モモンガ様は胃が痛い   作:くわー
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愛とは罪なのか

「いかがなさいましたか? 私が何か失態でも……?」

 

 モモンガは混乱していた。0時を迎えてもダウンしないサーバー、表示されないコンソールやシステム群、反応しないGMコールと運営。初めこそ栄光の最後を気持ちよく迎えることが出来なかったことに対しての憤怒や苛立ちに腹を立てていたが、いまやそんなものはどこかに消え去った。

 モモンガの手を握り、心の底から彼の身を案じていると容易に理解できる目の前の女性。守護者統括という役割(ロール)を与えられた、ゲームの中の存在。

 

「馬鹿な……」

 

 そんな女性、アルベドと、モモンガは今会話をしている。アルベドの声に合わせて口が自然と動いている。吸い込まれそうになるほど美しい金色の瞳が、モモンガに失望されてしまったかもしれないという恐怖に潤んでいる。

 ありえない。そうであれと創造され、そうであることしか出来ないNPCが心を持ち、それに呼応した表情や反応を見せているのだ。AI関連の深い知識を持つヘロヘロあたりが見れば卒倒しかねない光景だが、モモンガは不思議と扇情的なアルベドの姿を前にしても、感情の昂ぶりは何かに抑圧されているかのように平坦なものだった。

 

「GMコールが使えないようだ」

「……お許しを。無知な私ではモモンガ様の問いであられるじーえむこーるなるものに関してお答えすることが出来ません。ご期待にお応えできない私に、この失態を払拭する機会をいただけるのであれば、これに勝る喜びはございません。何卒なんなりとご命令を」

 

 つい先ほどまで物言わぬ人形だった女性の深い忠誠心に、内心辟易するモモンガ。悪い気はしないが、やはり慣れないものには困ってしまう。

 いや大丈夫だと諭すように口にし、いまだ放っておけば泣いてしまいそうな表情をしているアルベドの頭を優しく撫でる。あっとアルベドは驚いているような声を出したが、すぐにとろんとした顔つきになり熱っぽい表情でモモンガを見上げる。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 何故か、モモンガは階段の下で跪いているはずのプレアデスたちから無言の抗議が送られてきているような気がした。

 プレアデスたちに視線を向けるが、彼女たちは慌てて顔を伏せる。気のせいか――そう内心で決め付けたモモンガは、アルベドの頭から手を離し下がるように合図を送った。

 

「……アルベド」

「は」

 

 やはり返事が返ってくる。一時的なバグなんかでは決してない。

 

「各階層の守護者に連絡を取れ。六階層のアンフィテアトルムまで来るように伝えよ。時間は今から一時間後、アウラとマーレには私から伝えておこう」

「畏まりました、復唱いたします。六階層守護者二人を除き、各階層守護者に今より一時間後に六階層のアンフィテアトルムまで来るように伝えます」

「よし、行け」

「はっ」

 

 一礼すると、アルベドは背を向けて足早に玉座の間から去っていった。アルベドの姿が見えなくなると、残ったセバスとプレアデスたちに顔を向ける。

 

 なんの情報も無い今、必要なのは現状把握だ。ログアウトすら出来ないことから異常事態なのは間違いない。

 許されるのであれば声を出してわめきたい。クソ運営がと声を出して暴れまわりたい。しかし――残ったこの七人を前にしてそんなことが出来るだろうか。そんな真似できるはずがない。

 彼らは、モモンガの命令を待っている。

 

「セバス! メイドたちよ!」

『はっ!』

 

 待っていましたとばかりに、部屋全体に七人の声が響き渡る。

 

「玉座の下へ」

『畏まりました』

 

 セバスとメイドは立ち上がり、背筋をピンと伸ばしたまま階段の手前まで歩み寄ると、一度深く礼をして片膝を付き、こうべを垂れた。

 

 今のやりとりで二つの確証を得ることが出来た。

 一つは、言葉を発するのがアルベドだけではないということ。ヘロヘロが組んだAIには、彼女たちが命令に対し返答するというものは備わっていない。命令に対し礼を返すだけで、とてもではないが人間らしいと呼ぶには程遠いものだったはずだ。

