写真はイメージ=PIXTA 「夫が稼いで妻が家庭を守る」という考え方はあなたにとって常識でしょうか? 今生じている様々な変化は、端的に言えば、世代間の生活スタイルの変化でもあります。言い換えるなら、親の常識が子に通じない、という状態であり、社長の常識が若手に通用しないという状態なのです。そのことをあらかじめ理解しておけば、あなた自身のキャリア構築においてより適切な判断がしやすくなるでしょう。
■若手がすぐやめるのは給与の安さが原因ではあるけれど……
「たしかに弊社の若いプログラマーの給与は安いと言われます。けれども同業他社でも同じような会社はいくらでもありますし、そもそも従業員100人程度の小さな会社ですからね。大手と比べられても困りますよ」
昨今の転職市場の活性化と若手の売手市場傾向は、多くの会社の経営者を悩ませています。特にIT業界においてそれは顕著です。顧問先のお悩みでも、30歳前後の優秀な若手が転職してしまう、という相談を受けることが多くなりました。
そこで弊社に相談されてきた社長に逆に、何が原因で転職されてしまうと思うのか、ということを尋ねたところ「給与の安さ」を答えられました。それも前述のような「言い訳」とともに。
しかし弊社がその会社の人事制度を分析してみて、さらに若手からベテランまで、社内の主要メンバーにインタビューしてみたところ、原因がそうではないことがわかりました。そしてその原因をわかりやすく伝えたところ、社長は腕を組んで黙り込んでしまいました。
その会社で若手が辞めていく原因は、たしかに給与が安いからでした。しかしそこを掘り下げていくと、もう少し根深い問題があったのです。
それは社長が常々従業員に伝えていた、こんな言葉への強い反発でした。
「今多少給与が安くても、しっかりと経験を積んでおけば、ちゃんと給与も増えていくから。それに残業すればそれなりの給与にもなるだろう。さらに40代になれば●百万円の年収も十分に狙える。みんなが嫁さんと子どもをしっかり食わせていけるように私も頑張っている。みんなもしっかり頑張っていこう!」
おそらく50代以上の方は、この社長の言葉にあまり違和感を覚えないでしょう。
しかしその会社の若手は、社長がこういう言葉を口にするたびに嫌気がさしていたと言います。端的な気持ちとして、こんな言葉を若手から聞きました。
「今の給与じゃそもそも結婚できないんですよ。昼飯すら毎日自炊弁当ですから」
「残業して給与を稼げ、って社長が言っちゃいますか」
「今会社にいる40代の先輩や上司たちって、仕事できない人たちが多くないですか。その人たちに●百万円の年収払ってるくらいなら、実際に結果を出している僕たちの給与増やしてくれてもいいと思うんですけどね。あの人たちの嫁さんや子どもの生活費を僕たちが稼ぐっておかしくないですか」
なぜこのような反発が生じるのか、私はもう少し具体的に言葉を続けました。
■生活スタイルの変化に気づけない経営者たち
「そもそも『嫁さんと子どもを食わせていく』という発想自体が若者離れを引き起こしている原因だとご理解されていますか?」
そう言って、さまざまな統計データをお見せしました。たとえば結婚年齢が後ろ倒しになっていることとか、出産年齢がさらに後ろ倒しになっていること。さらに、一番多い世帯モデルがすでに独身世帯になっていることや、専業主婦世帯が激減していることなども示しました。それらを踏まえて示した人事に基づく経営課題は次のようなものでした。
・終身雇用を前提とした給与の後払いの仕組みが若者離れを起こしている
・それは「給与の後払い」という考え方が今の生活スタイルに合致していないから
・「給与の後払い」の仕組みを維持する限り、転職できない人か、転職に対して慎重な人が会社に残りやすくなる。それは次のような人材が社内の標準となる可能性を生む。
転職できない人:技術力やコミュニケーション能力が低い人
転職に慎重な人:リスクをとってチャレンジすることに対して慎重な人
・つまり「技術力やコミュニケーション能力が低く」「リスクを取ったチャレンジをしない」人たちの集団になる可能性が高い
(実際に、40代以上の社員たちがそういう傾向を持っている、と若手は考えている、というアンケート結果もありました)
「しっかり勤めてくれさえしたらちゃんと報いてあげたい、と思っていたんですが……」
「たしかに、今の40代以上の方々にそうして報いておられますよね。でもそれを見て若者たちが離れていっているわけです」
「いつかは自分たちも年を取るとか思わないんでしょうか」
「『今』お金がないんです。若い人たちは。そして10年後に報いてあげる、と言われても、目の前に示される転職先の年収が10年後の金額に匹敵していたら、転職しない理由はないでしょう? 転職した先で10年頑張れば、さらに高い給与をもらえる可能性が高い、と思うのが人の常でしょう。転職を選ぶ彼らが正しい、ということを理解しなければ、何も変わりませんよ」
そう伝えると社長は本当に黙りこんでしまいました。
■自社の経営者の「常識」で出世の可能性を見極める
「嫁さんと子どもを食わせていく」というかつての常識に違和感を持つか否か。これが現代の人事課題の多くを解決する最初のポイントです。そして多くの経営者たちが高齢である以上、この違和感を社内のあたりまえにすることはとても難しいのです。
もしあなたが今20代で、今いる会社でキャリアを伸ばすか転職するかを迷われているのなら、社内の常識を確認してみるべきです。それはたとえば人事制度が後払いの仕組みになっているかどうかでわかります。端的に言えば、年をとらないと出世できないとか、年齢によって増える給与があるとか。
逆に年齢を問わずプロジェクトを任されたり、役職についてちゃんと給与も増えていたりするのなら、それは後払いではない仕組みの可能性が高いでしょう。
私たちが成功するためには、どんな人たちの集団で過ごすかがとても重要です。そのことを見極めるためにも、あらためて社内の人事の仕組みを確認してみましょう。
平康慶浩 セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年から現職。大企業から中小企業まで130社以上の人事評価制度改革に携わる。高度人材養成機構理事リーダーシップ開発センター長。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。