オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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今後の目的と舞踏会準備の後編の話


第50話 次なる作戦

「此度の作戦こちらが失った物は無く、得た物は多い。それら全てがお前の功績だ。流石はデミウルゴス、お前のナザリックに対する忠誠、働き、それらは間違いなくナザリックでも随一。これはその褒美、改めて受け取るが良い」

 ダンス練習の合間を縫ってデミウルゴスを自室に呼び出したアインズは、デミウルゴスが作ってくれた骨の玉座に腰掛けながら空間を裂き、ジルクニフから自分の元に戻った悪魔像をデミウルゴスに差し出した。

 つい先日、王都に潜伏していたらしい帝国の人間からアインズに直接届けられたのだ。

 

 元々デミウルゴスは今回の計画において、ヤルダバオトが狙うアイテムとしてデミウルゴスが自分の創造主であるウルベルトから貰っていた悪魔像を使用するつもりだったのだが、場合によっては手元に戻らない──ジルクニフが拒否する可能性も考慮し──ことも考えられた為、アインズがかつてウルベルトから譲り受けた試作型の悪魔像の方を使用することを提案した。

 初めはアインズの持ち物を使用するなどとんでもない。と拒否していたデミウルゴスだったが、今回の作戦を成功した時の褒美の前渡しであり、そのために尽力するように伝えると、その場で床に跪いてアインズに礼を口にした。

 その時点でこれは既にデミウルゴスの持ち物なので、今更褒美として渡すというのもどうかと思うのだが、もうお前のだから返すね。というような軽い渡し方では、本人が納得して受け取らないだろうと、今回この様な場を設け、直接アイテムを返却する事とした。

 

 本来報賞式とは他の守護者達も集め奮起を促す場でもあるのだが、今回はデミウルゴスだけを呼んでの報賞式だ。

 その理由はデミウルゴスのこれまでの働きに報いるために、ナザリックでも随一という言葉を使おうと考えた為だ。

 デミウルゴスだけ特別感を出すのは余計な諍いを生みかねないので良くないのだが、それほどデミウルゴスのナザリックに対する仕事振りは群を抜いているのだ。

 ちょっと仕事を任せすぎている気もするが、デミウルゴス以外出来そうにない内容ばかりなので、せめて俺はちゃんと見ているよと直接口にした方が良いだろうと考えてのことだが、その場に他の者達がいれば自分も同じように誉められようと暴走しかねない。

 もちろんマーレとユリも自分の仕事を全うしてくれたので、後で褒美を渡すつもりだが。

 

「ありがとうございます。本来我々守護者は御方々に尽くすべく創られた存在。その私にアインズ様のお手持ちのアイテムをご下賜頂き、あまつさえ繰り返しお慈悲ある言葉をお掛け下さりましたこと。光栄の極みにございます」

 

「良い。お前のこれまでの働きはそれだけの価値があるということだ。これからも期待しているぞ」

 

「はっ! このデミウルゴス、決してアインズ様のご期待を裏切らないことをお約束致します」

 差し出したアイテムを恭しく受け取り深々と礼を取るデミウルゴスにアインズは満足そうに頷く。

 しかし、これでようやく一息つくことが出来る。

 何しろ今回の件でナザリックが手に入れた物は莫大だ。特に重要なのは高級住宅街から持ち出した現地の通貨であり、それは今までアインズが必死になって稼いできた額を一気に上回る程の金額だ。

 勿論宝石や置物などもあるが、それをアインズが持っていたと帝国に知られてはヤルダバオトとの関係がばれてしまうので、そちらは保管か、エクスチェンジ・ボックス行きだ。

 王都の店も軌道に乗っているようだし、帝国のジルクニフとは仲良くなれた。王国の王族もこちらとの付き合いを望んでいる。となれば後は王国と帝国、両方で商売をしていけばいずれ魔導王の宝石箱の地位も安泰となり、やがては周辺諸国全体に名を轟かせることが出来るだろう。

 後の問題は舞踏会のダンスと礼節ぐらいだが、ダンスの方は昼夜を問わない特訓のおかげで形になりつつある。少しぐらい気を抜いても問題は無いだろう。

 

