オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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久しぶりにナザリックでの会話
ナザリックの面々が揃うとどうしても話が長くなりますね


第49話 舞踏会に向けて

 ナザリック地下大墳墓。

 玉座の間にて、アインズは外で活動している守護者各員とセバス達プレアデスを前に情報の共有を目的とした報告会を行っていた。

 普段はアルベドと二人で行うことが多い報告会だが、今回は各員の状況が変わり、全員に正確な情報共有が必要なことから、アインズが皆を徴集した。

 ということになっているが、本音は皆が今何をしていて誰と誰が協力しているか、今後はどうするのが正しいのか、をアインズが知りたかった為だ。

 これが報告書だけで提出されては頭が混乱してしまう。

 今もアインズは基本的な進行はアルベドに任せ、自分は皆の様子を見守る体を取りながら必死に情報を頭の中に叩き込んでいる。

 

「──と言うことで帝国内部にナザリックに忠誠を誓う者を置きました、後で顔と名前を配布しますので手を出さないようにお願いします。以上が帝都での作戦における成果と、今後の見通しです。何か質問はありますか?」

 今はデミウルゴスが帝都での作戦の詳細を皆に説明しているところだ。

 アインズはこの場で初めてではなく、事前に聞いていたがその時は驚いた。まさかあのフールーダを連れてきたことも作戦の一部だったとは。

 更に自らの忠誠を示す為に望んで殺され、頭冠の悪魔(サークレット)に首級を差し出したというのだから恐ろしい。

 しかもその理由が魔法の深淵を覗きたいから。というなんとも抽象的な願いであり、それを叶えることになってしまったアインズは大いに慌てた。

 そもそも魔法の深淵などと言われても何のことやら。アインズにとって魔法とはユグドラシル時代に覚えていたから使えるだけで、それは一位階であろうと超位魔法でも同じことだ。それをこの世界の人間にどう伝えればいいのか、さっぱり分からない。

 そこで時間稼ぎとして、先ずはデミウルゴスの頼んだ仕事を全うすること、そして復活の際に失ったレベルを取り戻すことを条件に加えるようにデミウルゴスに伝え、今は自分の手持ちのアイテムや本を調べてそれらしい記述が無いか探しているところである。

 アインズがそんなことを考えている間にも、デミウルゴスの話を全て聞き終えた守護者とプレアデスは、各々情報を咀嚼するように考え込んだり、頭を捻ったりしている。

 

「あ、あの」

 

「何かなマーレ」

 やや間を空けてからマーレが怖ず怖ずと手を持ち上げる。

 マーレが率先して手を挙げるのは珍しい。隣に立ったアウラが弟の態度に驚いたように見ている程だ。

 

「今後帝都で開くお店、ですが。ここは僕一人だけ、なんでしょうか?」

 帝都での作戦の後、既に帝都支店となるべき店舗は見つけてあり──作戦中に悪魔が住人を連れ出し、持ち主がいなくなり相続人も居なかった建物を安く買い叩いた──マーレには傷を癒したエルフ達を連れてその店を切り盛りするように命じている。

 以前デミウルゴスが言っていたようにジルクニフが接触を図る可能性があり、元々マーレは守護者本来の仕事に加え第六階層に雨を降らせる事や大地の栄養を回復する以外の仕事をさせていないので適任だと思ってのことだったが、確かに商売のことなど殆ど知らないマーレ一人に任せるのは不安が残る。

 

「そうだな、店舗の立ち上げには私も参加し、出来るだけ手を貸すつもりではいるが、開店後は常に居られるわけではない。となるともう一人付けるか」

 ここは商売に慣れた王都の三人の中から誰かを送るべきだな。そう考え頭の中で候補を選ぶ。

 王都にはナザリックの者が現在三人いるが、実質的に王都の店を切り盛りしているのはセバスだ。

 また元娼婦の者達を巧く扱えるという意味でもセバスは王都に残すべきだ。

 そうなると残るは二人、ソリュシャンとシャルティア。この二人のどちらかを帝都に連れていくとなると──

 

