レポート56/2018.07.19
復刊ドットコムに聞いてみよう
本好きなら誰でも、読みたい本が絶版だったという経験があるのではないでしょうか。本は一度絶版になると復刊される見込みは薄く、読者が出版社に要望を伝えても、なかなか叶わない現実がありました。そんな読者の救世主として現れたのが、WEBサイト「復刊ドットコム」。1999年の発足以来、実に5,500タイトル超の絶版・品切れ作品を蘇らせてきました。今回はそんな意義深いお仕事について、編集部長の澤田勝弘さんに詳しく伺いました。
「復刊ドットコム」って何?
- 研究員
- 復刊サービスをはじめた経緯を教えてください。
- 澤田さん
- もともとは大手取次会社の日販(日本出版販売株式会社)で、社内ベンチャーのような形で発足しました。1994年くらいから出版業界のビジネスモデルが頭打ちになっていて、取次店は全国書店の出荷・返品を管理しているから、否が応でもデータは入るし、危機感はあったでしょうね。
- 研究員
- いち早く業界の先が見えたんですね。
- 澤田さん
- 不況だからって本をつくらないと出版社は潰れてしまうから、手をかけずに多品目の本を出すようになる。新刊本が書店に置かれる期間、タイトルごとの賞味期限がどんどん短くなって、残念ながら絶版になるケースも増えていきました。取次会社が新しいことを始めた背景には、出版業界への不安だけではなく、日々大量に返品される本への愛情もあったと思います。
最初は100部、200部のオンデマンド出版も試してみたけど、はっきり言って商売にならない。慈善事業で終わらせないために、大きな仕組みにする必要があったんです。 - 研究員
- その後、楽天、ほるぷ出版、CCCと拠点を移していくことになります。
- 澤田さん
- 楽天時代に、ユーザーのリクエストをもらって復刊に動くという今のシステムの原型ができあがりました。当初は絶版になった本の版元に「御社で復刊しませんか」ともちかけたんですが、出版社それぞれ事情があるし、僕たちとしても売上の公算がもてないまま提案するのは無理があった。なかには出版社自体がなくなっているケースもあって、そうなるとせっかくのリクエストが宙に浮いてしまう…。そこで、自分たちで本をつくってしまおう!という発想になったわけです。
- 研究員
- インターネットを通じてユーザーの声をダイレクトに吸い上げるというのは、アナログ文化の根強い出版業界では革新的ですよね。
- 澤田さん
- 当時はまだなかったけど、今でいうとクラウドファンディング的な発想ですよね。違うのは、出版費用をうちが捻出するということ。「リクエスト通りにつくるので、できれば買ってくださいね」という。
- 研究員
- ユーザーはどんな方が多いですか?
- 澤田さん
- リクエストをいただくのは男女半々ですが、実際に購入してくださるのは45歳~60歳の男性です。うちの本は数千円、場合によっては数万円って値段になることもあるし、そんなの「いいな、買っちゃおう!」ってなるのはやっぱり男ですよ(笑)。
- 研究員
- 確かに(笑)。そのくらいの世代の方が復刊を望むというと、70~80年代あたりの本でしょうか?
- 澤田さん
- そうですね。70年代が一番多いと思います。
ユーザーの声が本になるまで。
帯にはリクエストコメントが入ることも多い。まさにユーザー参加型コンテンツ。
- 研究員
- 具体的には、どういった流れで本ができるんでしょうか?
- 澤田さん
- まずホームページで検索してもらって、該当する本が見つかれば投票、なければ新しくリクエストしてもらいます(※要会員登録)。それから投票数やコメントを参考に、編集部が出版を検討します。何票集まれば必ず書籍化するという明確な基準はありませんが、100票がひとつの目安になっています。他には、リクエストがないタイトルでも、復刊ドットコムのユーザーにフィットしそうだと思えば、編集者が探してきて提案することもあります。古本屋をまわって見つけることが多いですね。
- 研究員
- 最近のリクエストの傾向は?
