ふとしたきっかけでキャリアが崩壊し、なかなか立ち直れないケースも。写真はイメージ=PIXTA 仕事人生の一つの節目となる40歳。企業やビジネスパーソンを取り巻く環境変化のスピードが上がるにつれ、それまで順風満帆だったキャリアが大きく狂い始めるリスクが高まっています。また、独立や転職、病気、家庭の事情など、ふとしたきっかけでキャリアの階段を踏み外し、何もかもが悪い回転を始めてどん底に陥るケースも他人ごとではありません。そこからどう立ち直ればよいのか――。今回は、42歳の転職希望者の事例を見ながら、年齢とともに深刻さを増すキャリア崩壊からの脱出について考えます。
■42歳・転職活動1年、30社不合格の「どん底」
先日、転職活動のご相談でお会いしたIさんは42歳。もともと都内にある通信系の大企業で営業や企画職を経験してきた方でした。しかし、38歳のときに、新潟にある妻の実家の酒販店を継ぐ前提で転職し、4年間、義理の父親とともに経営にかかわってこられたそうです。しかし、周辺に大型小売店が進出するなど環境が激変し、残念ながら、1年前に会社自体をたたんでしまった、ということでした。
会社の廃業後の昨年夏、Iさんは奥さんと子供を連れて、再び自らの地元である東京都内に賃貸住宅を借り、そこから就職活動をスタートしました。1年間で約30社に応募し続けたものの、ほとんどの企業で書類選考を通過せず、失業期間が長引いている状況。1社だけ内定をもらった商社の営業職があったものの、固定給が少ないという理由で条件が合わず辞退したといいます。
なかなかIさんの仕事が決まらない状況が続いたことで家庭不和が起こり、昨年末に奥さんが子供を連れて家を出てしまい、その後、離婚したそうです。
「思わぬことから人生がズタズタになってしまいました。今の私は本当にどん底です。どう動けばいいのかも、わからなくなってしまいました。家族のために一生懸命働いてきたつもりですが、何をやってきたのかと思うと情けなくて、どうしようもなくなります」
42歳という若さにもかかわらず、完全に自信を喪失し、話し声にも勢いが感じられないIさんは、メンタル的にも限界に近いのではないかと思うくらい憔悴(しょうすい)していました。
さっそく就職活動の状況や、希望の仕事や条件などをお聞きしたところ、
「通信会社の営業経験があるとはいえ、法人向けの技術営業で、あまり汎用性がないスキルですから企業からのウケが良くないと思う」
「40歳を超えると企業から需要がなくなるのも当然だと思う」
「1年間も失業が続いていてブランクが長いから、書類で落とされるのもやむを得ない」
など、自分がなぜ書類選考で不採用になるのかという自己分析を話し、さらに深いため息をつくという状態。質問と回答がちぐはぐになりがちでしたが、ていねいに状況を分析すると、Iさんの就職活動の特徴がいくつか見えてきました。
●過去に経験のない業界や職種は最初から除外している
●12カ月で応募企業は30社と、1カ月あたり3社に満たないスローペース
●企業から届くスカウトメール中心で、自ら検索して応募先を探していない
●自ら応募する企業は、知名度が高い大企業の営業か企画職
●心配をかけたくないからと、友人や知人などへの相談は最小限にしている
これらは、転職活動の経験が少ない方に共通するもので、満足度の高い転職を阻害する可能性があるものばかりです。
■もし自分が起業したら、自分を雇うのか?
