「金の為だよ。それ以上に重要な事があるかい?」
ヘッケランの言葉に、漆黒の英雄が滑らかに答えを返す。
「そうですよね。冒険者やワーカーはそんなくだらない……」
が、途中で遮られる。
「そう、人は命を懸けての金稼ぎなんざくだらない、そういうのが普通の生き方だ。でもなぁ、俺達ワーカーも、冒険者も、金になりそうな未知のダンジョンを前にしてみりゃこれはもう金だけじゃねえ。遺跡一番乗りの栄誉、浪漫全部手の中に入れたいのが「冒険者」じゃねーか!俺たちは糞駄賃のために命をはるさ、でもな、きちんと輝く何かって奴をもってんだ!……いやすまねぇ。こんな話釈迦に説法だな」
「……いえ、そうですね。命を懸けて潜るダンジョンにはロマンがある。その通りです。未知があれば探りたくなる……そうですよね」
ヘッケランが熱く語るまで、冷気を発しそうな雰囲気を纏い始めていたモモンが融けた。
まるで何かに堪えていた中で、そういえば、と思い直したかのように。
周囲はその変化をやや不思議がったが、漆黒の英雄モモンの内心は誰にも知られることはなかった。
「オッ……ゲェェェェェェェエエ!おぶ、げぼぉっおぶえええええええええ!」
「どうしたアルシェ!」
「あんた、アルシェに何をしたのよ!」
「まさかアンデッドの特殊能力……」
アインズが指輪を外した途端吐き始めた少女に困惑していると、その仲間達から謂れのない罵りが発せられる。
これによって「多少はましな冒険者」との立ち合いになると腐る一方の心中から少し浮き上がろうとしていたアインズは蹴り落とされる。
「い、いや。私は特に何も……おい!貴様、人の顔を見て吐くとか失礼じゃないか!?別に腐った肉塊のついた醜悪な怪物ってわけじゃないんだぞ!」
「かひゅ……!だめ、だまされないで。こいつはとんでもない化け物、何をしても勝てない……強大な魔力が見えるの……みんな逃げて……!」
「バカ野郎!アルシェお前そんなんで逃げられるのかよ!」
「私のことは……うごぇ……いいから……皆逃げて……」
吐き出し切れていない塊を吐瀉しつつ他の面々に逃亡を進めるアルシェ。
だがそんな彼女の額をこつんと突いてイミーナは弓をつがえる。
「バカ言ってんじゃないわよアルシェ。私達フォーサイトはね、そんな確率の低い行動は選ばないのよ!」
「そうですよアルシェさん。この中で一番逃げられる可能性が高いのはフライが使える貴女です。それほどの危険な存在がいるという情報を他の誰かに伝えるのは貴女の仕事です」
「ロバーデイク……イミーナ……」
アルシェには見なくてもわかる。
今この時イミーナも、ロバーデイクも、そして未だ何も言わないヘッケランも皆、皆。
笑っている。
「アンタが逃げられないならどーせ誰も逃げらんないのよ。このおバカ」
「イミーナ……イミーナ……ごめんなざい!みんなごめんなざい!私の為にこんな仕事をうけざぜで!」
「へっ、惚れた女を護って死ぬとかどこぞの騎士かよってシチュエーションいただいた時に欲しいのはごめんなさいじゃなくて「一緒に逝きましょう」だぜ」
「ははは、それだと惚れた女がアルシェ相手になったようでイミーナに地獄で切り取られますよ」
冗談めかしたことを言いながらメイスを構えるロバーデイクにヘッケランがおどけて応える。
「そりゃ怖い。じゃあとっととこの化け物をぶったおして!ベッドの中で誤解を解かせてもらおうかい!」
「このバカ!子供がいるのよ!」
「ははは、いやまったく」
「ロバーデイク、人の事、言えない」
バカなやり取りにアルシェの瞳にも力が戻ってくる。
ただでは死なない。
怪物に一矢報いる。
人間の剣の一刺しでも突き立てて死ぬ。
フォーサイトはそんな盛り上がりを見せていた。
ただ、アインズは内心(そんな小説みたいな盛り上がり方されるほど怖いか!?やはりカルネ村で最初に何も付けずに出たのは失態だったのか……)と。
今更ながらに沈静化が働くほどテンションを落としていた。
