209話 嫉妬の萌芽
名前について、沢山のコメント、有難う御座います!
問題無いようなので、そのままでいきます。
お騒がせいたしました。
ギィとクロエは、三日に渡る戦闘を継続中であった。
互いに本気ではないが、致命傷となる攻撃が時折混じる。
両者共に、互いの底を見極めようと探りを入れていたのである。
「死ね、
「甘い」
ギィの放つ拳爪を、クロエは手に持つ霊剣で受け止める。
いや、それどころか剣の性能も合わさって、ギィの拳を弾いて見せた。
そのまま追撃に移るクロエ。
だが、クロエの身体から力が抜け、
「ゴフッ!!」
口から吐血し、目と鼻から血が流れ出す。
完全に防ぎ、受け流した筈の攻撃。しかし、それは表面だけの結果に過ぎない。
目に見えぬ攻撃はクロエを蝕み、その命を奪おうとして――
「死ね、
クロエは無表情のままに、その攻撃を大げさな程に大きく回避した。
そして、何事も無かったかの如く、剣をギィに向けて構える。
ギィの攻撃を受けて目や鼻から流れ出た血液で汚れていた筈の顔は、何事も無かったような美しい顔に戻っている。
不思議な事に、先程のギィの攻撃は無かった事にされているとでも言わんばかりに――
「あっははははは! 流石は勇者!! やるじゃねーか。
今のを避けるとは恐れ入るぜ」
「――どうも」
「受け止めようとしたら、お前は死んでいたんだぜ?」
ギィの素直な賞賛に、クロエは小さく返事を返す。
その後に続く挑発にも、何も反応を返さない。何故なら、それが本当の事だと
だからこそ、その内心は複雑だ。
ギィの放った一撃――
毒というレベルではなく、精神汚染を伴う最悪の感染型破滅粒子を撒き散らし、接触部分からの侵食を開始する技であった。
事実、クロエはこの技で
絶対防御は攻撃を自動で防ぐが、受け止めた剣を伝い侵食してくる
故に、ギィの拳爪を受けそこから撒き散らされた
一度経験してから、過去に戻る。
つまり、言い換えるならば、未来の記憶を思い出すのだ。
対峙する者からすれば、クロエが運良く回避を選択したように思うだろうが、現実は違う。
確信を持って、クロエは最適の防御を選択しているのであった。
だが、未来の記憶を思い出すという能力によってギィの攻撃を完全に回避しているにも関わらず、クロエに余裕は無かった。
嘗て戦った最強の存在であるヴェルドラと違い、ギィの攻撃は全てが油断ならぬのだ。
全然本気では無いのは伝わって来るのだが、殺す事を前提とした攻撃が織り交ぜられており、気を抜く事が出来ないのである。
恐ろしく狡猾に、罠に嵌めるように緻密な戦略で以て攻撃を放ってくるギィ。
仮にクロエが死んだとしても、恐らくは蘇生可能であろう攻撃しか使っていない事からも、その意図はハッキリとしていた。
クロエを呪いから開放し、リムルに恩を売るつもりなのだろう。
ただ、それについては不可能だ、とクロエは知っている。
何故なら、未来でクロエが一度死んだ時に、解呪を試みたギィが悔しそうに「失敗だ」と呟いたのを思い出したからだ。
ユウキの仕掛けた呪いは、簡単には解けない事が証明されたのだった。
だからクロエは
そして、ギィの強さは底なしかと思えた。
クロエの攻撃は全て見切られている。
本気を出していないのはお互い様とは言え、既にクロエは3度程死亡していた。
それは回避不能な攻撃という訳ではなく、そうなるように導かれるように行動した結果、死亡するという感じなのだ。
選択肢を与えられているようで、その実、全ての戦況はギィの思うがままという事なのだろう。
一度だけ、油断による死亡があった。
時間停止による回避を選択したにも関わらず、それを無効化されて心臓を引き裂かれたのだ。
つまり、ギィは停止世界で普通に行動出来るのだろう。
クロエはその結果を思い出した事で、時間停止能力を使用するのは止めている。此方の手の内を晒すだけだからだ。
ギィが時間停止を使い、それを拠り所とした攻撃を仕掛けて来る事は無かった。
それをされていれば、クロエが停止世界でも動ける――つまりは、時空間系の能力者である――とギィに悟られただろうけれど。
ギィがそんな単純な攻撃を仕掛ける事は無い。
その点が、ヴェルドラと大きく違う点であった。
能力に絶対の自信を持ち、ただ能力に頼るだけの技だけでクロエを攻撃して来る事が無かったのだ。
だからこそ、クロエは自分がそれを行った事を恥じる。
技を放つ時は、その技を防がれた場合を想定した上で、必殺となるように攻撃をする必要があるのだ、とクロエは再度心に刻む。
長き旅を経て、理解したつもりでいた基本であった。
余りにも強すぎる力を得て、自分も気付かぬ内に慢心していたのだ、とクロエは反省した。
そして、再びギィに対峙する。
お互いが本気を出したならば、状況は違って来るだろう。
ギィも遊ぶ余裕は無くなるだろうし、クロエの手加減無しの絶対剣閃によりギィを倒せる自信はある。
だが、ギィと能力無しの戦いをしたならば、クロエが敗北するのは間違い無さそうだった。
それ程に、
だからこそ頼りすぎていた訳だが、それでは駄目なのだ。
クロエは、ギィとの戦いで初心を思い出し、素直な気持ちに戻り戦いに集中するのだった。
ギィは呆れた様に目を細める。
これ程までに粘る強敵は、"白氷竜"ヴェルザード以来であろう。
当時よりも遥かに強くなったと自負していたが、まだまだ甘かったようだ。
ギィの策通りにクロエが動く事が無い。殺せる筈の一撃は空を切り、虚実織り交ぜた攻撃は全てを見抜かれている様子。
大したものだと思うギィ。
本気で戦っていないのはお互い様だが、本気を出して勝てるのか? と問われても答えられないというのが本音である。
つまり、認めるしか無いという事。
"真なる勇者"クロエ・オベールは、ギィ・クリムゾンと同格の存在である、と。
(強い、な!)
