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オーバーロード:前編 作者:丸山くがね
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王国戦士長

 彼女を見送り、この村で行うことのほぼ全てが終わった。

 残った鎧や剣は既にインフィニティ・ハヴァサックに回収済み。忘れ物は無い。それにこれ以上はこの村の問題だ。警戒をしないでここに残って、死んだとしてもそこまでは面倒を見切れない。ただ、彼女の妹にだけ何らかの手段を施した方が良いだろう。

 一番良いのは彼女が戻ってくるまでの間、近くにモンスターを付けておくことか。その辺はデミウルゴスに連絡を取り相談した方が良いだろう。あれの部下がおそらくはそういう意味では一番使える。


 一応の礼儀として村長に別れを告げる必要はあるだろうとアインズは判断し、広場を見渡して村長を探す。

 広場の片隅、数人の生き残った村人達と真剣な顔でなにやら相談している。色々と決めることもあるだろうと、アインズは納得し、別れを述べようと近づいたところで違和感に気づく。

 そこには空気の変化、張り詰めたような空気が流れていたのだ。


「……どうかされましたか、村長殿」

「こっちに馬に乗った戦士風の者が近づいているそうで……」

「なるほど……」


 村長がおびえたようにアインズに視線をよこした。その場にいた他の村人達も同じだ。

 アインズはそれを受け、安心させるように手を軽く上げた。


「任せてください。村長殿の家に生き残りの村人を至急集めてください。村長殿は私とともに広場に」


 鐘を鳴らし、住民を集める一方でアインズはデス・ナイトを村長の家の近辺に配置する。

 怯える村長にアインズは笑いかける。無論仮面に隠れて表情は分からないのだが。


「ご安心を。今回も特別にただでお助けしますよ」


 村長は苦笑を浮かべた。だが、震えは先ほどよりも弱くなった。腹をくくったのかもしれない。


 やがて村の中央を走る道の先に数体の騎兵の姿が見える。やがて騎兵達は隊列を組み、静々と広場へと進んでくる。


「ふむ……」


 アインズは騎士達の武装に違和感を覚える。

 先ほどの帝国の紋章を入れていた騎士たちは完全に統一した重装備であった。それに対して今度来た騎兵たちは確かに全身鎧を着てはいるが、各自使いやすいように何らかの手法が施されている。それは一部だけ皮鎧だったり、鉄の装甲板を外し鎖帷子を露出させたりだ。

 兜は被っている者もいればいない者もいる。共通して言えることは顔をさらけ出しているということか。

 各自、同じ造りの剣は下げているものの、それ以外に弓、片手槍、メイスといった様々な予備武器まで準備している。

 よく言えば歴戦の戦士集団。悪く言えば武装の纏まりの無い傭兵集団だ。


 やがて一行は全員、馬に乗ったまま広場に乗り込んできた。数にして14人。

 数人がデスナイトに警戒しつつ、村長とアインズを前に見事な整列をみせた。その中から馬に乗ったまま、1人の男が進み出た。


 屈強という言葉以上に似合う言葉は無い。そんな鋼を具現したような男だ。年齢はまだまだ若く、30にいくかいかないかというところか。巌のような顔は顰められ、年齢以上に老けて見えた。

 髪はかなり短く刈り込み、さっぱりというより危ない感じを出している。


 男の視線は村長を軽く流し、デス・ナイトに長い時間とどまる。だが、デス・ナイトが直立不動のままピクリとも動かないのを確認すると、男は射抜くような鋭い視線をアインズに送った。

 暴力を生業とする空気に満ちた、そんな男の一瞥を受けても平然とアインズは立つ。アインズのその姿には余裕すら感じさせた。

 無論、アインズが元々そういう視線に強いわけではない。この体になってから恐怖というものを感じなくなったようだ。それともユグドラシルというゲームの能力を使えることによる自信だろうか。


「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を退治するために王の御命を受け、村々を回っているものである」


