ベッドは走る。癒しの魔法を受けたベッドの体には大きな傷は見られないが所々で足を引きずるような仕草がみられることから全回復には遠く及んでいないことが伺える。
(こんな所にいられるか!!帰る!!)
兄のベスティアが美味しい思いができると言っていたから今回の戦争に参加した。
しかし、大して自分の趣味を満喫することもできずボコボコに攻撃を加えられ、誇張でもなく死にかけた。
そんな、現状に苛立ちが募り足に力が入る。大して行動意欲のないベッドであるが、拠点に帰り、回復した後にもう一度、襲撃してもいいと考えるほどにはイラついていた。
そんな状況で頭に血が上っていたからかまたは、拠点に帰ることを焦りすぎたからか、肉体が満身創痍だったからか…とにかくベッドの注意力は散漫になっていた。
結果、飛んでくる矢が右前足に刺さりバランスが崩れる。
「ぬぉ!!」
そして、二撃目、三撃目と止まることなく矢はベッドに向けて飛来してくる。
勿論、ベッドも人間にはあり得ざる身体能力で幾本かの矢は自分の体に到着する前に叩き折る。しかし、量が多すぎる。
(ぐっ…これは1体じゃない。一杯いる!!)
「くっ糞がァ!!」
勇ましく吠えるも、攻撃はやまない。
圧倒的物量を前についにはベッドは力尽き聖王国の地に伏した。
…
「とんでもなく、タフな奴だな。」
目つきの悪い男が民家の屋根から飛び降りる。男はパベル・バラハ。この国の兵士長である。
(こいつは獣身四足獣だな。獣王以外にも参戦していたとは…)
相手が手負いであり、自分が一方的に攻撃できる位置から発見できたおかげで楽に仕留めることが出来たがかなり強敵であっただろうことは容易に想像できる。
(まさか、俺の矢筒が空になるまで倒れないとはな…)
そう、ベッドは多人数による攻撃と考えていたが飛来した矢はすべてパベルが放ったものである。
しかし、ベッドが多人数の攻撃と勘違いしたのはある意味仕方がないと言える。
弓はあらゆる武器のなかで素人が一番戦力になる兵器と言われることが多い。
狙って当てるのは難しいが遠距離からある程度数を放てばそれだけで脅威になりうるからだ。
しかし、これを威力を保ちながら正確に的に当てるとなると話は変わってくる。弓の弦を引き構え、移動しながら、ベッドの防御を貫通する矢を放つ。
これを一人の人間が行うのは常識的に不可能だ。
――しかし、それを行えるのが九色の一つ、黒色を戴く男の実力である。
(こんなところで呆けている暇はない!家族の無事を確認しなければ!!)
ベッドの強さ考察を早々に打ち切り、パベルは中央広場に急いで向かう。
ちなみにその後、妻と娘と無事に会合したパベルの満面の笑み(自称)はまわりにいた人物をドン引きさせるほどの代物だったとか。
…
レメディオスは面白くなかった。
重要なところでカルカを守ることが出来なかったのもそうだが、一番はぽっと出の輩にカルカが惚れてしまっているだろうことだ。
確かに、あの輩がいなければカルカの命や妹の命も危なかった。それを救ってくれたのは純粋に感謝している。しかし、それとこれは別である。
(カルカ様は騙されているに違いない!!)
カルカがいつも武力として友人として一番に頼っていたのは自分だったという自負はある。しかし、あの男に対するカルカの感情は自分に対するものを超えている気がする。
――それは、まごうことなき異性への愛。
自分は決して同性愛者ではない。ないはずだが…カルカの一番になれないのが腹立たしい。
(あの男は私では勝てなかった獣王に勝った…その要素が私と奴の差になっているに違いない!!)
レメディオスは、謎の男モモンを下すため一から鍛えなおすことを心に決めた。
…
(上手く喋れていたかしら…)
カルカは自室のベットで火照った顔を隠すように手を被せる。カルカの部屋は就寝前ということで明かりが消されているので隠さずとも誰にも見られることはないのだが…
(聞き出すまでがちょっと不自然になってしまったけれど、かなりの収穫ね…ナーベさんとモモンさんが恋人でないというのは本当に嬉しい情報だわ!!)
