ブリジット・ライリー絵画のゆらぎに共振。Sachiko Mが語る潔さ
DIC川村記念美術館『ゆらぎ ブリジット・ライリーの絵画』- インタビュー・テキスト
- 内田伸一
- 撮影:豊島望 編集:宮原朋之
動かないはずの絵が波打ち、奥行きがうまれ、実際にはない色が視界に浮かびあがる。そんなブリジット・ライリーの絵画を、誰もがどこかで目にしているはずです。同時代のファッションやデザインにも影響を与えたあざやかな波形やストライプは、1960年代に隆盛をきわめたオプ・アート(視覚原理を用いて知覚を刺激するアート)の代表格とされてきました。
ただ、彼女は単にトリックアート的なイリュージョンを追い求めたのではありません。「人間であるとはどういうことか、そして、生きるとはどういうことか」。そんな大きなテーマにつながるものとして知覚をとらえ、87歳のいまも創作をつづけています。その真の姿にせまるべく、日本では38年ぶりの個展『ゆらぎ ブリジット・ライリーの絵画』(DIC川村記念美術館)が実現しました。
そこで今回、音の世界で「波形」を操るサインウェーブ奏者のSachiko Mさんと同展をめぐります。彼女はドラマ『あまちゃん』挿入歌“潮騒のメモリー”の作曲でも知られますが(共作:大友良英)、活動の核は、サンプラー(サンプリング音を再生出力する装置)のテスト用の信号音である「サインウェーブ」を演奏する異色の音楽家。ライリーのアートに共振した彼女が、「場から何かを引き出す表現」や、孤高の実践を続けるための「いさぎよさ」を語ってくれました。
私自身は旗を先に立ててみて、そこから進んでいった感覚があります。ライリーさんはどうだったのでしょうね。
快晴となった初夏のDIC川村記念美術館。Sachiko Mさんは「ライリーさんの作品を邪魔しちゃいけないかなと思って」選んだという、モノトーンの装いで到着しました。細やかな気遣いの一方で、「ヒントはなるべく持たずに体験したくて、ほぼ予備知識なしできました」といういさぎよさも。
そんな彼女は、会場に入るとすぐ、一枚の作品に強く惹きつけられました。『接吻』(1961年)は、それまで風景などを描いてきたライリーが抽象に転じた最初の作品。後の特徴的な視覚効果こそまだ見られませんが、感覚を引き出す絵画ともいうべき創作の原点です。
『接吻』(1961年) 個人蔵 © Bridget Riley 2018, all rights reserved. Courtesy David Zwirner, New York/ London.
Sachiko M:やられた! みたいな格好よさですね。上のカーブした黒と、下のまっすぐな黒が、くっつきそうでくっつかない。すごくシンプルだけど、黒と白の質感も素敵です。ここまで抽象的なイメージに、『接吻』というタイトルの対比も面白い。
ライリー本人は、自然や現実世界をもとにした美術にふれてきた自分が、この作品で描き方を「逆転」させたと語っています。そんな自分の挑戦に対し、絵のなかのカーブが「ウインクして合図を送ってくれている」ように感じた、というチャーミングな回想も(同展図録収録テキストより)。
Sachiko M:最初にここまで振り切れたものをパンッと出せる。そんな人だから、その後もきっとすごいんだろうなと思わせますね。多くの人は、もし独自の発想を得ても、まごまごしているうちに誰かに似たことをやられてしまう。
私自身に引きつけて考えると、最初にサインウェーブ演奏でCDを出したのは、即興演奏の音楽シーンの中での一部の動きでしたが、これまでの演奏スタイルをシンプルに研ぎ澄ましていくような、ある意味での「ミニマル合戦」のような新しい動きが出てきたときでした。そのなかで、「これ以上のミニマルはないでしょ」という音源を勢いで自主制作で出してみた。それで勝ったとかではないのですが(笑)、旗を先に立ててみて、そこから進んでいった感覚があります。ライリーさんはどうだったのでしょうね。
ライリーはこの後、無数の波形や正方形による幻惑的な作品を生み、1965年にはニューヨーク近代美術館での『レスポンシヴ・アイ(応答する眼)』展に出展。一躍その名を知られることになります。
『正方形の動き』(1961年)アーツ・カウンシル、ロンドン蔵 © Bridget Riley 2018, all rights reserved. Courtesy Karsten Schubert, London.
『波頭』(1964年)ブリティッシュ・カウンシル蔵 © Bridget Riley 2018, all rights reserved. Courtesy David Zwirner, New York/ London.
イベント情報
- 『ゆらぎ ブリジット・ライリーの絵画』
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2018年4月14日(土)~8月26日(日)
会場:千葉県 佐倉 DIC川村記念美術館
時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(4月30日、7月16日は開館)
料金:一般1,300円 学生・65歳以上1,100円 小中高生600円
関連イベント
- ガムラン・コンサート「自然のパターン、命のふるえ」
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2018年8月4日(土)
時間:18:00開場、18:15開演(20:00終演予定)
出演:演奏 パラグナ・グループ、解説 藤枝守ほか
料金:一般4,000円、友の会3,500円(当日入館料込み、事前振込制)
人数:定員100名 ※未就学児不可
プロフィール
- Sachiko M
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sinwaves、即興演奏家、作曲家。1993年音楽活動を開始。1998年サインウェーブの独自な演奏スタイルを確立、2000年発表『Sine Wave Solo』のシンプルでミニマリスティックなサウンドで世界的な注目を一気に集める。2003年『アルスエレクトロニカ・ゴールデンニカ賞』受賞。海外フェスティバルでの演奏、サウンドインスタレーションなど活動の幅を広げる中、ドラマ『あまちゃん』劇中歌“潮騒のメモリー”(共作:大友良英)の作曲をきっかけに作曲活動を開始。現在は「音楽」と「美術」の間に切り込む新たな形として『OPEN GATE』のキュレーション&ディレクションを行うなど、新たな可能性を試み続けている。