「帝国での仕込みも終了致しました。ここからようやく本番となります。アインズ様にもお手数をお掛けすることになりますが、その際は何とぞよろしくお願い致します」

 

「ん?」

 安堵感に身を任せていたところに思いもよらない言葉が聞こえ、アインズはデミウルゴスを見る。

 

「はっ。何かございましたか?」

 

「いや、うむ。帝国での仕込み、か。ちなみに聞いておくが、今後の計画についてはどこまで進んでいる?」

 仕込みとは要するにあの騒ぎは帝国に店を開く下準備だった。ということでいいのだろうか。

 アインズの考えでは今回の作戦こそが本命で店を開くのは副産物でしかなかったのだが、こちらこそが本命だった、つまりは店を出すためにあれだけの作戦が必要だったということなのだろうか。

 

「それにつきましては候補はエ・ランテル、あるいはカルネ村の二つ。とは言えエ・ランテルとなりますと譲渡にあたり大規模な作戦がもう一度必要でしょうし、カルネ村では殆ど一から創ることになりますので時間と金銭が掛かることになります。どちらが良いかをアインズ様に決めて頂ければと思っております」

 

(みんながいる時に聞けば良かった。なんだよその二択、どっちを選んでも大変なことになりそうなんだけど!)

 いや、とアインズは考え直す。そもそも帝国での作戦以上のことをアインズは聞いていない。

 恐らくはまた勝手にデミウルゴスがアインズなら気づくはずと考えて口にしただけだろう。

 折角アインズが万能ではないと知らせたばかりだ、今回もそれを利用しよう。

 

「ふむ。デミウルゴス、その作戦内容を詳しく聞かせよ」

 

「……なるほど。失礼を致しました。作戦案は既に提出させて頂きましたので、アインズ様は既にご存じのことと考えて話を進めておりましたが──話し合うことの重要性、ですね?」

 

「え? ああ、うむ。その通りだ、概要は把握しているが話し合いをしながら確認することで新たな問題点、改善点が見つけ出せるだろう。さ、話を進めてくれ」

(提出されていたのか。最近ダンスの練習が忙しくて、いつも以上にロクに確認せずに判子押してたからな。すまないデミウルゴス)

 心の中で詫びを入れながら、態度には出せない。

 虚像を修正すると言ってもこれを訂正しては今までのアインズがこなしてきた内政の仕事全てが適当にやっていたと気づかれてしまう。それだけは許されない、実際は皆を信頼してのことだが、NPC達が必死に考えて来た提案を適当に処理していたと思われてしまう。

 

「はい。私が考えておりますのは王国より土地を献上させ、アインズ様がその土地を治めることでございます」

 

「ふむ。王国の貴族になる、と言うことか」

 思ってもみなかった提案に、内心首を傾げながらアインズは問う。

 折角商人として名を上げ始め、帝国にも店を出そうという時に王国の貴族になっては帝国側からは敵にしかならないのではないだろうか。

 しかしその疑問は聞くことが出来ない。

 

「その通りです。僅かな期間になるでしょうが、アインズ様が人間如きの下に着くなど本来は許されないことですが、合法的に土地を手に入れるためには、王国、あるいは帝国のどちらかの認可が必要となりますので」

 

「構わん。そもそも店を開いている時点でそれは覚悟の上だ。最終的に全てを手にすれば良い。その土地の候補がエ・ランテル、あるいはカルネ村ということか」

 確かにそう言うことなら双方の内情に一番詳しいのはアインズだ。

 とは言え、目的が不明な段階ではまだ選べない。

 貴族になってなにをすればいいのかを聞き出す必要がある。

 

「その通りです。エ・ランテルは三国の要所にして必要なものは既に用意されています。ですが、先ほども言いましたようにその分王国にとっては重要な土地、そこを渡すように言っても簡単にはいかないでしょう。戦士長やカルネ村を救った成果だけでは到底足りないはずです。もっと大きな手柄が必要となります。その際はもう一度帝国を焚き付け戦争でも起こさせましょう。そして大きな武勲を上げエ・ランテルを頂くのが良いかと」

