モモンガの自室に隣接したドレスルーム。魔法職だというのに見た目が気に入った等の適当な理由で買い溜めた鎧や剣が、子供部屋のおもちゃのように脚の踏み場も無いほど乱雑に置かれている。もちろん初めからこの状態だったわけではなく、元々はそれなりに片付けられていたが。モモンガはメイド一人を従えこの部屋に訪れ、あれでもないこれでもないと装備を引き出し続けていた。
「<上位道具創造/クリエイト・グレーター・アイテム>」
モモンガの紡いだ呪文が発動し、その全身を金と紫色で装飾されたフリューテッドアーマーに包まれる。アイテムレベルはレリック……モモンガはもう一つ上のレジェンド級まで創造できるが、あまり消費魔力の収支が合わない。
右手には、同じく魔法で創造されたグレートソード。柄に左手を沿え上段に構え、勢いよく振り下ろす。純粋な筋力、身体能力のみを使用して放たれた斬撃は空気を切り裂き、まるで嵐かと錯覚させる爆風を生み出した。
先ほどは、極普通のクレイモアを振りぬくことが出来なかった。持ち上げることは出来る、落とすことも出来る。しかし何を基準にしているかは不明だが、おおよそ攻撃と断じられるような行動は不可能だったのだ。Lv100の筋力を以ってしても、攻撃行動に移った瞬間武器が手から落ちてしまう。
しかし魔法で創造した装備であれば問題はなさそうだった。何かと現実味が強く出ている世界だが、こういう所はゲームに準拠しているためどうも要領を得ない。
「この状態――重装では使用できる魔法が5種類に限定しまうのが難点だな」
しかし、一方の<完全なる戦士/パーフェクト・ウォリアー>では魔法そのものが使えなくなる。ステータスが三分の一まで落とすか、転移やフライを使用不可にしてしまうか。外の状態がわからなければ判断できない。
「……俺が直接出るべきだよなぁ」
グレートソードを消し、鎧を着たまま腕を組む。上がってくる情報だけではどうも納得できそうもない。部下たちを信用していないわけではないが、やはり営業職時代の自分の足で動くという性格は払拭出来そうになかった。
「……とはいっても」
モモンガはちらりと窺うように背後へ視線を向ける。そこにはもちろん侍らせたメイド――ナーベラル・ガンマがいた。モモンガが落としたクレイモアを拾い上げ、いつでも渡せるよう胸に抱えて待機している。
このドレスルームに来るまでは、ナーベラルを含むプレアデスたちとも少し会話をしていたのだが、やはり彼女たちもモモンガを心から慕っていると理解せざるを得なかった。モモンガ自身異性の扱いは非常に疎く自信も無いが、アレほどまで露骨に表現されると認めなければならない。
にやける表情を隠しながら跪くユリ・アルファ、尻尾を振り回す姿を幻視してしまったルプスレギナ・ベータ、顔を真っ赤にして煙を上げるシズ・デルタ、息が荒く身体の一部がスライム化していたソリュシャン・イプシロン、求愛行動を隠し切れないエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。
――つかれた。
自身に付き従うことが彼女たちの最大の喜びであることは、そのあり方を鑑みればモモンガでも理解できる。だからこそスカートの件の詫びのつもりでナーベラルをしばらくの付き人としたのだが、そのときのほかの姉妹達の表情を忘れられない。
「なんか、無限ループな気がするぞ」
モモンガの胃は擦り切れそうだった。一人だけならまあいいかとナーベラルを選んだにもかかわらず、何処に行くにも付いてくる近衛兵。守護者達ならばともかく、Lv70程度のモンスターを何体か付けたところで、モモンガが倒されるほどの敵が相手ならば意味が無い。
初めは辟易したが、すぐに慣れた。むしろ自慢できるぞと前向きに考えた。しかし、蓋を開けてみれば気になって仕方がない。プライベートというものが存在しないのだ。
「ナーベラルよ」
「は、モモンガ様」
モモンガの呼びかけに、ナーベラルはすっと頭を下げる。背を向けているモモンガには、もちろんナーベラルの姿を確認することができない。しかし返ってきた応答の声の中、話しかけてもらえたという至上の悦びを隠しきれていない。
モモンガはいっそう無い胃がキリキリと締め上げられる痛みを感じる。
「……私は少し出る」
絞り出すような声だった。精神安定化は発動していたにもかかわらず、鈴木悟の悲鳴が声になって表れた。
