クライメンイルカ、交雑で誕生か

2014.01.15
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
大西洋の波に乗るクライメンイルカ。

Photograph by NOAA
 遺伝学者の研究チームによれば、大西洋に固有のクライメンイルカは、まったく異なる2つの種が交雑して生まれたという。 スピンジャンプが得意なクライメンイルカ(学名:Stenella clymene)は、“口吻の短い回転イルカ”の異名がある。体長2.1メートルほどで、その名はギリシャ神話に登場する海の精クリュメネーにちなむ。大西洋の熱帯から温帯にかけての深い海に生息し、夜間に海面近く集まるイカや魚を狙う。

 交雑の結果、雑種が生まれるケースは動物界では珍しくない。ポルトガル、リスボン大学の海洋生物学者アナ・アマラル(Ana Amaral)氏らが発表した研究は、広大な海も例外でないことを示している。

 クライメンイルカは当初、ハシナガイルカ(学名:Stenella longirostris)の亜種と考えられていた。ところが1981年、体構造を詳しく調べた結果、異なる種と判明。

 ただし、近縁種との関係ははっきりしていなかった。外見や行動はハシナガイルカに近いが、頭蓋骨はスジイルカ(学名:Stenella coeruleoalba)とよく似ている。

◆DNA分析

 アマラル氏らは、クライメンイルカ15頭、ハシナガイルカ21頭、スジイルカ36頭の皮膚サンプルを分析。海を泳ぐイルカのDNAを特殊なダーツで採取し、座礁した死体のDNAも集めた。

 次に、細胞核とミトコンドリアのDNAを調べた。核DNAは両親から受け継がれ、細胞のエネルギー供給源ミトコンドリアDNAは独自の遺伝子を持ち、母親のみから受け継がれる。

「当初の分析結果には困惑させられた」とアマラル氏は振り返る。クライメンイルカの核DNAはハシナガイルカとよく似ていたが、ミトコンドリアDNAはスジイルカと類似点が多かったためだ。

 これは、クライメンイルカがハシナガイルカとスジイルカの自然発生的な雑種であるという有力な証拠だと、アマラル氏は説明する。また、数こそ少ないものの、両者の交雑は現在も起きている可能性があると、研究チームは補足している。

 新種の誕生「種分化」は多くの場合、1つの種が複数の個体群に分かれ、異種交配なく時を重ねて、違いが明確になった結果と考えられている。

 雑種は通常、繁殖力を持たない。オスのロバとメスのウマを掛け合わせたラバがその好例だ。

◆雑種は珍しいのか?

 植物や魚、昆虫、鳥は過去の研究で、交雑によって繁殖力のある子どもが生まれたり、新種が誕生したりするケースが示されている。

 カナダ、ビクトリア大学の進化生態学者パメラ・ウィリス(Pamela Willis)氏は第三者の立場で、雑種の誕生には2つの要件が欠かせないと説明。

「両親となった種と同じくらい健康で、生態系の中に自分が生きていく場所を見つけなければならない」。

 そして、両親の種ではなく、同じ雑種の個体のみと交尾する。「これでようやく独立した進化の軌道に乗り、独自の種になることができる」とウィリス氏は続ける。「ただし、どちらの要件も満たすのは難しい」。

 哺乳類の場合、雑種の種分化は極めてまれだと考えられてきた。「一般的に哺乳類は、ほかの種類の動物に比べ、健康で繁殖力を備えた雑種を生む能力が低い」とウィリス氏は話す。

 ただし、クジラやイルカが属するクジラ目では、飼育下と野生の両方で雑種の前例があった。クジラ目は種間の染色体数が非常に近く、生存能力のある雑種が生まれやすいのではないかと、研究者たちは推測していた。

 ニューヨークにある野生生物保護協会(WCS)とアメリカ自然史博物館の海洋生物学者で、今回の研究に参加したハワード・ローゼンバウム(Howard Rosenbaum)氏は、「皮肉なことに、クライメンには悪名高いという意味がある。雑種の種分化によって生まれた初めての海洋哺乳類となり、名前にふさわしい存在になった」と話す。

 リスボン大学のアマラル氏によれば、今後はDNAをさらに詳しく分析し、クライメンイルカが誕生した時期を割り出す予定だという。

 ウィリス氏は、「交雑はありふれた事象であり、動物の進化において種分化を促すという重要な役割を果たしていると示唆する研究結果が次々と発表されていた。今回の研究もその1つと言えるだろう」と評価している。

「交雑はめったに起こらず、進化の観点では重要でない、2種を1種に融合させる役割しか果たさないと伝統的に考えられてきた。われわれは現在、パラダイムシフトを経験している。交雑は、動物の進化や多様化において創造的な役割を果たしていると認識しなければならない」。

 ローゼンバウム氏は、「イルカはこの珍しい種分化の解明に貢献してくれるかもしれない。今回の研究によって、イルカ保護の重要性がクローズアップされることを願う」と言い添えている。

 今回の研究結果は、米オンライン科学誌「PLOS ONE」誌に1月8日付で発表された。

Photograph by NOAA

文=harles Q. Choi

  • このエントリーをはてなブックマークに追加