逆に言えば、一つ一つ問題点をひもといていけば、十分に可能性は高まるということでもあります。「一緒に就職活動上の課題を整理してみませんか」とお伝えして、どうすればIさんがより生き生きと働ける可能性が高まるかを掘り下げていきました。Iさんは、私の提案にうなずきつつ、
「42歳でも仕事は見つかるものでしょうか」
「経験がなくても応募できる仕事はあるんでしょうか」
「ホワイトカラーの仕事から離れて4年のブランクがあるのに、過去の経験が評価してもらえるものでしょうか」
「失業期間が1年にもなるのに、書類選考を通過できますでしょうか」
と、矢継ぎ早に質問を返してきます。すべて悲観的なシナリオが前提で、Iさんがどれほど自信を喪失しているかを示すようでした。
もしかすると、このネガティブな思考パターンは、過去1年間の就職活動の苦労によって生まれたものではなく、それ以前からIさんの思考や行動の特徴だったのかもしれないと感じました。通信系の大企業に勤務していた時代、義父と一緒に酒販店を経営していた時代の働き方、考え方を確認してみると、やはり他者依存や、他人のせいにしたがる他責の傾向があることがわかってきました。
もともと高い能力を持っていても、安定した環境に甘んじて長く自己変革の努力を怠っていると、他者依存や他責の傾向が強まり能力が発揮されず、逆に生存能力がスポイルされてしまうリスクがあります。「こんな自分でも雇ってもらえる会社はあるのか」という視界に縛り付けられたIさんの観点に、少しでも幅を持っていただくために、
●雇用といっても、雇う側からすればその人が生み出してくれるであろう収益を期待して、その期待値に対して契約するものなので、個人事業主として会社と業務委託契約するのと大きな違いはない
●もし個人事業主としてフリーランスで仕事を始めるなら、どんな分野でどんな成果を出すことをウリにするか
ということをお話しして、具体的な成功エピソードや数字で表現できる実績をもとに複数の方向案を考えていただきました。さらに、リアリティーを高めていただくために
●個人事業主として起業したIさん自身が、Iさんの希望する条件や働き方で、もう一人の自分を雇い入れる可能性があるか? もし自分が自分を雇うとすれば、どんな期待値に、どれくらいの報酬を準備して雇うのか?
という空想を巡らせていただきました。メモを取り、うなずきながら思いを深めているIさんの顔を見ると、少し眼の力が強くなってきたように感じました。
■手紙を書いて、会いに行きたい経営者はいるか?
しかし、自分が売りたい能力やスキルをいくら明確にしても、売り込み先となる企業がどれくらいあるかがまだまだ不透明で、「応募できる会社がどれくらいあるのか」ということに対して強い懸念を持っていました。一方で、2時間近くに及んだIさんとの会話で、「学生時代にやりたかったことは地域貢献。社会学部で、田舎や地方の再生を学んできた。それもあって奥さんの実家を継ぐ決心をした」ということを聞いていました。
規模は小さくても、地域の振興のために頑張っている企業は多い。写真はイメージ=PIXTA 「今でも地域貢献というテーマには関心がありますか」と質問すると、「もちろんです。地域貢献や地方再生は、学生時代から今も自分にとってはとても関心が強いテーマです」といった回答でした。
「転職サイトや転職エージェント、スカウトメールの中から、求人を探す方法はもうやめておきませんか」と私は提案しました。
「地域再生や地域復興をテーマにしている、関東近郊の企業はどうですか。部品などのモノづくり、農業、アパレル、地場の名産品など、規模は小さくても、地域の復興のために、知恵と工夫を凝らして頑張っている中小企業はたくさんあると思います。Iさんが本気で、地域貢献をライフワークにしたいのであれば、そういう企業の中でご自身の力を発揮できる会社を探してみるのはいかがでしょう」
「もし手紙を書いてでも会いに行きたい経営者がいれば、募集なんかしていなくても、30分くらい会って話を聞いてもらえるかもしれません。Iさんの能力がその会社で収益に貢献できるなら、契約社員からでも雇用の話も進むかもしれませんよ。都道府県や市や区の表彰を受けている中小企業などから調べてみるのはどうでしょう。興味のない業界でも何が何でも飛び込んで頑張るという選択肢の前に、ダメもとで挑戦してみるというのもあるかもしれません」
Iさんの眼が力強く輝きました。
「ありがとうございます。ぜひアドバイス通りに一度動いてみたいと思います。そんなに甘くはないと思いますが、3カ月くらいは全力で動いてみます。それでもダメならその時は、いったんは食べていくためにどんな仕事でもやってみます」
●経験したことのある仕事以外はどうせ受かりっこない
●就職活動は、年齢やブランクなどのハンディがあると難しい
●募集していない会社には応募できない
自信喪失のあまり、当初は頭から決めつけたバイアスだらけだったIさんが、別れ際に「少し気が晴れて自由になった気がします。自立した考え方で、成功を勝ち取っていかないと始まりませんしね」と、笑顔で語ってくれるようになっていました。
※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。この連載は3人が交代で執筆します。
黒田真行 ルーセントドアーズ代表取締役。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。1989年リクルート入社。2006~13年まで転職サイト「リクナビNEXT」編集長。14年ルーセントドアーズを設立。著書に本連載を書籍化した「転職に向いている人 転職してはいけない人」(【関連情報】参照)など。「Career Release40」http://lucentdoors.co.jp/cr40/ 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。