 外見からも予測が立つような重々しい声が広場に響き、アインズが後ろにした村長の家からもざわめきが聞こえてきた。


「王国戦士長……」


 ぼそりとつぶやく村長に身を寄せるようにアインズは耳を寄せる。


「……どのような人物で?」

「商人達の話では、王国の御前試合勝利した最も腕の立つ人間が選ばれる地位であり、王国の王直属の精鋭兵士達を指揮する人物だとか」

「ほう。……真実ですか?」

「分かりません。話しか聞いたことが無いので」


 アインズが眼を凝らしてみると確かに騎馬兵は皆、胸に同じ紋章を刻み込んでいる。村長の話に出た王国の紋章にも見える。とはいえ信じるには少々足りないが。


「村長だな」ガゼフの視線が逸れ、村長に向かう「そして横にいる者は一体誰か教えてもらいたい」

「……」

「はじめまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われておりましたので助けに来た魔法使いです」


 村長が話し始めるよりも早く、アインズは軽く一礼をすると自己紹介を始めた。それに答えるように重々しくガゼフが頭を下げた。


「村を救っていただき感謝の言葉も無い」

「いえいえ。実際は私も村を救ったことによる報酬目当てですから、お気にされず」

「では申し訳ないが、どのような者達が村を襲ったのか、詳しい話を聞きたいのだが?」

「私は構いませんが、村長殿はどうですか?」

「いや、私も構いません」

「では聞かせてもらおう」

「構いませんが、色々と詳しくご説明した方が良いでしょうし、長話になるといけません。イスにかけてお話をしませんか?」

「ふむ……一理あるが……」

「それにこの村に来た騎士のほとんどを殺しました。しばらくは暴れないのではと愚考します。その辺りのご説明も必要でしょう」

「なるほど」


 考え込んだガゼフの視線が再びデス・ナイトに留まる。いや、微かに漂う血の匂いを機敏に感じ取ったのか。


「あれは?」

「あれは私の生み出したシモベです」

「ほう」


 鋭い視線がアインズの全身を観察するように動く。


「ではその仮面は」

「魔法使い的な理由によるものです」

「仮面を外してもらえるか?」

「お断りします。あれが――」デス・ナイトを指差す「暴走したりすると厄介ですから」


 ぎょっとした表情を浮かべたのはデス・ナイトの力を知る村長だ。そして声の聞こえた村長の家にいる村民達。その急激な表情と場の変化に感じるものがあったのだろう、ガゼフは重々しく頷いた。


「なるほど取らないでいてくれた方が良いようだな」

「ありがとうございます」

「では――」

「その前に。申し訳ありませんがこの村は帝国の騎士達に襲われたばかり、皆様方が武器を持たれていると村民の皆様に先ほどの恐怖が蘇ってくるのではと思います。ですので広場の端に武器を置いていただければ皆、安心するのではと思うのですが?」

「……正論ではある。だが、この剣は我らが王より頂いたもの。これを王のご命令なく外すことは出来ない相談だ」

「――アインズ様」

「村長殿」


 村長はアインズに軽く頷く。それは雄弁に物事を語っていた。


「大変申し訳ありません。差し出がましいことを」

「いや、アインズ殿。あなたの考えは非常に正しいと思う。私もこの剣が王より賜れしものでなければ喜んで置いていただろう。さて、ではイスにでも座りながら詳しい話を聞かせてもらおうか」

「わかりました。では私の家で」

「うむ。ではお前達はこの村の手助けをせよ」

「はっ!」


 後ろに並んだ兵士達が威勢の良い返事をする。

 そして村人が外に出され、村長、アインズ、ガゼフの3名があったことを詳しく話すために村長の家へと入った。




 戦士たちは思い思いに村に散っていき、力仕事を開始し始めた。やることは色々とある。例えば一家皆が殺されてしまった家は、そのまま凄惨な状態で残しておくわけにも行かない。錬金術油なんて流し込まれたところは尚更だ。

 解体作業を行わなくてはならないが、そのためにはまず室内のものをすべて外に出さなくてはならない。これがまた結構な力仕事となる。

 戦士たちは着ていた鎧を脱ぐと、もろ肌を脱いで家財道具を運び出す。ぽんぽん投げるように行っていけば速いのだが、家族皆が殺された家にあるものは、酷いようだが村の財産となるのだ。手荒に扱うわけには行かない。

 じっくりと外に出し、指定された家まで運ぶ必要が出てくる。


 さらに葬儀を行うために墓を掘りに行くものもいる。放置しておくと邪悪な存在が入り込み、報われぬアンデッドとなる場合があるからだ。


 アンデッド――。

 生命を失ったにもかかわらず命があるかのように動く化け物のこと。それは戦場でよく見られる化け物だが、時折不幸な事故があった際、死体を放置することでも生まれる場合がある。ゾンビ、スケルトン、グールといったものが有名だ。

