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なぜ翻訳でステレオタイプな「女ことば」が多用される? 言語学者・中村桃子さんインタビュー

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言語学者・中村桃子さん

「日常的に女ことばを使う女性は少ないのに翻訳においてはなぜ常識化しているのか?」という疑問を、SNSで見ることがある。先日も、『NHK短歌』で「いまどきの/女子のことばに/「よ」「わ」「ね」という言葉はないのだ/凛といくのだ」(さいとうすみこ 作)という作品が紹介されたと、同番組で選者を務める松村由利子氏がツイッターで紹介し、少なくない関心が寄せられていた。しかし、映画やドラマシリーズなどフィクションでは女ことばはあとを絶たない。こうした状況について、言語学者として「女ことば」を研究してきた中村桃子さんに話を聞いてきた。

女ことばという規範

――今回の取材は岩波新書の『女ことばと日本語』を拝読したことがきっかけです。まず本書について、中村さんからご紹介いただけますか?

中村:みなさん「日本語には女ことばがある」ということはご存知ですよね。しかし、「女ことばってなあに?」と聞くと、「女の人が話してる言葉でしょ」って答えが返ってくるんですね。学生さんに尋ねてみても、昔から日本の女性はなにか共通した「女らしさ」を持っていて、それは「男らしさ」とはちがっていて、言葉を通じて自然にその女らしさがにじみ出た言葉づかいが「女ことば」だ、と理解している人が多いんです。しかし、果たしてそうなんだろうか? と。女ことばは女性が実際に話している言葉づかいじゃない。

――「だわ」「なのよ」「かしら」といった語尾の女ことばが翻訳の世界で使われていますが、実際の生活ではそうした言葉づかいをされる女性は少数派だと感じます。わたしも以前wezzyで、テレビドラマ、映画、小説などのフィクション実在の人物、それぞれの女ことば翻訳について記事にしてきました。

中村:イ・ヨンスクさんという方が、『国語という思想――近代日本の言語認識』(岩波書店)で、「国語」とは思想、言語イデオロギーであって、いかに政治的に作られてきたかということを書かれてるんですね。じゃあ、女ことばでも検証できるのではないかとはじめてみたのが、本書の元になった『「女ことば」はつくられる』(ひつじ書房)です。古い資料などを集めるのがたいへんで、書き上げるのに10年くらい時間がかかってしまいました。そのテーマをより一般向けに書いたものが『女ことばと日本語』ですね。

――『女ことばと日本語』でもたくさんの資料が提示されていて、「女性だから」といってみなが同じように女ことばを使ってきたわけではないということが、歴史を追って実証されていく点は本書の読みごたえの柱でした。

中村:実際に女性が使っている言葉づかいはデータとして使わず、女性の言葉についての言説――「こう話すべきだ」というエチケット本、「あの人はこういう話し方をしていて良くない」などの批判、国語の教科書――などを少しずつ集めて扱いました。その実証にどんな意義があるかというと、日本の女性が太古の昔から共通して持っている「女らしさ」ってないんだよ、ということなんです。平安時代の貴族、鎌倉時代や江戸時代のお侍さんの奥さん、平民、それら全部に共通するのは「女である」ということだけなんですよ。そこでジェンダーという考え方に行き着いて、共通する「女らしさ」ってないんだよということを、言語の側面から検証しようと。

――ジェンダー、「男らしさ」や「女らしさ」は、社会・文化的に構築されている、という考え方ですね。髪の毛の長い女性もいれば短い女性もいるし、スカートよりパンツルックが好きな女性もいます。言葉づかいのうえでも、画一的な「女らしさ」にすべての女性が当てはまるはずがない、と研究者でないわたしでもそう思います。

中村:言語学ではこうした、話し方に「ついて」の言説をメタのレベルで検証する方法を「メタ・プラグマティクス」と言うんですが、この方法によって、なぜ日本語に「女ことば」という概念が、規範として成立したのか説明できるのではないかと考えました。特に近代以降の日本の国民国家としての成り立ち、その中で国民というものを日本政府がどのように男女を区別し、性別化し、概念化しようとしてきたのかっていう政策が反映されてるのだとわかりました。

――海外の俳優、歌手など実在の人物へのインタビュー記事の翻訳や、映画、テレビドラマの字幕や吹き替えの「女ことば」への違和感から、本書を読みはじめたのですが、言葉づかいをめぐる言説が家族制度や天皇制に基づく「日本」のイメージ作りに利用されたという実証に展開するくだりは予想を裏切られ、衝撃的でした。日本を優れているとし、その国体のために女ことばが「標準から外れた例外」とされたり「伝統」とされたりする。男性中心主義的な政治とつながっている、と言えますよね。

中村:今の自民党の、夫婦別姓に反対したり、伝統的家族観を押す議員の方が言っていることと同じですよね。家族が壊れるとみなさんおっしゃる。

――自民党憲法改正案の24条で「家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」とする、家父長制を温存する方向ですよね。女ことばと言うとささいなことだと言われそうですが、中村さんの検証で規範になりうることや、政治と結びつく可能性が伝わり、現在に引き続く課題と感じます。

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鈴木みのり

1982年高知県生まれ。集英社『週刊プレイボーイ』編集者にナンパされ、2012年より雑誌などに記事を寄稿しはじめる。2017年より『週刊金曜日』書評委員を担当。第50回ギャラクシー賞奨励賞受賞(上期)ドキュメンタリー番組に出演、企画・制作進行協力。利賀演劇人コンクール2016年奨励賞受賞作品に主演、衣装、演出協力などを担当。2012年よりタイ・バンコクでSRSを受けるMtFを取材中。(写真撮影:竹之内裕幸)

twitter:@chang_minori

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  • ISBN-104004313821
  • ISBN-139784004313823
  • 出版社岩波書店
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