「ふむ。諸君は良い実験台になってくれた。ここの強さはさほどでもないが、やはりお互いを補助し合う良きメンバーがいるとこうも私でも後手に回るか……」
「へっ、そりゃお褒めにあずかり光栄ですってな」
ヘッケランは内心毒づく。
なにがてこずらされる、だ。
手こずったのは一手たりとも能力に頼った無理押しがなかったから、ヘッケラン達一行が最初から全力を尽くしたからかろうじて表面張力ギリギリの水がこぼれ始めるのをとどめていたに過ぎない。
確信する。
このスケルトンはその気になれば瞬き一つする間にフォーサイトを潰せる相手だと。
故に、最期に少しだけ競り合った戦士に情けを掛けてほしくなった。
断じて自分にではない。
帝都に幼い姉妹を残し、装備の更新も滞らせてまで守ろうとしてきた哀れな少女に対してだ。
「なぁ。あー、アインズ様、だったか?」
「なんだ?冒険者。命乞いなら聞かんぞ」
「それが、したいんだよなぁ。命乞い」
「戯言を……」
「俺は良い、イミーナも……惚れた女だから死なせたくねーが、生き残らせて他の男にやるなんざもっといやだ。ロバーデイク、てめーは問答無用で道連れだ」
へらり、とわらい無理な武技の使用で筋の切れた腕をわずかに動かす。
未だ闘志の衰えを見せないイミーナと、ロバーデイクは軽口を返す。
「死なばもろともとかいってんじゃないわよ!あんたも生きて帰るの!」
「やれやれ、神官である私が死んだら誰が貴方の墓を参るんですか」
ヤジを飛ばす二人にヘッケランはうっせー!と怒鳴ってからアインズに向き直る。
「頼む。最初に吐いたアルシェ……あいつだけはやむに已まれぬ事情があってこの仕事を請け負ったんだ。虫のいい頼みだとは解っているがどうか。生かして還してやっちゃくれないか」
「ふむ……ふむ……ここで自分ではなく幼子のような仲間の心配とはな……ワーカーにもそのような者がいるか」
アインズは、いやヘッケラン達の姿に、連携に、心の通じ合った軽口に。
わずかにアインズ・ウール・ゴウンからかつての四十一人と遊んだ楽しかった思い出を引き出され、モモンガに還る。
そしてわずかに思考して言った。
「生かして還すことはできんな」
「ちっ、やっぱそこまであまくはねーよなー……」
「ただし条件付きで生かしておいてやろう」
「マジか!?」
「アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて誓おう。その小娘は私の魔力が見えると言ったな?私の配下になりその力を活かすならばその娘の助命を受け入れよう」
絶望のオーラLv1を発動させてまで誓うモモンガにフォーサイトの面々が膝をつく。
支配者としてのオーラを発したと感じ取った円形劇場に集う下僕達も。
「そりゃ、ありがたい……わりいな、イミーナ、ロバーデイク。俺じゃこれが限界だ」
「もういいわよ。バカ……」
「アルシェ、妹さんたちとはもう会えないかもしれませんが、この御仁は寛恕の念もあられるようです。きっと、きっと妹さんたちとである道もあります。あきらめてはいけませんよ」
「ヘッケラン!イミーナ!ロバーデイク!やだ!私も……」
「それ以上はいうんじゃねえ!俺たちと違って、待ってる奴がいるんだろうが。汚くても生き残れよ、アルシェ」
「う、ぐううううううう!う゛ん゛!う゛ん゛!」
感動の一幕を繰り広げるフォーサイトの面々に「死」が別れを告げさせる。
それは直接的な「死」ではないが、それそのものが形をとったかのような生き物だった。
「男女二人は……飢食孤虫王が苗床が足りないと言っていたか、神官は実験用だな。アルシェ、と言ったな。お前はまず一般メイドに付きナザリックに相応しい品格を身につけろ」
こうしてワーカーチームフォーサイトの未来は閉じた。
アルシェという不幸な少女に一筋だけの希望を残して。
この後人間スカウターとして働いたアルシェは無事褒美として奴隷堕ちした妹達に出会うことができたようです。
多少のケアは必要だったようですが。