上手に焼けました(山羊肉)
ローブル聖王国。大陸の半島を領土に持つその国の特徴を挙げろと言われれば、万人が全長100kmに及ぶ壁のことを言及するだろう。そして、この壁に面するのはアベリオン丘陵。亜人達が群雄割拠し日々争いが絶えないこの地は強固な壁を持つ聖王国としても多大な労力を割き監視しなければならない危険な地である。その人間にとって地獄と評せる丘陵を眼前に据えて佇む巌の様な男が口を開く。
「おい、ここ最近亜人どもの襲撃多くねーか?」
男の名はオルランド・カンパーノ。聖王国の誇る城壁において亜人達の襲撃に対応する、実働部隊の隊長である。地位は班長とかなり下であるが9色に力だけで認められた実力は折り紙つきである。
「はい。その通りかと思われます閣下。夜番のバラハ兵士長も同様に異変が起きていると報告されております。」
これほど、強固な壁であっても亜人達は聖王国に襲撃を行うことは少なくない。ペースとしては月に1〜2度程度ではあるが、その亜人達を防ぎ切り聖王国の安寧を持続することがオルランド達の仕事である。
「しかしよぉ…特に山羊人なんて前まで全く姿見てなかったのに最近すっかり常連さんだな」
ところが、ここ最近、より正確に述べると5日前ほどから襲撃のペースが上がっており、襲撃する亜人の中には普段ではめったに見れない種類も混じっていた。そのペースは一日に二回。はっきり言って異常である。
(アベリオン丘陵の山羊人はすべてあの豪王の下に統合されているはずだ…山羊人の部族で内乱でもあったのか?)
豪王という異名を持つ亜人を思い浮かべたオルランドは顔を歪ませる。数多くの修羅場をくぐったオルランドですら本気を引き出せない相手であり、纏っているのは王者の風格。かの強者がそう簡単に死ぬとは思えない。
しかし、オルランドは考え直す。聖王国が把握しているだけの亜人の強者ですらそれなりの数がいるのだ。そのうち一体がかの亜人王を屠っていても不思議ではない。もしこのオルランドの考えが当たっていた場合…
「荒れるかもしんねーな」
オルランドのつぶやきに反応した周りの部下に緊張が走るが、つぶやきの主の顔を見た後の部下たち顔は平時のものと大差ないものに戻った。それはオルランドの顔が不安を吐露したものではなく、強者との戦いを期待した獰猛な顔であったからだ。
(まあ、そううまくはいかねーだろうな)
しかし、オルランドの興奮も瞬時に冷めてしまう。それは経験上、部族長が死亡した後の亜人の襲撃は基本的に土地を失った敗残兵が再起の望みをかけて行うものであることを思い出したからである。オルランドは強者と戦うことが生きがいであるだけであって、亜人の掃討が好きなわけではないのだ。そこまで考えたオルランドは頭を切り替える。現在、この亜人の襲撃が多発した原因を国の情報部が調査している。原因の考察は彼らに任せればいいのであって、自分の仕事ではない。仕事の緊張感を上げたオルランドに遠視を手にした部下が急ぎ足で駆け寄ってくる。
「班長閣下、東南7時の方向、900m地点に接近する影が現れました。」
その報告を聞き、オルランドは続きを促す。それがただの亜人であれば亜人接近の鐘を鳴らせばいいだけである。それをこの偵察係が行わなかったということは何か自分に判断を仰がなければならない事態が発生したということだろう。
「はい…何度も確認したので間違いありませんが…その…人間らしき存在が三人、その方向から向かってきております…」
「はぁ!?」
オルランドは厳つい顔には違和感の強いつぶらな瞳を限界まで見開き驚く。まず、この城門の警護は王国や帝国の城門とは違い他国の人間種を通すことを考慮していない。建国から200年でその様なことが発生したことがないからである。そしてそれは、当たり前のことである。誰が好き好んで亜人の巣窟を横切って聖王国に入国しようと考えるのか。
「それで班長閣下…どういたしましょう?」
この様な事案ならこの偵察兵が自分にわざわざ判断を仰ぎに来るのも納得できる。今からオルランドが処理する出来事は聖王国始まって以来の珍事であり、処置を間違えて場合、色々と面倒なことに成りかねない。オルランドは、危険地帯から人間が聖王国に入国しようとしている原因を思考し各方面の可能性を候補に立てる。戦闘狂と称せる武闘派のオルランドであるが部隊の指揮者として無能というわけではないのだ。
