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論考 2018/07/25

トランプ外交の一貫性
―シャルルボワ、シンガポール、ブリュッセル、ヘルシンキで見えてきたもの―

中山 俊宏(慶應義塾大学総合政策学部教授)

 トランプ外交に果たして一貫性はあるのか。外交エスタブリッシュメントのアドバイスを退け、事務方が積み上げたことはいとも簡単にひっくり返す。継続性と専門家の知見の蓄積が他の領域以上に目立つのが外交だが、そうであるからこそ、トランプ大統領の規格外の行動が際立つ。トランプ外交を評してしばしば「その場限りの取り引き(transactional)」のようだといわれるが、それは多くの場合、結果を急いで出すよりも、継続して協議を続けること自体が目的である「外交」という行為そのものへの苛立ちでもある。とにかく自分にとって有利な一点に向かって突き進んでいく。それがトランプ外交だ。トランプ大統領が考える狭義の国益の追求が他のものを押しのけていく。トランプ大統領にとっては、おそらく「勝ち」か「負け」以外にはない、ということだろう。

 しかし、そこにある種の一貫性のようなものが見出せはしないか。論理的一貫性とさえいってもいいかもしれない。その輪郭は、選挙の時からかなりはっきりと見えていたが、6月上旬のシャルルボワ・サミット、米朝シンガポール会談、ブリュッセルNATO首脳会議、そして米露ヘルシンキ会談の流れの中で、改めてかなりはっきりと見えてきた。それは、年末から年始にかけて発出された「国家安全保障戦略」とも「国家防衛戦略」とも異なる、トランプ大統領の中で成立している論理的一貫性だ。

 一連の流れを追っていこう。まずトランプ大統領は、シャルルボワ・サミットに向けて出発する直前、ロシアはG7に復帰すべきだと発言した。ロシアは、ウクライナ騒乱に端を発したクリミアへの侵攻を機にG7から追放されたが、事態の改善のないまま、ロシアの復帰を唱えたことはいかにも唐突だった。ロシアの問題は、G7として「法に基づいた国際秩序(rules-based international order)」を尊重すべきだ、という明確な態度表明であったが、トランプ大統領の発言はその根拠を切り崩しかねないものだった。当然、この発言はヘルシンキ会談に連なっていく。

 このことを証明するかのように、サミットのコミュニケの案文作成中に米側が「法に基づいた国際秩序」という文言に難色を示したことが伝えられた。単独的な制裁関税の発動、パリ協定やJCPOA(イランの核問題に関する最終合意)からの離脱など、この文言はアメリカを批判する言葉である、と受け止めたようだ。米国との交渉の難しさは、ドイツのメルケル首相がインスタグラムで発信した写真を通じて世界に伝えられた。

 トランプ大統領は、サミットの場にいた友好国に対する一方的な関税措置について、頑なな姿勢を崩さなかった。また、議長国であるカナダのトルドー首相の対応に露骨な不満を表明し、最終的には、全会一致で採択したコミュニケを承認しなかった。ジェンダーのセッションには遅刻し、環境のセッションはシンガポールに向けて一足はやくシャルルボワを去ったため欠席した。価値を共有する先進諸国グループというよりも「G6プラス1」という亀裂を印象づけたサミットだった。

 続いて向かったシンガポールでは、金正恩朝鮮労働党委員長と会談し、上機嫌だったトランプ大統領は、会談後一時間以上にわたって単独記者会見を行った。単独記者会見は、政権発足以来2回目、一年ぶりだった。非核化への道筋は明確に示されたとは言えないが、上機嫌な大統領は、ひたすら話し続けた。

 焦点はもっぱら非核化だったが、本稿との関連でより気になるのは、トランプ大統領が米韓合同軍事演習の中止を約束したことだ。しかも、その論拠はお金がかかる、というものだった。「自分は飛行機のことはよく知っている、グアムから六時間半かけて爆撃機を飛ばし、しかも大半は米側がコストを支払っている。それは割に合わない。」それがトランプ大統領の口から真っ先にでてきた理由だった。トランプ大統領がこの決断をするにあたって、国防省や韓国に事前に話していた節はない。さらに、トランプ大統領は、この演習を「挑発的なウォー・ゲーム」と呼んだ。これは北朝鮮や中国が合同演習を非難する時に用いる用語だ。トランプ大統領が、金正恩委員長の口車に乗せられた可能性は否定できないだろう。さらに、今回の会談とは直接関連づけはしなかったものの、在韓米軍の撤退を将来的な目標として言及、「ぜひ彼らをアメリカに呼び戻したい。今は議題には上っていない。今はそうではないが、いずれそうなることを望む」、そう発言した。

