英准教授「不寛容ではオウム問題は解決しない」

英マンチェスター大のエリカ・バフェッリ准教授インタビュー

2018年7月23日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 オウム真理教の元代表・松本智津夫ら教団幹部7名に対する死刑が執行されて2週間あまりが経つ。W杯準々決勝直前であり、特に英国ではイングランドが勝ち残っていた時期のニュースであっただけに、さほど大きな扱いではなかったが、BBCなどが死刑執行の事実と教団についての解説記事を掲載した。

 23年も前に、「奇妙な日本のカルト集団」が起こしたテロ事件について、英国での社会的な認知度が高いとは言えない。それでも英国の名門大学の一つ、マンチェスター大学では、毎年オウム真理教に関する授業が行われている。

 その一つ、「オウム真理教・千年至福説、殺戮と騒乱」と題された授業を受け持つのは、マンチェスター大学・人文科学学部、日本研究学科のエリカ・バフェッリ准教授だ。バフェッリ准教授の専門は、現代日本における宗教、特に1970年代以降設立された、いわゆる新興宗教についての研究である。

 なぜ、オウムについての研究、そして授業を続けるのか。バフェッリ准教授は、オウムに関するもの全てに対する感情的な攻撃や、社会からの排除だけでは、問題の根本的な解決は不可能だと警鐘を鳴らしている。

 英国の学生らは、昨今続く「自称イスラム過激派」らによるテロ行為と共に暮らさざるを得ない。オウムの授業を通して、なぜ若者らが過激思想に取り込まれてしまったのかを学ぶことは、更なる悲劇を食い止める一助になるかもしれない。バフェッリ准教授に話を聞いた。

オウム真理教に関して、どのような研究、そして授業を行なっているのですか?

エリカ・バフェッリ准教授(以下バフェッリ准教授):私はこの10年ほど、オウムについて、主に、95年以降に派生した分派について調べてきました。その過程で、分派の一つである「ひかりの輪」が、ユーチューブやツイッターなどのソーシャルメディア上、かなり影響力を持っていることを知りました。

マンチェスター大学・人文科学学部、日本研究学科のエリカ・バフェッリ准教授

 そこで、彼らにインターネットの利用についてインタビューを行い、オウムから別の団体に移ったメンバーらの体験を聞きました。その後、完全に脱会した人たちに再会したため、どの分派にも属さない元信者の人たちに、研究の焦点が移りました。この3年ほどはほとんど、主要な元信者の研究を行っています。彼らは当然、社会から隠れて暮らしているために、所在さえ突き止めるのが大変ですが、1995年以降の団体、及び、元信者の現状について、研究はゆっくりと進んでいます。

 マンチェスター大学で教えている授業の一つは「日本の宗教史」です。オウムだけではなく、日本の様々な伝統についても教えています。オウムについては、70年代以降の近代史の中で取り上げています。小さな、1つのヨガ・グループとして始まった教団に何が起き、なぜ大きな犯罪を起こすことに至ったのか、その経緯をたどります。

授業は年に何回ぐらい行い、何人くらいが受講していますか?

バフェッリ准教授:「日本の宗教史」では、新興宗教について1週間、そして、オウムについては週末の両日を使ってセミナーを行っています。学生の興味は非常に高く、最近では、事件当時まだ生まれていなかった学生もいますが、彼ら自身が何かに情熱を傾ける年代であり、「なぜ当時の若者が教団に入信したのか」を紐解く作業は、学生らが特に共鳴するトピックです。

 その理由についてのディスカッションも好まれますし、何を誤ったのか、そして、内部からも外部からも、なぜ事件を防ぐことができなかったのか、ということも考えています。非常に興味深いディスカッションを聞く事もあります。

 今年は35人程度ですが、2年生の科目の中では最も受講者の多い科目でもあります。2015年にはサリン事件から20年と言うイベントもあり、多くの人たちが参加しました。また以前は「メディアと宗教」という科目も教えており、オウムとメディアの関係についても取り上げました。麻原がどのようにしてメディアで取り上げられ、結果として、それが一部入信者の動機付けの一つになったということなどです。

英国の学生からはどのような反応が返ってきますか?

バフェッリ准教授:まず、日本でこうしたことが起きたこと自体、信じがたいという反応です。当然、こうしたことが日本で頻繁に起きることではない、極めて稀なケースであることは明確にしています。彼らが興味を持つのは、なぜ教団が暴力的に変質したのか、教義や教団はどう変わったのか、という点です。

 きっかけはある在家信者の修行中の死亡事件とも言われています。ここから教義が終末論的なものに変わり、更に、これは学者間でも指摘されてきているのですが、特に「解脱」が何を意味するのか定義がなされておらず、これに対する混乱や不安が生じていたと考えられています。

 そこへ、外界から攻撃されていると感じたこと、また、教団トップの精神状態の後退が重なり、暴力の制御が完全に不可能になったのではないかと推察します。様々な要因が存在したと思いますが、学生はこうした側面や、元信者について興味も持つようです。

 彼らの人物像や、なぜ事件を起こしたのか、今はどうしているのか、などという点です。私はスキャンダル的な側面や、殺人現場の残酷な詳細などには触れないことにしており、学生はむしろ元信者の体験に興味を持つようです。特に、教団の暴力的な方針に疑問を感じていたなら、なぜ脱会しなかったのか、という疑問が最も大きいようです。

併せて読みたい

オススメ情報

「ロンドン発 世界の鼓動・胎動」のバックナンバー

一覧

「英准教授「不寛容ではオウム問題は解決しない」」の著者

伏見 香名子

伏見 香名子(ふしみ・かなこ)

フリーテレビディレクター(ロンドン在住)

フリーテレビディレクター(ロンドン在住)。東京出身、旧西ベルリン育ち。英国放送協会(BBC)東京支局プロデューサー、テレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターなどを経て、2013年からフリーに。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック