骸骨道中膝栗毛   作:おt
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11#聖王国防衛戦ー終局ー

 殺し合いの渦中とは思えないほど気の抜けた声が響く。そう、響いたのだ。

 漆黒の戦士の登場は亜人、人間種問わず予想外のものだったらしく皆一様に攻守の手を止めカルカの方向――ひいてはこの漆黒の戦士と獣王を視界に入れる。

 

「はっ…はい!怪我はありませんが…今、聖王女様は動けない状態にいます。私は聖王女様の守りに専念しなければならないので、できれば獣王との戦闘を請け負って欲しいのですが…」

 

 ケラルトが少しの安堵と多大な申し訳なさを混ぜたような声色で返答する。当たり前だ。

 つまり、ケラルトは「聖騎士団長でも勝てない敵に援護なしで挑んでほしい」と言っているようなものなのだから。

 この助太刀してくれた人物の検討はついている。オルランドからあった報告の人物だろう。報告通りだとすると聖王国の民でもない一介の旅人に無理な難題を押し付けるようなものであり常識外れも甚だしい。しかし現在、聖王国が助かるにはそれしかないのも事実である。

 

 カルカが少しでも協力に好意的になってもらうために頭を下げようと立ち上がる。王が頭を下げるのは好まれたことではない。王の行動は国の総意と見られがちだからだ。王とはそういうものである。しかし、カルカが頭を下げる前に朗らかな声で返答を漆黒の戦士が投げかげる。

 

「別に構いませんよ。“困っている人を助けるのは当たり前”ですからね」

 

 どきん、とカルカは自分の中で心臓が一つ鳴ったのを感じ取った。顔がやたらと熱くなる。ここまでの無理難題をこなしてくれる優しさ、その体からあふれ出す圧倒的自信、そして何より最後に投げかけてくれた言葉…!!

 

<<“困っている人を助けるのは当たり前”ですからね>>

 

 自分の考える理想…「弱き民に幸せを、誰も泣かない国を」に通じる様な考え方であり、それを自ら体現する偉大さにカルカは惹かれたのである。

 

「なんだぁ?お前は?俺の攻撃を防ぎきる当たり…只もんじゃねーなぁ」

 

 漆黒の戦士モモンの予期せぬ登場に距離を離した獣王が質問をぶつける。

 

「ただの通りすがりさ…剣を多少かじった程度のね」

 

 男はカルカ達を後ろに隠し、獣王の前に立ちはだかる。彼が自分をかばって立ちはだかった瞬間、超巨大な城壁が目の前に生れたような気分になった。

 獣王の攻撃を防ぐことが出来る腕がかじった程度なわけないとカルカは考えるが、彼の目標――“困っている人を助けるのは当たり前”を達成するには、まだまだ自分は未熟者であるという意味だと解釈する。

 

「そーかい。まあ、とりあえず死ねや!!」

 

 獣王がとんでもない速さで突進してくる。亜人と人間を比べるのはどうかと思うが明らかに英雄の領域に足を踏み入れているものの動きだ。

 この速さから生まれる攻撃はかなりの衝撃であり、たとえこの漆黒の戦士でもその場で防ぐのは不可能だろう。カルカとケラルトは来るであろう衝撃に備える。

 しかし、彼女たちはまだ漆黒の剣士を侮っていたことを次の瞬間知る。

 

「なぁにぃ!!ぐぅう!!」

 

 漆黒の剣士は防御の手段を取らず、攻撃に転じたのだ。あの猛攻を見て尚、防御しないという選択に驚くが…攻撃方法も凄い。なんと大剣の腹の部分で殴り返したのだ。

 それで折れない装備も凄いし、獣王を吹き飛ばす筋力も凄い。

 

「凄い…」

 

 賛辞の言葉ならいくらでも思いつく。しかし、カルカの口からはなんの捻りもない素直な感想がでる。

 同じくケラルトも障壁を張りながら口をパクパクしていたが、カルカの方に向き直り、顔に似合う悪そうな表情を浮かべる。

 

「もしかして、カルカ様…あの殿方に惚れました?」

 

 カルカの顔が一気に赤みがかる。変化が急速すぎて湯気を幻想するほどの分かりやすさだった。

 

「ちっちがうのよ!!ケラルト!!確かに素敵だな――とは思うけどね?あちらは旅人みたいなものだし結婚とかもいろいろと難しそうじゃない?」

 

 カルカが顔を真っ赤にしながら胸の前で手を振り否定する。

 

「へぇー結婚まで考えてらっしゃるのですねぇ?随分と気が早いことですね?」

 

 まさしくニタニタといった表情でカルカに詰め寄るケラルト。この話題はまずいとカルカが話を逸らす。

 

「それに…ごほん!!今はそんな浮かれた話をできる状況ではないでしょう?」

 

 カルカが顔色を平常に戻し始めた時、空から2人の人物が下りてくる。一人は確か南方の服装のひとつであるものを着たやたらと大きい男。そして、もう一人は濡れたような黒髪を携えた絶世の美女である。この二人も報告に挙がっている。

 念の為カルカの脳内の人物と一致するか質問を投げかける前にあちらが声を掛ける。

 

「モモンさーーんにあなた達を守るように言われました。動かれると面倒なのでこの場から離れないで頂けると助かるわ」

 

「デハ、ナーベ。私ハ予定通リ亜人ヲ殲滅シテクルゾ。後ハ頼ンダ」

 

 非常に聞き取りにくい声で捨て台詞を残し、大きな男は亜人の蔓延る戦場に向かう。カルカは仕方なく残ったナーベにのみ声を掛ける。

 

「あなたがナーベさんで間違いないわよね。」

 

「ええ、そうね。それとモモンさーーんは慈悲深いのであなたも守っていただけましたが、あまり迷惑はかけないことね」

 

 非常に素っ気ない返事が返ってきた。一国の王への態度とは思えないそれにケラルトが動こうとするがカルカが抑える。助けてもらっている側なのだから下手にでるべきだろう。しかし…

 

(なんだか、非常にむかつくわね!!)

 

 心のなかでは…この娘嫌い!!って思っていたりした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 硬質な金属同士がぶつかり合う音が周辺にこだまする。その音は、鋼の皮膚と巨大な剣が交わる音に相応しく非常に煩い。

 平時であれば人々はその騒がしさに表情を歪めるだろう。場合によっては文句をいいに行くかもしれない。

 戦時であれば自分の受け持つ戦闘の邪魔だと考え集中を散らす原因になるだろう。しかし、今はその様な反応を返す外野はいない。

 モモンとベスティアは激しい打ち合いの結果、当初鍔迫り合いをしていた位置から大きく離れた場所で戦闘を続けていた。

 

(なかなか、楽しいもんだなぁ)

 

 ベスティアは内心でほくそ笑む。この全身鎧の人間は確かに強い。しかし、基本的に防御に重点をおいた戦いかたをしており、戦闘の主導権は依然としてベスティアにある状況だからである。

 

 ――強大な“獣王”という敵の相手という貧乏くじを引いた哀れな人間

 

 ベスティアはこの人間に対する評価を心の内で下し、そのうえでなかなかの強者をいたぶる快感を再確認する。そんな時であった。相手の人間が不可解な言葉を吐いたのは

 

「さて…ここらへんは人の気配は見えないし、そろそろ終わらせるか」

 

 ベスティアは吹き出しそうになる笑いをかみ殺す。守勢にしか回れない実力しか有していないにも関わらず「今から本気出すわ(笑)」と相手が勘違い発言を行ったのである。これを笑わずして何を笑えというのか。

 ベスティアが笑いを抑えたのは、「なんだと!!」と相手のノリに合わせつつ、勘違い野郎を叩き潰し最後に嘲笑するためである。

 ワッカが癪に障ると感じるのもこういうところであり、つくづく悪い趣味をしていると周辺部族にも周知されている。

 

「なんだぁッ…

 

 しかし、今回はベスティアがその悪趣味さを発揮することは結果としてできなかった。なぜなら、ベスティアが返答を言い終わる前に彼の胴体と頭部が離れてしまったからである。

 漆黒の剣士はベスティアを間合いに捉えるとあり得ざる速度でその大剣を横に振るったのだ。

 そして地面にベスティアの首が転がる。

 しかし、その顔は何事もなかったかのように皮肉気な笑みを浮かべながら喋っているように口を動かす。だが、その口は発生器官を持たないため声がモモンガに届くことはない。

 

「頭を落とされてもまだ喋ろうとするとは…おしゃべりがそんなに好きだったのかな?」

 

 首だけになったベスティアが「何を言っているんだこいつは。」といった表情を浮かべる。しかし、その後に違和感を覚えたのか目がきょろきょろと動き頭を失った自分の体を発見する。

 表情の変化は劇的であった。数度瞬きを繰り返し、こぼれんばかりに目を開く。

 そして、事実を認めてしまった彼の顔色は絶望に染まりその後二度と動き出すことはなかった。

 ――獣王と恐れられ、強靭な亜人が犇めくアベリオン丘陵でも強大な存在であったベスティアの生はこうして幕を閉じた。

 

 …

 

完全に動かなくなった獣身四足獣の首を眺め終えたモモンガは、ある一点の感情から即座に動き出すことができなかった。それは後悔である。

 

(かなりの激戦区とか言われたらなぁ…そりゃ警戒するでしょうが!!)

 

 モモンガが戦士のまねごとをした場合、33レベル相当の戦士職並みの実力しかない。

 これでもこの周辺ではかなりの実力者と言えるらしいが、今回は曲がりなりにも戦争。

 お互いの最高戦力をぶつける場になる戦争においてそれなりの実力者を超えた国家または部族の切り札がでてくることは想像に難くない。

 

(そう考えた結果、念の為にやっておいた<完璧なる戦士(パーフェクトウォーリアー)>だったんだがなぁ…)

 

 33レベルを優に超えてくる実力者がいた場合、媚を売るのが難しくなるうえにモモンガ自身の危険度も上がる。

 こんな、無関係なところで自分の命をかけるなど馬鹿馬鹿しいと考えるモモンガは事前に<完璧なる戦士>を使い100レベルの近接職に相応しい肉体能力を手に入れた。

 よって33レベルをこえると思われる敵も舐プで倒すことができた。しかし

 

(<上位道具作成(クリエイト・グレーター・アイテム)>の巻物を断腸の思いで使った結果、収穫がこの程度か…痛い痛すぎるゥ!!)

 そう、<完璧なる戦士>の魔法は一つ決定的な弱点がある。それは使用中には一切他の魔法が使えなくなるということだ。

 つまり、モモンガの着用している鎧は消えてなくなってしまう。そうなれば素敵骸骨の顔を隠すものはなくなってしまい、正体が人間たちに露見してしまう。

 それを避けるためにモモンガは、一つしかない<上位道具作成>の巻物(スクロール)をナーベラルに使用させてこの戦いに挑んだのである。

 

(武技を体験することもできなかった…まじで何も収穫がない)

 

 もし、これで相手が60レベル越えの(耐性突破)存在だったり武技など未知の能力を使ってくるのなら貴重なリソースを使用する価値があったといえるだろう。

 しかし、相手のレベルは強く見積もっても40レベルがせいぜいと言ったところであり正直、<完璧なる戦士>を使わなくても勝利は難しくない。

 むしろ、瞬殺して悪目立ちをしないためにわざわざ手加減して戦わないといけないなど<完璧なる戦士>を使用しないほうが良かったのでは?とさえ考えられる。

 さらに、ないとは思うがナーベラルが意識を喪失したりMPをからした場合、<上位道具作成>の効果が切れてしまうため、その辺にまで気を使わないといけなかった面倒くささなどすべてが現在、モモンガに後悔となって押し寄せてきているのだ。

 

 後に悔いると書いて後悔と読む。モモンガは沈静化されない程度の微弱な苛立ちを覚えつつNPC達が待つ戦場に足を向けた。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 鈍い光を反射しながら、メイスが振るわれる。今日は月もない夜中であるため自然が発する光はほとんどない。しかし、戦場は戦士たちのもつ魔法の光源により多少の光はある。

 夜目を持たない人間にはメイスの反射する微弱な光はまるで湖畔を飛び回る蝶の様に華麗に映ることだろう。

 だが、夜目を持ち標的にされている亜人にそのような風情を感じる心の余裕はなく戦意は衰退しきっていた。

 目の前でメイスが振るわれるたびに同胞が肉塊に変わっていけば当たり前に抵抗の意思は削げ逃走に足を向ける。彼らも凶暴な亜人の前に生き物であるのだから彼らを責めることはできない。

 しかし、亜人のなかにも強者はおり、微かな希望の為に自らの命をかける忠義の徒も存在する。

 

「そこで止まって頂けませんかね」

 

 恐怖による悲鳴と逃げ回る亜人の物音の中からコキュートスに言葉を投げかける人物が現れる。その人物はボーザン。コキュートスは一度、動きを止め声の発生源の魔現人を視界に捉える。

 

「あなたは、強い、私より強いことは間違いないでしょう、ですので好みではないのですが奥の手をとらしていただきます。」

 