- 澤田さん
- やっぱり漫画が一番人気かな。特に、SNSに抵抗のない若い方のリクエストが多いです。投票数が集まれば基本的には復刊に向けて動きますが、実際にどれくらい需要があって、何冊つくるべきかはクールな目で見る必要がありますね。
たとえば最近、サリエーリという作曲家の本にかなりの数の投票が入ったんです。不思議に思って調べてみると、どうやらスマホゲームで、彼をモデルにしたキャラクターが出たらしくて。それで彼の著書が注目されたんだけど、ガッチガチの学術書なんですよ(笑)。とても投票した層が好きそうには思えない。 - 研究員
- 「文豪とアルケミスト」でも好きな文豪=よく読む作家ではないですからね(笑)。
- 澤田さん
- そうですね。ネットの盛り上がりと現実の需要は違うので。
- 研究員
- 出版が決まったら、許可を取るわけですよね。絶版になっているとはいえ、出版社に「御社でつくった作品を使わせてください」というのはなかなかリスクがあるように思います。
- 澤田さん
- 僕たちは先に、著作権者(著者)に当たるんですよ。
- 研究員
- そうなんですか!
- 澤田さん
- ええ。出版社より、著者の権利の方が強いので、そちらを優先します。
たとえば、商業出版では同じ作品が2つの出版社から出されることがあります。通常の感覚だとありえないじゃないですか。でも、作家が許可すれば出せる。著者の権利はそれくらい大きいんです。
著者としては、止まってしまっていた本がまた売られるわけだから、基本的に復刊を歓迎してくださる方が多いです。中には「あれは黒歴史だからやめて!」という人もいますが(笑)。 - 研究員
- 交渉の際、気をつけていることはありますか?
- 澤田さん
- 真摯にお願いすることですね。たとえば昔の絵師さんは、かなり安い値段で大量に描かされたり、不遇な扱いを受けていたケースも多かったんです。そういう方は、いくら自分が手がけた本だといっても良い感情をもっていないこともありますから。
- 研究員
- その後、出版社にも許可を取るわけですよね?
- 澤田さん
- もちろん。著者からは許可をいただいたという前提で、お話をします。
厳密にいうと許可は要らないんですよ。特に契約がない場合、出版権の効力は基本的に3年で切れるから、それを過ぎて絶版もしくは品切重版未定(参照:絶版のナゾ)になっているタイトルは、うちから本を出すことはできます。ただ、出版のようなものづくりの世界って、ある種仁義で動いているところも大きいじゃないですか。作家が、「この出版社だから書いてあげる」と言ったりね。だから、いくら法律上問題がないとしても、ちゃんとお願いして関係性をつくるのが大事だと思っています。 - 研究員
- 何事も、人と人のおつきあいが大切ですね。次に本づくりのお話ですが、古い本だと、データやフィルムが残っていないこともあるんじゃないですか?
- 澤田さん
- そういったものが残っているのは大体2000年以降なので、それ以前のものは紙から原稿をつくることになります。原稿がない場合、状態が良い古本を買ってきて、スキャニング、画像補正をして版をおこします。
- 研究員
- もし本文中に差別表現があったような場合は、修正されるんでしょうか?
- 澤田さん
- 表現に関しては極力残しますね。著者が何かを中傷しようとして書くことって、ほぼないと思うんですよ。今の視点から見て差別でも、当時は違ったわけなので。
※絶版のナゾで取り上げた『ちびくろさんぼ』も、復刊ドットコムの投票がきっかけで復刊した。 - 研究員
- なるほど。では逆に、追加コンテンツを足すことはあるんでしょうか。
- 澤田さん
- それはありますよ!たとえば、この『親馬鹿子馬鹿』という作品がそうです。イラストレーターの和田誠さんが書かれた本で、出版された当時は4、5歳だった息子さんが、いまやミュージシャンとして有名になりました(トライセラトップス・和田唱さん)。2017年がちょうどバンド結成20周年の年だったこともあって、親子対談をつけてみました。こういうのは、ファンの方も喜ぶじゃないですか。
『親馬鹿子馬鹿』和田誠、和田唱。イラスト集にもかかわらず、ジャズ、ビートルズ、ジャケットデザインなど濃い音楽談義が交わされている。
復刊の仕事のおもしろさ。
- 研究員
- 現在、復刊ドットコムは何人で運営されているんでしょうか?
