近年、コンスタントに著書を発表し続ける気鋭の若手評論家・古谷経衡氏。そんな彼が5月30日に刊行したのが、『女政治家の通信簿』(小学館新書)と『愛国奴』(駒草出版)の2冊の新著だ。なかでも『愛国奴』は、小説の形で「保守ムラ」の言論人やそのフォロワーである「ネット右翼」たちの世界の裏側を暴露したことで特定の界隈を震撼させている。

本サイトの人気寄稿者で、『八九六四』などの著作がある中国ルポライターの安田峰俊氏と、古谷氏はともに1982年生まれ。在学中の面識はないものの同じ立命館大学文学部史学科卒だ(入学年は安田氏が1年早い)。安田氏もまた、ブログを契機に書籍デビューをしており「古谷氏とやや近いバックグラウンドを持っている」という。

今回は『愛国奴』を題材に、ゼロ年代以来の日本のネット世論の闇とネット保守業界の真実について、2人に存分に語り合ってもらうことにした。

(※この対談は7月26日に開催予定のトークイベント「日本と中国、素晴らしき『愛国奴』たちの世界」http://bookandbeer.com/event/20180726/ の事前セッションとしておこなわれたものです)

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愛国心は「成り上がりの武器」

安田 古谷さんはもともと、保守系の衛星テレビ局(現・ネットテレビ局)「チャンネル桜」のコメンテーターとしてキャリアをスタートされています。その後、ブログや著作の面白さから一般の出版社や民放局でも受け入れられ、現在の場所におられるのだと思います。

 私自身、2010年にライターとしてデビューした前後は、現在よりもやや右寄りのスタンスを取っていました。これはゼロ年代ごろまで(排外主義は論外としても)右寄りの言説のほうがネット空間では「クール」と見なされて支持を集めやすかったことや、若干右寄りのスタンスのほうが書籍の企画が通りやすかったことも関係している、と現在では自己分析しています。

古谷 そうですね。ツイッターが主流になる前は、日本のネット世論の主戦場は『2ちゃんねる』でしたし、ややアングラ的なカウンター言説として、ネット上では右派寄りの意見が人気がありました。

安田 誤解を恐れずに言えば、フリーランスで言論やジャーナリズムをやりたいと考える、僕らのような地方大学出身の若者にとって、「右」からのアプローチがいちばん楽だったと思うんです。「左」の言論人になるには、首都圏のインテリ村に入って世論に影響力のある教授や言論人にかわいがられないと世に出られない(気がする)。いっぽうで「意識高い系」の言論人になるなら、元マッキンゼーとかIT企業のナントカの戦略顧問みたいな肩書を持っていないと、入り口の段階でフォロワーを獲得できません。

 でも「右」であれば、文章力と視点のユニークさがある人なら、新規参入しても勝ち残れる目がある。中央のメジャー言論人とのコネや目覚ましい職務経歴がない「持たざる者」であっても、ネット上でファン層を獲得して、草の根から成り上がれる可能性があるわけです。

古谷 ご指摘を否定はしませんね。「何者かになりたい人」は、「右」であればネットを使ってファン層を獲得する道があるのは確かです。現在、右派系の人気ユーチューバーやYouTubeチャンネルは大物が何人もいるのに、左の人気ユーチューバーの数が少ないのも、そういう事情ゆえの現象でしょう。サミュエル・ジョンソン(18世紀英国の作家)の言うところの「愛国心は、ならず者の最後の避難所である」ということです。

ネトウヨを描くため小説に初挑戦

安田 そのうえで小説『愛国奴』の話です。古谷さんの小説初挑戦でもある本作は、作者の経歴や経験に基づく一種の自伝的小説であるかと思います。

古谷 完全なフィクションですよ(笑)。ただ、自伝的小説の要素は一切無い、と言えばウソになります。

安田 当初はノンフィクションとして書いていたが、小説に切り替えたとも聞いています。

古谷 ネット右翼や保守ムラの動静は、ノンフィクションにすると、かなり長文の説明が必要になります。ネット右翼と保守ムラの共依存関係は、拙著(『ネット右翼の終わり』晶文社)でも書いたのですが、かの業界の特異性を第三者に対してよりわかりやすく伝えるには、小説という形式が一番だと考えたのです。