 もう一つは、彼らがコンソールコマンド以外の命令を理解し、それを行動に移したということだ。アルベドであれば、その立場から特別製のAIを積んでいてもまだ解る。しかし、この七人全員がそうであるという可能性は限りなく低い。特にプレアデスはメイドという特性上、高度なAIを積むメリットが一切無い。彼女たちのメイドという立場は設定だけのもので、本来は九階層まで突破してきた侵入者の時間稼ぎ要員に過ぎないからだ。

 

 ――まずは、情報。

 

 こういう不測の事態に陥った場合はどうすればいいか。アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明と呼ばれていた、ぷにっと萌えの言葉を思い出す。

 

「……セバス」

 

 名を呼ばれ頭を上げるセバスの表情は、真剣そのもの。ありえない――ありえないはずなのに、その姿はまるで本当に生きているようだった。

 命令しても大丈夫なのか。ナザリック地下大墳墓のNPCたちは、デフォルトでギルドメンバーたちに忠誠を誓う設定があるはずだ。しかし、なにが起こっているのかは全く不明だが、自分で考え自分で行動できるようになった彼らの忠誠心は保持されているのか。

 一対一ならば負ける気は無い。しかし、彼らが集団でかかって来れば勝てる見込みは間違いなくゼロだ。

 

 無数の疑問と不安が脳裏をよぎり決心がつかず逡巡する。そもそもリアルではブラック企業のいち平社員に過ぎないモモンガに、急に何百もの部下を持つトップになれと言われても無茶な話だ。

 

 モモンガは、セバスの目を見た。

 深く、強く、それでいて優しさに満ち溢れた瞳だ。心より自分の主を信頼し、敬服し、忠義を全うすることにこそ意味を見出そうとする、そんな決意が篭っている。そのすべてはモモンガのために……

 

 ――嗚呼

 

 モモンガは、セバスの忠誠を疑ったことに恥じ入った。目を見るだけで解るはずだというのに、モモンガは自身の至らなさからあってはならない間違いを犯したのだ。

 

「セバス!」

「ははっ!」

 

 思いを新たに、モモンガは可能な限り最大限の威厳を込めた声で、跪く忠臣へと命令を与えた。

 

「大墳墓を出て、周辺地理を確認せよ。もし仮に知的生物がいた場合は交渉して友好的にここまで連れて来るのだ。行動範囲は周囲一キロに限定し、戦闘行動は極力避けるように」

「畏まりました、直ちに行動を開始します」

 

 何でもありだな、とモモンガは心中で呟く。NPCは拠点を守るもの、本来NPCが拠点外を出歩くことは不可能である。

 先ほどもアルベドはGMコールを知らないと言っていた。NPCたちがユグドラシルのシステムを知らないだけかもしれないが――いずれにせよ、それはセバスが本当にナザリック地下大墳墓から出られたか否かでわかることだ。

 

「プレアデスから一人……そうだな、ユリ・アルファを連れて行け。もしセバス、お前が戦闘に入った場合は即座に撤収させ情報を持ち帰らせろ。わかってはいるだろうが、お前たちの安全より優先すべきものは無い。相手の言い分はほぼ飲んでも構わない、セバスももしもの時は逃げ帰るのだ」

「勿体無きお言葉……至高の御方の深いご慈悲に感謝いたします」

 

 これで一つは対処できた。もしモモンガと同じ状況にある人物がいれば、目下協力しない理由は無い。

 さて次は……モモンガ自身のスペックの確認だ。GMコールが使用不可な今運営と連絡が取れる残された可能性は、<伝言/メッセージ>などの普通の魔法を使うしかない。ではそもそもモモンガは魔法を使えるのか、使えるとしてもドkどこまで使えるのか……持っている手札は早急に確認しなければならない。

 だからこそ、アルベドに第六階層へ守護者各員を集めるように命令したのだ。もし敵対する者が現れるなら、叩き潰す力を確かめるために。

 

 冷静に分析してみると、自分が想像以上に脳筋なことにモモンガは苦笑する――もちろん顔は髑髏のため表情に変化は無いが。落ち着いた判断に力任せなところがある具合に、いよいよ自分が本当に人間ではなくアンデットになったんだなぁと実感した。

 

 スタッフを手放す。支えを失ったスタッフは、先ほど試した時とはうって変わり、不貞寝をするようにごろんと寝転がった。

 そんな様子を気にすることなく、モモンガは声を張り上げた。

 

