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女性が職場で「雑用」ばかり任されやすい理由 

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 こんにちは、暑い日が続きますね。みなさんいかがお過ごしでしょうか? この連載では以前、「日本の職場では女性のスキルが活用されていない」という話と、「女性のスキルが活用されていないだけでは説明のつかない男女間の賃金格差が存在する」という話をしました。雇用形態もスキル水準も同じなのに、女性のスキルが男性よりも活用されていないのは、仕事内容に差があるからだと考えられます。

 ほぼ全ての業界で、昇進につながりやすい仕事と、つながりにくい仕事が存在しています。例えば、私がこれまで働いてきた国際教育開発の業界では、資金を取ってきたり、それを使ったりする仕事は明白に昇進につながりやすいです。一方、例えば議事録を作成したり、事務所内の委員会の委員長を務めたり、といった仕事は、誰かがやらなければいけない仕事ではあるものの、ほぼほぼ昇進とは無関係です。

 あなたの職場では、このようなスキルが大して活用されない、昇進につながりにくい仕事が、男女間で平等に配分されているでしょうか? 大半の読者の職場では、主に女性が昇進につながりにくい仕事、言うなれば「雑用」を引き受けているのではないでしょうか。今回はこの、女性が昇進につながりにくい仕事を担っているメカニズムに迫った、米国の研究についてご紹介しようと思います。

女性は男性より損する役割を引き受ける

 なぜ昇進につながらないような仕事の多くは女性によってなされているのかを解明するための、5段階からなる実験がピッツバーグ大学で行われました。実験の概要は次の通りです。

 第一実験では男女混合の3人組を作り、2分以内に誰かがパソコンのエンターキーを押すという作業をしてもらいます。エンターキーを押した人は1.25ドル貰えますが、押さなかった二人は2ドルもらえます。2分以内に誰も押さなかった場合、3人全員とも1ドルしか受取ることができません。この作業を10回繰り返します。

 誰かがボタンを押さないと皆が損をするわけですが、ボタンを押した人は押さない人よりも損をすることになります。これは、誰かが昇進につながらない仕事を引き受けなければならないけど引き受けた人は損をするという、日常的に職場で見られる状況を再現したわけです。

 この結果、ボタンを押す役割を引き受けた回数は、男性が平均2.3回、女性が平均3.4回でした。女性が約50%も多くこの損な役割を引き受けたのです(読者の中には、女性が二人、男性が一人のグループでも、合計が10にならないと気がついた方がいるかもしれません。平均して10回中2回ぐらいは、誰もボタンを押さずに皆が損をした、ということです)

 女性は男性よりも損な役割(=昇進につながらない仕事)を引き受けることが多い点がこの実験で明らかになったのですが、重要なのはそのメカニズムです。なぜ女性は男性よりも損な役割を引き受けるのか。メカニズムが違えば、対処策も異なってくるでしょう。

 雑用労働のメカニズムを「需要」と「供給」から考えると以下の通りのことが言えます。雑用労働を需要する側、つまり上司の側からみると「上司が損な役回りを誰かに頼むときに、女性に多く頼んでしまう」ということが考えられます。この場合、主な対処策は管理職に、そのような女性差別をしないように働きかけるという方法になります。

 一方、雑用労働を供給する側、つまり女性の側からみると「女性は男性に比べて利他的なので進んで損な役割を引き受ける」ということが考えられます。この場合、主な対処策は女性のエンパワメントでしょう。損なことや嫌なことは男性と同程度に引き受けたくないと言っても良いんだよと自信を付けてもらうことになります。

 では、雑用労働の需要と供給のメカニズムのうち、どちらが優勢なのでしょうか?

女性はなぜ損する役割を引き受けてしまう?

