モモンガ様は胃が痛い   作:くわー
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番外編:戦闘メイドぷれあです

「ナーちゃんの様子がおかしいっす!」

 

 開口一番、戦闘メイドプレアデスが一人、ルプスレギナ・ベータはそう吼えた。

 

 

 ここはナザリック地下大墳墓第九階層、ロイヤルスイートの一角にある使用人控え室。控え室とはいったものの、並大抵の広さではない。一般メイドたち41人と6人のプレアデスたちがそれぞれ椅子とテーブルを持ち込んだとしてもスペースが有り余り、廊下を彩る調度品と謙遜が無いレベルの物で飾られている。

 そんな控え室の一角で、ルプスレギナたち5人のプレアデスたちが円卓を囲んで着席していた。円卓には色とりどりの菓子類や紅茶のポッドが置かれ、プレアデスたちはフォークやナイフで切り分け優雅に口へと運んでいる。

 

 ユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータ、シズ・デルタ、ソリュシャン・イプシロン、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータは、上司であるセバスより待機を命じられていた。というのも、警戒レベルの引き上げがモモンガより訓令として下された今、大規模な防御網の編成が行われている。早急にではなく、確実に。段階を経て、完璧なものを作り上げろというお達しだ。

 故に、階層ごとに分けて順に再編を進めている。情報網の整備も同時に行われるため、全ての階層が一度に動くと多くのシモベを抱えている以上混乱が生じて本末転倒だ。デミウルゴスとアルベドの指揮のもと、現在はコキュートスが守護する第五階層が整備区域である。

 

 第九階層の守護……つまるところ、モモンガの身辺警護は今のところプレアデスの役目だ。しかし現在その役目はセバスとナーベラル・ガンマに引き継がれ、プレアデスたちはモモンガ守護の任を解かれている。

 

「ナーベラルが……?」

「そうっすよユリ姉! さっきたまたまモモンガ様と一緒にいるところを見かけたんすけど、なんかこう、凄くふわふわしてたっす」

 

 カップを傾け紅茶の香りを楽しんでいたユリは、突然声を荒げた次女に怪訝な視線を向ける。ルプスレギナはTPOを弁え、一般メイドたちや姉妹の前ではこのように天真爛漫に振る舞い、守護者たちやモモンガの前では貞淑でやり手の美女を演じる。結果がどうかは置いておくとして、その体裁はユリも大きく評価しているし、大切な妹の一人だ。

 そんな妹の口から飛び出したのは、現在モモンガの身辺の世話を担当している三女の話。常に働いているプレアデスからすればこのような"何もしない時間"の潰し方を知りもしなかったため、ルプスレギナの話題の提供には率直に感謝している。

 

「ナーベラル……ずっとにこにこしてた」

「お、シズちゃんも見たっすか!」

「へぇナーベラル姉様が……って、理由は一つしかないんじゃない?」

「ナーベラル、羨ましいわぁ」

 

 ユリ以外の姉妹達も、ルプスレギナの話題に食いつく。

 モモンガより直接付き従うように指示されたナーベラルの表情を、彼女たちはよく覚えている。そして、物凄く悔しかったことも。

 

 四女のシズは自分専用の超カロリージュースをストローで飲みながら、二日前に玉座の間からこの控え室に戻ってきたときのナーベラルを思い出す。そして自分の頭脳をフル回転させ、一つの答えを導き出した。

 ごくりとジュースを飲み干し、コップを円卓の上に置く。

 

「ちょうあい?」

 

 がたがたがたっ

 

 ユリまでもが激しく揺れた。そしてシズを除く四人の頬が赤く染まる。

 シズ以外の全員が既にわかっていたことだ。具体的なことを口にしなかったのは、モモンガへの不敬であると考えたということも理由のひとつだが――要するに恥ずかしい。

 フォークを置き、ユリは咳払いを一つ。チョーカーできちんと繋いでいるにもかかわらず、首はどこか据わっていない。

 

「やっぱりぃ、ナーベラルはモモンガ様のぉ、ご寵愛を受けたのかしらぁ」

「そう考えるのが妥当じゃないかしらね」

「寵愛って……やっぱりアレっすよね」

 

 がたがたがたがたっ

 

「よしなっさいルプスレギナ、不敬よ」

 