- 澤田さん
- 大体10人くらいですね。編集が4、5人。あとは営業とサイト運営、経理とか…普通の会社と一緒です。
- 研究員
- 取り扱っていらっしゃる書籍数に比べると相当少ないですね。
- 澤田さん
- そうですね。校閲とか、文字打ちとか、デザインとか…振れるところはアウトソーシングしています。幸いにもベースになる本がありますから、作家との打ち合わせが深夜に及ぶようなことはありません。どちらかというと、制作面の打ち合わせのほうが時間はかかりますね。装丁家も元の本をなんとか超えてやろうと気合が入るみたいです。そのせいか、依頼している方が賞を獲ることもあるんですよ。「あんまりギャラ上げないでね」ってお願いしてますけど(笑)。
- 研究員
- 確かに、本好きをくすぐるおしゃれな本が多いように思います。
- 澤田さん
- 大きい出版社に比べて、装丁の自由度が高いんです。本って大量につくるほど、紙の制限が出てくる。最低何枚はグロスで仕入れなきゃいけないから、この紙じゃなきゃダメとかね。うちは比較的少部数で、いかに本のプレミアを高めるかっていう発想だから、わりと凝った紙を使ったりしますね。
- 研究員
- 復刊ドットコムが扱う本は、グッズとしての価値も高く、アナログの良さが詰まっていると思います。今後、紙の本はどうなるとお考えですか?
- 澤田さん
- これは私見ですが、紙の本はそうそうなくならないと思いますよ。レコードも一時期廃れて、また復活してきたじゃないですか。紙の本は、できたときからずっと形が変わってないんです。それだけ普遍的なものは、そんなに簡単に消えないですよ。
ただ、業界がシュリンクしていて、本の形を求めない人もいるという事実を見据えた上で、施策を練らないとダメですね。なんとなく流行っているから、他もやってるから、で大量投下するやり方じゃなくて、ピンポイントなマニアに届けないとダメなんですよ。僕は東小金井の「ONLY FREE PAPER」が好きでよく行くんですが、どの作品もどんな内容で、誰に届けたいかがわかりやすい。そこが大事だと思います。
個性豊かなフリーペーパー。企画出版にはない手作り感、ゆるさのあるコンテンツも多い。
- 研究員
- この仕事に関わって、一番嬉しいことは何でしょうか?
- 澤田さん
- ユーザーの声が大事なのでSNSは毎日チェックするんですが、「復刊してもらってうれしいです」とか、「いままでで一番いい装丁だと思います」という声を見るのは嬉しいですね。もちろん、マニアの方も多いので、ハードルが高い部分もありますが。
- 研究員
- 逆に辛いことは?
- 澤田さん
- 元の出版社から復刊NGが出ることかな。特に、相手側の対応に「作品を蘇らせたい」という気持ちが感じられない場合。うちも会社だから営利を追求するけど、やっぱり良いものを世に出したいという想いが根底にあるんです。ある会社では復刊できないなら、他社に出してもらうとか、そういう連携が取れないと出版業界全体がよくはならないと思いますね。
イチオシ本を教えて!
