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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外772裏 亡者の軍勢・4

 カオスレイヴンの放つ黒い閃光のような羽根の弾丸を放ち、チャリオットに乗ったローズマリーが魔力の弾丸で弾幕を応酬する。

 その傍ら、前衛であるイグニスとマクスウェルは凄まじい勢いでカオスレイヴンの大鎌や翼と攻防の応酬をしていた。

 イグニスの握る戦鎚と、磁力線に乗せて斬撃を放つマクスウェルと。大鎌と操りながら翼を振るうカオスレイヴン。


 人知を超えた速度での攻防だ。カオスレイヴンを操る寄生体は、どうやらマクスウェルの展開する磁力線の微細な違いを認識している節がある。磁場を感じて飛行する事のできる鳥系統の魔物ならでは。寄生体が器の能力を十分に活用する事ができるという事の現れでもあるだろう。


 マクスウェルは磁力線を根本から枝分かれするように展開してフェイントをかけているが、翼を以って広範囲を防御したり、優れた反応速度を活かして展開される磁力線の力の微細な強弱を感じ取って本命の攻撃を受け止めたり、或いは自分から攻撃に転じる事で磁力斬撃を放てないように対策を取っている節がある。


 そうやって前衛と苛烈な攻防を繰り広げながらも後衛であるローズマリーに向かって羽根の弾丸を放つ。黒い炎のようなオーラを纏ったそれは、寄生体による直接制御弾だ。

 放たれた後も込められた魔力が尽きるまでは空中に停滞し、寄生体の望んだ軌道を撃ち抜く。威力も相当なもので、単発でイグニスやチャリオットの防御を貫ける程ではないにしても、何かに当たれば相当な衝撃を伴う爆発を起こすので、対応しなくても良いと捨て置けるレベルではない。


 だから、ワンドによる爆裂弾で打ち落としたり、マジックスレイブから弾幕を張ったり、シールドを展開して羽根弾を撃ち落とす。カオスレイヴンはより確実に命中させる為に、一旦あらぬ方向に羽根弾を放って滞空させておき、任意のタイミングで攻撃に転じさせるというわけだ。


 並みの魔術師ならこうした立体的な戦いに抗う事は出来ないだろうが――。

 微細な同時操作は8本まで。滞空展開させられるのは、およそその倍。イグニス、マクスウェルとの実戦に集中しながら操作できる羽根弾はそのぐらい、と、これまでの戦いからローズマリーはそう推測を立てている。限界値はもっと上なのかも知れないが、今までの戦いで見せたのはそのぐらい、という事だ。


 防御と高速軌道をチャリオットとイグニスに任せる事で、魔法の演算能力をフルに活用して敵との攻防予測を脳裏に描く。それに従ってイグニスとマクスウェルに指示を出してカオスレイヴンと渡り合う。


 重量級の武器と感じさせない速度で戦鎚とマクスウェルが振るわれる。黒い大鎌と翼が交差し、空を引き裂く音と互いの得物が激突する重い金属音と衝撃が弾け飛ぶ。


 身体の陰から旋回してくる大鎌をマクスウェルが受け止め、腰部の高速回転に乗せた戦鎚が振るわれれば滞空していた羽根弾が撃墜する。

 時間差での2枚目の起動を察知したローズマリーが、マジックスレイブから羽根弾の軌道に氷の弾丸を合わせれば、カオスレイヴンはマジックサークルを展開。羽根弾の性質が変化して氷の弾丸を切り裂き、チャリオットに突き刺さる。


 問題ない。爆発の衝撃波の直撃でなければチャリオットもイグニスもマクスウェルも、装甲を貫かれる事はない。

 弾丸性質の変化はこれまでの攻防で一度見ている。敢えて問題の無い攻撃に対しての防御を捨てる事で一手を得て斬り込んでいく。


 カオスレイヴンの防御を掻い潜ってローズマリーの操る流星弾が腹部に命中。一瞬揺らいだ隙を突いて更にイグニスとマクスウェルが押し込む。機工による変則打撃とマクスウェルの磁力斬撃による矢継ぎ早の攻撃。カオスレイヴンは一瞬防戦一方になるも、突如として大きく息を吸い込むようにして上体を膨れ上がらせる。