「アインズ様。僭越ながら私から一つご提案が」

 ユリが手を挙げる。

 今回は誰であれ自由に発言と意見を述べることを許可している。そうしないといちいち発言することの許可を求めてきたりして時間の無駄だからだ。

 だがユリはいきなり内容を口にするようなことはせず、前置きを置く。この辺りはメイドとして一歩引いているからだろうか。そんなユリに対し、アインズは顎で指し示して続きを促すと、ユリは一礼した後口を開いた。

 

「帝都支店にはマーレ様と共に是非私を置いて頂きたく存じます」

 ほう。とアインズは少しばかり驚いたように息を吐く。

 ユリは妹達にはグイグイ引っ張っていく強引さを見せるが、メイドとしての性分なのか、仕事に関して自分から立候補するということはまず無い。

 むしろ彼女の性格上、今まで仕事らしい仕事を与えていなかった妹達、エントマやシズを推薦する方がしっくりくる。

 だがそんな彼女が自分から言う以上、それなりの理由があるのだろう。

 

「ユリ姉様、ズルいぃ」

「…………私も、仕事したい」

「そうだよ。あたしだって仕事したいよ。ほら、マーレとあたしは双子なんだし、息もピッタリ、アインズ様! 一緒に働かせて下さい」

 案の定、仕事をしていない組から不満が漏れる。

 しかし帝都に出向くまで最も強く希望していたアルベドは反応を示さず薄く笑みを浮かべていた、その理由は分かっている。

 その事を不思議に思いつつも、騒がしくなり始めた場を収めるためにアインズが口を開く。

 

「騒々しい。静かにせよ」

 台詞はアインズが考えたいつものものだが、普段と異なり口調は軽く──いつもの威厳を込めた口調だと必要以上に皆が萎縮するため──手もひらひらと動かしながら言う。ジルクニフを参考にして新たに生み出した少々ノリの軽い支配者ロールを試してみた。

 思えばジルクニフの支配者としての立ち位置はアインズの理想に近しいものだった。

 絶対者でありながら配下の者達にも軽口を許し、自分も冗談を口にする。アインズのような一商人にも気軽に接し、なおかつそれを見た配下も嫌な顔一つせず──ここが一番重要だ──相手を尊重していた。

 ナザリックの者達もああなれとは言わないが、もう少しアインズにもフランクに接して貰いたいし、他者にも寛容になって貰いたいものだ。

 そんなことを考えている間に、場は完全に静まり返る。

 軽い口調で言っても効果は変わらないらしい。

 

(道のりは遠いなぁ)

「さて。ユリよ、お前がそう言う以上、理由があるのだろう? 聞かせてみよ」

 

「それは──」

 チラリとユリの目線がアルベドに向けられる。

 それを追いアインズもまたアルベドに目を向けると彼女は浮かべていた微笑を深め、一歩前に出た。

 

「私からユリに提案致しました。説明は私からでも宜しいでしょうか?」

 

「構わん。聞かせよ」

 

「畏まりました。では私から。人間達を相手に商売をする以上、本来は慣れた者、今回で言えば既に王都で結果を出しているセバスやソリュシャンが適当でしょう」

 それはアインズも考えていた。しかしそう理解しながらユリを推薦したということはそれではいけない理由があるのだろう。

 シャルティアが、わたしは。と不満げな声を挙げているが今は触れないでおこう。

 アルベドも無視して話を続ける。

 

「王都の店舗は確かに軌道に乗っていますが、開店して半年と経っておりません。その状況で帝都にソリュシャンを送った場合、王国の者は自分達が侮られたと考えるでしょう」

 そう言えば王国貴族は自分達の損得よりそうしたプライドを優先すると聞いた覚えがある。

 王都にアインズから店を任せる名目で派遣されたと周囲に話してあるソリュシャンが帝都にとんぼ返りしては王国より帝国を優先したと思われ、折角軌道に乗り出した王国での商売が上手くいかなくなる危険があるということだ。

