academistスタッフからの一言
夢物語ではありません。元素の核変換が生じる原子炉の仕組みを活用して、戦略的に元素を生成するための研究が進んでいます。不要なものから必要なものを、豊富なものから希少なものを、安価なものから高価なものを。期待が膨らむこの技術の実現に向けて、高木さんと竹澤さんは、象徴的な元素である「金」の生成を実証することで第一歩を踏み出したいと言います。現代の「錬金術」を志す2人の研究者のチャレンジに、応援をよろしくお願いします! 2018年7月16日に開催される都市大セミナー「元素合成 ー宇宙と原子炉の錬金術ー」の案内はこちらからご覧いただけます。
担当者:大塚美穂
みなさんは原子炉という言葉を聞いてどのようなイメージをもつでしょうか。原子力発電を思い浮かべ、エネルギーを生産するもの、なにか危ないもの、といったイメージをもつ方が多いのではないかと思います。原子炉とは、核分裂連鎖反応を定常的に持続させる装置です。そして核分裂連鎖反応で生じた熱を効率的に水に伝え、高圧の蒸気に換え、タービンを駆動し電気をつくるのが、現在の原子力発電です。
この原子炉の中で生じている核分裂反応とはどういうものでしょうか。原子炉内では、ウラン(U)が分裂して、より軽い原子核(セシウム(Cs)やストロンチウム(Sr)など)に変化したり、ウラン(U)が中性子を吸収して、より重いプルトニウム(Pu)などに変化したりする核変換が随時生じています。それならば、原子炉内で生じる核反応を積極的・能動的に制御・活用して、「豊富で安価」な元素から「希少で高価」な元素をつくることができないか。原子炉をエネルギー生産装置としてのみでなく、人工的に元素を生成する装置として利用できないか、と我々は考えました。
原子炉を使って元素を変換するこの技術は、まさに現代の「錬金術」です。錬金術とはやや非科学的な用語かもしれませんが、多少の夢や希望を込めて、今回のプロジェクトで実証に挑戦するこの技術のことを私たちは「原子炉錬金術」と呼んでいます。
元素が変換するということは、原子番号(陽子数)が変わるということです。多くの原子核は、中性子をひとつ吸収するとγ線を放出します(中性子捕獲反応)。その結果生成された原子核は放射性であることが多く、電子を放出して中性子が陽子に変わる原子核崩壊(β崩壊、陽子数が1増加)、もしくは軌道電子を原子核の中性子が取り込んで陽子が中性子に変わる原子核崩壊(電子捕獲、陽子数が1減少)を起こし、周期表でみて右か左にある隣の元素に変化します。これが原子炉錬金術の原理です。
宇宙に存在する元素を原子番号順に並べると、それらの存在比は不思議なことに、原子番号がひとつ増えるごとに、多い、少ないを繰り返します。それはまるで「のこぎりの歯」のようです。たとえば金(Au)の原子番号は79番で、78番の白金(Pt)と80番の水銀(Hg)の元素の谷に位置します。原子炉錬金術ではこの「存在比の谷」に位置する希少な元素を、隣接する「存在比の山」に位置する豊富な元素から生成します。
人類最古の金製品は、紀元前6000年頃のメソポタミア文明の遺跡から発見されました。美しく輝く「金」は時を超えて人々を魅了し続けてきました。材料的性質をみると、イオン化傾向が小さく化学的に安定で、耐腐食性のみならず、展延性に優れ加工しやすく、熱伝導、電気伝導といった特性にも優れているため、様々な電子部品にも用いられています。こうした「金」を人工的に創り出すことは、有史以来人類の夢でした。現在では中性子核反応が随時生じている原子炉を活用することで、原理的には可能となります。
金(Au)の隣に位置する水銀(Hg)は、中性子の数が異なる7種の同位体(Hg-196, Hg-198, Hg-199, Hg-200, Hg-201, Hg-202, Hg-204)が、放射線を出さない安定核種として自然界に存在しています(下図)。その中でHg-196は、中性子の数が116個と最も少なく、いわば「中性子欠乏状態」にあります。こうした中性子不足の原子核は、飛んできた中性子を捕獲する確率が高いという特徴をもちます。すなわちHg-196に中性子を照射すると高い確率(核物理的に早い速度)でHg-197となり、生まれたHg-197は速やかに崩壊(電子捕獲)して金(Au-197)へと変換するのです。