 葬儀が手早く執り行われるのはそれを防ぐためである。

 村には村なりの葬儀の仕方があるだろうから、まずは穴を堀り、そこに死体を置く程度しかできないのだが。


 そんな風に皆が忙しく働いている中、村長の家の近くにピクリとも動かないデス・ナイトを囲んだ、3人の戦士の姿があった。


「なんか、でかいなこいつ」


 戦士の1人がデス・ナイトを触る。皮袋越しにも鋼鉄製の鎧にありがちなひんやりとした感触が伝わる。


「村人の話じゃ、こいつ1人で帝国の騎士の粗方を殺したそうだがな」

「うげー。本当かよ。でも、なんかでかいぶん、動きはとろそうだけどな」

「確かにな」

「でも、本当に動くのか? 単なる死体にしか見えないがな」

「どーなんだろうな。まぁ、盾ぐらいには充分なりそうだな」


 左手に持った巨大な盾を指差し、戦士達から笑い声が漏れた。それは自らの力量に対する自信だ。

 事実、王国内において彼ら――王直属精鋭兵士団180名は王国最精鋭であり、王の最も信頼する部隊でもある。1人1人が帝国の騎士を相手にしても容易に勝利を収めるだろう能力を保有していた。


「戦士様、怒らせたら殺されちゃうよ」


 村の少年だろう、1人の子供が遠くから戦士に声を投げかける。戦士達はお互いの顔を見やってから再度笑い声を立てた。


「はは、大丈夫だ。大丈夫だ。俺達はこれでも王国の精鋭戦士だぞ」

「そんな遠くにいないでこっちに来たらどうだ? 暴れだしても俺達が守ってやるぞ」


 デス・ナイトの空虚な眼窩に初めてぼんやりとした赤い炎が灯り、戦士達を見下ろす。遠くから見ていた少年の体がびくりと跳ねる。


「おい、どうした坊主」

「あわ」


 少年の指の先に戦士達は視線を向けた。そこに赤い光は無い。ただ眠るかのような巨体な死体があるだけだ。


「どうかしたのか?」


 再び少年を見ると走り去っていくところだった。直ぐに家の影に隠れてしまう少年の後姿に彼らは苦笑を漏らした。


「そんなに怖いもんかね、このでかいの」

「だなー」

「外見は確かに怖いぞ。この顔」

「しかし死者使いの魔法使いなんて、かの13英雄だな」

「なんだっけ、それ」

「知らん。なんか昔の凄い英雄だそうだ。教育の一環で聞いたけど、名前なんてすっかり忘れちまったよ」

「ふーん。ならあのへんてこ仮面が英雄なみってことかよ、ありえねー」


 再び3人の戦士の笑い声が広場に響いた。その間、ピクリともデス・ナイトは動かなかった。そう、恐らくは。




「――なるほど」


 時間が経過し湯気の立っていない白湯を一口含み、ガゼフは口を開いた。村長とアインズのあったことの説明を受けている間、ただ黙って頷いているだけだった男が。


「先ほども言わせていただきましたが、アインズ殿。この村を救っていただき感謝します」

「いえ、先ほどもいわせていただいたように報酬狙いですから」

「謙遜も過ぎれば厭味に聞こえますぞ」ガゼフは肉食獣じみた笑みをアインズに送り、それから村長に向き直る。「それでその騎士達が着ていたという鎧の方を見せていただけますかな」

「ええ」


 村長の視線を受け、アインズはインフィニティ・ハヴァサックの口を開く。その中から最も損傷の少ない鎧の1つを取り出し、テーブルの上に置いた。紋章の部分がガゼフに見えやすい形でだ。ガゼフはほとんど膨らんでいない背負い袋から、鎧を取り出すという光景に驚きを多少感じていたようだが、直ぐに表情を引き締める。


「村長殿、これで間違いないかな?」

「はい、間違いありません」


 重く頷くと、ガゼフはそれを手にし、しげしげと眺める。裏返しにしたり、叩いたり。やがて納得いったのか、鎧を再びテーブルの上に置いた。


「確かにこれは帝国の鎧のようだな」鎧の紋章を鋭く睨みつけながら、続けて呟く「着ていた中身までの保障は無いが、な」

「ですか……」


 村長のみどういう意味なんだろうと、不思議そうな表情を浮かべた。


「スレイン法国の騎士が帝国の振りをしていたという可能性があるわけです」

「なぜですか!」

「帝国と王国の仲を更に悪化させるため、ですか。直ぐに考えられるところでは」


 アインズはちらりとガゼフを伺うが、黙して何も語らない。その姿は雄弁に答えを語っていた。そんな、とかショックを受けぶつぶつと呟く村長を無視し、ガゼフは重々しく口を開いた。