 となると話は簡単だ。

 王都で経営に携わっている者達を派遣出来ない以上──シャルティアも同様の理由で除外する──何も知らない者よりは今回帝都に一緒に出向いたユリが一番適当なのは間違いない。

 

「そうだな。帝都に連れていったマーレとユリをセットで配置するのは当然とも言えるな」

 

「加えて先ほどデミウルゴスの報告にあったとおり、皇帝はデス・ナイトを含めアンデッド貸し出しは認めるつもりです。となれば既に帝国民に死者使いとして認識されているユリを送り出せばよりスムーズにアンデッド普及が進むことでしょう」

 それもあったか。とアインズはここに来て思い出す。

 デミウルゴスは先ほどの報告の中で、元々は弱いアンデッドのみを借りるつもりだったジルクニフをフールーダを使って誘導し、デス・ナイトを借りる方向に誘導したと言っていた。

 それならば実際にデス・ナイトを操り悪魔達を討ったユリが帝都に出向けば一般の者からもある程度理解を得られ、アンデッドを借りることの拒否感を緩和出来るかも知れない。

 となれば問題は何もない。アインズは大きく一度頷き、ユリに向かって手を差し出した。

 

「なるほど道理だ。ではユリ、改めてお前に任命しよう。マーレと協力し帝都に魔導王の宝石箱の支店を作り、その名を広めよ」

 

「はっ。謹んで拝命致します」

 片膝を付き、礼を取るユリに頷いて返答とする。帝都の話はこれで終わり、というところでアインズはふと思い出した。

 

「ところでアウラ。例のエルフ達の様子はどうだ?」

 帝都動乱の最中手に入れた元奴隷のエルフ達は現在アウラに預け第六階層に置いていたはずだ。

 

「あ、はい! ペスが怪我と耳を治したんですけど、なんかあいつ等あたしとマーレに凄い構ってきて。正直ちょっと邪魔です」

 

「構う?」

 

「そ、そうなんです。ふ、服とか自分で着れるのに手伝おうとしたり」

 

「あと、あたしはこの服で良いのに、他の服を着せようとしてきたり、しっかりした食事がどうとか、睡眠がーとか、お風呂が云々とか──」

 

「それは、ちびがズボラだからでありんしょう。わらわの部下はそんなこと言ってきやしんせんぇ」

 愚痴をこぼすアウラに対し、シャルティアが嘲笑を浮かべて言う。

 

「はぁ?」

「なんでありんす?」

 

「……二人とも、今は報告会の最中よ。邪魔をするなら出て行きなさい」

 いつもの言い合いに発展するかと思われたが、今回は妙に早くアルベドが二人を諫め、二人もまた同時にアインズに謝罪した。

 

「よい。だがアウラよ、あれは一応使い道があって助けてやったのだ。腹を立てても殺すようなことは止めよ。その代わり……そうだな、怪我が治って普通に生活出来るようになったのなら、次は礼儀作法だな。この世界のエルフの作法がどんなものかは知らんが、帝都の店で人間相手にも使えるようにしておく必要がある。セバス──」

 

「はっ」

 

「今回もお前に任せる。王都の人間達と同じ程度まで使えるようにしてマーレ達の元に戻せ」

 元娼婦の者達がどんな方法で礼儀作法を修めたのかは知らないが、セバスに任せておけば問題ないだろう。

 もっともセバスにも仕事はあるのでセバス本人ではなく、ペストーニャや一般メイド達に任せることになるのだろうが、その計画を立てろという命令だ。

 

「畏まりました。期間は帝都支店の開店までで宜しいでしょうか?」

 

「それで構わん。では次だ」

 進行役のアルベドに目で合図を送る。

 その瞬間、アルベドの目がギラリと輝いた気がした。

 そしてその横ではシャルティアが悔しそうに唇を噛んでいる。

 