 ボーザンの体が一回り大きくなる。そして、顔の造形も大きく変化する。端的にいうと醜い姿になったボーザンだがその表情からは少しばかりの自信を覗くことできた。

 

「驚きましたか?自分自身に<変身(トランス)>の魔法をかけることで肉体能力を大幅に強化…さらに<下級筋力増量(レッサーストリグス)>などの強化魔法を使えば一時的にあの獣王並みの肉体能力を得ることが出来るという寸法です」

 

 ボーザンが大きく息をはく。この姿になって尚、挑む敵からのプレッシャーが消えない。

 しかし、自分がこの敵の興味を引くことによりボスの作戦の成功確率が上がるのならいくらでも時間稼ぎに興じよう。

 それがたとえ一歩間違えば命を失うような死地における激務であろうと…

 

 ボーザンの姿が消える。正確に言うと目で追えない様なスピードでコキュートスに迫る。

 そしてそのスピードを殺すことなく敵に叩きつける。

 質量×スピードで大体の威力を予測するとするなら、とんでもない数値が出ることは間違いないだろう。

 しかし、相手はナザリック第5階層・氷河の領域を守護するもの。コキュートス相手にそんな攻撃では、まともに喰らってもその場から動くことはない。

 

 流石にここまでの力の差は予想外だったのかボーザンの醜い顔が驚愕に彩られる。

 その間にもコキュートスのメイスはボーザンの顔面に接近していき、他の亜人と同じような終焉をボーザンも迎えた。

 

 …

 

 コキュートスは、戦闘開始前から機嫌が悪かった。それは敵に歯ごたえがなさすぎるのも理由であるが、一番は使用しているメイスがナーベラル製作のものであることだ。

 別にナーベラルが作るメイスが嫌なわけではない。しかし、どうせなら主人の作成したものを使用したいと思うのが一般的な臣下の考えだからだ。

 いつものコキュートスならボーザンの全力の攻撃に強い意志を感じ、一歩後ろに下がるなどの配慮を見せたかもしれない。しかし、虫の居所が悪いコキュートスは躊躇なくメイスを振り下ろし戦闘を終了させた。

 

(大方ノ危機ハ退ケタトミルベキダロウ。烏合ノ衆ノ相手ナド面倒ダカラナ)

 

 それに、モモンガの鎧を魔法で作り出すという大仕事を任されているナーベラルを補佐するほうが重要だろう。

 考えをまとめたコキュートスの思考にはもうボーザンのことはなかった。

 

 …

 

 ボーザンがコキュートスを相手取っている同時刻。<透明化(インビシリティ)>を使いカルカ達に接近する人物がいた。それは、ボーザンひいては魔現人のボスであるワッカである。

 

(ドドリアンに多くの同胞…さらにボーザンまでも失うかもしれない状況…。この犠牲に報いるためにもこの王は攫い、魔法実験を成功しなければいけません!!)

 

 ワッカの胸中をしめるのは、絶望という感情である。ここまで多くの犠牲を払うとはかけらも思っておらず、ここからの復興は半端でない苦労が待ち受けているだろう。

 ――だからこそ、絶対の目的である新魔法の確立。その材料として人間の王の誘拐を成し遂げなければいけない。

 

次元の移動(ディメンジョンムーヴ)>の移動は短距離の移動にしか発動できない。よって、ワッカは<透明化>という手段を用いて対象に接近していた。

 本来であればプライドの高いワッカが人間相手にコソコソと戦おうとは考えないだろう。しかし、ワッカはまごうことなき優秀な亜人王である。この劣勢を覆すためなら…同胞たちの犠牲を無駄にしないためにも、泥をも啜る覚悟がある。

 

 しかし、現実は残酷である。…いや、神は平等でないというべきなのだろうか。

 

 もし、カルカを警護しているナーベラルが普段通りであるならば探知に優れていないナーベラルとケラルトではワッカの接近に気づくことは難しかっただろう。

 しかし、現在のナーベラルは<上位道具作成>の発動者であるためにいつも以上にモモンガが過保護であった。

 

 ――「周りに気を配るのも警護や自身の安全を守るために必要だが、MP残量にも十分注意を払うんだぞ。今回、ナーベラルが危険な状況に陥るのが特に良くないと私は考えている。よって王女の護衛という役割を負ってもらうが少しでも危険だと感じたら即刻、王女を捨て私のところまで帰還するように…大丈夫だと思うがコキュートスもくれぐれも無茶はしないようにな。それと第5位階以上の魔法を使うことも勿論禁止だ。もしその事実が露呈した場合、ナーベラルにも危険が及ぶかもしれないからな。探知魔法は習得しているか?していなければ、このアイテムを使うなどの手もあるぞ――