「プレアデスよ。セバスについていくユリともう一人……ナーベラル・ガンマを除き、他の者たちは九階層に上がり、八階層からの侵入者が来ないか警戒に当たれ。ナーベラル・ガンマはこの場に残るのだ」

「畏まりました、モモンガ様」

 

 メイドたちが了解の意を示す。しかし――姉妹達とは異なり残るよう命令されたナーベラルだけは、声の抑揚が全く違っていた。

 それは、恐怖。先ほどのモモンガの怒りもあり、もしや自分が何か粗相をしてしまっていたのではないかという恐れ。

 

「行動を開始せよ」

「承知いたしました、我らが主よ!」

 

 セバスや他のプレアデスたちはそんなナーベラルの様子に気付くことなく、モモンガから与えられた命令を遂行すべく立ち上がり、愛する主に跪拝すると、一斉に立ち上がり歩き出す。

 

 モモンガより直接言い渡された命令。ある者は主への忠誠を新たに、ある者は顔を紅くし、ある者は主の格好良さにテンションを抑えきれず僅かに肩を揺らしながら、ある者は大好きな主と話が出来たことに心を弾ませ、ある者は主の甘美な声に体を震わせ、ある者は絶対的な主を前に本能を抑えきれずカタカタと愛を示す音を鳴らす。

 しかし彼女たちはナザリック地下大墳墓の支配者、モモンガに仕えるカンペキなバトラーとメイドたちだ。その悦びを確かに表しながらも、主には決して悟らせることはない。

 

 六人が退出した後。残されたナーベラルは身体を震わせながら、跪いたままモモンガの言葉を待つ。

 

「ナーベラルよ」

 

 玉座から身を乗り出してスタッフを拾いながら、モモンガは緊張で縮こまっているメイドへと声を掛ける。

 

「はっモモンガ様」

 

 恐怖を押し殺し、絞り出すような声で応えるナーベラル。

 

「私の元まで来い」

「え……」

 

 次いでモモンガから発せられた言葉に、文字通りナーベラルは言葉を失った。

 

 私の元まで来い――つまりそれは、ナーベラルの目の前の階段を上り、至高の御方のすぐ傍まで近づくということ。モモンガの言葉を頭の中で反芻し、ようやく意味を理解したナーベラルは、床に額を擦り付けるほどに深くこうべを垂れ悲鳴のような声を上げた。

 

「そっそんな! 私なぞ一介のメイドが、至高の御方であられるモモンガ様のおっお近くに立つなんてっ」

 

 そう、玉座の周囲に立つことが許されているNPCは守護者統括であり至高の御方々の補助もしていたアルベドだけ。それが、守護者達を含んだ全NPCの共通認識だ。参謀を担う第七階層守護者であっても、この玉座の間においてはモモンガの隣に立つことは許されない。

 

「よい、許す」

 

 そう言ったモモンガの声は確かに威厳に満ち溢れたものだったが、同時に、全身が優しく包み込まれるような慈愛に満ちたものだった。

 ナーベラルの口が渇く。あの、我々の頂点におわす至高の御方。考えるだけで熱い想いで胸が張り裂けそうになる至高の御身が、私に――

 

 跪拝も忘れ、ナーベラルはふらふらと立ち上がる。叫び出しそうになる口を必死に押さえながら、震えて言うことを聞かない足に鞭打ち、右足を階段へとかけた。一歩ずつ一歩ずつナーベラルはモモンガへと近づいていく。上りきった末、ナーベラルはいつの間にかスカートの裾を掴んでいた両手に一層力を込め、主の沙汰を待つ。

 

 モモンガがいる高さに立つことが出来た。ナーベラルは思う。この身に余る幸せ、この幸せに包まれて死ねるならこれ以上の褒美は無い、と。

 

 

 ――ハァ、ハァ、ハァ、ハァ

 

 この鼓動の高鳴りをどうかモモンガ様に聞いて欲しい。嗚呼、そう。畏れ多いながらも私は。いや、私達は貴方を――

 

 

 

 

「スカートをめくるにょだ」

 