 それはちょっとジルクニフに悪いな。と思う、ただでさえ帝国はデミウルゴスの計画に巻き込まれて大打撃を受けたというのに。

 なによりジルクニフとはこのままいけば友好的な関係も築けそうなので勿体ない気もする。

 

「……カルネ村は?」

 

「カルネ村も王の直轄地ですが、生産性は無く、重要視もされておりません。加えてアインズ様が村を救ったこともあり、褒美として欲しがっても不思議はございません。ですがその代わりドワーフが入ったとは言え未だ発展具合は低く、一から全てを創る必要がございます」

 確かにカルネ村も最初に比べれば発展はしているのだろうが村人が多く増えた訳でもなく、エ・ランテルなどとは比べ物にもならない。

 

「なるほど確かに一長一短。さて、それを踏まえ敢えて聞こう。今回の計画、その終着点はどこになる?」

 いろいろ考えたが結局これを聞かねばどうしようもない。

 その二つの違いは分かったが、それをどうしたいのかがまだ分からないのだ。

 単純に領主として土地を治める訳ではないだろう。

 何か壮大な計画があるに違いない。

 

「はい。この計画の神髄はエ・ランテルかカルネ村、そのどちらをアインズ様が直接治め、そこに魔導王の宝石箱の本店を配置し経済都市として発展させ、そこを中心として王国だけではなく、周辺諸国全てに影響を持たせることです」

 

「経済都市……なるほどなるほど。そのメリットは?」

 楽しそうにデミウルゴスを試す、という演技をしながらアインズは突然降って湧いた言葉を頭の中で必死になって咀嚼する。

 

「これまでのように各地にこちらから人員を派遣し、支店を増やすやり方は確かに最初は有効ですが、毎回新たな現地の者を探し出して雇用するのも難しく、またそれではあくまで点でしかないため影響力にも限界があります。やはり本店となるべき場所を作り、それを中心として各地に支店を増やしそれらを線で繋げれば、より広く大きな影響力を持つことが可能でしょう」

 

「ふむ。なるほど」

 デミウルゴスの言いたいことはなんとなく理解した。ようは今まで話の上でだけ帝国のどこかにあると設定されていた本店をしっかり自分の土地に作り、そこから指示を出して支店を増やし、物流を繋げて広い範囲の経済を支配するのが目的というわけだ。

 

「なによりアインズ様に毎回人間達の元に出向いて頂くような事をせずとも帝国では言うまでもなく、王都でもかなり名が知れ始めた今なら、人間共の方から御身の元へ集まってくることでしょう」

 

「そうなれば本店がある土地に人も集まり、やがて大きく発展し絶大な権力を得られるというわけか。その為にはそこを正式に我が土地にしておく必要があると。確かに納得の行く提案だ」

(俺結構あちこちに行って小さな商談纏めるの好きなんだけどなぁ)

 リアルでの営業経験故だろうか、ナザリックの運営という責任重大で難しい仕事に比べれば気楽で良い息抜きになっていたのだが。デミウルゴスの計画が成功した場合はそれも出来なくなると考えると気が重いが、メリットは大きく、また反対する理由もない。

 

「はい。これは帝国が復興に力を入れて余計な横槍を入れられない今のうちに素早く行うことが重要です。王国の第三王女とは話が付いておりますので、舞踏会の際にアインズ様から王女にどちらを選択するか、その答えを伝えていただければ幸いです」

 

(えぇ? 後一週間しかないじゃないか。今更適当に話を合わせていましたとは言えないし。それまでにどっちか決めなくてはならないのか、うーむ)

 

「アインズ様?」

 こちらの返答がないことを不思議に思ったのだろう、デミウルゴスが顔を持ち上げ不思議そうに問いかける。

 