 ここから明らかになるのは、トランプ大統領が、同盟をアメリカにとっての「負担(コスト)」という観点からしか見れていないことだ。トランプ大統領は、これまでもアメリカが朝鮮半島から遠く離れていることを何度も強調している。最終的には、韓国、日本、そして中国などの近隣諸国が、北朝鮮問題にかかわるコストはすべて負担すると。その論拠は、ただひたすら「アメリカにとって朝鮮半島は遠い」という一点に集約できる。トップ会談で問題をさっさと解決して、遠い地域の問題からは手を引かせてもらう、なぜなら同盟国に対するコミットメントはアメリカにとって負担以外のなにものでもないからだと。日米同盟はまだこの批判には晒されていないが、NATOはすでに直撃を受けている。

 このことは、ブリュッセルで行われたNATO首脳会議ではっきりと確認された。トランプ大統領は加盟国に対しGDP2%というオバマ政権時に合意した努力目標を盾に防衛支出増を要求、それが達成できなければ「独自の道をいく」と発言し、アメリカとNATOの関係が根本的に変わるかのような脅しにでた、と伝えられている。アメリカは最終的な合意には名を連ねたものの、ここでもまた亀裂が目立った。どこから出てきたのかはっきりしないが、トランプ大統領の口からGDP4%という数字まででてきた。これはアメリカも達成していない数字だ。トランプ大統領からしてみると、大西洋を挟んだ遠いヨーロッパのことだから、当然、欧州側のNATO諸国が支払うべきだという感覚なのだろう。

 G7、そしてNATOという「仲間」との「喧嘩」の後にセットされた、金正恩、プーチンとの会談は、異形なトランプ外交のカタチをさらに際立たせた。金正恩委員長をどう思うかと尋ねられ、トランプ大統領は、「彼は才能に溢れている。タフで、賢く、正しいことを行いたいと考えている人物だ」と称えた。さらに、VOA(Voices of America)との単独インタビューでは、金正恩委員長が(北朝鮮の)人民を愛している、とまで述べている。アメリカの大統領が、北朝鮮のトップと並んでカメラの前に立つというだけでも大変な譲歩だが、ここまで賞賛する必要が果たしてあったのか。

 しかし、よりわからないのは、米露首脳会談の方だ。そもそも何を目指した会談だったのか不明だったし、終わってみてもそれがよく見えてこない。ロシアは開かれたアメリカ社会の脆弱性につけ込み、その選挙プロセスに介入したとされる。少なくともアメリカの情報機関はそのことについて疑いを抱いていない。しかし、プーチン大統領と並んで行われた記者会見では、「ロシアがやったという理由は見つからない」と述べ、世界を驚かせた。

 会談が実施される前の週、「ロシアゲート」を捜査している特別検察官が、ロシアの情報当局者12人を大統領選介入疑惑で起訴している。このタイミングは偶然ではない、というのがもっぱらの見方だ。トランプ大統領は、このロシアゲート捜査を自分に対する敵対的行為だと見なしている。もしくは、選挙における自分の勝利の正当性を奪おうとする反トランプ派による陰謀だ、と見なしている。特別検察官の行動は、米露首脳会談で、トランプ大統領がロシアの介入についてプーチン大統領に強く迫らざるをえない状況をつくり出すことにあったとされる。しかし、こうした牽制を無視し、トランプ大統領はプーチン大統領を擁護するかのような発言を繰り返した。会談は完全にロシア主導だった。さすがに米国内の反応は厳しく、「本来はロシアがやったのではないという理由は見つからない、と言おうとしたところ、誤って発言してしまった」と珍しく過ちを認めた。しかし、時すでに遅し。批判がおさまる様子はない。

