北欧は「中銀デジタル通貨」問題にどう対応するのか(写真はヘルシンキのフィンランド中銀)
「北欧でキャッシュレス化が進んだ背景には、人々のITリテラシーの高さがある」 北欧のフィンランド、スウェーデン、デンマークを先日旅行した。この3カ国はいずれも欧州連合(EU)加盟国だが、通貨はフィンランドはユーロ、スウェーデンはクローナ、デンマークはクローネと異なっている。
以前であればその3カ国を旅行する場合、3通貨の現金を用意しなければならなかった。しかし、今や北欧はキャッシュレス化で世界最先端を行っており、そうした煩わしさはない(詳しくは以前のコラム「キャッシュレス先進国 北欧で見た、考えた」を参照)。
電子チップ内蔵式のクレジットカードを持っていれば現金はまず必要とされない。旅行者にとっては、国境を越えるたびに円換算レートは変わるものの、それ以外は3か国の通貨が異なることは意識されなかった。カード端末の調子が悪かったりすることもあるので、少額の現金は持ち歩く方が無難ではあるが、それはきわめてまれである。
■キャッシュレス化はITリテラシーの高さ
北欧でキャッシュレス化が進んできた背景には、そもそも人々のIT(情報技術)リテラシーの高さがある。EUが最近発表した調査によれば、EU内で経済と社会のデジタル化が最も進んでいる国はデンマークという結果だった。以下、2位はスウェーデン、3位はフィンランドとなっている。ちなみに英国は7位、ドイツは14位、フランスは19位だ。
また、全雇用者に占めるIT専門家の比率はEU平均は3.7%だが、フィンランドは6.6%で1位、スウェーデンは6.3%で2位だった(最も低いのはギリシャで1.4%)。
金融機関や企業、商店が、金融とITが融合したフィンテックの技術を導入してキャッシュレス化を推進することを北欧では中央銀行も積極的にサポートしている。しかしながら、そういった北欧の中銀であっても、昨今の仮想通貨ブームに対しては冷たい態度を示している。
その典型例がフィンランド中銀に見られる。同行は18年6月13日付のブログで、「仮想通貨は通貨としての要件を満たしておらず、通貨ではない。それは仮想資産と呼ぶべきであり、規制当局の監視下におかれる必要がある」との仮想通貨批判を展開していた。これは先進国の中銀に現在共通するスタンスなのだが、スウェーデンやデンマークの中銀もそれに賛同している。
デジタル通貨を中銀が発行することに関しても、フィンランドとデンマークの中銀は慎重または否定的な見解を見せている。
■中銀デジタル通貨についてはトーンダウン
先進国の中銀でこれまで最も中銀デジタル通貨に前のめりだったのはスウェーデンの中銀であるリクスバンクだ。北欧の中でも同国は特にキャッシュレス化が進んでおり、名目国内総生産(GDP)に対する現金流通高の比率も低下に拍車がかかっている。遠くない将来、市中で現金がほぼ完全に利用されなくなるタイミングがやってくる可能性がある。
そういったとき、「何らかの形で中銀が直接発行する電子的なマネーが存在する方がよいのではないか?」という問題意識でリクスバンクは「e-クローナ・プロジェクト」を検討してきた。中銀デジタル通貨において世界で最も先導的な中銀になりたいという願望もその背後に働いていたと思われる。
17年時点で同行は、18年末までにe-クローナを発行するか否かを決定すると発表していた。ところが最近はニュアンスがトーンダウンしているように感じられる。e-クローナ発行の最終決定は19年後半に行うという。これは、昨年暮れ頃から今年にかけて主要国の中央銀行幹部や国際決済銀行(BIS)が、中銀デジタル通貨の本質的な問題を指摘するようになったことが影響していると推察される。
■民間銀行の預金が大規模シフトの恐れ
次のようなケースが懸念されている。デジタル時代のニーズを捉えた中銀デジタル通貨は利便性が高いだけでなく、民間銀行の預金よりも信用度が高い。それゆえ、今のような低金利の時代は預金が中銀デジタル通貨へ大規模にシフトする可能性がある。それは金融システムを不安定化させる。金融危機が発生して銀行の信用力が低下したときも、預金を中銀デジタル通貨に移し替える「電子取り付け騒ぎ」が瞬時に発生し得るため、銀行破たんが従来よりも起きやすくなる。
仮に中銀に国民の金融資産が集まってしまった場合、中銀は一般企業や個人に貸し出しを行う機能を持っていないのでお金が流れなくなる。それを避けるために中銀に民間への貸し出しを行わせたら、「事実上の社会主義経済」になり、経済の効率性は低下する恐れがある。
リクスバンクは先日、次のような声明を発表している。「いくつかのウェブサイトやソーシャルメディアは、リクスバンクがe-クローナを販売している、との誤った情報を流布している。(略)しかしながら、リクスバンクがe-クローナを発行するか否かはいまだ決定されていない。それらを購入することは不可能である」――。仮想通貨ブームに中銀デジタル通貨を呼び込みたい人々がいるらしく、それに対する不快感を同行は表明している。
■ITが経済を推進するという強い意識
このように北欧の金融当局はあらゆるデジタル化に前向きというわけではないのだが、ITが経済を推進していくという意識は非常に強く抱いている。フィンランド中銀のオッリ・レーン総裁も18年6月8日付のブログ(当時は副総裁)で「デジタル時代の通貨」と題して、デジタル化は金融産業を急速に変容させているが、テクノロジーの進展は経済の生産性向上にやがてつながる、といった趣旨の非常にポジティブな見解を示していた。
スウェーデンは以前は製造業を重視していた。大手自動車メーカーの経営が傾いたときに税金で支えようとしたが失敗した。結局、「賃金が高いこの国で製造業を維持することは困難」と割り切り、その後は製造業が外国資本に買収されても政府は関与しないスタンスとなっている。
近年は国家戦略としてIT産業を基幹産業に据えている。IT技術者の育成に力を入れており、子どもは小学校の1年生から学校でコンピュータープログラミングのコードを習っている。インターネット上のフェイクニュースを見分けるノウハウも小学校で教えているという。
■高賃金だが労働時間は短く、生産性は高い
フィンランド中銀総裁のブログにも「(デジタル化によって)急速に変化する労働市場をかんがみると、社会にとって教育は依然として賢明な投資となりそうだ」と記載されている。
各国の物価水準を考慮した「購買力平価」で比較すると日本の実質賃金は1991年時点では北欧4カ国(フィンランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー)を上回っていた。ところが、現在は4カ国すべてに追い抜かれている。
その一方で、彼らはワークライフバランスを重視しており、労働時間は日本よりも圧倒的に短い。経済のデジタル化を進める上で日本も北欧の生産性の高さといった経済の強さを学ぶ必要があるだろう。また、中銀デジタル通貨について日銀も現時点では慎重なスタンスを見せているが、北欧がこの問題にどう対応するのか大いに注目される。
加藤出
1965年生まれ。88年横浜国立大学経済学部卒、同年4月東京短資入社。短期市場のブローカーとエコノミストを兼務後、2002年2月に東短リサーチ取締役、13年2月より現職。マーケットの現場の視点から日銀、FRB、ECB、中国人民銀行などの金融政策を分析する。著書に「日銀、『出口』なし!」(朝日新聞出版、14年)など。
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