「……ところでその騎士達を掃討したデス・ナイトだが、あれはアインズ殿、何体ぐらいお持ちなのかな?」

「いえ、今のところ1体ですよ」

「……時間があればまた作れるということでよろしいか」

「ですな」


 アインズの返答を聞き、ガゼフはゆっくりと眼を閉じる。それはまるで眼の色を見せないかのようだった。

 やがて数秒の時が流れ、ガゼフは眼を開く。


「広場ではあまり大したことが無いように見えたのは……私の勘違いだったようだ」

「……」


 仮面の下でもアインズの表情は変わらない。それどころか――


「王国最強の方からすれば、当然でしょう」


 仮面の下で微笑を浮かべてるのでは、と思わんばかりの軽い口調で答える。それを受け、ガゼフはちらりとアインズを一瞥し、興味がなくなったように視線を鎧へと動かした。


「……さて、申し訳ないがこの鎧をいただいていきたい」

「正当な価格で買い取っていただけるなら構いませんよ」


 アインズとガゼフの視線が鋭く交差した。無論、アインズは仮面を被っているために交差しただろうという仮定だが。


「……正当な価格というのは?」

「この鎧は全身鎧の割には軽くできてます。恐らくは魔法によるものでしょう。ならばそこそこの値が付く。そういうことです」


 重い沈黙が降りた。村長のみがその空気に耐えかねたのか、おどおどと2人を見比べている。


「今、手持ちが少ないため、後日……確か、ナザリックだったか。その場所に持っていっても構わないが?」

「……困ります。ナザリックまで来ていただいても私がいない可能性がありますが故」

「ならばともに街まで付き合ってもらえれば」

「……悪くはありませんが……」アインズは中空を見上げ、考え込んでから口を開く。「ナザリックに一度帰って色々と準備しなくてはならないことがありますので、今回はご遠慮させていただければと思います」

「ふむ……では別の形で何か支払えるならそれをお願いしたいのだが?」

「どのような形ですか?」

「それを尋ねているのだがね?」


 ピリピリとした空気が流れ出す。

 出来るだけ高く売りたいアインズと、譲歩を引き出したいガゼフ。完全に食い違った二者の思いが、ぶつかり合い、冷たい空気を室内に生み出している。


「ならば……どうですかな、私のデス・ナイトと軽く戦闘をしていただけないかと」

「なっ!」


 驚きの声を上げたのは村長だ。ガゼフは黙って、再び白湯を口に含む。いや、唇を湿らす程度だ。


「私のシモベと王国最強と呼ばれる方の力の差。知ってみたいのです」

「しかし、アインズ殿!」

「――了解した」


 興奮したような村長の口を遮るように、静かな、だが灼熱感を感じる声が響いた。


「な」


 今度はアインズから驚きの声が漏れた。それを聞きつけたガゼフは再び肉食獣の笑みを浮かべた。


「どうされた、アインズ殿。貴方が振ってきたことだぞ? 驚かれることかな?」

「い、いえ、ただ、ガゼフ殿にお怪我を負わせてはと思いましてね」

「構わんよ。部下にはちゃんと伝えておく」


 アインズにしてみれば驚きだった。この無礼者と手打ちにでもしてくるかもしれないと考えていたぐらいだ。もしかすると彼もこちらの力量を知りたかったのかもしれない。そう考えてみると色々と納得できる点がある。

 だが、これは好都合。

 デス・ナイトなぞアインズからすれば大した存在ではない。デス・ナイトがどの程度の時間を稼げるかで、王国最強の強さが測れるなら安いものだ。



 戦士達、そして村人達が観戦する中、デス・ナイトと王国戦士長ガゼフの2者は広場の真ん中でにらみ合うこととなった。


「さて、お約束どおり、どちらが勝とうが、どのような怪我を追おうが、お互いに禍根無しということで」


 審判代わりに指名されたのはアインズ。戦士達に任せるべきだという反論はガゼフに断られた。

 アインズはデス・ナイトからフランベルジェを受け取り、代わりに騎士達が持っていたブロードソードを渡す。その光景にガゼフが何か言いたげな表情を浮かべるが、アインズは努めて無視をする。まぁ、何か言ってきたならいくらでも言い訳は出来たのだが。