第三者がカルカのモモンへの会話を見ていたら、ちょっと不自然どころではないだろと突っ込みをいれるだろうが当の本人は気づいていない。
ここまでの行動から分かるようにカルカは生娘であり恋愛経験は勿論ない。しかしこれは、カルカに魅力がないうえでの結果ではない。
むしろ、ローブルの至宝ともいえる美貌をもち、性格も温厚、また魔法にも長けた才女である彼女はかなりの好物件である。
だが、好物件すぎて大抵の男では家賃が払えないというのが一番の問題であると考えられる。
(ナーベさんと恋人って言われたらちょっと…勝てる気がしないものね…)
自分の容姿が他人よりも優れている自覚はあるし、日々のケアも万全のサポートを受けている。
しかし、ナーベの美しさは次元が違うとカルカは感じる。
まるでクリスタルを切り出して作りだしたような、素材の部分から差があるように感じるのだ。
(でも、ナーベさん自体はモモンさんに絶対、好意を寄せているわよね…)
モモンと話しているときのナーベの目は完全に恋する乙女のものである。
こればかりは女の勘が根拠だが断言できる。
モモンの方はナーベの好意にも恐らく自分の好意にも気づいていない様子だった。
あれ?もしかしてモモンさんって鈍感?
「ふふふ。ということはナーベさんと私は恋のライバルね。」
少し、気に食わない娘だが同じ相手が好きなら少しは好感が持てる。
「たとえ、あなたの方が美しくてもスタートラインが一緒なら負けませんわ」
決意を新たにカルカはベットに潜り込んだ。
…
「コキュートス…やはり私はモモンガ様に女としては見てもらえてないのかしら…?」
ホバンスの高級ホテルの一室。現在はモモンガはおらずナーベラルとコキュートスのみである。
そして、ナーベラルはみるからに落ち込んでいる。ポニーテールも気持ちの分シュンとしているように感じる。
原因となるのはあの会話だろう…
「これは世間話なのですが…そっそういえばナーベさんとモモンさんは恋人同士でいらっしゃるのです…か?」
「いえ、ナーベもなのですがコキュートスも私の友人の子供でして今、この地にいる間は親代わりみたいなものですよ」
コキュートス的にはモモンガが自分達を子供の様に思ってくれているだけで感涙ものだが、一度希望をもってしまったナーベラルにはショックな出来事だったのかもしれない。
「シカシ、ナーベラル。モシカスルトオマエノ以前ノ返答ヲモモンガ様ガ別ノ意味デ解釈シタノカモシレナイゾ」
「どういうこと?」
「昔、デミウルゴスガ言ッテイタノダガ、賢イモノホド一ツノ言葉カラ無数ノイミヲ導キダスコトガデキルラシイ…モモンガ様ホドノ賢者デアレバ我々ノヨウナ愚者ノ言葉ヲ別ノ側面カラ解釈サレテイテモオカシクハナイ」
「オマエトアインズ様トノ会話ヲ思イ出シテミロ」
ナーベラルは考え込む。しかし、返答が遅いと感じたのかコキュートスが自ら答える。
「ナーベよ。これからも私とナーベの関係を質問されることはあるだろう…私と恋人ってことにするのはどうだ?かまわないな。」
「死にそうな思いです…」
「コノ部分ダ」
「別に何の問題もないように思えるけど…。というかコキュートスの声でそのセリフ再生すると違和感がすごいわね」
「ソコハ触レナイデクレナイカ…マア、コレハ個人的ナ考察ダガ、モモンガ様ハナーベラルガ恋人関係ニアルトイウ設定ハ無理ガアルト考エタノデハナイカ?」
ナーベラルが反論しようとするが、どういうことかあまり分からないのでまずはコキュートスの話を聞くべきだと踏みとどまる。
「モモンガ様ハ余リニモ尊イ御方…ソンナ、殿方ニ創造物デアルナーベラルガ恋人ノ振リヲスルニハ力不足ト考エタノデハナイカ?」
ナーベラルはまるで稲妻が落ちたような衝撃を受けた。
モモンガが自分を女としてみる価値もないと考えていたわけではなく、自らの恋仲という大役を任す負担についてまで思考していた。という可能性にきづいたからだ。
「と、ということはモモンガ様は最初から私を気遣ってくださっていた…?もしこのまま、恋仲の振りをしていたら私がプレッシャーに耐えきれなくなるという未来を読んでいたということ!?」
コキュートスは頭を何度も縦にふり、感心・尊敬した態度を表す。
「コレハアクマデワタシノ見抜ケタ考エデシカナイ。モモンガ様ハモット無数ノコトヲ考エテイラッシャルダロウ」
ナーベラルの瞳から真珠のような大粒の涙が零れる。
たかだか、創造された存在である自分たちを気遣ってくださる…深き慈愛。
感情をも見抜き、物事をはるか未来まで見通すその知謀。
そして、私達を導いてくださるその圧倒的カリスマ。
これほどの方が自分たちの主であることがどれほど幸せなことか…!!
みると、コキュートスも感極まったのかプルプル震えている。涙は流せないので出ていないが、もし流せるなら濁流の様に流れているだろう。
「コキュートス…私、努力するわ!!モモンガ様から恋人の振りを任せられるようになるように!!」
「ソノ意気ダゾ。ナーベラル!」
次回は幕間的な話を予定してます。
miikoさん誤字報告ありがとうございます。