「そうだな…そいつらは人間に変装している亜人かもしれねぇ。門を開けずにある程度の質問に答えさせて問題がないようなら、要塞内の質疑室で詳しい話を聞くということで大丈夫だろ」
亜人は人間にない特集能力を多く持つ。聖王国側では未発見だが人間に擬態できる亜人がいても不思議ではない。そしてもう一つの可能性として…
(噂に聞く法国の特殊部隊の一つかもしれねぇな)
確か、法国では亜人殲滅の部隊があるらしい。ということはオルランドも聞いたことがある。もし、今向かってくる人間が法国の人間である場合、数が少ないことを考慮すると任務に失敗し命からがら逃げてきたといったところだろう。アベリオン丘陵の亜人は生半可な強さではないので、特殊部隊とて敗北はあり得ない話ではない。そして、法国の敗残兵ならさらに慎重に対応しなければならない。ただでさえ宗教の問題でごたごたしている間柄だ。余計なことでオルランド自身にクレームがつくのも面倒だ。
「それで!そのご一行はどんな格好をしてるか教えてくれるかい」
「はい!三人のうち二人は戦士かと思われます。一人は漆黒の全身鎧を装着しており顔などの確認はできていません。もう一人は軽装に帯刀をしており、顔は人間のものであると確認できましたが…」
偵察がまたしても言いよどむ。オルランド前ではいつもハキハキ喋る彼にしては珍しい。
暫くたって、一拍おいて彼が言葉を続ける。
「身長が推定ですが250cmはあると思われます。この推定は他の班員とも確認しあったので間違いありません。」
確かにでかい。そんな身丈をした人間がただの一般人であるはずがないので、法国の特殊部隊という仮説の信憑性が出てくる情報である。
「そして、もう一人は女です。装備品が確認できないことから魔法詠唱者、もしくは従者であると思われます。」
「へいへい、ご苦労さん。じゃ!そろそろお客さんを迎えに行きましょうかね。そろそろこちらに到着する頃合いだろ?」
◆◆◆◆◆◆◆
城壁の上から例の人物を見たオルランドの印象はチグハグとしたものであった。まず目が行くのは装備品だ。恐らくリーダーと思われる男の装着する全身鎧や身の丈ほどある立派な大剣は遠目でも国宝級であると理解できる。戦士職と思われるもう一人の男はこの辺りでは見ない格好しているが、腰の後ろに装備したメイスの光沢は安い金属では発せるものではない。魔法詠唱者らしき女の装備には特筆するものはないが、とんでもない美貌をしている。おそらく――あまり会ったことはないが、あの聖王女と同じくらい、もしかしたらこちらの方が美人かもしれない。他の部下もヒューと口笛を吹いたりして色めき立っている。普段であればオルランドもその悪ノリに参加したが、ある違和感からその3人から目を離せずにいた。
(強者の気配ってやつが感じられなねぇ。それどころか立ち振る舞いから強さが計れん)
オルランドが感じるチグハグはこういう所である。装備品を見る限り弱いという事はないはずだ。あのような立派な装備をただの金持ちが揃えられるとは考えにくい。そして、大体の強さがオルランドをしてもさっぱり見当がつかないということが違和感に拍車をかける。優れた戦士は立ち振る舞いや気配から相手の大体の強さを予想することが可能だ。まして、オルランドは聖王国の9色。そういった能力は大抵の戦士よりも優れている。そんな違和感を払拭し終わる前に黒騎士の一行は門の目前まで迫ってきていた。
「そこのご一行!悪いがそこで止まってくれねーか。俺はこの砦の防備を担当している将のオルランド・カンパーノだ。そこで止まって俺の質問に問題なく答えてから中に入ってくれ!」
「了解しました。私はモモン、後ろの二人はナーベとコキュートスです。しかし、こちら側は亜人たちの巣窟です。あまり長い時間、質問されると亜人たちに襲われるかもしれないので手短にお願いします。」
思っていた以上に理知的な話し方だ。貴族然とした喋り方から亜人の線は消えそうだが正体不明の集団であるために油断はできない。