「デミウルゴスよ。以前から問おうと思っていたのだが、その人間、どこまで信用出来る?」

 答えを誤魔化すために今の話とは関係のない話題を口にする。

 デミウルゴスがアインズの許可を得て王国に出向き、そこで見つけた王国側の協力者とは聞いているが、詳しい話を聞く前にアインズが帝都に出向いていたためよく知らないのだ。王族と既に繋がっていると見ればそれだけで利用価値はありそうだが。

 

「はっ! 私が直接対面し確認致しましたがあれはまさに精神の異形種。知能は私と同等、王国内での立場と、彼女自身の望みの小ささを合わせ、利用価値は非常に高いかと。無論アインズ様の叡智とは比べ物にもなりませんが」

 

(なんだそれ。デミウルゴス並って、まずい。マズすぎる)

「そ、そうか。お前がそこまで言うとは。会うのが楽しみだな」

 動揺がばれないように取り繕いつつ、内心どうしたものかと頭を捻る。

 何しろアインズが知恵者。というのはあくまでナザリックの者達がアインズを初めから万能の絶対者であると認識しているが故の、いわば勘違いが前提にあった上、更に運が良かったから今でもそう思われているだけだからだ。

 今それをどうにか出来ないかと一人で試行錯誤しており、ようやく第一歩を踏み出せたがまだまだ先は遠い。

 つまりアインズを絶対者だと認識していない知恵者であればアインズの正体に気付かれる恐れがあるのだ。

 

「彼女ならばアインズ様にご満足頂ける働きをすることでしょう」

 

「そうだな。うむ、わかった、土地の件は考えておこう。では下がって良いデミウルゴス。まだ幾つか仕事が残っていよう」

 

「はっ! 改めまして、これ程の報賞を賜りましたこと、感謝致します」

 最後に再び礼を口にして、デミウルゴスはアインズの私室を後にした。

 

「……はあぁぁ。どうしよう」

 デミウルゴスに近い頭脳を持った人間、そんな相手を前に何をどうすればアインズは威厳を保てるのか。

 

(俺が普通の人間だと見抜かれたらまずいよな? 最悪殺すしかないか。いや、そうなると理由が必要だし、一般人とは違い王族を殺すのは色々と問題がある気がする、土地の手配もそいつがするらしいし。となると俺の演技力に全てが掛かってくる──いやいやこんな時こそパンドラズ・アクターがいるじゃないか! やっぱり今回は奴を派遣して……いや、今更俺じゃなくてパンドラズ・アクターを出すならそれにも理由が必要だ」

 途中から口に出しながら、何か良い理由がないものかと考えるが、そもそもどちらの土地を選べば良いか決めていない状況では、パンドラズ・アクターにどう頼めばいいか分からない。

 

「よし。先ずはとにかくどちらが良いか考えよう。練習に戻ってアルベド辺りにそれとなく聞いてみるか」

 今回もデミウルゴスに話があるとだけ告げて一時的に練習を抜け出してきたのだ。

 早く戻って練習しなくては。

 やはり他の者達の方がよほど上手く踊れているが、アインズもまたアンデッドの特性を利用し、昼間だけではなく夜間にも密かに練習を積み他の者達の成長速度に追いすがっている状況だ。

 先ずは一つずつ進めていくしかない。

 未来のことを考えることを放棄した現実逃避にも近いやり方だが、今はそれしか方法が思いつかない。

 よし。と気合いを入れ直し立ち上がったアインズの元に、セバスからの<伝言(メッセージ)>が入る。

 

「セバスか。どうした?」

 セバスは現在、帝都支店立ち上げの合間を縫って王都支店に戻っているはずだが。

 

『はっ。お忙しいところ申し訳ございません。蒼の薔薇が来店されましたので、ご報告を』

 そう言えば次に蒼の薔薇が現れたら連絡するように言っていたことを思い出す。

 なんと間の悪い。

 今はそれどころではない。

 今回は断ろう、そう考えてから、ふと。あることを思い出した。

 未だ目処の着いていないもう一つの懸念材料、貴族に対する礼節に関してだ。

 ダンスは恐怖公から習っているが礼節に関しては、アインズの支配者としての虚像のせいであまり初歩的な事を聞くことが出来ず、加えて国柄もあるため恐怖公には教わることが出来ず、秘密裏に王国内で知っている人間がいないか探そうと思っていたのだ。