 

 その後もモモンガの諸注意は続き結果としてナーベラルの頭上には機械的なウサギの耳が生えることになる。

 

 つまり、ナーベラルは<兎の耳(ラビットイヤー)>によってワッカの接近にとっくの昔に気づいていたのだ。

 

「そこの下等生物(ベニコミツキ)、そこで止まりなさい。それともいますぐ丸焦げにされたいのかしら?」

 

 ワッカの動きが止まる。もしこれが声だけの注意なら偶然と片付けられただろう。しかし、目まで合わされてしまってはもはや間違いようがない。

 

(体力・魔力ともに消耗した状態での実力行使は避けたいところですが…仕方ありませんね)

 

 ワッカは<透明化>を解除するのと同時に魔法を放つ。

 

「ばれてはしょうがない!ならば喰らえ人間!!<魔法最強化(マキシマイズ・マジック)龍雷(ドラゴンライトニング)>」

 

 自信の切り札である魔法をここでぶつける。強化した一撃はまともに喰らえば成体のドラゴンですら致命傷である。もし、人質が焼けてしまっても持ち帰って治療すれば良いというなりふり構わなさがこの一撃から垣間見れる。

 

 

 この一撃に相対した人間は片手をピンと伸ばしターゲッティングの姿勢をとる。何らかの防御魔法を展開するつもりか知らないが無駄である。

 これほどの威力を受け止める防御魔法はかなり高位になるためワッカですら見たこともないのだから。

 

「<龍雷>」

 ボソッと告げる様に詠唱が行われる。そして、人間の手のひらから放たれた雷撃はワッカの龍雷とぶつかり…相殺した。

 

「はっ…?」

 

 ワッカの間抜けな声が思わず口から漏れ出る。

 

「「だっ第5位階魔法…!!」」

 

 カルカとケラルトもそれに続き驚愕を顕わにする。

 ナーベラルは、お前らもこの程度使えるのではないのか?といった素振りで首を傾げる。

 人間の男であればそのしぐさに心を奪われ、思考が止まるかもしれないが魔現人であるワッカは例に含まれず、絶叫する。

 

「あっあっありえるかぁ!!」

 

 絶叫というよりも吠えるような声だが、ワッカは第5位階魔法を使用したことに驚いているわけではない。

 確かに自分以外に第5位階魔法を使用しているものは見たことがないが、自分でも使えるものを使用されて顎が外れるほど驚くものがいるだろうか?

 そうではなくワッカは、自分の魔法が通常の龍雷に相殺されたことに驚きを隠し切れないのだ。

 

(ありえる可能性としては…詠唱はブラフ?しかし、そうなると魔法無詠唱化でしょうか?ですが、無詠唱化と最強化を同時に行うなど私でも不可能です!!どういうことなんでしょうか…)

 

 混乱を深めるワッカにナーベラルの感情の乗っていない声が届く。

 

「これ以上、用もないようですしもう消えなさい」

「<龍雷>」

 

 のたうち回る一本の雷がワッカの体を炭にするのは、本当に一瞬の間だった。

 

 …

 

モモンガがカルカやナーベラルがいる場所に戻ってきたころには、どこにも動く亜人の姿はなく戦闘は終了した様子だった。

 だからといって静まり返っているかというとそうではなく、治療する側の人間たちの指示と治療される側の人間の声がそこら中から聞こえてくる。

 家屋の多くも倒壊し一目で復興は容易ではないと察することができる。

 その様子を見たモモンガの感想は「ほーん」である。本人もびっくりするほど何も感じないのだ。

 昔の自分であれば死者の心配や残されたものの辛さ、復興への苦労を想像してしまい心が痛んでしまうだろうことは間違いない。

 ましてや、現在の自分は彼らを助けることのできる力がある。

 それを困っているもののために振るおうと考えるのは人間であれば自然な感情であるはずである。

 

(心まで人間を辞めた可能性は高いと考えていたが…これで確定だな。このオーバロードの体や能力は自分の考えているものと大きな誤差があるかもしれないな。どこかで検証できればいいが…)

 

 こんな自分が戦闘で尊敬する人物の決め言葉を使ったことに罪悪感を覚える。彼が発言するからあの言葉は素晴らしいのであり、自分のようなものが言うのは相応しくない。

 

