なぜ続く「大山信仰」 サレジオ学院高生徒が研究 現地で取材、成果を冊子に
- 教育|神奈川新聞|
- 公開:2018/07/02 11:16 更新:2018/07/02 11:39
「大山信仰」の冊子を手にする(左から)伊藤さん、向阪さん、田中さん =横浜市都筑区
大山を研究しているのは、同高2年の向阪大雅さん(16)、田中良征さん(17)、1年の伊藤慧人さん(15)。同学院の部活動「文芸部歴史班」の部員だ。昨年秋に「地元に根差していて、本などに書かれている内容以上の研究をしたい」(向阪さん)と考え、3人で大山研究を決めた。
東京国立博物館などが所蔵する文献を調べ、昨年10月に大山を初めて訪問。一帯の様子を確認し、地域の人の紹介で大山阿夫利神社で話を聞いた。さらに大山寺、大山信仰を広めて回った「御師(おし)」(明治期に先導師と改称)、大山を信仰する「大山講」の人らに会い、川崎市大山街道ふるさと館(同市高津区)なども取材。その中で「大山信仰」を中心にまとめることにした。
完成した冊子「大山信仰」は13章立てで26ページ。研究を基にした考察と関連の図や写真が掲載され、高校生が手掛けたとは思えない完成度だ。
川崎市の大山講「大溝太々講」が現在まで続く理由として、大山参りの日程や祈願の内容を変えることで「都市への変化にうまく対応したから」と解説。また、伊勢と富士山では御師の活動がほぼ途絶えているのに、大山には46軒あることに注目。御師や県外の研究者にも話を聞き、明治期の改革や大山講以外の一般客の早い受け入れなどを理由に挙げ、大山信仰を伝えるために「伝統の継承だけでなく、未来を見据えて新しいことに挑戦し続けている」と結論付けている。
主に文章を担当した田中さんは「大山は地味だと思っていたが、日本の歴史に深く交わっていることが分かった」と実感。伊藤さんは「話を聞きに行った方から次々に別の方を紹介してもらい、大山信仰のネットワークを感じた」と話す。
戦時中の状況など、冊子に書き切れなかった内容もあった。3人は冊子完成後も研究を続けており、「内容を追加し、新しい版も発行したい」と意気込んでいる。
冊子「大山信仰」は、専用ホームページ(http://ooyama.wpblog.jp/)からダウンロードできる。