「腐食の吐息!」


 ローズマリーが手を振るえば、追随していたマジックスレイブが弾け、イグニスがチャリオットごと後退する。風魔法が爆発的な広がりを見せて、カオスレイヴンの嘴から吐き出された腐食ガスを散らす。

 カオスレイヴンの能力は王都の図書館で調査済みだ。金属を腐食させる吐息を使うとされている。チャリオットの機密性が高いしイグニスやマクスウェルもそれが致命傷になるわけではないが、腐食の吐息等という物騒な性質を持つ技を相手に耐久性能を確かめるつもりはローズマリーにはない。

 だからこそ、最初から複数マジックスレイブを浮かべ、ブレス対策の風魔法を用意していた。


 だが、先程までの作り上げた有利な戦況は五分にまで戻される。切り結びながら互いの手の内を読み合う、詰め将棋のような戦い。

 今度はカオスレイヴンの足――鈎爪にも呪法の刃を展開して突っ込んでくる。空中機動は飛行呪法を使っているので翼で飛ぶ必要はないし、体勢にも融通が利く。


 両足から展開した刃と呪法強化した翼でイグニス達と切り結び、手にした大鎌が大きく伸びてカマキリの腕のように折れ曲がってあらぬ方向から振ってくる。前衛を無視しての後衛への直接攻撃――。ネフェリィの対呪法術式とマルレーンの展開してくれたクラウディアの加護とで呪法の大鎌の威力を減衰させながらチャリオットに魔力を送り込み、斬撃を弾く防御力を得る。


 マジックサークルによる羽根弾の性質変化。しかし本体の手数が増えた分、羽根の弾丸も同時制御の数が減る。演算能力を使って周辺の状況を把握しながら、立体的な斬撃と弾幕を応酬する。

 斬り裂き、払い、打ち下ろし、弾き、弾かれては踏み込んで激突する。

 半壊したアンデッド兵を肉の盾として呼び出し、マクスウェルの攻撃を止めて。翼に集中させた呪法の力を身体ごと叩きつけるように振り払う。


 技術ではなく力。衝撃と共に防御したはずのイグニスの身体が弾かれる。

 翼を広げて、飛ぶ。飛行呪法ではなく、翼に呪法を込めての超高速飛行。そこから羽根弾をばら撒き、弾幕と共に大鎌を携えて突っ込んでくる。二度、三度とすれ違いざまの斬撃と時間差での爆裂を演算による予測防御で凌ぎ――ローズマリーも機動戦に応じる。魔力を練り上げ、魔力光推進によってカオスレイブンと並走する。互いの放った魔法弾と羽根弾を置き去りにして、高速で飛び回りながら切り結ぶ。追いすがる弾丸同士が空中で衝突。両者の周辺で爆発を起こす。演算によってローズマリーが狙ったものだ。


 だからと言って弾幕の展開を止めるわけにもいかない。手数が減ればその分だけ押し込まれるからだ。弾幕は相殺させ合う事で本体への攻撃に参加させない。結果高速機動戦でありながら制御能力を競い合うような戦いとなる。それは同時に魔力の消耗戦でもあった。均衡が崩れれば互いを押し切る攻撃能力を有しているからだ。


 アンデッド兵の横槍は仲間達が許さない。ローズマリーに向かって放たれた弾幕をラヴィーネとティールが放つガトリングガンのような氷の弾幕が弾き散らす。氷の気配を持つ環境魔力が潤沢故に、ラヴィーネとティールは普段以上の凄まじい弾幕を展開していた。


 調子がいいと言えばエルドレーネ女王やミハヤノテルヒメ、それに魚人族達もだ。氷で閉ざされた土地である以上、水源には事欠かない。水の壁や津波を操り、寄生体を援護しようとするその動きを阻害する。


 そうやって支援してくれる仲間達の姿に小さく笑って――ローズマリーは更に魔力を練り上げてカオスレイヴンと切り結ぶ。直接的に魔力を送り込む事ができるので、魔力消耗はかなり抑えられている。攻防と魔力光推進で用いる魔力消費は演算能力の先読みで最小限に。

