち上がったニニャから2つの魔法の光弾が放たれ、ゴブリンの一体に直撃する。それを受けてペテルを後ろから殴ろうとしていたゴブリンがゆっくりと崩れ落ちた。

 ペテルの周囲を取り囲んでいた5匹のゴブリンたちが現れた他の3人めがけ走り出す。あとはオーガに任せる腹なんだろう。

 コンポジット・ロングボウを放り、腰からショートソードを抜き放ったルクルットとメイスを構えたダインがニニャとの斜線上に躍り出、背中にかばう。



 ゴブリン5匹とルクルット、ダインの戦いはほぼ五分だ。ゆっくりとではあるが、一体づつ倒してはいるものの、ルクルットは片腕をクラブで殴打され折れたのか、プラプラと揺らしている。痛みを我慢しているのが一目瞭然なしかめっ面でゴブリンの一体の皮鎧の隙間にショートソードを突き刺している。

 ダインも複数回殴られているため、動きは多少鈍くはなってきたがまだ致命的な傷は負ってないように思える。

 ニニャは戦局を注意深く見ながら、魔法の温存に入りだした。今だ草によって行動不能状態になっているオーガがいるのだ。場合によってはニニャが受け持たなくてはならないのだから。

 ペテルとオーガの一騎打ちは今だ攻防が拮抗した状態だ。


『フォートレス!』


 ペテルの叫びと共に、オーガの一撃と盾が正面からぶつかり合い、甲高い音が響く。


 寝転がったまま1人でプチプチと草を暇そうに毟っていた、モモンは僅かに目を見開いた。


 ――オーガの一撃を完全に受け止めている。

 ペテルは立った場所から一歩も動かない。それどころか盾を持った手すら動いていない。まるで盾がオーガの一撃によって生まれたすべての衝撃を完全に無効化したようだった。


「武技……」


 モモンは仲間のメイドの幾人かが振るう、いわば武器の魔法とも呼ぶべき技を思い出す。魔法職以外の大抵の職業で5レベルごとに覚えられるそれは様々な効果をもたらす。

 ペテルの使った技は恐らくのところ、盾で受けた際の衝撃を完全に殺すことの出来るものだろう。

 繰り返されるオーガの殴打を盾で完全に受け止めきっている。


「行きますよ! ペテル!」


《フラッシュ/閃光》


 オーガの鼻先で真っ白い閃光が爆発する。瞬きを繰り返しながらよろめくオーガに対し、ペテルはブロードソードを強く握り締める。刀身に揺らめきが纏わり付いた。


『スマッシュ!』


 裂帛の気合を込めた力強い雄叫び。

 ペテルの渾身の一撃が、オーガの腹部をブロードソードとは思えないほど軽々と断ち切っていく。大量の血が吹き上がり、鮮血によっててらてらと濡れた輝くを持つ臓物がばしゃばしゃと地面を叩く。

 充分な致命傷だ。

 クラブを取り落とし、臓物を腹部に仕舞いこむよう姿勢をとりながら、オーガはどうっと倒れこんだ。




《ライト・ヒーリング/軽傷治癒》


 ダインから飛んだ回復魔法がルクルットの傷を回復させる。ゴブリンとの戦いも一方的なものへと変化している。ルクルットの一撃を受けてまたゴブリンが崩れ落ちる。

 ペテルは弓を持ち出すと、絡みついたままのオーガめがけ撃ち始めた。もはやゴブリンに対して剣を振るうまでも無いという考えだろう。


 ――つまらないな。

 欠伸をかみ殺しながら戦闘を眺めているモモンからすれば、堅実な戦い方過ぎて面白みにかける。どこかの戦局が崩れれば少しは面白くなるのだろうが、流石に後ろにいるオーガの束縛を解こうとかは行う気になれない。善意でも悪意でもなく、Eクラスの全力での強さが知りたいためだ。まぁ、Eクラスであればオーガ2体が厳しいぐらい。運によっては危険というぐらいか。


 とりあえずは武技を使う人間もいるということを手にいれたのは大きいだろう。今晩中にも報告しなくては。


 モモンがそんなことをぼんやりと考え込んでいると、自らの方に草を踏み分けながら走ってくる足音が1つ。顔を上げたモモンは逃げてくるゴブリンを視認した。


「こっち逃げこないでよ……」


 モモンは誰にも聞こえないほど小さく呟き、腰から下げたブロードソードを寝転がった姿勢のまま苦労して抜く。


「ドケドケドケ!」


 ゴブリンは悲鳴にも聞こえる雄叫びを上げる。そのままクラブを振り回しながら侮りやすしと見たのか、隠れていたモモンに目を付けると方向を僅かに転換して突き進んできた。


「モモンさん! 逃げてください!」


 緊迫した声がニニャから飛び、魔法を準備しだすのが視界の隅に映る。


 モモンは罵声を飛ばしたくなる気持ちに耐え、喉元まで上がってきた暴言を飲み干す。

 呆れんばかりの判断力の遅さだ。何の魔法を使うつもりかは知らないが、ゴブリンがこちらに来る方が早い。逃げても良いが、下手に逃げると人質にしようと追ってくる可能性がある。

