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幼いザトウクジラが、日本の久米島近海を泳ぐ。(PHOTOGRAPH AND CAPTION BY REIKO TAKAHASHI, NATIONAL GEOGRAPHIC TRAVEL PHOTOGRAPHER OF THE YEAR CONTEST)

トラベル写真賞、日本人写真家がグランプリ 写真23点

2018.07.03
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 写真家の高橋怜子さんは、昨年まで半導体のエンジニアだった。年に数回仕事を休み、以前から熱中している海洋生物、ダイビング、水中写真に没頭していた。そしてコンテストの締め切りが近付いた2018年初め、沖縄県の久米島沖に出かけてシュノーケリングをし、初めてザトウクジラと対面した。(参考記事:「ギャラリー:2018年のコンテスト応募作から28点の動物写真を紹介」

 高橋さんは無意識のうちにその瞬間をカメラに収め、ナショナル ジオグラフィックの写真コンテスト「2018 National Geographic Travel Photographer of the Year」のグランプリに輝いた。(参考記事:「2016年のコンテストでネイチャー部門1位となった井上浩輝さんの作品」

受賞の決め手は何?
どのように受賞作品を選んだのか、コンテストの審査員に尋ねてみた。(解説は英語です)

「ザトウクジラの母子の絆を見たくてたまりませんでした」と、高橋さんは振り返る。それまで、サメ、マンタ、ギンガメアジなど、いろいろな種類の海洋生物を撮影してきたが、ザトウクジラと泳いだことはまだなく、じかに見たいと願っていた。「クジラに夢中になっていきました」と高橋さん。

 そこで、2日間の短いシュノーケリング旅行を計画、ザトウクジラが出産する久米島周辺の海域で、シュノーケリング参加者の小さなグループに加わった。天候は穏やかで、泳ぐには好条件だった。クジラと参加者両方の安全を確保するため、できる限り静かに水に入る、動きを最小限にとどめる、動物と安全な距離を保つといったコツを、熟練のガイドが丁寧に教えてくれた。

 ザトウクジラの親子を見たいと大きな期待を抱いて久米島を訪れる人は多いが、出会いが保証されているわけではない。幸運にも初日に高橋さんは、メスのザトウクジラと子クジラと一緒に泳ぐことができた。遊び好きの子クジラがシュノーケリング客たちに近づいてきて、尾やヒレを盛んに動かす。高橋さんは、この特別な瞬間をどう残すか、撮りたい写真をイメージした。(参考記事:「眼前で激写! 人懐こいクジラのすむ海、メキシコ」

ギャラリー:グランプリ受賞、高橋玲子さんの作品 写真23点(画像クリックでギャラリーページへ)
ザトウクジラの子どもと母親の間に、穏やかな時間が流れる。受賞作品を撮ったシュノーケリングの際に撮影したもの。(PHOTOGRAPH AND CAPTION BY REIKO TAKAHASHI)

「私は子クジラの後ろを泳いでいました。静かな水面のすぐ下を泳ぐ子クジラを後ろから見た姿を、心に描いていたのです」と高橋さん。「子クジラと、その元気で美しい、大きなしっぽが大好きになりました」。そして、想像していた光景が目の前に現れた。「その日、私は母子の深い愛情を感じました。子クジラは本当に好奇心が強く純粋で、母親はその様子を注意深く見守っていました。穏やかな海の中ですっかりリラックスした子クジラの写真を撮ることができ、私にとって特別な場面でした」

 こうした瞬間ゆえに、高橋さんは水中写真に引きつけられている。「私たちは陸に住んでいますが、水中での眺めは違います。生物、植物、鉱物、どれも少し違うのです」と彼女は言う。「水中に潜るのはエベレストに登るのに似ていると思います。どちらも簡単に行ける所ではありません。私にとって、特別で神聖な場所です。海は地球の大部分を占め、『未知との遭遇』を経験できる冒険の場所です」

 意欲的な水中写真家たちへのアドバイスを尋ねた。現地に行く前に撮りたい動物を深く調べ、彼らの行動や、習性を理解する。撮影の時が来たら、実際に撮り始める前に、しばらく動物を観察する。「写真の構図を心の中で描いてから撮っています」

ギャラリー:グランプリ受賞、高橋玲子さんの作品 写真23点(画像クリックでギャラリーページへ)
「春、日本の粟国島(あぐにじま)付近でギンガメアジの大群に出合いました。ロウニンアジが何匹かギンガメアジの群れと一緒に泳ぎ、獲物を食べるタイミングを待っていました」(PHOTOGRAPH AND CAPTION BY REIKO TAKAHASHI, NATIONAL GEOGRAPHIC YOUR SHOT)

 今では、高橋さんは世界中を旅している。タイ、ガラパゴス、メキシコ、パラオ、タヒチなど毎月新しい場所を訪れ、水中写真の作品数を増やし続けている。日本では冬にクジラを見る機会が訪れるが、彼女には別の計画がある。「そんなに長く待てないので、トンガに行くことにしました」。今年の10月、カメラを携えて南太平洋へ行き、ザトウクジラの母子を再び見ようと考えている。(参考記事:「ギャラリー:クジラの世界 写真14点」

 本業を辞めて情熱を追い求めると決断するのに、高橋さんは2つのことに影響を受けたと話す。1つは親友を失ったこと、もう1つは、故スティーブ・ジョブズが2005年に米スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチだ。ジョブズは、次のように自問していると話した。「『今日が人生最後の日だとしたら、今日やるつもりのことをやりたいだろうか?』答えがノーという日が何日も続けば、何かを変える必要がある」

 高橋さんは水中での力強い瞬間に光を見出し、ついに写真を本業にしようと決心した。「人生には限りがあり、本当に好きなことに時間を使いたいのです」(参考記事:「2017年 ナショジオが掲載した驚異の動物写真 38点」

文=Sarah Polger/訳=高野夏美

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