早稲田大文学学術院の渡部直巳教授にセクハラされた大学院生が、相談した他の教授に口止めされるなどの対応に絶望して退学。渡辺教授は退職を願い出たと報道された。1996年に第一文学部を卒業し、新聞社に20年勤めた後に早稲田の大学院に在籍しているジャーナリストのなかのかおりさんが、権威とハラスメントの構造を考えた。
7月初旬、文学学術院の院生はこう話した。「渡部先生の講義はやっと代講が決まった。処分が発表されていないので、関係する先生の研究室にいる学生は修士論文がどうなるか、いら立っていますよ」。さらに「セクハラの内容についてはわかりませんが……。別の教授に相談したのにもみ消され、大学窓口の対応も悪い。これは組織全体の問題です」と憤る。
早稲田出身で、渡部氏とは共同の著作もあるいとうせいこうさんも、Twitterで組織の体質を指摘していた。
『渡部さん、これは完全にダメだ。被害者最優先であらゆることが進むべき。組織も20世紀のままだ。』
一方で夏休みを前に他の院生に聞くと、意外にも周囲で渡部教授の話題は出ないという。「大学院の研究室はどこもそうですけど、文学学術院は特に閉鎖的。横のつながりがないので関係する学生以外は事情がわかりません」と他人事のようだった。
報道によれば、退学した女性は勇気を持っていろいろな人に相談したという。にもかかわらず、退学を選ぶしかなかったのは、どれだけ辛く悔しいか想像できる。努力してせっかく入った大学院なのに、もったいない。私は他人事とは思えなかった。
40代半ば、社会人枠で早稲田の大学院に入った私。新聞社でキャリアを積んだが高齢出産後、娘の病気の多さに職場での評価は下がり、長く携わった取材職に戻れず退職した。独立してジャーナリスト活動をすると決め、併せて20年のメディア経験を生かせる教育や研究にかかわりたいと大学院を志した。
調べた結果、学部を卒業した早稲田の社会人枠で専攻を見つけた。出願に英語のスコアが必要だったため、まだ会社勤めをしている時期に英語の試験を二つ受けた。娘が絵本を読む傍らで英語のテキストを見て勉強し、四半世紀ぶりに長時間のテストに挑戦した。
出願書類を作成し、筆記や面接の試験を経て合格。入学前には、娘との生活を壊さずに仕事をしながら講義を受けるスケジュールを何カ月もかけて考えた。もちろん、費用もかかる。私は学部卒業生なので入学金の30万円は免除。学費は社会人なら給料から支払っている場合が多いが、ハードなアルバイトをして捻出している院生もいる。
私の場合は、やっと入った大学院に通ってみたら、かなりのカルチャーショックがあった。学部では、学生の人数も多くゼミのない学科だったので、教員との距離は近くなかった。それよりサークルの指導者や先輩、アルバイト先の上司との関係が印象に残っている。
大学院には教授をトップにした少人数の研究室があり、その集まりは何より大事なものだと周囲に教えられた。私は新聞社で、大学の教授に取材し対等にやり取りする経験を重ねていたから、内側に入ると「権威に従うべき」という空気の重さに驚いた。
また大学院も一般教養のような科目を取らなければならないため、初対面の教員にあたる。もちろんいい教員や教授がいて、学びや発見はある。だが、権威が重視され、履き違えた教員もいるのは事実だ。
入学してまもなく、ある講義の教員に激しく怒られた。早稲田出身の他大の教授で決まった科目だけ教えに来ており、私は社会人の経歴を伝えていた。提出した課題の書き直しを命じられ、「意見を聞く」と言われたので私が趣旨を説明した。
そのうち教員が怒り始め、「謙虚さがない」「もう話したくない」「あなたのような人は見たことがない」とののしられた。最後には「新聞記者のキャリアがあるからって……」と言われ、そういうバイアスがあったのかと理解した。