 その言葉に、メイドは一瞬の迷い無くめくり上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉座へと至る道。その道中の隅のほうで、ここナザリック地下大墳墓の主たるモモンガは力なく壁へと手をついている。

 

 理由は至極簡単。アンデットとなり内臓が綺麗さっぱり無くなったはずなのに――無いはずの胃がキリキリと痛むからだ。

 まるでリアルで上司から叱責されたときに感じる痛み。要するに、ストレスから来る胃痛だった。

 

 セバスからもたらされた情報……周囲一キロが人工建造物の影も無い見知らぬ草原だったということ。ナザリックがあった沼地ではなく未知の土地。大体予測はしていたが、ここがユグドラシルではなくリアルの類、しかも異世界であるということだ。

 モモンガの精神が鈴木悟のものであれば、部下たちの前とはいえ卒倒していただろう。しかしアンデットとしての性質に引っ張られているのか、驚愕はあったがそのあと思い至ったのはナザリックの安全について。

 各階層守護者達には警戒レベルをワンランク引き上げさせ、七・九階層の封印を取っ払うことで第八階層が最後の砦として機能することを確立させた。ロイヤルスイートにPOPモブたちが立ち入ることに守護者達は難色を示していたが、事態は一刻を争う。そもそもモモンガはたいして気にしていない。

 

 そして――NPCたちの、モモンガへ対する評価。

 そうであれと作られたからにはそれなりの忠誠心を持っていると思っていたが――

 

 

 

「美の結晶。この世界で最も美しいお方であります。そして至高の御方方の頂であり、愛しきわたしの所有者……わたしのすべてを捧げる君です」

 

「ダレヨリモ強ク、ダレヨリモ強大ナ絶対強者。マサニナザリック地下大墳墓ヲ――イヤ、コノ世ノスベテガ御身ノマエニ跪クベキオ方カト。是非オ世継ギガオ生ウマレニナッタトキハ、我ヲ爺二……」

 

「慈悲深く、深い配慮に優れたお方です。守護者に過ぎないあたしたちのことをいつも考えていてくださって、凄く、凄くカッコイイお方です!」

 

「す、凄く優しくて……一緒にいてくださると心がぽかぽかと温かくなります」

 

「まさに究極にて完璧な存在。そうであれと生み出された私なぞでは足元にすら及ばぬほどの智謀をお持ちになり、瞬時にそれらを実行なされる行動力も有された方。端倪すべからざるという言葉は、御身のために存在しているお方かと」

 

「至高の御方々の総括に就任されていたお方。守護者の方々だけでなく我々下々の者にも慈悲深く、深い愛を以って包み込んでくださるお方です。是非お世継ぎがお生まれになったときは、私も爺に……」

 

 

「至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。そしてわたしの愛しいお方です」

 

 

「「「「「「愛しいお方です!」」」」」」」

 

 

 

 面を上げ、彼らがモモンガへと向けた表情を思い出す。リアルでは見たことのない、生物の深淵を垣間見た気がする。

 

「え、なにあの高評価。俺が作ったNPCはいないし、面識もほとんどないんだけど……」

 

 謎は深まるばかり。愛、愛と今日だけで何度聞いたことか。そもそもNPCは自分を創造したメンバーを一番に考えるのではないのか? 確かに名目上アインズ・ウール・ゴウンのトップに立つのは俺だけどさ……

 

 モモンガの頭の中で考えはまとまらず、ぶつぶつと乾いた笑いと共に判別不能な独り言が漏れ出す。当然その呟きに答える者などいるはずもなく、豪奢な装備で全身を固めた骸骨は、先ほど階層守護者達の前で見せていた威厳など見る影もなく、小さな背中で必死に悩んでいるのだった。

 

 もし階層守護者達に失望されたら――そう心配していた瞬間もあった。最悪殺されることまで想定していた。もし中身が一般人だと知れたら――属性が善よりなセバスはともかく、命の保証などありはしない。

 

 

 

 

「あいつら……マジだ」

 

 

 モモンガの双眸が怪しく光る。それは支配者が見せるそれではなく、これから死地へと向かう一般兵卒のような悲しく疲れに満ち溢れているものだった。

 

 

 ナーベラルの、黒色だったななどと現実を直視しないナザリック地下大墳墓の絶対支配者。モモンガ様の明日はどっちだ。








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