●『奇子《オリジナル版》』上・下 手塚治虫
手塚治虫生誕90周年の記念作品。初版完全限定生産です。手塚さんは原稿を書き直すことが多く、単行本になると内容が変わることも多い。この本は、復刊にあたって雑誌オリジナルのエンディング“幻の7ページ”を再現しました。中身だけなら文庫などで見られるわけで、うちとしては高くなっても付加価値をどうつけるかが腕の見せどころなんです。
●『天野喜孝名画ものがたり シンデレラ』木村由利子・文/天野喜孝・絵
翻訳家の木村由利子さんが手がけた、バイリンガル仕様の絵本です。絵はファイナルファンタジーで有名な天野さんが担当。書店で販売されなかったこともあり、希少価値がついていました。こういった本は、とにかく印刷や色のレストア(修正)に気を使いますね。あとは、見返しにレースっぽい紙を使っているのもポイント。普通の商業出版では、まず使わないような紙です。
●『絵ときSF もしもの世界 復刻版』日下実男
1970年代~1980年代前半に学習研究社(学研)から刊行された、小学校中学年以上をターゲットにした読みもの。シリーズで復刊をすすめています。絵とか、字とか、いかにもレトロな雰囲気でしょう。当時の子供たちは怖かっただろうけど、いま見ると予言書的な面白さもありますね。
●『Time goes by… 永井博作品集』永井博
大滝詠一さんのジャケットを手がけていた方の作品集です。帯文は松本隆さんに書いていただきました。うちの本は「晴れて復活!」という作品も多いので、何気に豪華な顔ぶれが揃ったりするんですよね。ちなみに表紙は、親会社(CCC)が運営する蔦屋書店の展覧会に合わせた新装版です。作品によっては、そういった企画もどんどん行っています。
●『恐竜大紀行《オリジナル版》』岸大武郎
1988~1989年、絶頂期の週刊少年ジャンプで連載されていた、異色の漫画です。残念ながら12回で終わっちゃったんですよ。絵は相当緻密に描かれていてクオリティは高いんですが、恐竜だから誰も喋らないし…なんというか、時代が追いつかなかったんでしょうね。せっかくなので、ジャンプの後ろについている作者のコメントを全部つけてみました。
●『水色のリボン』石ノ森章太郎
石ノ森さんがトキワ荘にいたころに書いた、最初期の本。発売当時、乱丁かなにかですぐに回収されてしまったので、日本全国に3、4冊しか現存しないそうです。なんとか1冊借りることができたけど、もちろんバラすわけにはいかないから、写真を撮影して進めるつもりだったんです。ところが、たまたま印刷会社の知り合いが「八王子の古本屋に45万円で売られてたよ!」って教えてくれて。急きょ購入して、バラしてつくりました。もったいないようですが、撮影費用の方が高いので…。箱をつけて、カードをつけて、石ノ森プロの社長にコメントをもらって…価格は54,000円(笑)。
やっぱり、値づけは普通の出版社と違いますよ。せっかく復刊したから長く読んでほしい、という考え方もあれば、コアなファンの欲求をしっかり満たすという考え方もある。『水色のリボン』は150部限定ですが、あまり手間をかけずに5,400円・1500冊で売ったとしても、そんなに買う人は増えないと思うんですよ。540円ならまだしも。だったら、54,000円でもしっかり150人を満足させるものをつくればいい。出版社にとって、売れなくて返品在庫を抱えるのは大きなリスク。正しい冊数で売れば、そういった心配もありませんから。
今後の夢は?
- 澤田さん
- 本が好きな人の駆け込み寺でいたいですよね。ある絶版の本を読みたいとき、もし自分たちがいなかったら、出版社にかけ合うか、図書館でコピーするような方法しかない。うちが復刊の機会を用意していなければ、大げさだけど出版コンテンツ自体のあり方が変わってしまうと思うんですよ。復刊ドットコムには、わざわざ会員登録して、投票してくださる本好きの方々が50万人近くいます。少しでもみなさんの声に応えるのが、責務だと思いますね。
研究所内には、今回の取材ではじめて復刊ドットコムの存在を知る研究員もいました。サイトで懐かしい本のタイトルを検索しているうち、「うんうん、これは復刊して当然だよね」「もうちょっとで100票だ!」と夢中になってしまいました。ユーザーから寄せられるコメントもこだわりが満載。自分と同じ趣味の人を見つけると、嬉しくなりますよね。目まぐるしい新刊ラッシュのなかで、見過ごされてきた良書に光を当てる復刊のお仕事。今後も大注目です。
日本全国を巡り、復刊できそうな本を探し続ける澤田さん。口調には出版業界の未来を見据える冷静さと、本への愛情が溢れていた。