「あんた方はどちらから、どの様にして亜人の溢れるアベリオン丘陵から我が聖王国まで来たんだ?」
オルランドが一番の疑問をぶつける。この質問の答えでこれからの判断を決めることになるため、部下達にも固唾を飲んで相手の返答を待っている。
「私たちは、ここより遥か遠方の地で暮らしていたのですが、私の兄が魔法詠唱者でして。その兄の大規模転移実験の失敗に巻き込まれた際に見知らぬ土地に転移してしまったみたいです。転移の後は気配を隠蔽する魔法アイテムを使って周りを捜索していたのですがやっと人間の国を発見できたので、警戒されないように魔法アイテムは切ってここまできたのですよ」
全身鎧の戦士がスラスラと答えた内容に不可解な点はない。むしろ、見知らぬ土地に来たら周りが亜人の巣窟であったこの集団に同情の念さえ生まれる。もう少し細かい話を聞きたいが、さっき全身鎧の戦士が言った様にこの場所は亜人たちの生育地、あまり長話をしてこの不憫な迷い人が更なる不幸に見舞われてはオルランドも寝覚めが悪い。オルランドは城壁の上から飛び降り、3人の前に立つ。第三者が見れば迂闊な行動に眉を顰める行為であるがこの行動にはちゃんと理由がある。一つはオルランドの強さだ。生半可な敵では相手にもならないし、強者であろうと逃げ切るくらいの隙は作れる。そして…
「おいおい。すまねぇが亜人の敵襲みたいだな…山羊人が30頭はいるらしい。長旅で疲れているところ悪いがもう少し待っていてくれ。」
城壁に入っていない人間を認識したからだろうか。ここ5日でも一番の数の敵襲がこちらに向かってきているからである。オルランドに続いて部下達も迎撃の体制をとる。山羊人ととの距離が縮まり、オルランドの号令がかかる前に――黒い暴風が吹き荒れた。
「数が多くて面倒でしょう?私達も手伝いますよ。」
◆◆◆◆◆◆◆
時は二日前に遡る。セフティーゾーンの屋外で全身鎧を装着したモモンガは頭を抱えていた。原因は目の前で日本式土下座をかます武士と黒髪美人である。モモンガの横には所在なさげにデスナイトがオロオロしている光景はシュールすぎる。
(一体、何が原因でこの二人はいきなり土下座しているんだ?しかも、さっきから一言も喋らないし…)
モモンガはこの状況に至るまでの流れを振り返る。――山羊人を五頭、拉致したモモンガ一行はセフティーゾーンに帰るとすぐに全種族魅了を使い情報収集を開始した。その際、ナーベラルが現在の状況の様に土下座して対象を消し炭にしたことについて謝罪してきたが、早く情報収集をしたいモモンガは叱責することなく、全てを許そうとナーベラルの謝罪を流しておいた。情報を引き出すと山羊人は亜人らしく大して広い知識は持っていなかったがある程度の情報を得る事には成功した。この場所が丘陵になっており、南には森があることや近くに人間の国があることなどの地理的なことや山羊人の生活、人間が食料であることなどの情報も得ることができた。特に先ほどナーベラルが灰にした山羊人はこいつら一族の長でありそいつに匹敵する存在はほとんどいないという強さの基準を知れたのはモモンガにとって嬉しい誤算であった。
(あの時は、滅多に強いやつがいないということが聞けてめちゃくちゃ肩の力が抜けたからな~。レイドボスとかいたらどうしようとか思ってたしな~)
情報を聞き出した後、山羊人を処理しモモンガはさらに細かい周囲の偵察に入る。上位アンデット創造で
(コキュートスは前衛のプロ…粗末な動きは見せられないよな)
モモンガの戦士ごっこはお遊びもいいところである。それを前衛であるコキュートスに見られたら…あの骸骨、大したことないわ(笑)とか思われて失望される可能性がある。それと、この大剣を思い切り振り回したいというモモンガの中の少年心に耳を傾けデスナイトを使い剣の特訓をすることにしたモモンガは適当な理由をつけて外でデスナイトと打ち合いをしていた。そして、その光景をコキュートスとナーベラルに発見され今の状況に至ったといところである。
(土下座したと思ったら無言だからな…あれ?振り返ったけど全く原因に思い当たる節がないぞ?どうするのが最善なんだ!)
