いやだなー、
こわいなー、こわいなー。
夏なので怪談をすこし。
近頃すっかりオカルトづいているもので。
まあ、そんなに怖くないでしょうけれど。
怖いのが苦手なかたは読まないで下さい。
それで、もし読まれたひとが少しでも怖いとおもわれたのならば、本望です。
【閲覧注意】←コレって一応、付けておいたほうがいいのかな?
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黒い車
会社に向かう道すがら、車通りの少ない広い路肩に黒い高級車が止まっているのがみえた。
何気なく運転席をみると、黒いスーツ姿の男が何か書きものをしている姿があった。白い手袋をしているので、どこかの企業か金持ちのお抱え運転手なのだろうと思った。大方、日報でも書き込んでいるのだろう。
通り過ぎる際に、もういちど車を見やると、助手席にもう一人、乗車していたことがわかった。白いモーニング姿の老人だった。
妙だなと思った。
運転手の雇用主ならば、助手席ではなく後部座席に乗っているはずだ。
もっと奇妙なことに、その老人は運転手の手元を食い入るように覗き込んでいるのだ。そして、それにもかかわらず、書きものに集中しているのか、運転手は少しも気付く様子もなかった。
車を通り過ぎてから、はっとなった。
黒い高級車はただの高級車ではなく、あれはワゴン型の霊柩車ではなかったか。もしかしたら老人が着ていた服は、モーニングではなく、白装束を見間違えた姿だったのではないか。
しかし、わたしは振り向く勇気がなかった。
(実体験)
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顔
肝試しに出向いた若者たちがいた。
その長い坂の先には二股になった道があり、その先をさらに上がった路には火葬場、下ると海岸へ出るという。
海岸には遥か昔、戦国の世に、討ち取った敵将の首を洗っていたという言い伝えがあった。海岸の先には鎮魂の碑と燈明がぼつりと立っていた。
若者たちはどちらの路へ進むか相談していたが、意見がまとまらず、とりあえず坂道を歩き始めることにした。
すると向こうからやって来る人影がみえた。
怖がる者と虚勢を張る者で、ふたたび意見は分かれ、逡巡しているうちに人影はどんどん近づいてきた。
「そこでなにしてる?」男の声で、向こうから声をかけられた。若者達は一瞬安堵したが、すぐに別の緊張が走った。地元の大人に叱られるとおもったのだ。
ところが叱られはしなかった。そればかりか男はこのあたりの道案内をしてくれた。ひどく外斜視で、やけに顎の小さな男だった。手にはバケツをもっていた。海岸に蟹を捕りに行くという。すこし気味が悪かったが、恐れもなしにこのあたりを歩き回る地元の人間がいることに、若者達は勇気づけられたのだった。
男は気さくに話しをしてくれた。街頭もなく、真っ暗な砂利道だったが、若者達は安心して地元の男の後を従った。海岸が近いのか、歩くたびにガリガリと砂利とは違う何かを踏みしめる音がした。どうやら波にさらされ風に運ばれた貝殻や流木が砂地に紛れているようだ。
「この先を上って下ればすぐに海岸だ。」
男はそういうと、路を逸れて藪の中へ入っていった。近道があるらしい。
蟹を捕りに行く。藪の中からもう一度、聞こえた。
若者達は坂をふたたび歩き始めた。二股の路地がみえた。分かれ道には薄ぼんやりと街頭の明かりがみえた。街頭はそれしかなかった。上りも下りも、その先の路は真っ暗だ。路地の脇には不法投棄の粗大ゴミが積み上がっていた。
街頭の明かりで足下が照らされると、若者達は一斉に叫び声をあげた。
足下にはおびただしい数の蟹がびっしりと蠢いていた。
背後に気配がするので、振り返ると、粗大ゴミの集まりに、男の顔が紛れ込んでいた。怖ろしく大きな顔だった。
外斜視の瞳をぬらぬらと濡らし、小さな顎をカタカタ鳴らして男は笑っていた。