(もし、たっちさんに会えたなら誠心誠意謝ろう…)

 

「「モモンさーーん!!」」

 

 少し落ち込んでいたモモンガに接近する影が二つ。そのふたりをみた瞬間モモンガの物理的には変わらない表情が優しく、温かいものに変わった気がした。

 

(そうだな…今はこの二人が無事に俺と旅できていることを喜ぶべきだな!他の38人と違って最後までINしていた2人がこの異世界に来ている可能性は高いはずだし…悪いことばかりというわけでもないな)

 

「二人とも無事に役目は果たせたか?」

 

「はい!モモンさーーんに命令された通りに警護を果たしました。」

「ワタシモ問題ナク遂行デキマシタ」

 

 しっぽがあれば大きく振っているだろう態度のふたりを微笑ましく思いながら、彼らがまっているであろう言葉をかける。何気にモモンガも支配者として成長しているのだ。

 

「素晴らしい!よくやったぞ。ナーベラルにコキュートス」

 

 ありがとうございます!と元気のよいふたりを見ながらも少し違和感を覚える。

 

(ん?なんかナーベラルの頬がいつもより赤くないか?熱でもあったら大変だな)

 

 ユグドラシルでは毒はあれども病気というバッドステータスはなかった。

 しかし、モモンガもこの世界とゲームの違いを多く体験してきている。もしかするとNPCだって風邪になったりするのかもしれない。

 そのことを問いかけようとしたモモンガにNPCとは別方向から声がかかる。

 

「モモンさんでお間違いないですよね?先程は助けていただいてありがとうございます」

 

 見ると、冠を被った王らしき人物が話しかけてきている。横には剣を腰にさげた全身鎧の女もいる。

 横の女がなんだか不機嫌そうなことが多少気になるが指摘するほどのことでもないので女王らしき人物に返答をする。

 

「いえいえ、気にしないでください。報酬が目当てでもありますので」

 

「いえ、それでも助かりました。自己紹介がまだでしたね、私はこの聖王国の聖王女のカルカ・ベサーレスです。こちらはレメディオス・カストディオです」

 

「私はモモン。こちらの二人は…先程会っているとは思いますがナーベとコキュートスです。」

 

 あいさつと自己紹介を終えた両者に沈黙が流れる。モモンガ的には美女との会話は慣れていないので話題が尽きたのなら早くさよならしたいところではあるが…

 

「これは世間話なのですが…そっそういえばナーベさんとモモンさんは恋人同士でいらっしゃるのです…か?」

 

 なんだ?その話のぶっ飛び方は!!?とモモンガは困惑する。話題の変わり方もそうだがそこはモモンガ的には地雷な部分なので触れてほしくはない。

 しかし、黙っているのも誤解を生むので当たり障りのない答えを言っておく。

 

「いえ、ナーベもなのですがコキュートスも私の友人の子供でして今、この地にいる間は親代わりみたいなものですよ」

 

 それを聞いたナーベラルは頬の赤身が引き気持ちがっかりといった表情になり、カルカはホッとしたような表情になる。

 …しかし肝心のモモンガはどちらの変化にも気づくことはないのだが。

 

「あっ…えーーと、すいません。肝心なことを忘れていました。今回の功労者を労う式典が1週間後に開かれます。その時に報酬などの受け渡しも行いますので是非、参加をお願いしたいと思いまして…」

 

 女王が少し挙動不審なのは気になるが、自分の治める国がこんなことになったのであれば仕方ないことかもしれないとモモンガは考え直す。

 

「了解しました。でしたらその間、私達はどこに寝泊まりすればいいのでしょうか?お恥ずかしい話なのですが私達は遠方の人間でして、こちらの金銭を所持していないのです。」

 

「あっ!それも伝え忘れていました!宿なのですが首都ホバンスの方に私達の国で最高級の宿がありますのでそこに宿泊していただけたらと考えています。」

 

「何から何までありがとうございます。では、是非その様にお願いします。」

 

「いえ、あなた達はこの国の恩人なのですから遠慮することはありません…できることならずっとこの国にいらっしゃってもいいのですよ

 

「はい?なにか仰いましたか?」

 

「いえ!なにも!では行きましょうか!レメディオス」

 

 二人が去ったあとを眺めながらモモンガがボソッとひとりごちる。

 

「変な人だなぁ…」

 

 

 

 

 

 




モモンガ「王女との会話ってもっと畏まった言葉使いの方がよかったんじゃないか…!?」

miikoさん誤字報告ありがとうございます。








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