「では次に。王都支店にいるシャルティアの眷族を経由して、王国戦士長ガゼフの手より王国の王から書状と招待状が届きました。内容は勲章授与の日取りと同日に行われる舞踏会への招待状です」

 そう。例のガゼフがブレインに接触してきた理由、その時にソリュシャン指示の元、ブレインがアルベドの名前を教えたことにより、つい先日アインズとアルベドの二人に招待状が届いたのだ。

 シャルティアが悔しそうにしていたのは既にブレインからこの話を聞いていたからなのだろう。

 正直この話は気が重い。

 アルベドはその招待状を受け取ってからずっと嬉しそうにしているが、対照的にアインズの気持ちは落ち込むばかりだ。

 

「それにしても、一介の商人を王主催の舞踏会にまで招待するとは。勲章の名目はガゼフとカルネ村を救ったことだというに大げさなことだな」

 

「帝国もある程度帝都が落ち着いた後アインズ様を招き、こちらは盛大な祝賀会を開くはずです。何しろアインズ様は救国の英雄、授与される勲章も最高位に近い物になるかと。ですが王国では派閥問題の所為でそこまでの厚遇が出来ない為、せめて少しでも早くアインズ様と王との繋がりを作ろうと焦っているのでしょう」

 

「確かに。結局近隣の村の情報もレエブンとかいう貴族から知らされたから、我々と王の間には公的な繋がりが無いからな」

 

「はい。ですので皆、その間の私の仕事は基本的にはエルダーリッチが対応しますが、不慣れな分手を借りることもあるでしょうからよろしくね」

 沈んでいた翼を大きく広げ、満面の笑みを浮かべてアルベドが言い、そのままくるりと振り返りアインズに向かって続けて口を開く。

 

「アインズ様、何分私は人間のパーティには詳しくないもので、その辺り調整と練習も兼ねまして、これから一週間私をアインズ様と同じ部屋で──」

 

「何をフザケたことを。この大口ゴリラ! わたしに譲りなんし。奴らが魔導王の宝石箱と近づきたいのなら、王都支店を任せられているこのわたしが行くのが当然でありんしょうが!」

 くふふふ。といつもの含み笑いでアインズの元に近づいてくるアルベドを我慢の限界に達したらしいシャルティアが割って入る。

 

「あら。今回の勲章は戦士長とカルネ村を救ったことに対するものよ。それならアインズ様と共に村を救った私が行くのが当然……そうね。これは別に他意は無いのだけれど、ここで私をアインズ様の妻として紹介し、今後この手のパーティがあった際には毎回私が出席すればいいのでは無いかしら。他の皆には別の仕事があるし私の代行が出来る者も出来たことですし」

 締まりのない笑顔で滔々と自分の願望を語り続けるアルベドに、当然のようにシャルティアが激高する。

 

「何を勝手なことを! アインズ様の妻なんて大口ゴリラには分不相応。大体その翼と角はどうするつもり? 確か隠したり消したりは出来なかったはずよね」

 郭言葉を完全に忘れている辺り、よほど怒りを覚えているらしい。そろそろ止めに入るべきか、しかし妻の存在は確かに必要という気もする。だがそれを口にしたらアルベドにこの場で押し倒されそうで怖い。

 

「これはファッション、もしくは身を守るマジックアイテムで一度外すと効果がなくなる。とでも言っておけば問題ないわ。そもそも貴女の許しなど必要ないの、決めるのはアインズ様でしょう?」

 

「うぐぐ。アインズ様ぁ」

 

(いや、そんな縋りつくような声出されても。なんか他にも視線を感じるし……)

 数名こちらに訴えかけるような視線を感じ、アインズはその視線から逃げるように冷静な判断が出来そうなデミウルゴスに目を向けた。

 

「デミウルゴス。どう思う?」

 