『愛国奴』は構想としては3年弱温めてきたものですが、ノンフィクションから小説への変更企画は、かなり早い段階で決めています。執筆期間は1年強です。事前に一応、プロットを作っていましたが、保守ムラの動向がリアルタイムで変わっていくこともあって、プロットどおりにはなりませんでしたね。

愛国カルトの闇とカネ

安田 作中にはさまざまな保守系言論人が登場します。代表的なのは、私大非常勤講師だが学問に見切りをつけて愛国言論ビジネスに走った波多野、ネットの大規模掲示板発の韓国経済崩壊論の書籍がヒットした土井……といった人たちですね。彼らのモデルについて、私は思い当たるところがなくもありませんが?

古谷 いやいや、モデルとなる人物は複数存在しますが、登場人物はいずれも架空の人物です。しかも、複数のモデルに対して大幅に想像とエンタメ要素を追加しているので、私としては元ネタがなにか分からなくなっていますね。作中での波多野と土井の内ゲバ事件も、完全に架空です。ただ、小説以上に低レベルな類似の事件は日常的に見聞していますが……。

安田 『愛国奴』では、ネット保守言論人たちのネトウヨ囲い込みビジネスの実態が詳述されており、作中の準主人公とも言える波多野の年収は1千万円をオーバーしています。トンデモ言説でコアなファンを引き寄せ、彼らを「○○ゼミ」や「☓☓研究室」といった取り巻きサークル組織に加入させる。そして、会費を定期徴収したり高額の合宿を主催することで財政の基盤を築く。「保守ムラの言論人ってこうやってカネ稼いでいるのか!」と、驚かされたところがありました。

古谷 こういうエンクロージャー(会員囲い込み)商法は、保守ムラの言論人の収益構造の根本をなしています。作中と類似のカネ稼ぎ術は実際の保守ムラにも実在しますよ。浮き沈みの激しい言論人が恒常的に収入を確保しようとすれば、エンクロージャー商法しかありません。

安田 WEB言論系や意識高い系の一部のオピニオンリーダーなんかにも共通する構造かもしれませんね。有料メルマガや有料会員制サイト・有料セミナーなどを通じて、信者からお金を定期的に吸い続けるという。

古谷 その通りです。他にも「自分磨き」「キラキラ女子」はては「オカルト陰謀論」界隈でも、似た構図は存在します。ただ、こういう熱心なファンを囲い込んでお金をむしり続ける手法は、保守ムラの周囲では特に色濃い印象です。なにせ「嫌韓・反中・反朝日・反サヨク」と、みんなずっと同じ主張を繰り返している人たちですから、つなぎとめるのは容易です。

儲かるのは「教祖」だけ

安田 作中に登場する「波多野研究室(ハタ研)」の閉鎖性や異常性は凄まじいものがあります。みんなでサヨクや韓国人を罵倒しながら、スクリーンに映る「(ネット右翼基準での)反日分子」にピンポン玉を投げつける憎悪イベントがあったり、みんなで竹槍を持って、論敵に見立てたカカシを突き刺したり。

 一昔前に勢力を広げていた在特会(在日特権を許さない市民の会)などを見る限り、似たようなネット右翼サークルは現実にも存在するはずでしょう。ここまでくると、一種のカルトに近いかもしれません。

古谷 「信者」の囲い込みによる定収入の確保は、保守言論人たちの経済的生命線です。ただし、囲い込みは利益を上げますが、その言論は自閉的になり、普遍的な世論に通用しなくなる。結果、「カルト化」が進んでいくことになります。「教祖」だけが儲けている点も含めて、新興宗教と似たところはあると思いますね。