 冷静に考えれば、敬愛する主君を暇つぶしの題材にするなど、無礼も甚だしい。少々上ずった声だったが、ユリはおそらく面白半分で話題を出したルプスレギナを咎める。

 しかし当の本人は悪びれた様子もなく、新しい砂糖菓子を口へ放り込み、飲み込んでから口を開いた。

 

「アレっすよアレ! ユリ姉は羨ましくないっすか!?」

「う……」

 

 羨ましい、などとはいえない。ユリはプレアデスを束ねる長姉であり、部下に威厳を示さなければならないのだ。顔を紅くしながら必死に言葉を模索する。なにか、ルプルレギナが他に興味を持つような話題を……

 

「ルプーぅ、あなたアレって言うけどぉ、どういうことか知ってるのぉ?」

「もちろんっすよ。アレに関してはここの誰よりも詳しい自信があるっす」

「え゛っ!?」

「ルプス……いつの間に」

 

 さすがのユリとソリュシャンも、ルプスレギナのこの言葉には動揺を隠せない。ナザリックから外出したことがなければ、同じような立場の男性NPCとの交流も少ないからだ。というのもプレアデス……第九階層を守護するNPCたちは、現状、第八階層までを守護しているNPCたちとは完全に隔離されているためである。参謀であるデミウルゴスを除き、階層守護者達も例外ではない。何らかの報告やアルベド・モモンガの訓令が下されぬ限り、第九階層に足を踏み入れることは許されていない。

 一般メイドたちが各階層に派遣されることはあっても、その逆はありえない。

 

「やだなー、ただの耳年増っすよ」

 

 ルプスレギナの一言に、他のプレアデスたちは大きく胸を撫で下ろした。

 いや、初めから心配してなどいない。彼女たちは、彼女たちの性格をよく知っている。

 

「私達はモモンガ様にお仕えするメイド……そうでしょう?」

 

 そう目を閉じて囁くように言ったルプスレギナは、普段の快活な娘とは思えないほどに、艶やかで色気に溢れた女性の顔をしていた。

 その言葉を聞いて、姉妹達も思わず緩みきった笑みを零す。至高の四十一人――いや、モモンガという主に仕えている自分は最高に幸福なのだと。このように姉妹同士でゆっくりと話し合う時間も、モモンガが用意してくれたものなのだ。それを蔑ろにしてまで仕事を見つけようとするなど愚の骨頂……彼女たちの数少ない嗜好である、茶菓子を食べながらこのように時間を共にする。

 

「ナーベラル姉様がいないのは残念ねぇ」

「でもぉ、ナーベラルはもっと羨ましいわぁ」

「ずっと、モモンガ様と、一緒」

「モモンガ様が直接ご使命なされたのよ。私達がとやかく言うべきことではないわ」

 

 寵愛を誰に与えるかは、主であるモモンガが決めて当然のこと。そこに嫉妬が介入する余地は無い。

 

「でもでも、気にならないっすか? 初日に私達と合流したとき、こう、ふわーっとしてたんっすよ?」

「違いがわからないんだけれど……」

「ふわふわ、ふわー」

「あの日は……確か、モモンガ様がお怒りになられた日よね」

 

 忘れもしない――ナーベラルの件と同じ、二日前の出来事。あのモモンガが怒鳴り声を上げたのだ。守護者を含む、ナザリックを守るべき者たちの誰一人も異常事態に気付くことができなかったという大失態。

 死を覚悟した。いや、死を以って償うべき不始末だ。しかしモモンガは件の叱咤以降、誰かを責めるということはしていない。それどころかモモンガ自身が先頭に立ち、事態の打開に動いている。

 

 その姿を見たNPCたちの心境は筆舌に尽くし難い。

 

 空になったカップをソーサーへと置き、ユリはくいっと眼鏡を上げる。モモンガについて言及するならばともかく、妹であるナーベラルの話は別問題だ。心の片隅では「屁理屈だ」と訴えかける自分もいたが、聡明な長女は無視した。

 

「あの時は気に留めなかったけれど……ナーベラル姉様、物凄い顔をしていたわ」

 

 ユリに続いたソリュシャンが言うあの時とは、ナーベラルが玉座の間に一人残るようモモンガに言いつけられた時の事だ。他のプレアデスたちは自らの仕事を全うすべく完全に切り替わっていたため、あまり記憶に残っていないが――言われてみれば、真っ青な顔で脂汗を滲ませていた気がしなくもない。