「はっ。舞踏会にアルベドを連れていくのは問題ありませんが、シャルティア達と同様、アルベドもあくまでアインズ様が後見人として世話をしている者の一人として扱うべきかと具申致します」

 アインズの質問に淡々とデミウルゴスが答える。

 

「デミウルゴス!」

「守護者統括殿。君の個人的な感情についてあれこれ言うつもりは無いが、我々はあくまでアインズ様のお力になることを一番に考えるべきだ。今ここで君を妻として紹介するか否か、どちらが今後の魔導王の宝石箱にとってプラスになるか、分からないとは言わせないよ」

 声を荒げるアルベドに向けられたデミウルゴスの宝石の瞳がギラリと輝いた。

 

「ぬ、くっ」

 アインズにはよく分からないが、デミウルゴスに言わせるとアルベド、というか特定の正妻を持っていないと思わせた方が得らしい、そしてそれをアルベドが気づいているが、敢えて無視して自分の感情を優先させた、として責めているのだ。

 ナザリックの者としてはかなり特殊だが、これもアインズがアルベドの設定を書き換えてしまった弊害だろうか。

 とにかく、これでアインズが取るべき行動は決まった。

 

「もう良い。デミウルゴスの言うとおりだ。アルベド、お前には今回の舞踏会に着いてきて貰う、しかし扱いは他の者と同様だ」

 

「はっ。勝手なことを言ってしまい、申し訳ございません」

 

「良い。そちらの案でも利が無いわけではない、ともかく二週間後か、まだ時間はあるが……」

 

「それにしても全く愚かで不遜な連中です。開催する舞踏会はアインズ様の為に開催されるものではなく、元から予定されていた王家主催の舞踏会に招く形にしたいなどと、商人の為にパーティまで開催しては敵対貴族達からの攻撃材料になるということなのでしょう」

 場の空気を変えるように、現在王国の貴族事情に恐らくもっとも詳しいソリュシャンが不機嫌さを滲ませながら言うと、他の者達も全くだとばかりに頷いた。

 やはりソリュシャンは優秀だ。

 今回は守護者もプレアデス達も皆自由に発言して良いと言ったはずだが、先ほどのユリが提案前に先ず許可を求めたことからも察せられるように、メイド達はどうしても一歩引いた立ち位置を崩さない。その中でソリュシャンだけはこうしてごく当たり前に論議に参加し意見も口にする。

 外で働かせてたことで意識改革が起こったのだろうか。

 だとすればやはり今後も積極的に他の者達にも仕事を任せた方が良さそうだ。

 

 しかし、今はそれより舞踏会だ。

 王家主催ともなれば客は恐らく貴族が大半だろう。

 そいつらを前にアインズが相応しい態度を取れるのか心配だ。

 そもそもここに至るまでアインズは結局そうした上流階級の者達に殆ど接触していない。

 ジルクニフは皇帝ではあるが命の恩人として会っていたため、始めからこちらに自由な態度で接して良いと言っていたがプライドが高い王国貴族相手ではそうはいかないだろう。

 ナザリックの名を貶めることにも繋がるため必要以上に遜るつもりはないが、敬語や立ち居振る舞いは気を使う必要がある。

 

「ところでアインズ様、先ほどの件に戻りますが、私はダンスに関してはあまり詳しくないもので。人間共に侮られないためにも、私と練習をお願いしたいのですが」

 どうしたものかと考えていたアインズに、先ほどまでと異なり今回は冷静な意見としてアルベドが提案する。

 その瞬間ドキリと存在しない心臓が跳ねた。

 貴族に対する礼節以外にもう一つ。そしてアインズにとっては一番の懸念材料を指摘され、同時に息を呑む。

 ここだ。この時を待っていた。

 実はアインズはガゼフから話を聞いたブレインに報告を受けて以来、先ほどの考えていた礼節よりもむしろ舞踏会でのダンスについてずっと考え続けており、熟考の末一つの結論を出していた。