「では、両者。構えてください」


 試合開始ってこんな風にすればいいのか? と心中で汗をダラダラ流しながらアインズは両者に声をかける。

 タワーシールドとブロードソードを持ったデスナイトと、バスタードソードを両手で構えるガゼフ。ガゼフも身長が低いわけではないが両者の差は50センチはあるだろう。まるで子供と大人だ。並んでみるとあまりの圧倒的な差によって、ガゼフに勝てるのかというざわめきが見守る周囲の人間から立ち上がりだす。


 ――デス・ナイト。攻撃に全力は出すな。攻撃よりは防御に力を回せ。


「では、始めてください」


 デス・ナイトがゆっくりと剣を前に突き出す。ガゼフがそれを払いのけた。それが2者の合図だったのだろう。



 剣戟が始まった。


 激風と濁流。

 どちらがどちらなのか。

 2者の戦いはまさにそれだ。


 閃光が煌き、別の閃光が弾く。

 両者の剣に宿った魔力がぶつかり、かすかな放電を放つ。


 甲高い金属音が途切れることなく続いた。


 戦士たちの疑心が、畏怖になり、驚愕となる。

 あんな凄かったんだ。守れるわけ無いじゃねぇか。敵意もたれなくて助かった。そんな声が戦士たちの中から聞こえた。


 決して見れないような人間として最高峰の戦い。それが今まさに眼前で行われているのだ。戦士たちは我知らずに手を握る。自分達に訓練を付けてくれる中では決して見れない、自らの隊長の本気。


 下から切り上げ、弾かれた剣が異様な角度で相手の首めがけ跳ね上がる。それを首元をすくめ、兜と肩の鎧を密着することで弾くデス・ナイト。


 豪腕を持って振るわれるデス・ナイトの剣が鞭のようにしなり、ガゼフの剣に絡みつき、そのまま滑りながら腕を切り裂こうと肉迫する。

 避けようが無い。誰もがそう考える。だが――


 ――手を離した。


 誰もが瞠目する。ガゼフは自らの剣を手放したのだ。

 デス・ナイトの剣がガゼフの腕のあった場所を貫いた瞬間、その手で再び剣を掴む。


 まるでこの光景は剣舞だ。互いに次に何をするのかを決めあった中での行為にしか思えない。

 ガゼフが剣を振り、デス・ナイトが弾く。次はデスナイトが剣を振り、ガゼフが弾く。ほんの一呼吸も無い、その一瞬でこれほどまでに剣を打ち交わせるものか。

 剣舞といわれるならまだ納得がいく。示し合わせばこれぐらいはできるのでは、そう思いたくなるのだ。


 何十と剣をあわせても互いの体に剣が触れることは無い。

 両者の力量がどれほど高いのか。観戦している戦士達から感嘆の呻きがもれた。


 今何をした。フェイントが4度? いや5度じゃないか? 戦士たちは口々に見ているものを解説しようとして、付いていけずに口ごもる。村人はもはや凄いものを見ているという認識の段階で思考を止めている。


 袈裟切りに振り下ろされるデス・ナイトの剣をガゼフは半身を傾けることでそれを避ける。

 宙に数本の髪が舞う。短い髪の毛がさらに短くなるなんて、一体どれほどの超近距離で避けたというのか。


 ――刹那の見切り。


 まさに今のがそうだ。

 ぎりぎりで剣を避けたということは、ガゼフが一気に有利になるということを指す。なぜなら剣は今通り過ぎたばかりだ、豪腕を誇るデス・ナイトですら振り下ろした剣を急激に戻すすべは無い。