 蒼の薔薇はアダマンタイト級冒険者として王国内で高い地位を持っており、こちらに借りもある。

 そうした人物を紹介して貰うにはうってつけだ。

 

「セバス、来たのは誰だ? イビルアイか?」

 あの娘が一番多く来店しているという話だったが、あれには今は会っても仕方ない。

 子供ではそうした人脈は無いだろう。

 王国で魔法詠唱者(マジック・キャスター)の地位は低いのならなおさらだ。

 

『いえ、来店されたのはリーダーのラキュースです。店を見に来たとのことですが恐らくはモモン様の情報が目当てでしょう』

 

「そうか。分かった、私がモモンに扮してそちらに向かう。設定は例のものを使う、もし何か聞かれたら話しておけ」

 モモンが依頼が無い時でも王都の店に出入りする為に追加された設定として、幼少時モモンはセバスに師事しており、現在セバスに弟子入りをしたことになっているブレインは弟弟子に当たるため、時々稽古を付けに王都の店を訪れている。と言うことにしてある。

 これならモモンが王都の店にいても怪しまれないだろう。

 

『畏まりました。何か聞かれた際はそのように話します』

 

「うむ。頼んだぞ」

 セバスとの<伝言(メッセージ)>を切り、アインズは改めて立ち上がる。

 目的地は変わったがこれは必要なことだ。

 練習が嫌で逃げ出すわけでは断じてない。

 

 

 ・

 

 

(まさか、モモンさんが居るなんて)

 今まで時間が出来る度に何度と無く通い、一度も会うことはおろか話すら聞こえてこなかった目的の人物が今目の前にいる。

 それも相方であり従者の如く付き従っているナーベも連れずに一人でだ。

 

「そ、それにしても驚きましたモモンさんが王都にいらしていたなんて。イビルアイも会いたがっていました。この店にも良く通っているそうですよ」

 何から話せば良いのか咄嗟に思いつかず現在ラキュースと交代しティナとガガーランのれべるあっぷ儀式の監督をしているイビルアイのことを口にする。

 イビルアイがこのことを知ったらまた怒るだろう。その情景が目に浮かぶようだ。

 

「それはそれは。私はこの店の人間ではありませんが、大恩あるアインズ……様と師匠であるセバスさんの経営している店をご贔屓していただき感謝しますよ」

 

「セバスさんがモモンさんの師匠なのですか? 道理で。あの強さ、戦士として極みに達した御方なのは見ただけで分かります」

 執事であり店の経営を任せられているセバスとはラキュースもあの後何度か会っている。直接戦っている姿を見たわけではないが、ある程度は動きを見るだけで理解出来、その度に圧倒されるほどだ。

 

「まあ、幼少時に手ほどきを受けただけですがね。なのでブレインは私にとって弟弟子に当たります」

 

「なるほど。それで二人で稽古を?」

 かつて御前試合で戦士長ガゼフと互角の戦いを繰り広げた剣士ブレイン・アングラウス。

 彼の強さが本物なのはかつて蒼の薔薇として共に活動した十三英雄の一人、リグリットと戦い押されはしても負けることなく、完全な決着を付けられなかったことからも明らかだ。

 そんな男がセバスに弟子入りしていたのも驚きだが、あの動きとモモンの師であると聞けばそれも納得だ。

 

「そんなところです。ナーベは魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですから、私の稽古相手は出来ませんからね」

 なるほど。と納得して頷き、そこで会話が止まる。

 色々と話したいことはあったはずだが、突然のことで頭が追いついていない。

 何かないか、と頭を必死に回転させながらふと、未だキチンと感謝の言葉を口にしていないことを思い出した。

 慌てて、けれどそれは悟られないようにモモンと目を合わせ──兜越しだが──深く頭を下げる。 

 

「……今更ですが、改めまして以前は助けていただきありがとうございます。ガガーランとティナも未だ完全とは言い切れませんが大分力を取り戻しています。今は王都にはおりませんが、戻った暁には改めてお礼を──」

