番外編 -リムルの優雅な脱走劇- 11
三日目の夜。
俺は久々に満足のいく食事を楽しみ、優雅にお風呂に浸かっていた。
マーシャが、俺の渡した魔法カードの組み合わせにより、簡単に湯船の作製から水の補給、そして温度調節までを行ってくれたのである。
「でも、これって凄い便利。正しい組み合わせでイメージするだけで、複雑な魔法が使えるんだもん」
「ねえ〜、その魔法カード〜、どこで手に入れたのよ〜?」
感嘆の溜息を吐いたマーシャに、アイナが問う。
そりゃあ気になるだろうな。
こんな便利な魔法道具なんて、どこを探しても取り扱ってはいないだろうし、古代の
「それがね、ウィリアム先生の知り合いから渡された品で、性能実験に協力して欲しいって預けられたものらしいのよ。私がサトル君の手伝いをしていた時、丁度いいからって渡されたの」
「ふ〜ん、そうなんだ〜。でも、たった一日で使いこなせるようになるなんて、そんなに高性能なのに扱いは簡単なの〜?」
「そうよ! そんな複雑な魔法式を、こんなカードで制御出来る訳ないじゃない! 考えられるとしたら、最初からある程度の術式を組み込み、それを
アイナだけではなく、他の生徒まで興味津々という感じである。
そして、流石はエリートの学生である。このカードの仕組みを朧気ながら予想出来たようだ。
それは正解であり、しかし、不正解でもある。
意味の組み換えによって多様な効果を得るという点は正解だが、術式を組み込んだのでは魔法は発動しないのだ。
魔法を発動させる為の魔法式を組み込むのではなく、その元となる力ある言葉そのものを組み込む事で、術式同士の干渉が起きないようにしているのだ。
簡単に言ってみれば、術者の
故に、正しい意味を持つカードを選択する必要があったのだ。
ぶっちゃけ、今の魔法技術での実現は不可能である。
これを俺から見て素人同然のマーシャがどの程度扱えるかにより、我が国のどのレベルの部隊にまで配置出来るかを調査しようと考えていた。
当然だが、一応は国家機密である。
とは言っても、俺が誰にも内緒にしているのだから機密、というだけの話だ。
こんなアイテムの存在がバレれば、またしても是非とも我が部隊に! と言って争いが起こるのが目に見えている。
完成する前から期待されるのも考え物だし、迂闊に気付かれたら面倒なのだ。
それに、俺の一存で決めると贔屓になりそうなので、きちんとした理由が必要になってくる。
適当な配下に渡して実験しようかとも思っていたのだが、マーシャならば部下でもないし最適な人選である。
情報秘匿に関してならば、この島は丁度良い実験場となりそうだった。
後は生徒達の口止めだが、それは後で考えればいい話だ。
本気で隠したい訳ではないし、最悪の場合、さっさと完成させてしまえば秘密にする理由もなくなるのだ。
今はまだ世に発表する予定のない
なんならこれを学園で配布して、新たなる魔法体系として確立させるのもアリなのだ。
その場合は魔法使いの立場が一気に向上するので、なんらかの制限は必要になりそうだけどね。
俺はそんな事を思いつつ、風呂に浸かりながら話を聞く。
「でもさ〜本当に今日渡されて、仕組みが理解出来たわけ〜?」
アイナの突っ込みにマーシャは苦笑した。
そして答える。
「実はね、使用説明書にメモが入ってたの。例題として、温度調節の仕方とか、土を固める方法や水を集める方法とかの、細かい説明が書かれてたのよ」
そう言って、頬をかくマーシャ。
「まるで、こういう状況の為に必要な魔法、って感じで驚いちゃったけどね」
そう締めくくり笑ったのだった。
「なんだ〜! じゃあ、ウィリアム先生がコッソリと教えてくれたんじゃん!」
「そうよね、組み合わせを発見するだけでも、何日も研究する必要があるわよね!」
「でも、こういう風に私達を影から助けてくれるなんて、ウィリアム老師って凄く素敵よね」
「え〜? でも、お爺さんだし〜」
と、納得する生徒達。
その会話は段々と脱線しているようだ。
流石にウィリアムをお爺さん呼ばわりはどうなのか?