ギィは嬉しそうに嗤う。
魔王リムルに対するカードとして、クロエを倒して呪いを解くのも良いかと思っていたのだが、中々どうして。
クロエは、ギィが思っていた以上の強者であった。
ギィは既に、茶番? とんでもない! そういう気持ちになっていたのだ。
剣の腕は超一流であるクロエに対し、ギィは素手。
流石に相手に失礼だろう、そう思い抜刀する。
「誇っていいぜ。オレに剣を抜かせた事を」
空間から一振りの剣を取り出しつつ、クロエに告げた。
魔剣"
その代用として用意した、魔剣"
ミリムの剣と違い、手入れが良く行き届いており、虹色の光沢を放っていた。
脈打つように鳴動する魔剣は、ギィの手に良く馴染む。
剣の波動を抑え込み、クロエに向けて構えた。
純粋に、剣での戦いを楽しむつもりなのだ。
ルドラやヴェルザードとの戦いでは、勝利を確信出来た。
だが、最強の勇者であるクロエを前に、ギィは自分の勝利を確信出来ないでいる。
本当の同格とは、そういう事なのだ。
レオンやヴェルザードを友として扱っているものの、その実力が自分に及ばぬ事をギィは知っている。
だからこそ、嬉しい。
(期待以上だぜ、"勇者"クロエ!!)
"星王竜"ヴェルダナーヴァと戦った時以来の緊張を以て、ギィはクロエに対峙する。
そんな二人の戦いを眺める者がいた。
"白氷竜"ヴェルザードである。
楽しそうなギィを見て、唇を噛み締める。
その内心に渦巻くのは、激しい炎。
怒り? いや、違う。嫉妬であった。
兄である"星王竜"ヴェルダナーヴァがギィを認めて以降、ずっとヴェルザードは嫉妬していたのだ。
冗談めかし、ギィに本心を悟られる事の無いように。
その心に去来するのは、先日受けたメッセージの内容。
竜種同士の特殊な以心伝達念話により、滅んだ筈の兄であるヴェルダナーヴァからの念話であった事は、彼女を驚愕させるに十分であった。
――ボクの為に、ギィを滅ぼしてくれ――
内容を思い、溜息を一つ。
ユウキとの諍いや、魔王リムルがギィに依頼した内容は知っている。
ユウキに宿る
ヴェルザードは悩んでいた。
いや、本当は悩む必要など無いのだ。
彼女は元々、ギィを監視する目的で近づいたのだから。
ただ――
そう、ただほんの少しだけ、ギィと過ごした時間が楽し過ぎただけなのだ。
傲慢なギィ。
馬鹿なギィ。
優しいギィ。
冷酷なギィ。
恐ろしい、ギィ。
そして、兄が認めた友としての、ギィ。
色々な顔を持つ彼と過ごすのが、好きだった。
だけど、兄がギィを殺せと言うのなら、自分は……
それに、ギィは決して、自分にあのような顔を見せない。
あんなに楽しそうに戦うなんて。
ヴェルザードと戦った時、ギィは大人が子供を相手にするように、彼女を傷つけないように配慮していたというのに。
その時だろうか。
彼女が、自分の心に芽生えた嫉妬を思い出したのは。
あの兄が認めた、ギィ・クリムゾンという魔王に。
そして――
(ギィは、私には優しいの。でも、横に並ぶのを許してくれない)
――それは、お前が弱いからだ――
(私は強い。私は、最強たる竜種なのよ!)
――いや、お前は弱いよ。現に、ギィの横に立つ資格は無いのだろう?――
(それは――)
――力が欲しいか? 力さえあれば、ギィの横に立つ事が出来るぞ――
(でも、それは私の願いではない……)
――果たしてそうかな? 力が無いから、ギィはお前を見ないのだ――
(力があれば、もっと強ければ、ギィは私を見てくれるの?)