リフレッシュが必要だ。このままではナザリックを本格的に運営する前に参ってしまう。一挙一挙をNPCたちは脳に焼き付けようと見てくるし、女性陣から向けられる視線がどうも怪しい。特にアルベドとシャルティア……アルベドには罪悪感が先行しているうえに理由もわかる。何故シャルティアまでと考えたが、創造主があのペロロンチーノだということを思い出して不本意であるが納得した。
デミウルゴスやコキュートスと話をすると、ボロが出そうになって肝を冷やすこともあるが、それ以上に楽しい。同性というだけでアレほどまでに安心するとは。話しかけると彼らも喜ぶので一石二丁だ。マーレは見ているだけで癒される。
「承知いたしました」
「え?」
え、いいの? と、モモンガは口の中でなんとか留める。見るからに忠誠心が高そうで近衛を連れて行けと必死に説得しそうなナーベラルがまさか何も言わないとは。本当にただの散歩なのでぞろぞろと引き連れていてもかっこ悪いのでこの反応は僥倖だった。
バシュウッ
「は?」
「準備は出来ております、モモンガ様! さあ、参りましょう!」
なにやら装備が換装される音がしたのでモモンガがナーベラルへと振り返ると、先ほどまで着ていた一般メイドと同じメイド服ではなく、いわゆる戦闘用メイド服に着替えたナーベラルがいた。
目をきらきらと輝かせ、今にもガッツポーズを決めそうな顔。
「あー」
わかりましたと、モモンガは力なく肩を落とすのだった。
ナザリック上空には、三つの影。二つはもちろんモモンガとナーベラルであり、もう一つは中央霊廟で作業中にモモンガを見つけたデミウルゴスだ。転移門を使った移動だったためばれた……と、モモンガは思っている。
「世界征服なんて……面白いかもしれないな」
リアルでは見ることが叶わなかった星星が瞬く夜空。きらきらと光り輝く天空のキャンパスは、もうあるかも分からないモモンガの心を大きく揺らした。それは他の二人も同じようで、ナーベラルは天を仰ぎ、デミウルゴスでさえもこの美しい光景に目を奪われている。彼らはナザリックから出たことすらなかった。その事実が、モモンガの魂に小さな小さな灯を宿す。
世界征服。なるほど、言葉にするだけなら簡単だ。外の情報が何一つ無い今、心のキャンパスに何を描こうとも許されるだろう。
しかし現実はそんなに甘くない。仮に世界を統一出来たとして、その後はどうなる? 滅ぼすならばともかく、世界を統一し統治するとなると、労力に対するメリットがあまりにも少ない。反乱の防止や治安維持を遂行する法の施行……考えれば考えるほどキリがない。
しかしだ。ナザリックのNPCたちにはなんの罪も無い。彼らはナザリックの中の世界しか知らず、至高の四十一人に忠義を尽くすことしか知らないのだ。
ナザリックに残ったモモンガができること……彼らに、新たな世界を見せる。新たな世界を与える。一つの目標に向かって突き進み、仲間たちで笑い合う。難しいことは道中で考えればいい。――かつて、アインズ・ウール・ゴウンがそうだったように。
――ね、ウルベルトさん。
モモンガはデミウルゴスの姿に、ウルベルトの面影を見たのだ。見た目も性格も何もかも違うが、その奥底に、確かにあの男がいる。
この立場は息が詰まるけれど、やるだけやってみよう。彼らの期待に応えたい。そう、モモンガは思った。
「……!!」
デミウルゴスはモモンガの言葉に眼を大きく見開き、ナーベラルは偉大な背中に心を奪われる。
両拳に力が入り、モモンガを仰ぎ見た。デミウルゴスには、その深遠なる真意を見抜くことなど出来ない。それでも……それでも、この御方はその瞳ですべてを見据えていらっしゃる。
なぜ、モモンガだけがナザリックに残ったのか。考えてみれば単純な話だ。
弱いのだ。もちろんモモンガがではなく、デミウルゴスたちNPCが。NPCたちよりも、ギルドメンバーたちのほうがモモンガと長くともにいたはずなのに。それにもかかわらず、モモンガは友よりナザリックを選んだ。真の同胞たちと別れ、伽藍の堂の陵墓に残った。自分たちだけでは、あの過酷な世界で生き残ることが出来ない。そんな脆弱な赤子を見守るためだけに――
溢れる涙は留まるすべを知らない。視界は酷く滲んでいるが、それでもこの御方の輝きが歪むことはない。やはり自分は間違っていなかった。やはり"この御方だけ"が、全てを捧げるべき存在。
「――モモンガ様がお望みとあれば、必ずや、この宝石箱を手に入れてみせましょう」
嗚咽を押し殺し、愛しい闇に魅せられたちっぽけな悪魔は呟いた。
誤字報告をしてくださったお二方、ありがとうございます。
本編としてはここで一区切りとなります。予定通り次回番外編を挟み、カルネ村へと移ります。