 

「いいえ。あの時も言いましたが、あれは共同で仕事に当たっただけのこと。対価はアインズ様から十分に頂きましたし、礼など結構ですよ」

 そう言うことは分かっていた。

 彼は優しい。

 しかし、結局あの時約束した復活魔法を見せることも出来ず、なにより自分達はモモンを目標として追いかけることを決めたのだ。

 だがその優しさに甘えて借りを作ったままでは胸を張って彼を追いかけることも出来ない。

 ならば──

 

「いえ。それでは私の気が済みません。何かありませんか?」

 食い下がるラキュースにモモンは、少しの間ふむ。と目線を下げて考えていたがやがてああ。と言うように頷き顔を上げる。

 

「では一つ。ラキュース殿、もしよろしければ王国貴族筋の方を紹介頂けませんか?」

 

「え?」

 貴族。と聞き背筋に冷たいものが流れる。

 アインドラ家の令嬢であり冒険者という異色の経歴を持つラキュースには時折、様々な人間が貴族との繋がりを求めてやってくる。

 特に商人からは貴族に直接売り込みは出来ないが、冒険者として会いに来たという体でなら会うことの出来るラキュースに、貴族を紹介することを仕事として依頼しようとする者すらいる。

 そうした行為には辟易しており、彼もそうした者の一人なのかと、疑ってしまう。

 もちろんそれが礼になるというのならそうするが、ラキュースの信じる英雄はそうした権力に媚びるような真似はしないと思っていただけに衝撃を受けた。

 勝手に憧れて、勝手に幻滅する。それこそ身勝手な考えだと、分かってはいるのだが──

 

「実は、王宮で開催される舞踏会にアインズ様が招待されまして、出来ればそこに私も参加をして欲しいと頼まれたのですが、まぁ、私が招待されたわけではないので、参加出来るかは分からないのですが……とにかく、見ての通り私は上流階級とは縁のない無骨者でして。もし参加することになったのなら、アインズ様に迷惑をかけないためにも礼節を学んでおきたいのですが王国の礼節に詳しい方に知り合いがいないもので。アダマンタイト級冒険者として顔の広いラキュース殿ならそうした方々にも知り合いが居るのではないかと思ったのですが……」

 まるで言い訳をするように長々と語るモモン。

 そんな彼にラキュースは何度か目をしばたかせてから思わず吹き出してしまった。

 短い間とはいえあんなことを考えた自分がバカみたいだ。

 

「あの?」

 首を傾げるモモンに、ラキュースは口元に浮かんだ笑みを隠すことも忘れて口を開いた。

 

「モモンさんは本当に私のことに興味がないのですね。それなりに有名だと思っていたのですが──」

 口ではそう言うが、嫌な気持ちは無い。

 きっとこの話をしても彼の態度が変わることはないだろう。と確信しながら、ラキュースは貴族としての礼を取り頭を下げる。

 

「改めまして自己紹介を。私の名はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。冒険者チーム蒼の薔薇のリーダーにして、王国貴族アインドラ家の娘です。私でよろしければ、なんなりとご質問下さい」

 そう言って顔を持ち上げる。

 次の舞踏会、貴族の娘で独身である自分も当然招待されている。加えて今回は貴族だけではなく様々な立場の者達を招待して大規模な舞踏会を開催するのだとも聞いている。

 従者を連れてきても良いことになっているのでモモンの参加も問題ないはずだ。

 同時にやはりイビルアイには怒られることになるだろう。とそんなことを思いながらも自然と口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 ・ 

 

 

「貴族社会の礼儀をある程度理解した商人という現在のアインズ様の立ち位置を考えますとダンスの方はこれで問題ないかと。後は王国での勲章授与や貴族に対しての礼儀作法ですな。アインズ様、そちらは既に?」

 