若者のひとりが恐怖に耐えかねて走り出した。
ところが混乱のあまり、もと来た道ではなく、海岸を降りていってしまった。
残された者達の何人かが、確かに聞いていた。
わめき散らしながら暗闇へと走り去るその若者の、
「蟹を捕りにいく!蟹を捕りにいく!」という叫び声を。
(実体験をもとに創作)
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地獄
登山を楽しむ親子がいた。
途中、珍しい山菜をみつけた父親が道を逸れて、茂みのなかに入っていった。息子はひどく嫌がったが父親にしてみれば何度も登った山道なので、気にも留めなかった。
まだ正午も過ぎていなかったし、天候も快晴で、山の夏の、柔らかい木漏れ日が心地よかった。
やがて山菜採りに夢中になり、見慣れない場所に入り込んでいた。父親はそのことには気づいたが、子どもが不安になるので言葉には出さなかった。それに、平坦な道をたいした距離は進んでいなかったし、時間もそう経過していなかった。
本心で迷ったと感じた時にはもう遅かった。いよいよべそをかきだした息子をおぶさり、「ちかみち、ちかみち」と元気づけて歩いた。
奇妙なことに道はずっと平坦だった。元来た道を辿っているつもりでも、景色はどことなく見慣れないような感じもした。
疲れ切ったところでさらに道が開けた。
そこには小さな湖があった。水面は美しい青色をたたえていた。よく見ると、表面に湯気が出ているのがわかった。
少し先に看板が立っているのが見えたので、近づいてみると、『地獄』とだけ書かれていた。
「温泉?」
こんなところに温泉があったか。地図を確認したときに見落としたのか。とりあえず父親は恐るおそる指を入れてみる。
「あったかい?」息子が訊く。
「んー。ちょっとぬるいかな。」
指を抜いてみると少しだけヒリヒリした。
「これはきっと天然温泉だね。」
父親はもう一度指を入れた。どことなく先ほどよりも調度良い温度になっている気がした。「ああ、あったかい」今度は手首まで入れてみた。戻すとまた手のひらがヒリついた。
「ちょっと入ってくか。」
「いいよぉ、もう行こうよー」だが子どもが渋る。
そうか、そうかといいながら、上着を捲り、肘まで入れてみた。
あぁ、きもちぃ。しばらく浸かっていたかったが、子どもがぐずりだしたので仕方なく腕を抜いた。
「お前も少し浸かってごらん。気持ちいいよ。」そう勧めてみる。息子はぐずるばかりだ。
「ねぇー、もう行こうよー」また半べそになっている。まったく聞き分けのない子どもだ。
しかし、どうしてもヒリヒリする。湯に浸かっていた肘までの皮膚がヒリヒリする。耐えられないほどでもないが、どうも気にさわる鈍い痛みがある。ずっと湯に浸かっていたい。もう一度だけ湯に浸かる。
「あぁぁぁぁ、きもちぃ」
今度は肩まで浸けてみる。やはり抜くと皮膚がヒリつく。我慢ならない。子どもがうるさい。湯に浸かればまるで極楽のように心地よい。
子どもの泣き声を聞きつけた老夫婦が駆けつけたときには、父親はすでに額まで湯に浸かっていたという。
呼吸のためか、数秒ごとに浮き上がる度、「きもちぃぃ」と「ヒリヒリするぅ」という言葉を交互に繰り返し、やがてブクブクと水の中へと消えたいったという。
老夫婦はその場所にただならぬ気配を感じ、子どもの目を覆い一目散にその場をはなれた。
しばらくして警察と共にその場所を訪れた時には、青い湖などは無く、どろどろの茶色い沼があるばかりであった。
後に警察が調べると、土の中からは父親の遺体が発見されたという。
(杉浦日向子 著 「百物語」より 一部改変)
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まだ少しありますが、
背中が寒くなってきたので、今日はこのへんで。
いやだなー、
こわいなー、こわいなー。