 そして、その後のルプスレギナ曰くふわーっとした様子。やはり……

 

「ちょうあ」

「モモンガ様の別のご命令じゃないのぉ」

 

 シズの言葉をエントマが慌てて遮る。

 

「ユリ姉さんもセバス様と別行動だったし、ありえそうね」

「でも私達の戦闘能力はそこまで高くはないでしょう? アルベド様は先に退室なされていたし、その可能性は低いわ」

 

 ナーベラルのレベルは63で、プレアデスの中では最も強い。しかし、モモンガから見れば雑魚も同然だ。加えて魔法職で職業が被ってしまう。

 

「ナーちゃんすぐ帰ってきたし、それからずっと一緒だったっすよ」

「だったらぁ、モモンガ様がなにかおっしゃったってことぉ?」

「それが一番妥当じゃないかしら」

「ボクもそう思うな」

 

 気が抜けたのか、それとも休憩という意味を頭が理解し始めたのか、プレアデスの面々には普段の凛とした面影はなく、非常にのんびりとした面持ちだ。もちろん最低限のマナーは守っているが、椅子の背に体を預け茶菓子をひょいひょいと口へ運んでいる。

 

「誰かナーベラル姉さんの様子を詳しく覚えてる?」

「うーん」

「私もそこまではわからないっすねぇ」

「ユリ姉様はぁ?」

「ボクはセバス様と周辺調査に行っていたし、返ってきた後もみんなと合流しないで書類にまとめていたから……」

 

 一同は顎へと手をあて考える。あの短時間で、どのような命令が与えられそうか。そうこれは妹の不調を憂いているからこその井戸端会議であり、決して不敬だとか下世話だとかそういうことではない。

 この部屋にはプレアデス以外いないのをいいことに、本来止める立場であるはずのユリも混ざりあれやこれやと言葉を交わす。

 

「まぁあの子はボクたちの中で、一番なんでもそつなくこなすから、そういうことじゃないのかな」

「えー私も器用っすよー」

「ルプー、つめ、甘い」

「うぐぐ」

「いつか大きなミスをするわよ?」

「ウフフ、ルプーはぁ、つめが甘いぃ」

「ソーちゃんとエンちゃんまでひどいっすー!」

 

 ルプスレギナは勢いよく立ち上がり、両手を挙げ威嚇する。

 

 

 他愛もない会話。これまで「お喋り」なるものを経験したことが無い彼女たちは、やはりそれが当たり前だった。創造主の設定に従い、第九階層を守護し続けてきた。しかし――彼女たちが使用される日は来なかった。

 

 「そうであれ」と作られた以上、そんな結末を迎えることに異議などなかった。いや、あるはずがない。彼女たちが戦わないということは、つまるところ至高の四十一人に危険が無いということ。その事実だけで、満足だったのだ。

 

 けれど。至高の御方々は、彼女たちに何も告げずに去っていった。

 

 棄てられたのか、そもそも必要なかったのか。一度として日の目を見ることがなかったマネキンたちは、濃い靄のかかる記憶の彼方で涙を流した。

 

 

 

 ――仕事、ご苦労

 

 ――跪け

 

 ――お前たちの安全より優先すべきものは無い

 

 

 

 でもあの御方だけは、最後まで、最期まで一緒にいてくれる。

 

 

 だからこそ。少女たちはその献身の総てを、愛しき所有者に捧げるのだ。

 

 

 

「じゃあナーちゃんが帰ってきたら聞くっすよ! なんであの時スカートを押さえてたのかって!」

「今後の、参考」

「ワタシもぉ、モモンガ様のお役に立ちたいわぁ」

「ほどほどにね」

「あら。ユリ姉様は気にならないの?」

「えっ! いやっ、ボクはその」

 

 

「モモンガ様、こちらです」

「うむ。案内ご苦労、ナーベラル。プレアデスたちよ、少し話があるのだが――」

 

 

 少女たちは花のような笑顔を浮かべ、主君の入室に気付かず思い思いの言葉を連ねる。

 

 色々と聞いてしまったモモンガは精神沈静化が発動し、身内の恥をさらした三女は風圧で床をカチ割らんばかりに勢いよく頭を下げることとなったが、それはまた別の話。

 

 

 ナザリック地下大墳墓は、本日も平和である。

 

 

 

 




 次回、カルネ村編突入。

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