そのメモを用意させたのは、俺だ。だが、コッソリと生徒達を手助けしたのだと思われるように、実際にメモを書いたのはウィリアムである。
これも計画通りに勘違いしてくれたようで何よりなのだが、もう少しウィリアムに感謝してあげて欲しいものだ。
このメモは言うまでもないが、俺が風呂に入りたかったから用意させたものだ。取り扱い説明書に記載する使い方としては不自然なので、一工夫考えたのであった。
あくまでも自然に、それでいてマーシャが魔法を簡単に使えるように、使い方の一例としてメモを用意しておいたのだ。
その苦労の甲斐あって、こうして三日ぶりにお風呂に入れたという訳なのだった。
女子と一緒というのは不本意だが、どちらと一緒に入るにせよ身体を見られる訳にはいかないので、全身をタオルで隠せるという利点はあったのだけどね。
「でもね、こんな魔法があったのなら、初日に必死に水を汲んだのが馬鹿らしく思えちゃったけどね」
とマーシャが苦笑いした。
雨を降らせてそれを集めるなり、氷結魔法により氷を精製しそれを解かして水にしたりと、魔法だけで水を用意するのはそれなりに大変なのだから。
それ専用の魔法具を持つ貴族連中には、関係のない苦労だろうけど。
まあ今は、苦労せずに集められるようになった水のお陰で、こうして風呂に入れる訳だ。
研修という事で、日常生活用に石鹸を持っている女子もいた。
それを借りて髪も洗い、サッパリとする。
これも実は、気分の問題なんだけどね。
人間と同じような身体の作りにしているから、汗も出る。しかし、どうしても我慢出来なければ、そうした機能を止める事も出来るのだ。
今はこの生活を楽しみたいので、そのままにしてあった。
そのお陰で、とても心地良く感じる。
たまには、こういう生活もアリかもしれないな。
マーシャ達の会話を聞き流しながら、俺はそんな風に久々の入浴を楽しんだのだった。
◇◇◇
俺の正体がバレる事なく、無事に風呂を上がった。
というか、俺は男だと宣言しているのだが、誰も信用していないようだ。
警戒心もまるでなく、当たり前のように一緒にテントに入っていた。
それでいいのか? とも思ったのだが、今更である。
テントの外には、噂を聞きつけた女子の列が出来ていた。
結構大きい作りではあるが、同時に入れるのは流石に十名くらいのものである。
大テントを一つ借り切って用意してたんだけどね。
そんな訳で、女子が全員入り終わるのは、当分先になりそうだった。
そして、もう一つ。
ユリウス達の悔しがる顔が見れた点も嬉しい誤算であった。
マーシャが作成した風呂なので、順番を割り込むなど出来るハズもない。
そんな事は俺が許さん。
俺が入りたいから用意したのに、何故譲る必要があるというのか?
そんなものはない! と断言出来る。
今日は良い一日となった。
あのクソ生意気な貴族の子弟どもよりも美味い飯と、この状況下では最高の贅沢とも言える風呂。
この二つの欲求を満たせたのだから。
満ち足りた気持ちで自分のテントへと向かう俺。
その時、俺の『魔力感知』が、激しい魔力の波を察知した。
この
この感情は――食欲!?
《やはりこうなりましたか。お気づきのように、ユリウス達の食事に混ぜられた香料は、魔物の食欲を刺激する系統のものでした。その影響がついに、周囲の魔物を呼び寄せたようです》
お気づきではなかったですが、何か?
いや、そうか……昨日、妙に腹が減ってイライラすると感じたのは、その香料とやらが原因だったのか。
俺の我慢が足りない訳ではなかったのだ。
そうに違いない。
大人な俺が我慢出来ないハズがないのだ、おかしいと思ったよ。
と、今はそんな場合ではないな。
――教師連中は気付いているのか?
《何名かは気付いたようです。流石は、選りすぐりですね》
ふむ、ならばよい。
警戒を怠るような無能ではなかったようで、一安心だ。
さてと、ユリウス達が食事に魔物寄せ効果のある香料を混ぜていた、となると……。
その目的はなんだ?