 何しろアインズはダンスの経験など全くない。いつものように知ったかぶりをしようにも流石に一度も踊ったことのないダンスを得意な振りは出来ない。

 よって今度こそ、アインズが全てにおいて万能であるという皆の虚像を破壊することを決めたのだ。

 

「……ふむ。お前達に問おう。この中でダンスを踊れる者はいるか?」

 シンと静寂が玉座の間に響き、誰も手をあげようとはしない。

 雰囲気的に踊れそうなセバスやデミウルゴスも出来ないというは些か驚きだ。

 

「なるほど、誰もいないか。実は……私もダンスは踊れん」

 場に一瞬だけまさか、と言わんばかりの驚愕が走った気がするが、誰も声を上げるものは無かった。

 よかった。これほどはっきり言ってもまだ疑われたらどうしようかと思っていた。

 安堵の息を吐くことを堪え、アインズは宣言する。

 

「いないのならば仕方ない。まだ時間はある、ナザリック内でダンスが踊れる者もいるかもしれない。アルベド、ニグレドに連絡し心当たりのある者は我が元まで来るように通達を出させよ」

 早速とばかりにアルベドが姉であるニグレドに<伝言(メッセージ)>で連絡する。

 それを見届けつつ、アインズは心の中で重たい息を吐いた。

 ナザリック内の誰かにダンスを教わるとして、もう一つの懸念材料である貴族達相手の礼節、そちらは誰に聞くべきなのか。

 こちらはナザリック内の者では不味い、何しろ皆にとってアインズは元々絶対的支配者。礼節に関しては既に身につけていて当然。と今まで何度も見せつけているのだ。それが嘘だったと言える勇気はまだ無い。

 そしてその両方を舞踏会までに覚え切れる自信も無い。

 

(うーむ。ダンスも一から覚えるとなると、俺の覚えが悪ければ比較されてしまうからな。後はもう一つのアレをどのタイミングで言うかだ)

 

「ではダンスを踊れる者が見つかり次第、練習を開始するということでよろしいでしょうか?」

 <伝言(メッセージ)>を終えたアルベドの声は弾んでいる、アインズと二人でダンスの練習をすると考えているのだろう。

 そんな彼女に水を差すのは心苦しいが仕方ない。アインズは冷静を装い口を開いた。

 

「そうだな。シャルティア。それにソリュシャンもか。練習にはお前達も参加せよ。今回はアルベドだが、今後は貴族達との付き合いも増え、そうした集まりに参加することも出てくるだろう。ダンスを踊れる者は多い方がいい。マーレは……先ずは店の事を覚えてからだな」

 

「はい! アインズ様、全力を以って当たらせて頂きんす」

 

「畏まりました。アインズ様のお相手として恥じぬ働きが出来ますよう、努めさせていただきます」

 

「そんな! 私とアインズ様の二人きりの特訓が……」

 ショックを受けているアルベドが発した言葉に、再度アインズの中に緊張が走る。

 もう一つのアインズの作戦を言うにはこのタイミングしかない。

 

「ん? アルベド、何を言っている。今回お前達と特訓するのは私ではなく、パンドラズ・アクターだ。今回の舞踏会、私ではなく奴を参加させる」

 

「え?」

 三人の声が重なり合う。

 存在しない心臓が更に強く早く、早鐘を打っているかのような錯覚すら覚える。この提案に彼女達──特にアルベド──がどんな反応を示すか手に取るように分かるからだ。

 だからこそ当然だろう。と言うような演技を見せて少しでも衝撃を抑えようとしたのだが。

 

「そ、そんな。何故ですかアインズ様! 舞踏会には恐らく戦士長も来ます。アインズ様と直接対面した奴なら、パンドラズ・アクターに演技させても気づかれる可能性が」

 

