新しいことを始めたい、だけどなかなか始められない。そう思っている人のやらない理由を、一つずつ消していってくれる一冊だ。
著者の水代優さんは、日本橋浜町にHama houseというブックカフェを作ったり、最近では丸の内にMarunouchi Happ.stand&galleryというPOP UP GALLERYを作った人物だ。とはいっても、何をやっている人なのか一言で説明するのがなかなか難しい。本当に先鋭的なアクションというのは言葉で説明されても理解しづらいが、その場を訪れ直接体験してみるとなるほどと思うことが多いものだ。
しかしそんな水代さんの第一歩も、出来上がったものからは想像できないくらい小さなものから始まった。本書は、それを実現するための思考回路が余すところなく収められた一冊である。時代からくる必然性、動き出すことに対するリスクの勘案、続けるためのノウハウ等、読み手の「でもさ〜」という声が聞こえているかのように、一つずつアンサーを打ち返してくる。
秀逸だと思うのは、このメッセージを、必ずしも動く必要性に迫られていない多くの会社員に届けようと試みている点だろう。会社員であるうちこそ、会社という本拠地を使い倒し、次の本拠地を見つけるべきである。そんなメッセージを届けられるのも、「小さく動く」という前提に立っているからこそだ。
“ジェネラリスト型会社員こそは、最強のスモール・スターター候補なのです。
”
“重要だけれども、緊急度が低いという理由で後回しにされていることは、世の中のあちこちにあります。会社の中には溢れかえっています。だから、会社の中にいながら、そういったことに取り組んでいると、経験が積めて、実績となり、多くの人から頼られる存在になれるはずです。
”
“45歳で気が付いて、5年間準備して、50歳で実行。悪くないプランだと思います。
”
そして、会社の外で知り合いを増やすためのコミュニティの見つけ方、自分自身でのコミュニティを運営する際の具体的な手法までが紹介されている。
“何かをやりたいけれど、何かに決められないという人は、何かを始める場所を先に決めても良いと思います。
”
“コミュニティに参加するということは、そういう、赤の他人ではない、でも身内でもない人間関係を手に入れるということでもあります。マブダチ枠の外に、たくさんの人の座れるベンチを作るようなものです。
”
僕もHONZというコミュニティに長年関わってきたわけだが、自分の体験と照らし合わせてみてもなるほどと思う点が多い。
本を読む側から紹介する側に回ることで劇的に人脈が増えたし、あまり陽の当たらない分野の本を紹介することで自ずと差別化もできた。僕が今編集長をやっているのも別に編集力に長けていたからではなく、一番ジェネラリストであったこと以外に理由は見当たらない。
しかし、仕事でもプライベートでもない場所で何かを始めようと思った時に、守らなければならないことがある。それは絶対に好きなことの中でやらなければならないということだ。自分はこれだったら24時間やっていても平気だ、そう思える場所にフラグを立てないと結構な負担になってしまう。
HONZメンバーの場合はそれがノンフィクションという分野であったが、水代さんの場合はそれがマチというリアル空間であったというわけだ。 日本橋浜町だったり、丸の内だったり、リアルな場所を起点に広げていく空間拡張能力が、水代さんのユニークな理論の中核にある。
場所を決めることでサードプレイスを確保し、サードプレイスに集まった人たちをコミュニティにし、さらにはコミュニティをメディアにしていく。その最初の一歩は、自分の好きな場所に人が集まるためのベンチを用意するといったような本当に小さなことから始まるのだ。
しっかりと領域を見定めて、ゾーンに入っていく。そういう身体感覚に近いものが、本書では極めて明快に言語化されている。本当に大事なことは適切な時期に適切な場所にいることであり、それは時に努力を上回る対価をもたらす。それに習うならば、本書は40代の会社員が通勤電車の中で手にした時に、もっとも光り輝く一冊になると言えるだろう。
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