 これを検証するために、第二段階として男女別の3人組を作った実験が行われました。女性の方が男性よりも利他的であるという、雑用労働の供給側のメカニズムが優勢なのであれば、女性だけのチームは、男性だけのチームよりも、誰もボタンを押さずに皆が損をするという回数が少なくなるはずです。

 しかし、実験の結果、男性だけのチーム、女性だけのチーム、どちらも一人当たり約2.7回損な役回りを引き受けており、男女間で差は見られませんでした。つまり、女性の方が男性よりも利他的だから損な役回りを進んで引き受けるというよりも、上司が損な役割を女性に多く頼んでしまうという、雑用労働の需要側のメカニズムが優勢ということになります。

 実際に、第三実験では部外者が男女混合3人組の誰かに損な役割を引き受けるよう依頼するという方法が取られたのですが、損な役割を多く頼まれたのは女性の参加者でした。つまり、女性が損な役割を演じるのは、利他的だからというよりも、そのような依頼を受けてしまうから、ということになります。

 興味深いのは、依頼者の性別と、女性に多く損な役割を依頼する、という両者の間に相関関係が見られないことです。噛み砕いて言うと、依頼者が女性であっても女性に損な役割を多く依頼するということです。女性と労働を考える際に、女性の管理職が増えれば女性の労働問題は解消されると考えがちですが、女性が昇進につながりづらい仕事を多くしている問題は、女性の管理職が増加したとしても解消される見込みはない、という点には留意が必要でしょう。

 なお、字数の関係で詳細は省きますが、この研究ではさらに実験が行われていて、人が女性に損な役割を頼みがちなのは、女性の方が男性よりも損な役割を依頼したときに断らない可能性が高いという期待を人びとが持っているから、ということが明らかにされています。

まとめ

 日本で男女の賃金格差を考える時に、男女の教育水準に先進国で最大の差がある点は見過ごされてはいけません。しかし同じ教育・スキル水準の男女であっても、女性のスキルは男性よりも活用されていない点は重要です。教育水準の問題を解決すればそれでよい、ということではないのです。

 今回は、なぜ女性のスキルは男性よりも活用されていないのか、その理由に迫った研究を紹介しました。職場で女性のスキルが活用されない一つの理由に、女性の方が昇進につながりにくい仕事を多くしているという女性差別の問題があります。そして、この差別は周りの人たちが女性に損な役割を依頼するから起こっており、たとえ女性が上司になったとしても起こってしまうものです。

 この問題の解決策として二つの方法が考えられます。一つは、この問題は女性が利他的だから起こっているのではなく、女性が損な役割を断らないという期待から起こっているので、教育段階を通じて、男性と同程度に嫌なものは嫌と言えるように女子をエンパワメントしていく方法です。

 もう一つは、女性に損な役回りを頼みがちであるという傾向が広く知られて、管理職研修などにこのような女性差別をしないためのプログラムを組み込むことです。米国で働いていると「それは私の業務内容に入っていない」と業務を断る人が散見されます。昇進につながりづらいとはいえ、必要な仕事であることにかわりはありません。結局誰かが損な役回りは引き受けなければならないので、必要なのは、公平に割り振られるような仕組みを作るということでしょう。一つめの方法よりこちらのほうが重要になると思います。

 この研究を勉強してから自分の身を振り返って反省をしています。国際機関で勤務していた時に、日本からの出向者の方に「君は雑巾がけを全然しないからダメだ」と言われたこともあるぐらい雑用を断り続けていたのです(余談ですが、日本で働いたことが無かったので、雑巾がけという比喩を知らず、雑巾がけが上手になっても途上国の子供が救われるわけではないから、そんなのはアシスタントにやらせれば良いと反論して顰蹙を買ったのは良い思い出です)が、これを可能足らしめていたのは、自分がやや見た目にもごつい男性だからであるという点は気づいていませんでした。また、私自身も会議の議事録作成などを割り振る時に、無意識のうちに女性の部下によりお願いしていたと思います。

 こういった女性差別があるんだよということが広く認識されて、このような女性差別に社会的な取り組みがなされることを願っています。

畠山勝太

ミシガン州立大学博士課程在籍、専攻は教育政策・教育経済学。ネパールの教育支援をするNPO法人サルタックの理事も務める。2008年に世界銀行へ入行し、人的資本分野のデータ整備とジェンダー制度政策分析に従事。2011年に国連児童基金へ転職、ジンバブエ事務所・本部(NY)・マラウイ事務所で勤務し、教育政策・計画・調査・統計分野の支援に携わった。東京大学教育学部・神戸大学国際協力研究科(経済学修士)卒、1985年岐阜県生まれ。

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