女優のスカーレット・ジョハンソン(Scarlett Johansson。姓はヨハンソンとも)が、ルパート・サンダース(Rupert Sanders)監督の新作映画『Rub & Tug(原題)』でのトランス男性役を降板すると発表しました。
詳細は以下。
Exclusive: Scarlett Johansson Withdraws From 'Rub & Tug'
『Rub & Tug』は、実在のトランスジェンダー男性Dante 'Tex' Gillを主人公とする物語。2018年7月2日に、シスジェンダー女性のジョハンソンがこのトランス男性を演じると発表されて以来、トランスジェンダーのコミュニティからは激しい批判が巻き起こっていました。詳しくは以下を。
サンダース監督は『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017年)で原作ではアジア人女性という設定だった主役をスカーレット・ジョハンソンにやらせ、ホワイトウォッシングだとして批判を受けていた人。同じ組み合わせのペアが、またしてもマイノリティの役をマジョリティの役者が持っていくというかたちで映画を撮ると発表されたわけで、今回のキャスティングは発表そうそう大きな議論を呼んでいました。
勘違いしないでほしいんだけど、ジョハンソンにトランス男性役をやらせることを批判している人たちは、トランスジェンダーの役はトランスジェンダーにしか表現できないと言っているわけではないんですよ。ましてや、別にジョハンソン個人の人間性なり、能力なりが疑問視されているわけでもありません。批判の主な論点は、このキャスティングが、
- シスジェンダーの人にばかりトランス役を振ることで、観客の中の「トランスの人は『本当は』自分で思っている通りの性別ではないんだ」という偏見が強化されてしまう
- シスの役者がトランス役もシス役も持っていく一方、トランスの役者にシス役は回ってこない
- そのくせ、本物のトランス女性やトランス男性の役者が、「トランスらしさが足りない(シスジェンダーの人々の偏見に合致するような見た目ではない)」という理由でトランス役を断られたりしている
……という、映画業界でずっと指摘されてきた問題を無視するものであるという点です。ちなみにトランスジェンダーの役者では演技力の問題があるとか、作品の人気が出ないというのは嘘。ライアン・マーフィー(Ryan Murphy)の、主役5人をトランスジェンダーの役者が演じているドラマ『Pose』の成功が、そのことを証明しています。
スカーレット・ジョハンソンは当初、今回のキャスティングへの批判に対し、
「その人たち(訳注:このキャスティングを批判している人たちの意)に、あなたたちはジェフリー・タンバーや、ジャレッド・レトや、フェリシティ・ハフマンの代理人に連絡してコメントを求めることができると教えてあげて」
"Tell them that they can be directed to Jeffrey Tambor, Jared Leto, and Felicity Huffman's reps for comment."
という謎のコメントを出していました(タンバーもレトもハフマンも、一旦トランスジェンダーの役を演じた後で、トランスの役はトランスにやらせるべきだという趣旨の発言をしていたのに、それを知らなかった?)。しかしOUTの2018年7月13日の記事では一転して以下のような声明を出し、この役を降りると発表しています。
「わたしがDante Tex Gill役であるという配役によって最近提起された倫理的な問いの点から、この作品への参加を謹んで取り下げようと決意しました。わたしたちの文化において、トランスジェンダーの人々に対する理解は進歩し続けています。そして、わたしはこのキャスティングについて最初の声明を出して以来、トランスジェンダーのコミュニティから多くのことを学びました。わたしはトランスのコミュニティに対して称賛の念と愛情を抱いており、ハリウッドの包括性についての会話が続いていることに感謝しています。
"In light of recent ethical questions raised surrounding my casting as Dante Tex Gill, I have decided to respectfully withdraw my participation in the project. Our cultural understanding of transgender people continues to advance, and I’ve learned a lot from the community since making my first statement about my casting and realize it was insensitive. I have great admiration and love for the trans community and am grateful that the conversation regarding in Hollywood continues.
この後ジョハンソンは、ハリウッドのメジャー作品ではLGBTQ+のキャラクタが減っていること、2017年の時点でトランスのキャラはひとりもいなかった(この発言の根拠となるデータはこちら:2018 GLAAD Studio Responsibility Index | GLAAD)ことなどに触れ、こう続けています。
「わたしがダンテの物語と性別移行を生き生きと描き出すことができていたなら素敵だったのですが、なぜ多くの人が彼はトランスジェンダーの人によって演じられるべきだと思っているのかわかりました。そして、たとえ意見の分かれるものであっても、このキャスティングに関する議論が、映画における多様性と表象についてのより大きな会話が起こるきっかけとなったことに感謝しています」
“While I would have loved the opportunity to bring Dante’s story and transition to life, I understand why many feel he should be portrayed by a transgender person, and I am thankful that this casting debate, albeit controversial, has sparked a larger conversation about diversity and representation in film.”
ハリウッドのトランスジェンダーの映画人たちは、この判断を高く評価。以下の動画で、「彼女は勇敢」、「トラブルが起こったときにシスジェンダーの人にしてほしいことそのものをやってくれた」、「スカーレット・ジョハンソン、あんたすごいよ。(カメラに)彼女はわたしたちの声を聴いてくれた」、「希望が持てた」、「これでとうとう物事が前に進むかも」などのコメントを寄せています。
これにて一件落着かな。なんか日本だと、別にトランスの知人友人もいない、トランスジェンダーの表象についてのここ何年ものデータや議論も知らない、ジェン・リチャーズ(Jen Richards)やジェイミー・クレイトン(Jamie Clayton)やトレイス・リセット(Trace Lysette)やラヴァーン・コックス(Laverne Cox)が今回の件でどう言ってたかも知らない読めない調べないというタイプの人が「うるさいマイノリティーの圧力でヒョーゲンのジユーが奪われたあああ」とかなんとか言って被害者ぶり始めそうで嫌だな。しかしどんなキャスティングで映画をつくるのも映画製作者の自由である一方、そのキャスティングを問題だと思う人が批判するのも自由(もちろん絶賛するのも自由)、批判を受けた側が元通りのキャスティングで押し通すのも自由(マット・ボマー(Matt Bomer)やエル・ファニング(Elle Fanning)の例を見ればわかることですね)、やめるのも自由であるはず。今回ジョハンソンは降板する自由を選び、それによってトランス・コミュニティからの尊敬を勝ち得たのであって、別に誰の自由も奪われちゃいませんよ。