――当然だとも。それどころか、お前の望みを叶えてくれるだろう――
(ああ……力が、力が欲しいわ)
その言葉を聞き、どこかで邪悪な意思が嗤った。
――さあ、その嫉妬を解き放つといい――
あの
そう、ヴェルザードの心に刻まれていた能力を解き放つ、
そして、"星王竜"ヴェルダナーヴァにより封じられていた嫉妬の封印が解かれる。
――ギィを殺して、お前の好きにすると良い――
兄の許しは下りた。
彼女は、その本来の能力を解放し、新たな力を獲得する。
その瞬間、"白氷竜"ヴェルザードの心はヴェルダに操られ、理性は吹き飛んでいた。
荒れ狂う竜種の中でも、"星王竜"ヴェルダナーヴァに次ぐ最強の力。
膨大な
ヴェルザードを止めようとヒラリーが正面に立ったが、ヴェルザードの魔力の一撃により、上半身と下半身に両断される結果となった。
圧倒的な魔力で、強大なエネルギーを制御してのけたのだ。
そして――
彼女は目覚めた。
自分の欲望に忠実な、嫉妬の女神。
その欲望のままにギィを殺し、自分のものとする為に。
本来の能力、
(私は、ギィを殺す!!)
自分の欲望に忠実に、盲目的に一つの意思に従って。
クロエとギィは、同時にその場から退避した。
馬鹿げた威力の絶対冷凍波が、二人の立つ床を穿ち、分子結合を解きほぐす。
佇むは、白氷髪に
「ヴェルザード――手前……そうか、忘れてたぜ。お前、ずっと嫉妬を抱えてやがったのか――」
ギィの呟きに、ヴェルザードは小さく笑う。
「ギィ、私ね――ずっと、貴方を――」
そして、世界は停止する。
隔絶された、絶対停止世界。
支配者の意思により、全ての法則は働きを停止する。
――この、停止世界に取り残された者を除いて。
クロエ、ギィ、そしてヴェルザード。
三者は停止した世界の中で、互いの出方を伺っていた。
時間の流れすらも止まった世界。
だが、クロエもギィも、問題なく動く事が可能だ。
問題は――
クロエに取っては、敵は二人。
だが、勝算は無いに等しくなった。
自分の時間停止と異なり、ヴェルザードの
それこそ、リムルと対峙した時に感じたエネルギー量に等しいと感じている。
だとすれば、止めていられる時間も長時間であろう。
動く事は可能だが、未来の記憶を読む能力は封じられたという事。
切り札であり、生命線である能力を封じられたのは痛い。
次に時間が解放されるまで、何としても生き抜く必要があった。
最早、手加減等と悠長な事を言っている場合では無いのだ。
ギィは完全な敵とは言えないだろうが、協力者では無い。
何よりも、クロエには呪いが掛かっており、自由意思での行動が出来ないのだから。
状況は最悪。
クロエは覚悟を決めて、二人に対し油断無く身構えた。
ギィは少しの戸惑いと、深い納得の中にいた。
そうか、道理で嫉妬の芽生えが遅い訳だ、と。
と同時に、
(やべえな。リムルに頼まれた以上、軽く遊ぶだけのつもりだったが……)
思案する。
クロエは、ヴェルダの呪いの支配下にある。
大分抵抗しているようだが、決定的に自由意思を持つという訳では無い。
つまり、共闘関係は築けないのだ。
そして、ヴェルザードは――
(ッチ。完全に操られてやがる)
本人に、自分の意思で行動しているのだ、と思わせるような巧妙さで。
ギィは久方ぶりに、心の奥底から怒りが湧き出るのを自覚した。
(許せねーな。オレのモノに手を出すなんざ!
オレの可愛いヴェルザードを操るとは、いい度胸だよヴェルダ!!
そんなに死にたいって言うのなら、殺してやるよ)
ひりつく様な強烈な怒りで、ギィの髪が真っ赤に逆立つ。
クロエと対峙しつつ、殺さぬように――蘇生可能な程度に殺すのは有りとしても――相手する。
と同時に、ヴェルザードの攻撃からクロエを守り、ヴェルザードを正気に戻す。
(オレ様にも、ちょっとばかしハード過ぎるぞ――)
内心で舌打ちしつつ、ギィも覚悟を定めた。
そして、ギィの中でヴェルダを殺す事が確定したのは、この瞬間の事である。
ギィにとって、ヴェルダ≠ヴェルダナーヴァが確定した瞬間でもあった。
(アイツは、こんな姑息な真似はしねーだろうよ。
ヤツが本気なら、この世界を滅ぼすなんて、一人でも出来るだろうからな)
それが、ギィの本音であった。
だからこそ、迷い無く、自分の中のヴェルダへの思いを断ち切った。
ヴェルダナーヴァは滅んだのだ、と。
そして、眼光を鋭くして、対峙する二人に視線を向ける。
状況は三竦みに近い。
だが、ヴェルザードが最も有利である。
悩みも迷いも無く、その目的に邁進出来るのだから。
そして、停止した世界での戦闘が開始する。
次もなるべく早めに更新したいのですが、年始も忙しいのです。
明日も昼から会議で、そのまま飲み会。
物理的に時間が取れません。気長にお待ち下さい。