SNSで“マナー”は通用せずか(写真/アフロ)

写真拡大

《梅雨は明けても九州は大雨で大変なことになってます! 不謹慎すぎませんか?》
《大雨で大災害になって亡くなってる方や行方不明者や今も救助待ってる方もいるのに…。よくそんなこと言えますね》

 刺々しい言葉が並ぶのは、モデルで女優の山田優(34才)のインスタグラムのコメント欄。山田が〈梅雨も明けた?ので夏の必需品~!〉と自らがイメージキャラクターを務めるブランドの日焼け止めをPRする内容を投稿したところ、お叱りの声が殺到したのだ。

 彼女は高まる批判に対し、

〈災害、被害に遭われている方の事を考えていないわけではありません。(中略)見たくない方は見ないで下さい。フォローも外してください〉

 と強気の応酬をして、火に油を注ぐ結果になった。

 こうしたネットの炎上やトラブルは、数年前から全国各地で起きている。「炎上女王」と揶揄されるタレントの辻希美(31才)や、モデルの水原希子(27才)など、さまざまな芸能人がやり玉にあがっては、その発信内容を巡って、不特定多数の匿名者からの批判・非難を浴びている。でもそれはネットというヴァーチャルの世界だけの話、のはずだった。しかし…。

◆被害者の顔は知らないが、ネットで顔を見たことがあった

 ネットを揺るがす衝撃の事件が起きたのは6月24日のことだった。この日、福岡市内で会社員の岡本顕一郎さん(享年41)が福岡市の無職・松本英光容疑者(42才)に刺殺される事件が起きた。岡本さんは上半身数十か所を刺され、現場には血の海が広がっていた。

 岡本さんは「Hagex」のハンドルネームで活動する有名ブロガーで、著書もある人物だった。

 一方の松本容疑者は、ネット上で多くの人を「低能」「ゴミクズ」などと罵倒していたことから「低能先生」と呼ばれていた輩と同一人物であるとされる。他人のブログに割り込んできて口汚く他人を罵る「低能先生」は、ネット界で“荒らし”と見なされていた。

 ITジャーナリストの三上洋さんはこの事件について、「ネット上の通り魔」の犯行だと指摘する。

「今回の事件は避けようがなかったという意味で『通り魔』的だといえる。松本容疑者のように社会的信用や職、財産など失うもののない人間を“無敵の人”と呼ぶ人もいる(編注・同容疑者は九州大学を卒業後、企業に就職するも2012年に退社。親元に帰ってからは無職生活を6年ほど続けていたという)。“無敵の人”は、理屈や社会的常識が通じないためネットのコミュニティーでの対処が非常に難しくなります」

 松本容疑者が殺人を犯すまでに激昂した理由は2つあるのでは、と三上さんは指摘する。

「1つ目は、5月上旬にHagexさんが掲示板の運営会社に通報し、松本容疑者のアカウントを凍結させたという内容の記事を書いたこと。2つ目は、6月上旬に新幹線殺傷事件が起きた際、ネット上で『あの犯人は低能先生では?』『いやいや、あいつはネット弁慶だからしないだろう』というやりとりを松本容疑者が見たことで激昂したという可能性です(編注・ただし、これらの発言はHagexさんによるものではないとされる)。

 同容疑者は“ネット弁慶”という言葉で自らが揶揄されたことに怒り、犯行を決意したのかもしれない。彼は憂さ晴らしの復讐相手を何人かリストアップしており、たまたま仕事で福岡を訪れたHagexさんを狙って凶行に及んだと思われます」(三上さん)

 執拗に岡本さんへの攻撃を繰り返していた松本容疑者は逮捕後、「被害者の本名は知らないが、ネットで顔を見たことがあった」と供述しているが、亡くなった岡本さんにしてみれば、誰になぜ刺されたかもわからぬままの最期だったかもしれない。ブログという、インターネット上でのやりとりで負の感情を増幅させ、挙句、生身の人間を死に至らしめてしまったことに、ネット住民は震撼した。

 生前の岡本さんと交流があったネットニュース編集者の中川淳一郎さんが語る。

「私もこれまでネットのやりとりでは散々相手を罵倒したことがあったけれど、ヴァーチャルのけんかはリアルの世界に影響を及ぼさないことが前提だった。自分も相手も、『ここまでならば言って大丈夫』という“寸止め”のマナーもお互いにわかっていたはずだった。だけど、Hagexさんの事件で、その説が嘘だということが証明されてしまった。これは大きな衝撃でした」

 互いに知らない人々を結び、さまざまな明るい可能性を持つネットが、半面、凶悪犯罪の温床となり得ることに、人々は否が応でも気づかされることとなった。さらに中川さんが打ち明ける。

「Hagexさんが亡くなって以来、何も書く気がおきないんです」

 これまでツイッターやブログを駆使して舌鋒鋭く発言してきたが、事件以降はSNSの更新を一切やめた。

「ツイッターをうまく使えば、多数のインプレッション(≒閲覧数)を稼げてイベントや書籍の告知もできるから、大きな痛手です。でも正直、毎日意見を表明したりけんかしたりするのがバカバカしくなった。『娘が成長しました』と写真を載せて、『わぁ、カワイイ』とほめられることに何の意味があるのか。SNSをやらなければ炎上もしないし、面倒なことにも巻き込まれません。今は毎日が心穏やかで快適です」(中川さん)

※女性セブン2018年8月2日号