翻訳サービス規格 ISO 17100の紹介●田嶌 奈々

2014/11/07

翻訳サービス規格 ISO 17100の紹介

 

田嶌 奈々(たじま なな)

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株式会社 翻訳センター (http://www.honyakuctr.com/) 品質管理推進部 部長
外国語大学を卒業後、いくつ かの会社で翻訳コーディネーター兼チェッカーとして約4年の経験を経たのち、翻訳センターに入社。メディカル分野 の社内チェッカーとして約8年、実案件の品質管理業務に従事した。2012年以降、分野や案件の枠を越えて全社の品質向上を推進する 部署の起ち上げを機に、社内作業の標準化や仕組み作りを行っている。品質向上の取組みの一環として、翻訳会社と翻訳者との交流を推 進すべく勉強会やセミナーの開催にも力を入れている。ISOの規格策定には、日本の翻訳業界を代表して2012年のマドリッド総会から参加している。

 

 国際標準化機構(International Organization for Standardization; ISO)は2012年から翻訳関係の規格策定を開始しました。翻訳サービスに関する規格である17100は、翻訳会社と翻訳者が遵守すべき要件を定めるもので、すでに発効直前の段階に来ており、早ければ2014年中に発される予定です。関連する規格として、通訳とポストエディティングの規格も検討されています。
 ISO 17100は推奨事項をまとめた「ガイダンス」ではなく、より強い「認証規格」となります。規格の趣旨として、「自称翻訳者」「ボランティア翻訳者」等と、プロの翻訳者が提供する翻訳サービスを明確に区別し、翻訳者や翻訳業界の地位向上に使おうというのが世界各国の共通認識です。ただし、すべての翻訳案件に適用することが趣旨となっているわけではありません。
 欧州の翻訳サービス規格であるEN15038をもとにしていますが、世界各国で適用できるよう、要件が緩和されており、運用上多様な解釈が可能な記載も多くなっています。
規格は25ページ程で、全6章(1「適用範囲」、2「用語の定義」、3「翻訳者の要件」、4「翻訳前の工程」、5「翻訳の工程」、6「翻訳後の工程」)および附属文書からなっています。ちなみに、MT+PEはこの規格の対象外となっています。第3章に翻訳者の能力と資格、第4章と第6章に主として翻訳会社が遵守すべきプロセス、第5章に翻訳者が遵守すべき事項が記載されています。
 翻訳産業と教育の観点から特に重要なのは、第3章の記載です。翻訳者に求められる能力として、表1に示す6項目が挙げられています。それぞれの力についてある程度具体的な説明はありますが、何をもってこれらの能力を有していると言えるかについては曖昧です。
 翻訳者の資格要件としては、最終的に、a) 翻訳の学位、b) 翻訳以外の学位+翻訳経験2年、c) 翻訳経験5年、のいずれかを満たすことが求められることになります。「翻訳経験」はフルタイムとされていますが、フルタイムとは何かの規定はなく、解釈の余地が残ります。なお、規格の検討段階では、政府認定資格も選択肢のひとつにありましたが、総会の決定により削除されることになります。日本には政府認定資格がないので、この項目の削除を要求してきました。ですから、削除はむしろ歓迎すべきものです。
 日本では、現役でプロとして活動している翻訳者は資格要件のb)とc)のいずれかをほぼ満たしていると考えられますから、ISOの導入ですぐに資格要件面の影響が出ることはないでしょう。一方、日本の大学が翻訳の学位を出していない点は、他の少なからぬ国と比べて遅れており、この点は、これからの課題となるでしょう。


*表1 翻訳者に求められる能力
 a) 翻訳力
適切に内容を翻訳する能力で、言語コンテンツの理解と生成に関する問題に対処する力、翻訳の仕様に従って目標言語のコンテンツを提供する力。

 
 b) 起点言語および目標言語に
 おける言語・テキストに関する能力

起点言語の理解力、目標言語の流暢さ、テキスト上の約束事に関する知識、およびそれらを応用する力。

 
 c) 調査・情報収集・情報処理の能力
起点言語のコンテンツ理解・目標言語のコンテンツ生成に必要な言語的・専門的知識を調査する力。調査ツールの利用、情報資源の効率的利用戦略を練る力を含む。

 
 d) 文化に関する能力
行動基準や最新の用語法、価値体系を活用する力、および起点言語・目標言語の文化を特徴付けるものを見極める力。

 
 e) 技術的能力
翻訳プロセス全体を支援するツールやITシステムなどの技術資源を利用して翻訳プロセスにおける技術的なタスクを遂行するための知識や技術。

 
 f) 分野に関する能力
起点言語のコンテンツを理解し、適切なスタイルと用語を用いて目標言語で再現する能力。