もうよく分からないモモンガはとりあえず支配者ロールをしておく。
「面をあげよ」
二人が練習してたかのように同時に顔を上げる。そして、本題であろうことを述べる。
「モモンガ様ハ我々ノコトヲ足手マトイト考エラレテイルゴ様子!確カニモモンガ様ニハ遠ク及バナイ我々デハゴザイマスガ精進イタシマスノデ御身ニツキ従ウコトヲ御許シクダサイ!」
本題が聞けたらしいがさらに謎は深まった。こういう時は無駄に意味深なことはせず、相手に説明させるべきと社会経験から得た教訓を死の支配者は実行する。
「うむ。私はお前たちを足手まといなどと考えたことはないが何故、そう思ったのだ?」
「全身鎧ヲ作成サレタトイウコトハ戦士職トシテモモンガ様ガ活動スルコトモ視野ニイレテイルト私ハ考エマシタ。ソシテ、ゴ自身デ作成シタ、デスナイトヲ相手ニ稽古シテイルノハ私デハ役不足マタハ信頼サレテナイト御身ガ考エタカラデハナイノデスカ?」
「確かに私はここ数日で多く失態をさらしてしまいましたが、コキュートス様は全ての任を全うされております!今はコキュートス様だけでも信頼していただけないでしょうか!?」
二人の哀願を聞いたモモンガは内心でズッコケた。もうそれは、テレビで芸人がやるお約束並みのズッコケである。コキュートスが言っているのは全く逆である。役不足どころか役が一流すぎてモモンガがついていけないからコキュートスとの稽古をモモンガが避けていたのだ。結果デスナイトと剣を交じらせていたのだがどうも裏目にでたらしい。
「そう悲観するなコキュートス。私はお前の実力を買っているのだぞ?確かに失敗続きではあるが勿論、お前もだナーベラルよ。」
二人の顔が驚愕の後に喜悦に満ちたものになる。一応、隠しているみたいだがコキュートスは小刻みに震えているしナーベラルに至っては目はキリっとしているが口が緩んでいる。
「そうか…ならば私の稽古に付き合ってくれるか?コキュートスよ。ただ、私は魔法職だ。動きは戦士職のお前に遠く及ばないがそこの問題点も遠慮なく述べてくれ。これは特訓なのだからつまらないおべっかは使わないでくれよ?」
「勿論デス。モモンガ様ヲ後悔サセナイ様に精一杯努メサセテイタダキマス!」
その後、コキュートスの熱い指導を受けているうちに熱中してしまったモモンガは二日間もほぼぶっ続けで前衛のノウハウを吸収し、どこに出しても恥ずかしくない33レベルの戦士相応の技術を獲得した。その後、人間の国に接触を図るために各々の設定を作る段階で問題が生じた。
(コキュートスが強すぎる)
そう、今回集めた情報からこの世界では30~40レベルで強者と言われることが理解できたモモンガは自身たちのレベルもそれくらいまでセーブしようと考え設定を練っていた。例えばモモンガであれば戦士職の振りをし33レベル相当に擬態しているしナーベラルも30から40のレベル帯である
◆◆◆◆◆◆◆
「いやいや、助かったぜ。モモン殿。あんたらのおかげでこちらの隊も大きな負傷なく戦闘を切り抜けられたぜ」
オルランドはまるで豆腐を切るかの如く、山羊人を切り裂いていた男に感謝を述べる。
「いえいえ、こんな怪しい我々を忌諱せず話に応じてくれた礼と思ってください。」
全身鎧の剣士は、恩をきせないような返しをしてくる。まるで、道を教えた人にやる様な軽い返しだ。事実、彼らほどの強者なら山羊人ごときの相手は容易かったのであろう。コキュートスと名乗る戦士はメイスを振るたびに山羊人を戦闘不能にしていたし、ナーベと名乗る魔法詠唱者の
(もしかしたら…いや俺より強い可能性は結構高いな。これは滾るぜぇ)
しかし、モモンはそれほど重要な人物であるとは言えない。確かに本来の国ではある程度重要な地位についていたのだろう。丁寧な物腰や後ろの二人は従者の様な姿勢を感じることから少なくとも平民ではないだろう。しかし、聖王国では一介の旅人でしかない。オルランドは横に並んで歩くモモンに向き直り自分の欲望を晴らすための交渉を開始する。
「モモン殿は突然、こちらに転移させられたみたいだが、路銀はあるのか?」
「いえ、しかし魔法アイテムの予備はあるのでそれを売ってしばらくは生活しようと考えています。」
オルランド的には全くあてがない方が助かったが、ここまで立派な装備を備えている連中ならば手持ちの物を売ればある程度の金になることは予想がついていたので動揺せず交渉を続ける。
「いやいや、故郷の品を生活の為に切り捨てるのは心苦しいだろう?ここは一つ、俺の提案に乗ってくれればある程度の纏まった金をあんたがたに渡すが話を聞いてみる気はないかい?」
「それは…どういった相談でしょうか…?」
モモンの全身鎧のスリットから鋭い眼力を感じた気がした。それほど力の籠った疑問の返答ではあるが、こちらの意図を図りかねているという事だろう。勿体ぶりすぎたことで警戒を生んでしまったことに気づいたオルランドが急いで要求を伝える。
「いやね、ここで俺と勝負してくれねえか?」
意外と話が進まなくてモモンガ達に聖王国の土を踏ませることが出来ませんでした。次こそは…(決意)
高機動トウモロコシさん、アークメイツさん誤字報告ありがとうございます。