 要所要所でイグニスとマクスウェル、チャリオットに魔力を送り、相手の攻撃に押し負けない攻撃を、当たらない機動を繰り出させる。


 寄生体の制御と先読みを上回るにはまだ魔力操作の速度が足りない。

 もっとだ。もっと、鋭く、速く。自身の持てる演算と先読みの能力を活かし切る程の――。


 瞬間。直感的な閃きがあった。マジックサークルを展開。指先から伸ばした操り糸を、ローズマリーは自身に接続する。


 自身を術式で操る事で演算――思考速度と魔力転送のラグを限りなくゼロに近付ける。マクスウェルに膨大な魔力を送り込んで空中に投擲。マクスウェル側の自律行動でカオスレイヴンと攻防させながら、イグニスを直接制御する事で反応速度を爆発的に増幅させる。


 それは魔法生物達との意識の同調と呼ぶに相応しい。薄い魔力の網を広げてマクスウェルの斬撃軌道を読み、イグニスと呼吸を合わせる。

 高速機動戦にあって、カオスレイヴンが完全に防戦一方となる。切り結んでは攻防の要所で魔力を送り込んで押し切り、打撃、斬撃を叩き込む。呪法防御で受け止めてはいるが、見る間にカオスレイヴンの手傷が増えていく。


 同等以上の速度での飛行だ。カオスレイヴンには離脱も敵わない。飛べばその方向に同じ速度で追随して斬り込んでいく。


 凄まじい攻勢。だが、後の事を考えていないラッシュとも言えた。イグニスもマクスウェルもそれぞれ魔力を蓄積する事はできるが出力を瞬間的に増幅するなら、それはローズマリーの負担となるからだ。チャリオットに搭乗する事で、魔力消費を抑えているとは言え、ここまでのラッシュがいつまでも維持できるとは思えない。


 魔力が枯渇すれば――人形や戦車の装甲とて脆くなってしまうはずだ。カオスレイヴンの肉体を預かる寄生体はそう考えを巡らす。

 防戦一方になりながらも魔力を練り上げる。押されながら。攻撃を身に受けながら、戦闘続行不可能になるような攻撃を避け、致命的なダメージを受けない程度に魔力を込めて防御に意識を強く置く。


「――はぁっ……!」


 ローズマリーが息継ぎをするように呼気を吐き出す。魔力光推進が途切れ、イグニスからの圧力が弱まった瞬間に、カオスレイヴンは反撃に転じた。練り上げた魔力を解放し――爆発的な速度でイグニスをチャリオットごと押し込む。その手に握られた大鎌が、後ろに引かれ主従ごと切り裂くというような凄まじい黒いスパーク光を散らした。慌てたようにマクスウェルが背後から高速回転の斬撃で迫るが――問題はない。翼に込めた呪力で防御可能だ。


 その、瞬間。チャリオットに乗るローズマリーが薄く笑うのをカオスレイヴンは見た。魔道具によって封印術を解除。チャリオットに仕込まれた紫色の魔石が膨大な魔力を撒き散らし、凄まじい魔力が供給される。

 それは闇属性の魔石。オズグリーヴの隠れ里を襲った魔獣から抽出されたものだ。


 大魔法を刻むだけの容量を持つが――闇魔法の扱いに長けたローズマリーならイグニスとチャリオットへの爆発的な魔力供給を行う予備エンジンやブースターとしての使い方もできる。

 最初から存在が明らかなら相手も計算に入れてしまうが――封印術と隠蔽術で、存在そのものを察知させない。


 結局のところ、ローズマリーの馬鹿げたラッシュは膨大な魔力リソースを用意してあったからに他ならない。尽きたはずの魔力を補充するだけの当てがあったからこそ、ローズマリー本人の魔力だけで戦って、隙を晒してみせた。絶好の機会だと見せかけた。


 今更攻撃は止められない。大鎌を振り切るべきだ、とカオスレイヴンを操る寄生体は判断を下す。だが、それよりも速く。マクスウェルを手離した左腕がカオスレイヴンの胸に添えられた。


「一手遅いわね


 密着した至近距離。勢いも何もつけられないはずのその間合いから、必殺の一撃が炸裂した。

 持てる魔力を放出して背後から押しこもうとするマクスウェルが敵を拘束する役割を果たし、爆発と共に射出される金属の杭がカオスレイヴンの胸をあっけなくぶち抜き、杭に仕込まれた術式が体内で爆圧を放つ。


 器だけでなく、それを駆る寄生体をも焼き尽くすような爆炎。半身を吹き飛ばされ、寄生体ごと焼き尽くされて、カオスレイヴンは高めた呪力の制御を失い四方八方に撒き散らしながら地に落ちていった。


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