「ヘイト本」が連発される本当の理由

安田 作中に登場する保守ムラ言論人たちの著作は、現実の日本社会ではいわゆる「ヘイト本」に相当するでしょう。書店によく平積みになっていますし、刊行点数も多いようです。出版社が安心してああいう本を出すのは、保守ムラ言論人が囲い込んだ会員たちが必ず本を買ってくれるので、売り上げの見通しが立ちやすいからでもあるんでしょう。

古谷 その通りだと思います。ヘイト本の作者は、出版前にまずは囲い込み会員に対して宣伝しますから、そうするとアマゾンランキングが急激に上がる。すると編集者も上司も納得する。仮に重版がかからないにしても、損益ラインを超えてそこそこは売れる。だから次も出す、という構図です。

安田 一部のヘイト本は、大手・準大手の出版社からの商業出版であっても 、まともな校閲をしていないのではと思えるほど内容が雑です。中国関連で言えば、ある中国経済研究者の名前とネット右翼系ユーチューバーの名前を取り違えたまま出版した本や、「曹操の勢力範囲は北京のあたり」と大間違いが書いてある中国史の本、ネット記事の丸パクリが大量に発見された中国経済本など、なかなかすさまじい書籍が多々あります。

『愛国奴』の作中では、波多野や土井が「信者」向けの講演で適当に喋った内容の文字起こしをそのまま書籍にしてしまう話が出てきますが、現実でもそうやって作られている本があるのかもしれませんね。先の例で言えば、名前の取り違えや「曹操の勢力範囲は北京」といった記述は、口述筆記の原稿を校正しないまま出版しているからだと思われます。

古谷 ええ。それでも、数千人の取り巻きたちが「基礎票」になるわけですから、この出版不況のなかでは奇跡的なコンテンツです。しかも、取り巻きたちはネット上で勝手に宣伝活動にいそしんでくれるので、宣伝費もかからない。出版社としては、ヘイト本はかなりの「安牌」ですよ。

安田 一部の宗教団体の書籍が、ベストセラーランキングの上位に来るのと似ていますね。

遊び心を失ったネトウヨ

安田 話が変わりますが、いわゆるネット右翼の姿が以前とは変わってきている印象があります。

古谷 具体的にはどういうことでしょう?

安田 ゼロ年代までのネット右翼って、『2ちゃんねる』あたりの不謹慎文化の延長にあったと思うんですよ。本気で排外主義を唱えていたというより、世間のきれいごとや戦後日本の常識を揶揄したり、マスコミや広告会社のヤラセをぶち壊したりすることにウエイトを置いていた印象です。不謹慎ネタが好きなネットのオタクたちがアーリーアダプターだったというか。

 たとえば、フジテレビが湘南ゴミ拾いイベントを企画しているので事前にみんなで湘南を掃除して企画倒れにしてやれ(2002年、湘南ゴミ拾いオフ)とか、24時間テレビのマラソンランナーがズルしてショートカットしないか追跡してやれとか、そういうノリの延長線上で反ポリコレ的な言説もおこなわれていた。だからといって排外主義的な言説に免罪符が与えられることは一切ありませんが、少なくとも遊び心のようなものが存在したことは事実です。

古谷 なるほど。同感です。在特会などの「行動する保守(自称)」が表舞台に登場してから、ネット右翼の質は劣化したと思います。それまでの、ネットのオフ文化が持っていた丸い部分や遊びの部分が一切なくなって、ものすごく一直線にヘイトをやるようになった。

 これに対して、保守ムラの言論人や一部の議員も、ネット上で手っ取り早く賞賛を集めるために論調を過激な方に転換した。結局、穏健でまだしも遊びのあるネット右翼というのは「サヨク」認定されて駆逐され、あるいは沈黙してしまって現在があるわけです。

