京都の街は外国人観光客だらけになった。年を経るごとに混雑は悪化している気がする。息苦しさすら感じる。
自分は何時だって死刑には反対だし、囚人の待遇は良くするべきだと思っている。
ただ、世の中そんなことを思わない人ばかりらしく人権やら自由という言葉は少なくとも日本では一生根付くことはないのではないかと思う。
それだけで、何もやらなくとも心象やら世間的な流れで冤罪を着せられたり微罪でも厳しく罰しろという風になりやすそうだ。
だから震えている。
そんなことはないだろう。
結局容姿やら境遇やら様々なものが積み重なったものだ。そんなものに、国家による暴力を許していいのかと思うのだ。
自由になりたいがどこへ行けばいいのか。
薄いカスみたいな情報とアクロバティックな政権擁護が垂れ流される。
自分は20代前半だが小学生になる前に病室のテレビで見たインターネット観は世界中の人と交流できるとか、多様な価値観とかそんなキーワードだった。
結局今では超巨大企業の一人勝ちで富を吸い上げ、国家による監視が行われる。
管理から外れたら、「不正アクセス禁止法」だとか「不正指令電磁的記録供用罪」だとか難癖を付けて警察が取っ捕まえにくる。
何か棘のあることでも書けば「名誉毀損」だ。
NSAのネット監視行動の内部告発を行う主人公は恋人と「攻殻機動隊」の話をネット上で行う。
現実の義体やらは生まれないし、ネットは広大でもなんでもない。
ただの管理社会で公共の空間だと叫ばれ同調圧力が働き商業主義に塗りたぐられた場所だ。
ネットでも現実の容姿は大切で、鏡に映る醜い容姿で何処でも苦しむ。
また、容姿が良くなりたい。そう思う。
オウム - はてな匿名ダイアリー https://anond.hatelabo.jp/keyword/%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%A0 2018年 anond:20180714202909 ネットは息苦しい場所になった anond:20180714190838 [AUM] アビラケツノミコト「神軍...