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【書評】村山新治、上野発五時三五分 村山新治 著◆映画に戦後の激動を投影[評者]小野民樹(書籍編集者)跨線橋(こせんきょう)に追い詰められた拳銃殺人犯、その直下を彼が乗車する約束だった上野発五時三十五分の下り列車が無念の通過…映画『警視庁物語 上野発五時三五分』は、著者村山新治の監督デビュー作である。 本書の構成は少々変わっている。一九二二年生まれの著者は長野県教員赤化事件で教職と故郷を追われた兄に誘われて、中野重治(しげはる)の小説「空想家とシナリオ」に登場する文化映画製作の芸術映画社(GES)の助監督となる。以来、戦時企業統合、敗戦、レッドパージ、東宝争議等々、時代の激動にもまれながら東映の監督になるまでの回想録に、村山組の助監督をつとめた深作欣二、澤井信一郎監督らが忌憚(きたん)なく著者に質問する座談会を収録。さらに、撮影台本の書き込みをもとにした、個々の作品についての密度の濃い聞き書きが加えられた。 助監督時代の最大のエピソードは、今井正監督『ひめゆりの塔』。沖縄にみたてた極寒の九十九里ロケで、一見ただ粘るだけの監督、白く凍る息を消すために口に氷を含むひめゆり部隊の面々、いつ封切りとも決められぬロケ現場の半年に及ぶ監督補佐の体験は、一冊の本になるだろう。 そして五七年、新人監督は準備に昭和の名物刑事平塚八兵衛に一週間密着、麻薬中毒、浮浪児、犯罪者がうごめく東京の底辺を歩きまわった。当時は、撮影には拳銃のホンモノを貸してくれたという。 靴底をすりへらす地道な捜査同行と上京青年特有の都会観察力は、左翼的な告発リアリズムや詠嘆調の日常貧乏描写と異なる、抒情(じょじょう)性を隠し味とするセミ・ドキュメンタリーの流れを生みだした。抒情的青春映画『故郷は緑なりき』や『海軍』『無法松の一生』の独自な視点からのリメイク、風俗映画や任〓(にんきょう)映画にも安定した演出力を発揮しながら、次第にテレビへと仕事の中心を移していく。 編者の二十年に及ぶ執念の企画は詳細なフィルモグラフィーや周辺資料も充実し、単に戦後の映画資料を超え、ともすれば個人の記憶に埋没してしまう戦後日本人の精神の軌跡を鮮やかに描き出した。 (村山正実編、新宿書房・3996円) 著者は1922年生まれの映画監督。著者のおいの編者も映画監督。 ◆もう1冊宝田明著『銀幕に愛をこめて』(筑摩書房)。六十数年の役者人生を語る。 ※ 〓は、にんべんに夾
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