さらに読み進めたい人のために


  この冊子は、京都大学文学部に新たに入学してきた人達を念頭に置き、西洋の文学に親しんでもらうための指針として作成した。ただしさらに上の学年の人達にも役立ててもらえればとも思う。このリストを一覧して皆さんの抱く感想はどうだろうか。ほとんどどの本も読んだことがないという人もいるだろう。そういう人は喜ぶといい。西洋文学の豊かな広大な世界が、未知のまま待ち受けてくれているのだから。このリストのうちのどれでもいい。まずは興味が持てそうなものから読みはじめてほしい。一方なかにはここに挙げてある本のかなりの数をもう読んでしまったという人もいるかもしれない。しかしそういう人であっても何冊かは新しい発見があるはずだ。このリストを作るにあたっては、これはぜひ読んでおいてほしいという名作を選ぶと共に、まだ古典とはみなされていない作品でこれはおもしろいという作品も紹介しようとしたのだから。いずれにしても、ここに挙げた百冊以外のものもさらに読んでみたいという人が出てくるだろう。そういう人にさらなる指針として次のような本を紹介しておこう。
  西洋文学の定評ある名作を集めた書物として、その呼び名は様々だが世界文学全集というものがある。すでに読んでおもしろいと感じた作家のものが載っている巻、あるいはつながりのある作家の作品を収めた巻などから読みはじめるとよかろう。現在新刊書店で入手できるものとしては、新潮社の「新潮世界文学」、中央公論社の「世界の文学セレクション」、集英社の「ギャラリー世界の文学」がある。こうした全集はよほど大きな書店でないとすべては棚に並んでいない。その場合は何らかの方法で各巻の内容を調べて注文するとよい。大学の図書館にも世界文学全集はそろっている。付属図書館の開架コーナーには、前記の新潮社と集英社のものに加え、筑摩書房の新旧二つの版の「世界文学大系」および「世界古典文学全集」が並んでいる。主だった作家の個人全集も数多く並べられているので、どういうものがあるかゆっくり見てほしい。総合人間学部図書館には、筑摩書房の「世界文学大系」の他、中央公論社の「世界の文学」、集英社の「世界の文学」と「二十世紀の文学」、白水社の「新しい世界の文学」等が並んでいる。開架されていないものとして、河出書房の「世界文学全集」もある。この他にも領域を限定した全集が、開架閉架を問わず収められているので調べてみてほしい。文学部の図書室にはこの種の本は並んでいない。専門的研究のための図書室という性格が強いためだ。ただし書庫に収められている洋書の原書は、質が高く数も多い。語学をよく学んで、いずれこういう書物も自由に読めるようになってほしい。洋書について言えば、これまでに身についている英語の知識を生かして、英語の作品や英語に訳された作品なども読んでみてはどうだろうか。ペーパーバックは比較的手に入れやすいから。
  文庫本は西洋文学の翻訳の宝庫だ。廉価で持ち運びにも便利なので自分で買うのをお薦めする。古典的名作が多数手に入る文庫として知られるのが岩波文庫。この文庫に関しては、品切れ、絶版のものも京大の各図書館に収められている。新潮文庫にも外国文学の翻訳がよく揃っている。この他、講談社文芸文庫、ちくま文庫、中公文庫、ハヤカワ文庫、角川文庫、河出文庫、集英社文庫ならびに新書版の白水社のUブックスなどに欧米の文学の翻訳がある。文庫本の棚は一見同じように見えるが、書店によって置いてある本には特色があり、よく調べると意外な本が見つかることもある。各文庫ごとの解説目録も参考になる。最近は文庫本でも品切れになりやすい傾向があるので、書店にこまめに足を運ぶといい。最新の作品の翻訳をはじめ、文庫や文学全集ではなく単行本でしか手に入らないものも多い。そういう本が置いてあるコーナーにも注目してほしい。
  以上紹介した膨大な本のなかから、ではいったいこの冊子で紹介した以外のどういう本をさらに選んで読めばいいのか。そのための案内をつとめてくれる書物を以下に列挙しておくので参照してほしい。
  西洋古典文学に関しては、『ギリシア文学を学ぶ人のために』(松本仁助、岡道男、中務哲郎編、世界思想社)と『ラテン文学を学ぶ人のために』(松本仁助、岡道男、中務哲郎編、世界思想社)が参考になる。さらにボナールの『ギリシア文明史』全三巻(岡道男、田中千春訳、人文書院)も古代ギリシアの文明を知るための基本的な書物として挙げておく。
  スラブ文学に関しては、ロシア文学についての全体的な文学史として、『ロシア文学史』(川端香男里著、岩波全書)と『ロシア文学史』(川端香男里編、東京大学出版会)がある。また『新版ロシア文学案内』(藤沼貴、小野理子、安岡治子著、岩波文庫)も役立つ。さらにロシア文学をより深く理解するための大きな助けとなる書物として、『ロシア貴族』(ロートマン著、桑野隆他訳、筑摩書房)も紹介しておきたい。