それならば水銀からドンドン金ができる!と思われるかもしれませんが、残念ながら金になる水銀同位体Hg-196は、水銀全体の0.15%しか存在しません。残りの99.85%の水銀は金を生まない水銀なので、大量の水銀に中性子を照射しても僅かな金しか得られないことが容易に推測されます。コンピューターを用いた我々の予備解析からは、たとえば1リットルの水銀(約13kg)を大型商用原子炉に装荷する場合、1年間程度の連続照射で10g程度の金が得られる結果が示されています。随分少量と思われるかもしれませんが、そもそも金に変化するHg-196の天然組成比が僅か0.15%、重量でいうと20gほどなので、その約半分が金に変わるという計算です。
コンピュータ解析で示された人工的錬金術の実現可能性を実証するため、研究用の原子炉(研究炉)を用いて水銀から金を生成することが最終的な目的です。これを実施するには、下記(1)~(7)のステップを段階的に進めていかなければなりません。今回のプロジェクトでは、下記ステップの(3)までを実施し、原子炉錬金術実験を確実に開始できる環境整備を行います。
(1)実験を行う研究炉の決定
(2)水銀装荷の研究炉への影響や金生成量の評価
(3)実験実施の認可取得
(4)水銀ターゲット製作と炉心への装荷
(5) 炉心での照射
(6)取り出し・冷却
(7)金の分離回収
福島原発事故以降、商業炉、研究炉問わずあらゆる原子炉の許認可が厳しくなっています。今回のプロジェクトでは、インドネシアにある研究炉を使いたいと考え、準備を進めているところです。ご支援いただいた研究費は、研究炉の調査・交渉に伴う旅費や、水銀装荷の研究炉への影響や金生成量の評価などの解析作業に活用させていただく予定です。
「原子炉錬金術」とは、ともすれば空想科学とも取られかねない響きを有しています。一方で水銀から金の生成が可能であれば、他の希少金属の生成や、天然には存在しない組成の人工物質の創出の可能性も、と期待が膨らむ技術でもあります。資源小国日本にとって元素戦略は国家の基盤をも左右する重要な問題ですので、まずは象徴的な元素である「金」の生成から着手し、この原子炉錬金術が実現可能であることをデモンストレーションし世に示したいと考えています。
高木直行(たかきなおゆき):東京都市大学大学院共同原子力専攻主任教授。夜空に輝く星々。私は小学5年生以来、宇宙や星に魅了されてきました。星が燃え尽きず何億年も輝き続ける理由を知った時の驚きは、今でも忘れることはできません。人類が科学を発展させた今日、星の中でしか生じ得なかった元素変換は、種類やスケールこそ違えど、地上でも行えるようになりました。人々の暮らしを平和で豊かにすることに、この技術を「安全かつ賢く」使いたいと考えています。私大に通う二人の子供を抱え、私の懐は寂しくなる一方ですが、「水銀を金に換える」この夢ある研究には、心持ち豊かに取り組んで参ります。 竹澤宏樹(たけざわひろき):東京都市大学原子力安全工学科講師。学生の頃から、社会に役立つ世界初の技術を自ら生み出したいという思いで研究に取り組んでいます。原子炉錬金術は、原子炉を応用して、有益かつ天然には存在しない人工物質を創り出す可能性を秘めた技術です。今回のプロジェクトは、その可能性の実証に近づく第一歩です。その他、タービン・発電機を使用せずに核エネルギーを電気へ直接変換する技術の開発にも挑戦しています。趣味は登山、山頂のビールと温泉。
以下のスケジュールで研究を進めていきます。
2018年7月 | クラウドファンディング挑戦 |
2018年7月16日 | 都市大セミナー「元素合成 ―宇宙と原子炉の錬金術―」開催 |
2018年8月 | 実験を行う研究炉候補(海外含む)の調査、決定 |
2018年9月 | 水銀装荷の研究炉への影響や金生成量の評価 |
2018年9月 | 日本原子力学会秋の大会での実験計画・予備解析の発表 |
2018年10月 | 許認可取得申請書提出 |
2019年3月 | 研究炉での実験実施認可取得 |
2019年5月 | 水銀ターゲットの予備設計 |
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