 トランプ大統領のこうした権威主義的な指導者に対するある種の親近感はなにも今回に始まったことではない。プーチン大統領、エルドアン大統領、シシ大統領(エジプト)、ドゥダ大統領(ポーランド)、オルバン首相(ハンガリー)、そして習近平主席、と挙げていけばきりがないほど、そこには一貫性がある。これは、サミットで西側先進諸国のリーダーたちに示した対決姿勢とは対照的だ。伝えられるところによると、トランプ大統領は、金正恩委員長のことを一切批判しない北朝鮮の国営メディアのことを冗談ながらも賞賛したという。普通の大統領なら完全にアウトな発言だ。

 このような大統領の一連の言動は、突発的なようにも見えるが、そこにはある種の一貫性も見出せる。それは外交における「トランピズム」とでも呼べる態度の下地を構成しており、ここからトランプ外交の三つの支柱が見えてくる。まずは、①国際秩序や規範の維持を米国が担うべき責務とは考えていないこと。次に、②同盟国へのコミットメントが米国の一方的な負担になると考え、同盟国をアメリカに寄生するフリーライダーだと見なしていること。そして、③強権的な権威主義体制の指導者とウマが合い、そんな指導者を羨ましくさえ思っていること。トランプ大統領自身が独裁を志向しているというわけではないが、強ければそれでいい、というある種のリーダーシップ感が滲み出ていることは否定できないだろう。それは自分が国内からの批判に晒されていることへの苛立ちだ。

 これらの要素はなにも今になってはじめて明らかになったことではない。しかし、シャルルボワ、シンガポール、ブリュッセル、ヘルシンキでのトランプ大統領の一連の立ち振る舞いは、単なる選挙のメッセージやスローガンを超えて、大統領自身がそれを丁寧に実演しているかのようだった。それはまさに "present at the destruction" という言葉に相応しい状況だった。重要なのは、この三つの支柱がそれぞれ別個に立っているわけではなく、それぞれが組み合わさり、トランピズムという一つの世界観を構成していることだ。

 逆から見ていこう。③は今回の米朝首脳会談が一つの典型例となる。北朝鮮は国際秩序の側から見ると、問題児であることはいうまでもないが、トランプ大統領が会って話せば、少なくともその対話が続いている限りにおいては、脅威が減殺される。半年前は、「小さなロケットマン」や「老いぼれ」という言葉が飛び交い、アメリカによる武力行使が間近なのではとまことしやかに囁かれていた。ヘルシンキで行われた米露首脳会談においても、ロシアを西側にとっての「脅威」ととらえる視点は希薄だった。クリミア併合の容認や、NATO合同軍事演習の中止、という懸念された事態は回避されたが、トランプ大統領はNATOやEU諸国よりもロシアとの近さを意識的に際立たせた。こうした行為が積み重なっていけば、西側や同盟といった発想は音を立てて崩れていくだろう。しかし、トランプ大統領が、プーチン大統領や金正恩委員長と話を続けていれば、目の前にある脅威は少なくともその瞬間は減殺される。そうすれば、自ずと②のコミットメントを維持する必要性も低下する。そして、③と②を進めていけば、結果的に①の責務からも解放される。西側先進諸国というグルーピングの存立理由も希薄になり、アメリカは外に出ていって、国際秩序や規範を維持するミッションから解放される。むしろ、ためらいなくかつての仲間、アメリカの足元を見ているかつての仲間に対して「アメリカ・ファースト」を追求できる、という連関が成立する。単純に見えるが、トランプ外交は実際この方向に進んでいる。

 トランプ大統領自身が、この流れを明確に頭の中に思い描いて行動しているというわけではないだろう。しかし、トランプ大統領の思考は結果としてこのような軌跡を描き、それがトランピズムの実現という限りにおいては合目的的であり、その意味においては、そこに一貫性があると考えることができる。この見方が正しいとすると、メルケル首相が発信した写真は、"present at the destruction" の瞬間を象徴する意味合いをもつ歴史的なものになるかもしれない。繰り返しになるが、日米同盟はまだトランピズムの荒波には晒されていない。場合によっては、このまま逃げ切れるかもしれない。しかし、日本が安泰で居続けられる、という論理的な説明はできない。トランピズムの論理的一貫性はむしろ逆のことを示している。

(了)

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