「そうでありんす! パンドラズ・アクターには冒険者の仕事もありんしょうし、ここはやはりアインズ様が!」

 アルベドとシャルティアが互いに協力してアインズを説得するという珍しい光景にアインズは思わず体を仰け反らせそうになる。

 舞踏会に共に参加したいアルベドはともかく、シャルティアまで協力しているのはせめてアインズとダンスの練習だけでも共にしたいという気持ちからだろう。

 更にその後ろではソリュシャンは口にはしないが、二人と同じ思いなのか小さく頷いている。

 何故ソリュシャンが、と思うがアインズというより、パンドラズ・アクターと共に行動するのが辛いのかもしれない。と思い直す。

 しかしアインズにも考えはある。

 言い訳と呼んでもいいかも知れないが、これを思いついたからこそ、この作戦を提案する気になったのだから。

 

「パンドラズ・アクターには既に王都で私と交代するためにガゼフの情報やカルネ村でのことも話してある。確かに王族との繋がりを持つことになる今回の舞踏会は私自らが参加するのが望ましいが、先ほども言ったように私は開店まで帝都でマーレの補佐をする必要もある。そちらとモモン、そして王都の経営を私が担当し、パンドラズ・アクターに集中してダンスを学んで貰う方が効率が良い。私はその後ダンスを覚えたお前達に教われば問題あるまい」

 これがアインズの考えた作戦である。皆と一緒に練習しては一人だけ物覚えが悪いことを気付かれてしまうが、皆が覚えた後アインズが一人で教わる形にすれば少なくとも誰かと比較されることはない。加えてアルベド達には自分が覚えたダンスをアインズに教える名目で共に練習することである程度溜飲を下げて貰おうというわけだ。

 

「役割を逆にすれば良いではないですか! 何もパンドラズ・アクターをこちらにしなくても」

 だがアルベドは納得しない。舞踏会にアインズと参加するのをよほど楽しみにしていたのだろう。申し訳なく思うが、今回に関してはアインズはただ逃げたいだけではなく、他にもきちんとした理由はある。

 

「パンドラズ・アクターは冒険者としての立ち居振る舞い、店の主としての情報は入れてあるが、店の立ち上げには関わらせていない。となればパンドラズ・アクターにそちらを学ばせてからマーレの補佐をさせるより、私が直接行った方が効率的だ。あちらも急がねばならないからな」

 そう。先ほどアルベドも言っていたように、ジルクニフからは近々アインズに大口の仕事の依頼が来ることになっている。その前に形だけでも整え、ユリを配置しアンデッドの宣伝も行いたい、ダンスよりはまだそちらの方が出来る気がする。

 まだアインズは皆に全てを暴露することは出来ない、アインズが出来ないこともあるのだと知られた上、他の者より物覚えも悪いと気づかれるのは流石に不味い。

 

(パンドラズ・アクターとアルベドには後で個別に何か詫びを入れよう)

 

「アインズ様。よろしいでしょうか?」

 未だ納得していないアルベドを初めとした者達の緊張感が爆発寸前まで高まる中、玉座の間の入り口に控えていた今日のアインズ当番のメイドがこちらに近づき声をかけてきた。

 なんとも良いタイミングだ。

 

「なんだ?」

 

「はっ。ある方がいらしています。ダンスのことで話があると、外にいらしております」

 

「そうか! 直ぐに入れろ」

 こんなに早く見つかり、またここに訪れるとは、これはチャンスだ。教師役も見つけここで一気に畳みかける。

 アインズはそう考えてメイドに指示を出す。

 全員が固唾を飲んで見守る中、ゆっくりと玉座の間の扉が開いた。

 現れた影はとても小さい。

 その小さな体を必死に動かしながら、長い絨毯の上を進みアインズの元に近づいて来る。

 

「うわぁ」

 女性陣の中の誰かが上げた声をものともせずにアインズの前まで辿り着き、どうやったのか不明だが腰を折り曲げ優雅にお辞儀をした。

 

「アインズ様。忠義の士、恐怖公でございます」

 