 ――ならば仕方ない。

 モモンはそう判断し、眼前まで迫ったゴブリンが振り下ろしてくるクラブにタイミングを合わせ、ブロードソードを突き出す。

 肉を突き抜ける重い音。モモンの手に肉を切り裂き、骨を砕き、中身の柔らかい器官を破壊する心地良い感触が伝わる。ぎょっとしたゴブリンの顔が、自らの腹部に突き刺さった剣を確認して、命が奪われることへの恐怖へと変化する。そのままモモンは捻りを加え、握る手にゴブリンの内容物を引きちぎる感覚を得る。

 それから2本の光弾がゴブリンの体を強打した。

 モモンはそのまま手を離すと、倒れこんでくるゴブリンの体を転がることで避けた。


「大丈夫ですか! モモンさん!」


 ニニャが伸びた草を踏み分けながら、モモンに近寄ってくる。その慌てた歩運びはニニャがどれだけ心配してるかを言葉よりも鮮明に伝えてくれる。

 弱者の殺戮の愉悦に満たされ、にやけそうになる顔を必死に抑える。今はそんな表情をして良いタイミングでは無い。モモンは怯えたような雰囲気を漂わせようとゆっくりと立ち上がった。だが、どうしても濡れたようなため息が漏れる。


「はぁ――怖かったですが、なんとか大丈夫です」

「そうですか」


 安堵のため息を漏らし、肩から力を大きく抜くニニャ。モモンはうつ伏せに倒れたゴブリンのひっくり返し、ブロードソードを引き抜く。血があふれ出し、草原の草を染め上げていった。

 白目をむき、グニャグニャとした温かみの残る死体。

 もはや失われてしまったが、命が抜けきる瞬間の空虚な表情――モモンの2番目に好きな表情が記憶に新しい。


「――ご馳走様でした」


 モモンはニニャには聞こえないほどの小ささで、ゴブリンの死体にそう話しかけた。




 ■




 ニニャはモモンがブロードソードを突き刺したゴブリンの元に座ると、抜いたダガーで耳を切り落とす。これをギルドに提出することでモンスターに応じた報酬を払ってくれるのだ。無論、すべてが耳というわけではない。そのモンスターに応じた箇所というのがあるのだ。とはいえ、オーガやゴブリンといった亜人系は大抵が耳なのだが。

 慣れた手付きで切り落としていると、ある奇妙なことをニニャは発見した。それは半ば好奇心から始まった発見だ。

 ニニャは袖を捲り上げ、ゴブリンを貫通した傷口に手を近づける。ぽっかりと開いた大きな穴からは新鮮な血が今だ僅かに流れていた。手を近づける。体温が残る暖かい血液が、ぬるりとした感触をニニャに伝える。そのまま手を進めていく。

 鉄の匂いと共に、傷口からごぼごぼと血液が溢れかえる。そこで手を止めずに押し込み、ゴブリンの体の中で動かす。

 形容しがたい生々しい音が響く。

 そして――。


「!」


 ニニャは手を抜くとチラリとモモンの様子を伺った。

 その瞬間――目が合った。


 今まで全然違う方を向いていたモモンが、まるで伺うタイミングを待っていたようにぐるんと顔を動かす。まるで変化の乏しい無表情にも似た表情。モモンという人物が最も多く見せる表情で。

 ガラス玉のような作り物めいた目だ。そのとき初めてニニャは、昔幾度か見たことのある貴重品を思い出す。

 ニニャは微笑を駆使して作る。

 何時もの慣れた行為が非常に重い。顔が凍りついたようだ。


「モモンさん。耳、切り落としましたから」

「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げるモモン。それからすぐに興味を失ったように、モモンの顔がニニャからそれ、ペテルの行っている作業へと向き直る。

 怪しまれただろうか。ニニャの心臓が激しく脈打つ。呼吸が荒くなりそうなのを抑え、無理矢理、平常始動させる。


 ゴブリンの体に開いた穴は大きく、皮膚や肉どころか肋骨、肩甲骨、皮鎧、全てを断ち切って進んでいる。剣を振りかぶって両断する人間がいるのは伝え聞いたことがある。だが、寝転がった姿勢で突き上げるだけで、貫通するほどの穴を開けるなんていう行為が果たして出来るのだろうか。

 可能性としては突き出した剣にゴブリンが全力で突き進んだ際によるものだが……正直難しいだろう。いくらゴブリンでもそこまで間抜けではない。第一そこまでのスピードがこの足場の悪い場所では乗らないはずだ。

 外見からは想像できない筋力だとは思っていたが……。

 ニニャは作り笑いを維持し続けながら、自らの考えを纏め上げようとし、身を震わすような寒気に襲われる。身の内に得体の知れない化け物を孕んだような、そんな怖気が走ったのだ。


 ……有り得ない。単なる腕力だけと考えるのは有り得なさ過ぎる。魔法の剣だとするとかなり高位の武器と考えるのが妥当。ではモモンとは何者なのか。

 しかし、それを調べようとするのは――。


「……好奇心、猫をも殺す」


 ニニャはポツリと呟いた。

 再び、モモンがニニャに顔を向けてくるのを笑顔で誤魔化しながら。



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