 だが、それができるがゆえのアンデッド。

 常人なら筋肉が数本断裂するかもしれない、急な方向転換をたやすく行う。横薙ぎの一撃。たやすく人間を両断する剣は再び中空を切った。


 剛風がガゼフの頭の上を流れる。


 しゃがんでいた――。既に先の薙ぎ払いも予測済みだったのか、ガゼフはしゃがむ事で剣を避けたのだ。

 そのままガゼフの剣がデス・ナイトの足を狙い、突き出される――。


 デス・ナイトが跳躍。一気に後方に飛ぶことでその剣を回避する。

 猫科の獣の跳躍。優雅さと凶暴さを同時に兼ね備えたものだった。体重をまるで感じない優雅さで、ゆっくりと大地を踏む。


 ガゼフがゆっくりと立ち上がり、デス・ナイトが再び剣を構える。遅れて歓声が広場中に響き渡った。


「ふっ!」


 ガゼフが空気を吐き捨て、弾丸の速度のごとく踏み込む。

 強打一閃。

 耳を押さえたくなるような巨大な金属音が、タワーシールドとバスタードソードの間で起こる。デス・ナイトの巨体がその剛剣を受け、一瞬だけ揺らぐ。


「おおおおお!!」


 咆哮を上げながら立て続けにタワーシールドに剣を叩きつけるガゼフ。苛立ったかのようにデス・ナイトはタワーシールドを引き寄せ、ガゼフに叩きつけようとする。それを後方に跳躍することでガゼフは回避。

 鎧を着ているとは思えない軽やかな動きだ。

 すさまじい速度で動いたタワーシールドが巻き起こした風が、周囲に土煙を巻き起こす。その土煙にあわせて、両者が踏み込む。


 金属音。


 両者が土煙の中から無傷で姿を見せた。ガゼフは先ほどいた場所から大きく後退している。吹き飛ばされたか、自ら後方に回避したのか。

 もはやこの時点にあって周囲の観客はただ、沈黙を守るのみ。

 もう、この模擬戦は人の限界に到達していると心が理解しているからだ。戦士達は少しでも何かを吸収しようと、目を大きく見開き、瞬きを忘れたかのように見守る。村人達は何が自分達の前で起こっているのか、あまり理解できていないが、凄いことだけは分かるというもはや感性的なものの見方をしている。


 そんな素晴らしい試合の中、アインズのみが冷たい目で観察していた。

 その心中にあるのは本気を出していないのではという疑心であり、この程度のなのかという困惑であり、周囲の熱意に相反する冷め切ったものである。


 アインズの心中を無視し、再び剣と剣がぶつかり合う。

 戦士たちが村人達が顔を紅潮させ、手を握りしめる。一歩間違えばどちらかが死ぬ、頭のどこかでは理解できているのだろうが、恐らくはそんなものは抜け落ちているだろう。

 そこにあるのは決して手の届かない、崇高なるものへの憧れのみ。


 鋼と鋼が硬質な音を立て、立て、立て、立て――。

 互いの剣を合わせるスピードは徐々に限界が無いように早まっていく。


 ぶつかり合う音がまるで1つの長い音のように聞こえてくる。


 ――やがて、弾かれたガゼフの剣がそのまま滑り、デスナイトの顔を薄く傷つける。それはまさに幸運による一撃に誰の目からもそう見えた。

 たまたま弾かれた剣が突き出されて顔を軽く切り裂いたと。


 そしてアインズの声が響く。


「――そこまで」


 爆発せんばかりの歓声が上がった。素晴らしい戦闘を称えるものであり、自らの隊長が勝ったことに対する戦士達の咆哮だ。


「……さすがは王国最強ですね。ガゼフ様」


 呼吸を乱し、顔を紅潮させたガゼフが、歓声を背中に近づいてきたアインズに笑いかける。噛みつかんばかり獰猛な笑みを前にしてもアインズに驚きは無い。


「勝たせてもらったということかな、アインズ殿?」


 噴出す汗を懐から取り出した布でぬぐいつつ、その布の隙間から殺意すら漏れんばかりの意志が透けていた。


「いえ、滅相もありません」アインズは一歩近づき、他の誰にも聞こえない声で「私が勝った場合厄介になりますから」

「――ほう」


 ギシリと空気が歪む。それを平然と受け止めるアインズ。ガゼフは汗をぬぐいきると、布を懐にしまう。


「覚えておこう」

「鎧の一着は村長殿の家に置いてあります。どうぞお持ち帰りください」


 ガゼフの後ろ姿を見送りながら、アインズは薄く笑う。取り合えず王国の最強の戦士にも存在を強く認識してもらえたようだ、と。


 喧嘩を売ったかもしれないことは重々承知である。だが、ガゼフは必ず王に会ったことを伝えるだろう。彼は己の感情によって上げるべき情報を握りつぶすようなタイプの人間とは思えない。そして王に対する忠誠も充分に持っているはずだ。それは先の装備を解除して欲しいといった際、王の剣ゆえに解除できないと断ったところから予測が立つ。


 どうにせよ、損は無い取引だった。

 満足げにアインズはデス・ナイトを見る。一体いつ消えるんだ? という疑問を抱きながら。



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