  ドイツ文学に関しては、『増補ドイツ文学案内』(手塚富雄、神品芳夫著、岩波文庫)と『ドイツ文学史』(藤本淳雄他著、東京大学出版会)がドイツ文学の主な作品を知るのに役立つ。また『ドイツ文学案内』(岡田朝雄、リンケ珠子著、朝日出版社)は個々の作品についての説明や資料が詳しい。もう一冊『ドイツ文学を学ぶ人のために』(深見茂編、世界思想社)も挙げておこう。
  イギリス文学に関しては、日本語の総合的な辞典として研究社英米文学辞典(第三版)があるが、これよりはかなり廉価なペーパーバックの Margaret Drabble & Jenny Stringer, The Concise Oxford Companion to English Literature を薦めたい。
  アメリカ文学に関しても、同じシリーズの James David Hart, The Concise Oxford Companion to American Literature が薦められる。また『アメリカ文学のレッスン』(柴田元幸著、講談社現代新書)は、アメリカ文学のエッセンスを独自の切り口で紹介する絶好の入門書。『アメリカ文学史講義』全三巻(亀井俊介著、南雲堂)もお薦め。特に第二巻『自然と文明の争い――金めっき時代から一九二〇年代まで』が。
  フランス文学に関しては、『増補フランス文学案内』(渡辺一夫、鈴木力衞著、岩波文庫)や『フランス文学を学ぶ人のために』(田辺保編、世界思想社)が参考になる。『フランス文学史』(饗庭孝男他著、白水社)と『フランス文学史』(田村毅、塩川徹也編、東京大学出版会)もフランス文学の流れを知るのに役立つ。さらに詳しく知りたい場合は、六巻から成る『フランス文学講座』(福井芳男他編、大修館書店)も繙くといい。そしてもう一冊、フランス文化についての基本図書、デュビィ、マンドルー共著の『フランス文化史』全三巻(前川貞次郎他訳、人文書院)も紹介しておきたい。
  イタリア文学に関しては、『イタリア文学史』(岩倉具忠、清水純一他著、東京大学出版会)を参考にしてほしい。イタリア文学にきわめて関係の深いわが国の作品として、須賀敦子の随筆(河出書房)および塩野七生による一連の歴史小説(中公文庫)も挙げておこう。
  文学事典の類も上手に利用するとずいぶん役立つ。六巻本の『世界文学大事典』(集英社)が代表的なものだが、他に『新潮世界文学辞典』(新潮社)もある。これらは図書館の参考図書コーナーで見るとよい。
  新刊書店の場所や品ぞろえについては、生活しているうちに徐々にわかってくるものだが、一冊便利な本があるので紹介しておく。『関西ブックマップ』(創元社)というのがその書名だ。この本には古書店も紹介されている。文庫本など広く出回った本の場合には、新刊書店では手に入らなくても、古書店では簡単に見つかるものも多い。特に探している本がなくても、古本屋めぐりは知の世界が広がる思いがして楽しいものだ。やってみてほしい。前記のガイドブックの他、京都に関しては『京都古書店巡り』(京都府古書籍商業協同組合)が、全国の古書店については『全国古本屋地図』(日本古書通信社)が役立つ。ちなみに筆者は、旅をする際この『全国古本屋地図』を大いに参考にしている。最近はパソコンを使っての古書探索も普及している。主なウェッブサイトとして、インターネット古書店案内(www.murasakishikibu.co.jp/oldbook/index.html)、日本の古本屋(www.kosho.or.jp)、Easy Seek(www.easyseek.net/)がある。
 最後に筆者の経験に基づくアドバイスを一言。私が学生生活を送った今から三十数年前、文庫本の種類は今よりはるかに少なかったものの、当時文庫本と言えば定評ある古典的作品を収録するという傾向が強かったため、外国文学の名作の翻訳書の数はむしろ多かった。しかも世界文学全集の類が各社から競って発行されていた時期でもあった。そういう恵まれた状況のなかで、私は次々に読みあさった。知らない作品を前にして胸がときめき、一作読みおえるごとに世界が広がり深まるのを覚えた。仕事柄今でも私は外国の文学を読みはする。若いころとは違う読み方もできていると思う。しかし昔のあの感激を味わうことは少なくなった。どうやら世界の名作には読むにふさわしい時期があるようだ。今のあなたの年頃、それがちょうどその時期なのだ。そしてその時期はいつまでも続くわけではない。どうだろう。この冊子を手がかりに、早速本選びを始めてみては。

(西村雅樹)

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