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納得できる判断だが、将来に向けた一抹の不安もある――。富士通が発表したクラウドサービス事業の戦略転換にこうした印象を持った。
富士通は2018年6月、これまで提供してきた既存のクラウドサービスを「FUJITSU Cloud Service」として刷新すると発表した。オープンソース・ソフトウエア(OSS)を活用して独自に構築したクラウドサービスを「FUJITSU Cloud Service for OSS」、米ヴイエムウェアのソフトを使って構築したクラウドサービスを「同 for VMware」、米マイクロソフトのクラウドサービスの代理販売を「同 for Microsoft Azure」と新たに名付けた。顧客の要望に応じて複数のクラウドサービスでシステムを構築・運用できる体制を整える。
2015年に鳴り物入りで始めた独自のクラウドサービス「K5」の名称がついに消えた。ここ1年ほど、富士通の関係者から「クラウドサービスは客が選ぶもの。別にどこのサービスでも構わない」と聞くことが増えていた。K5にこだわらない雰囲気は徐々に醸成されていたが、ここにきて、改めて「マルチクラウド」戦略への転換を明示した格好だ。
「大手クラウドサービスに対抗できる価格設定にする」。富士通はこうした触れ込みでK5の提供を開始し、自社の600以上の業務システムを移行するためスケールメリットを生かせることや、K5へのシステムの移行や構築で培ったツールやノウハウを別の案件に横展開できることなどを訴求してきた。
3年前にK5を発表した谷口典彦副社長(当時は取締役執行役員専務)は「K5」の名前の由来について、「ナレッジのKであり、オフコンの『Kシリーズ』のKでもある」と述べた。富士通の往年の名機「FACOM Kシリーズ」の時代のように単一のIT基盤があらゆる業務のシステムを担う状態を再現できれば、システム構築サービスの生産性や確実性が向上するとの目論見があった。しかし、大手事業者のクラウドサービスの成長スピードは想定以上に速かった。
米アマゾン・ドット・コムと米マイクロソフトは今や、クラウドサービス事業だけでそれぞれ年間2兆円超を売り上げる。グループ全体の年間売上高が約4兆円の富士通がその2社とクラウドサービスで真っ向勝負するのは難しいのが現実だ。
K5の後継である「FUJITSU Cloud Service for OSS」は、「OpenStack」などのOSSの最新の成果を活用するとはいえ、機能の豊富さや新機能提供のスピードでは大手事業者に太刀打ちできない。企業の基幹業務システムの移行先として「融通が利くクラウドサービス」(クラウドサービス事業本部クラウドプロモーション統括部の谷内康隆統括部長)という立ち位置を訴求する考えだ。例えば要望に合わせてメンテナンス期間を微調整したり専用の運用体制を整えたりと、大手事業者に比べて小回りが利くことを強みに変えていく方針だ。富士通が開発したAI(人工知能)などの外部向けサービスや富士通社内の業務システムの基盤として利用するのは今後も変わらない。
世界中のデータセンターへの投資も大手事業者に見劣りする。富士通は今後、「アジア地域などデータセンターを整備できていない国や地域の顧客にはAzureを提案していく」(デジタルビジネス推進本部デジタルインフラビジネス統括部クラウドサービス推進部の岩本和代部長)という。
顧客が要求するサービスを、投資の無駄を減らしながら提供していくという現実路線。富士通の今回の判断は経営的には正しいだろう。
その一方で感じるのは、このままIT基盤を他社任せにしていったとき、富士通が何を強みとするのだろうかという不安だ。半世紀にわたり国産コンピュータの雄として君臨してきた富士通。「ハードウエアとソフトウエアをセットで提供できるから富士通を選ぶ」という顧客は多かったはずだ。
必ずしもIT基盤に縛られる必要はないが、他のITサービス企業に比べた明らかな特徴を打ち出せるのか。長期的な視野に立った競争力強化の取り組みが不足すれば、富士通は幹部が繰り返す「逃げないという顧客からの信頼」だけを頼りにしていくことになる。