「ああ。王国の貴族と知り合ってな。その者にお前が聞いて欲しいと言っていた内容を質問しておいた」

 これだ。と言いながらラキュースから聞いた内容──本当はもっと細かな一般常識的な事も聞いたのだが、そちらは載せていない──を纏めた紙を手渡す。

 巨大なゴキブリの足そのものの恐怖公の手がアインズから紙を受け取り内容を確認する。

 

「ふむふむ。典礼については儀典官から指示があると。でしたらそちらは問題ありませんね、これでしたら覚えることは少なくて済みます。後は……従者ですか、ご招待されたお二人以外にも連れてきて良いとなっていますが、メイドの方々をお連れしますか?」

 

「それなんだが。その場でついモモンがアインズに誘われて舞踏会に出ると話してしまったんだが、貴族的にそうした行為は問題ないだろうか?」

 ラキュースは何も言っていなかったので大丈夫だとは思うのだが、これも不安の一つだ。加えてこの場に恐怖公しかいないという状況がアインズの口を軽くした。

 本来こうした自分の無知な部分をさらけ出す真似は極力避けてきたアインズだったが、皆にダンスは出来ないと口にしたことと、そのダンスの練習を通して恐怖公にはそれなりに厳しくダメ出しをされたために、恐怖公に対して何となく教師のような感情を抱いてしまい、教えを請うことに若干抵抗がなくなっているのだ。

 アインズの虚像を打ち消すという──アインズにとっては──重要な作戦としてはいい傾向かもしれない。

 

「なるほどなるほど。確かに冒険者を護衛として連れていくとなると、やはり些か問題は出るでしょう。王国の警備を信用していないと公言するようなものですから。ですが、王国側も冒険者として最高位に位置する御方と繋がりを持ちたいのもまた事実のはず。となると冒険者としてではなくアインズ様が世話してきた方としてあくまで同行者として紹介すれば無碍には出来ますまい」

 恐怖公の言葉に安堵する。

 これでアインズが立てた作戦の一つであるモモンに扮するパンドラズ・アクターをパーティに合法的に入れ、適当な理由を付けてアインズと交換する作戦も実行可能だ。

 ラキュースに貴族の紹介を頼む際の言い訳とはいえ咄嗟にこのアイデアが出た自分を褒めたいくらいだ。

 アルベドは不満に思うかもしれないが、ダンスだけはアインズが踊ることにすればなんとか納得してくれるだろう。

 その後に適当に理由をでっち上げて交換し、そのまま王女との会見もパンドラズ・アクターに任せる。

 これならアインズの正体を見破られることはなくなるだろう。

 

「ふむ。そうかもしれんな。分かった参考にしよう、では恐怖公。早速練習を開始しよう」

 ダンスは一曲だけだが合格点が出たので、後はこの紙に記された内容──アインズは貴族として振る舞うつもりはないので相手を怒らせない方法──を学ぶだけだ。

 貴族的な振る舞いは土地を貰い、本物の貴族になってからでも良いだろう。

 

「では我輩が会話の相手を努めさせて頂きますので、アインズ様。早速我輩を褒めてみて下さい」

 

「ほ、褒めるのか?」

 

「貴族の会話は自分の自慢ばなしと相手の自慢を讃えることが基本。アインズ様は貴族ではなく商人として接するなら相手を褒めるのは基本中の基本ですぞ。ここにもそう書いてありますので、さあ。どうぞ」

 なんかグイグイくるな。

 と思いつつ恐怖公の全身を見回し褒めるところを探そうとするが、何度みても王冠を乗せただけの巨大なゴキブリである。

 この体になってから人間の頃に感じていたゴキブリに対する嫌悪感は薄れたと言っても別に好きになったわけではない。

 黒光りしているところ、とか。王冠のデザイン、フォルムの造形──他のゴキブリとの違いがあるのか不明だが──幾つか頭に浮かぶが正解が見つからず、アインズはさぁさぁ。と催促を続ける恐怖公を前にどうしたものかと頭を悩ませた。




王国貴族の話のせいかイビルアイよりもラキュースの方が出しやすく感じます
次から舞踏会の本番に入ります
来週も時間はあるので出来ればいつも通り木曜日に更新したいところですが、どうなるかはまだ分かりません






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