「……う、うむ。恐怖公、ニグレドの通達を聞きここに来たという事はお前はダンスが踊れるということか?」

 体を起こし、手にした王笏を揺らしながら恐怖公は──恐らくは──胸を張り応える。

 

「もちろんでございます。我輩ダンスについては一家言ございまして、アインズ様がゴキブリの舞踏会に出ても問題ないレベルまで教えさせて頂きますぞ」

 

「──いや。私ではない。アルベド、シャルティア、ソリュシャンの三人と男側は領域守護者パンドラズ・アクターに相手をして貰う。この四人にダンスを教えて貰いたいのだ」

 

「なんと! そうでしたか……ですが、ふむ。女性が三名に男性が一人というのは、少々問題が。やはりパートナーあってのダンス。一人が練習している間、残るお二人が手持ち無沙汰となります。あと二人、最低でも後一人男性が居れば練習もスムーズに進むと思うのですが」

 

「なに? そうなのか、うーむ」

 後一人、練習役でもいいから誰か空いている男は居たかと頭の中で考える。

 そんなアインズに、思いも寄らない人物が発言をする。

 

「アインズ様。私から一つ提案が」

 

「セバス? なんだ、心当たりでもあるのか?」

 セバス自身はあくまで執事として紹介している以上、今回の舞踏会への参加は難しいだろう。

 練習相手を勤めるにしてもセバスは店での仕事があり忙しい。となるとセバスに練習相手の心当たりがあると考えるのが自然だ。

 そんなアインズの言葉にセバスはいえ。と首を横に振ってからいつも通りの完璧な執事としての態度を保ったまま口を開いた。

 

「先ほどアインズ様は帝都での店舗立ち上げに、御自らが参加すると仰っておりましたが、その役目。この私にご命じ頂けないでしょうか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「私は王都での店舗立ち上げにも微力ながら手伝わせて頂きました。ですので帝都の店舗立ち上げは私が参加し、アインズ様とパンドラズ・アクターには恐怖公のダンス練習に出て頂くのが最も効率が良く、またそれならば舞踏会にもアインズ様がご参加可能ではないかと。そう考えました次第です」

 セバスがそう言った途端、アインズが口を開く前に三名が身を乗り出す。

 

「そうです! それがよろしいかと。アインズ様自ら出ていただくのは不遜とは思いますが王族との繋がりを今後を左右する重要事項となりますので、ここは是非アインズ様に」

「そうでありんす! やはりアインズ様もダンスを踊れるようになっていた方がよろしいかと。パーティはこれからも数多く招かれるでありんしょうし」

「セバス様ならば店舗の立ち上げも問題なくこなしていただけるかと。王都の店に関しては私かシャルティア様が練習の合間を縫い交代で様子を見に行きますので」

 

「む、むう。いや、しかし」

 アインズが必死に考えた計画が崩れていく。どうにか修正しようと必死に頭を働かせるが、上手い言い訳は思いつかない。

 執事として常に一歩下がったところにいるのが当然と考えていたセバスがこんな積極性を見せるとは。

 これは恐らくアインズが先ほど本来は自分が参加した方が良いのだが、と口にしたことでセバスが何とかそれを可能にしようと考えた結果なのだろう。

 思わぬ形でセバスの成長を確認することになったアインズは心の中で覚悟を決めた。

 

「──わかった。ではそうしよう。恐怖公、よろしく頼むぞ」

 恭しく頭を下げる恐怖公と、嬉しそうに笑う三人。そしてそんな彼女達に冷たい視線を向ける何人かの視線。

 混沌と化した室内で、アインズは誰にも気づかれないように目を伏せ、心の中で深くため息を落とした。




この辺りはさっさと進めて舞踏会本番に進もうと思っていたのですが思いの外長引き、後一話くらい掛かりそうです
と言っても元々この話は一話に纏めるはずだったのを途中で切ったので、次の話も大体書き終わっています
後は推敲をして誤字脱字の修正をしたら投稿出来るので次の話は三日後くらいになるかと思います






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