そもそも、その料理を食べていたのなら、一番危険なのはユリウスという事に――
――もしかして、ユリウスは陥れられている?
《その可能性が高いと思われます。初日に比べてユリウスの負った傷が増えていたので、間違いないでしょう。ですが、この展開は犯人にとっても想定外だった可能性がありますね。魔物の群れを率いるのは、この島の最強の一角である
南方の毒密林に棲む
話が通じる相手でもないし、倒すしかないか。
しかしそれにしても、ユリウスを排除、か。
殺すつもりだったのかどうかは置いておくとしても、やり方が気に食わないな。
食事に香料を混ぜている事から考えても、内通者もいるようだ。
かなり計画的な犯行となるので、俺のサバイバル計画の前から仕込んでいたとしか思えない。つまりは、俺も利用された事になるな。
それは非常に面白くない話だった。
シエルさんは既に犯人の目星を付けているようだし、九十九%は確定しているのだろう。
その犯人達で
俺の計画では、生徒達を危険に晒すつもりなどなかったのだ。
こんな横槍のせいで死者が出るなど、絶対に許す事は出来ない話であった。
――生徒達は全員無事に乗り切れると思うか?
《このままでは難しいでしょう》
やはり厳しいか。
では、少し手を貸してやるとしよう。
俺は濡れた髪を乾かしながら、テントから離れて歩き出す。
そしてそのまま涼むために散歩している風を装いつつ、人気のない場所へと向かった。
周囲に生徒の気配が消えたのを確認し、"認識阻害"の魔法を発動させる。
騒音が掻き消え、俺の周囲は静寂に包まれた。
「居るんだろう、モス?」
暗闇に向けてそう語りかける。
「ここに、我が君」
呼びかけに応えるように小さな人影が出現し、俺に向けて恭しく一礼した。
モスは大悪魔である。
魔界の大公爵にして、
そして――
それでいいのか大悪魔? と思わなくもない、かなり便利な能力を持つ者なのだ。
テスタロッサもテスタロッサだ。
自分の配下を、ディアブロのいいように使わせているのだから。
とかなんとか言っているが、俺としてもモスを便利に使っているのは同じなので、強くは言えないのだが……。
今もまた、俺が呼びかけるなり即座に出現して、臣下の礼を取ってくれている訳だし。
だが、便利なんだよな、コイツ。
旧魔王すらも凌ぐ実力者なら、仮に『分身体』であっても、この島の魔物に遅れを取ったりはしないだろう。
「仕事を頼みたい」
「至上の喜びで御座います」
それに、俺が何か頼みごとをすると、とても嬉しそうに引き受けてくれるのだ。
今度、何か奢ってやった方がいいかも。
例えば、焼肉とかいいかも。いや、それは後で考えよう。
「うむ。では聞くが、迫り来る魔物からこの場に居る全ての者を守りきれるか? 怪我を負う程度は構わないが、致命傷だけは防いで貰いたいのだが?」
「容易い事で御座います、我が君」
「よし、では頼む。死者が出なければそれでいい。ただし、出来るだけお前の存在には気付かれないようにしてくれ」
「はは、心得ました。影ながら見守るように致しましょう」
モスは再び一礼するなり、俺の前から姿を消した。
これで一安心である。
俺は何事もなかったように、皆のもとへと戻る。
あ、お礼がてら食事に誘うのを忘れてたな。
ディアブロに伝言を頼んでもいいのだが、そうすると面倒な事になりそうだし、今度会ったら直接言った方がいいだろう。
お礼は直接言うのが基本だし、今回の件が片付いたらモスを労ってやろうと思ったのだった。
さてどうなるやら。
最悪の事態は防げるだろうから、俺は見極めに徹するとしよう。
ユリウスを陥れた犯人は誰なのか、そしてその目的は何なのか。
この危機に対する教師陣の対応能力と、ユリウスが指揮する生徒達の対応能力はどの程度のものなのか。
危機的状況を前に、全ては明らかになるだろう。
この状況を、逆に利用するのだ。俺はそう考え、小さくほくそ笑む。
そして――
最初に響き渡たったのは、凶悪なる獣の雄叫びだった。
それが、長い夜の始まりを告げる合図となったのだ。
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