安田 転機はおおむね2008年ごろでしょうか。在特会やチャンネル桜系の運動団体(2010年に設立される「頑張れ日本!全国行動委員会」の前身)の活動家たちが、ネットの右派言論をある程度は反映する形で街頭に出るようになり、それが動画サイトで拡散されるようになった。これによって、オタクの不謹慎ネタが政治運動に変わり、さらに従来の高齢者層の保守言説(『正論』『諸君!』的な立場)の末端部分とも融合を始めた。ネタじゃなく本気で排外運動をやりたい人たちがメインになった感じです。

古谷 かつて小林よしのり氏は、戦後民主主義的なサヨクを「純粋まっすぐ君」と命名しましたが、それの完全なる右バージョンの誕生ですよね。

情報源はとにかく短いテキスト動画

安田 次の転機は、近年のネトウヨコンテンツの商業化でしょう。いまや、一昔前の在特会みたいなデモや演説の動画をアップロードする手法は主流ではありません。ネットで拾った記事をまるごとコピペして字幕が流れるだけのテキスト動画とか、『保守速報』みたいにネット右翼だけを対象にしてアフィリエイト収入を稼ぐまとめサイトみたいな、知的にさらに劣化したコンテンツが台頭しています。まったく頭を使わないでも愛国者になれるようになってしまった。

古谷 いまネット右翼になる人は、とにかく、長い活字を読むのが苦痛。情報源は動画チャンネル。その動画もできるだけ短い方がいい。チャンネル桜の動画(20分〜3時間)を見るのも苦痛で長尺に耐えられない……という中高年だったりするわけです。そしてそれを全部の思考のソース元として、世界観を培養させていく。

安田 最近聞く「久しぶりに帰省したら田舎の親がネトウヨになっていた」みたいな話ですね。うちの親はまだ大丈夫なのですが、地元(滋賀県)で中高年の方と話していると、ここ数年でその手の主張を聞いたことが何度かあります。フェイスブックでフレンドになった近所の70代のお爺ちゃんが『保守速報』をシェアしていた……とか。

古谷 ええ。これって、日本人全体が知的に劣化したとか、日本の世論が右傾化したとかいう話で語られがちですが、僕はそうではないと思うんですよね。むしろ、どの時代やどの社会にも一定数は必ず存在する、知的に怠惰な層や「情報弱者」層が、ネット右翼の主張に取り込まれるようになっただけじゃないかと。

ネトウヨは今後どうなるのか?

安田 最近、5ちゃんねるの「なんJ」板で「ネトウヨ春のBAN祭り」という動きが出ていて、YouTubeのネット右翼系動画を、運営に規約違反で通報しまくって削除させているんです。いま、ネットの不謹慎系のアーリーアダプターの遊びの方向は、ネット右翼をいじって馬鹿にする方に向きはじめている感じもしますよね。

古谷 最近の動きにはかすかに光を感じますね。ネット右翼が好む動画チャンネルがYouTubeの規約違反で続々アカウント停止を食らったり、韓国人を「猿」、中国を「蟲国」などと表現していたラノベ作家の作品がバッシングを受けてアニメ化が中止になるなど、揺り戻しが来ていると思います。

安田 中国で憤青(中国版ネット右翼)を揶揄するネットスラングに「君は国家を愛しているが、国家は君を愛してないよ」という言葉があります。ネット右翼の人たちは安倍政権が大好きですが、安倍政権と彼らの関係もこのことわざが当てはまりそうです。「君は安倍さんを愛しているが、安倍さんは君を愛してないよ」と(笑)。

古谷 そうですね。「モリカケ」問題で揺れた安倍政権も、今秋の総裁選で三選が決まれば、ネット右翼はたいした票田でもないですから、逆に迷惑な存在になると思います。現在の自民党の支持層は、穏健保守層や宗教票ですからね。ネット右翼は淘汰されていくかもしれません。

安田 全体的に退潮傾向にあるのは確かでしょうね。

古谷 ただ、ネット右翼の中心部はそれでも残り続けると思います。私もいったんはこの世界に入った経験からして、その責務という意味でも、常に彼らに対するウォッチと監視を怠らない覚悟でいたいところです。

(安田 峰俊,古谷 経衡)

中国ルポライターの安田峰俊氏