エッツタール・アルプスの氷河で見つかった「エッツィ」と呼ばれる5300年前のミイラ――「アイスマン」の通称で知られるこのミイラの胃は、本来あるはずの場所になかった。ミイラとなって胃の位置が変わってしまい、発見から20年近く研究者たちは胃がどこか分からないままだった。しかし2009年、新しいX線スキャンで撮影した画像から、ついに胃を発見。通常は肺の下部がある肋骨の下に、なぜか胃は押し上げられていたのだ。しかも、胃は食べ物でいっぱいだった。(参考記事:「アイスマンをめぐる5つの意外な事実」)
アイスマンは、1991年に2人のハイカーによって発見された。以来、研究者たちは、凍りついてしなびたエッツィの体を徹底的に調べ上げ、過去の生活や彼のむごい死の手がかりを探してきた。ヒツジの革のコートと、ヤギ革のタイツを研究し、虫歯に目を凝らし、凍傷が原因とみられる足指にできたこぶをしげしげと眺め、腸の中にいた寄生虫の卵について考えをめぐらせ、皮膚に入れられたタトゥーを一つひとつ記録していった。 (参考記事:アイスマンの衣類に使われた動物を特定)
そして、このほど、胃の内容物について数々の検査を行った研究者たちは、氷づけのミイラとなっていた彼の最後の食事を明らかにした。乾燥させたアイベックスの肉と脂肪、アカシカ、ヒトツブコムギ、有毒なシダ類というものだ。研究成果は、学術誌「カレントバイオロジー」2018年7月12日号に掲載された。太古の食生活が詳しくわかり、当時の人々がどんなふうに食物を調理していたのかのヒントにもなっている。
これまで髪や結腸の内容物で食べ物を推察
90年代終わり、当時の技術ではエッツィの胃が見つからなかったため、研究者たちはエッツィの毛髪の窒素同位体を調べることで、食生活を知ろうと考えていた。そこで得られた見解は、アイスマンはベジタリアンだったというものだ。後年、結腸の内容物が分析され、エッツィは雑食だったと指摘された。また、死ぬ前の1日に、穀物だけでなく、アカシカとヤギの肉も食べていたことがわかったのだ。
最新の研究で科学者たちが試みたのは、アイスマンの最後の食事を正確に突き止めることだった。そのためには、胃を見つけ、胃の内容物のサンプルを取る必要があった。
本来の場所にない胃を見つけるため、研究チームはエッツィの胆石を調べた。胆石は胆のうに形成されるが、それは肝臓の下、胃の近くにある。X線画像に写った胆石から周囲の器官の位置も推定することで、ようやく胃を発見した。
しかし、難題は続く。アイスマンは、微生物から守るためにマイナス6度という低温に保たれている。その胃から内容物を採取するには、まず解凍しなければならない。チームは内視鏡を使って、胃と腸から黄褐色の物質を11個採取した。