最初に考えたのは、サービス終了に伴う運営のバグの可能性だった。一面の草原から考察すると、初心者の頃にお世話になった始まりの草原だろう。バグだとして、そんなところに転移するか?という小さな疑問は浮かんだが、それ以上の違和感がモモンガを襲う。まず、時計や各種ツールが視界に浮かんでいない。これならまだ、一般的なバグの範疇ではある。しかし、風と一緒に草の青臭い匂いがモモンガの鼻孔を刺激したのだ。DMMO―RPGは電脳法であらゆる感覚を抑制している。あの糞運営でも法律に抵触するようなことをしでかすとは考えにくい。そんな思考に捕らわれるモモンガにさらなる未知が襲う。
「イカガナサイマシタカ?」
人間以外のモノが無理矢理ひとの声を出している、そんな歪んだ硬質な声がモモンガの横から投げかけられる。瞬時にモモンガは顔と視線をスライドしその声の主を伺う。そこには硬質な声の発生源である巨体の武士が膝を付きながらこちらに視線を向けていた。最初に浮かんだのはナゼ?という疑問である。NPCは基本的にしゃべることが出来ない。AIに何パターンか仕込むことは可能だが…それ以前に完全に口が動いていた。ここまで考えたモモンガに次に浮かんだのは警戒である。理由は不明だが、匂いに風の感覚、NPCの行動がバグで発生したものならサーバーへの負担は尋常なものではないだろう。ここでNPCが自分に何らかの害を与えるアクションを行った場合、サーバーがオーバーヒートしてしまい、ログインしたままの自分の脳に深刻なダメージを与える可能性がある。そして、それ以外にもモモンガの思考の隅にはある考えがちらついていた。
(仮想世界が現実になった可能性…ありえない)
ファンタジー脳な考えかもしれないが、今までの状況を総合するとありえないことではない。そして、ある程度、考えを纏めたモモンガは今の状況が非常に危険であることを悟る。バグ的な異常であってもファンタジー的な異常であってもコキュートスの間合いにいることは非常にまずい。敵対行動をとられたい場合、魔法職のアインズではコキュートスの攻撃をこの距離では回避することは不可能である。急いで距離をとろうとするモモンガの腕を背後から何者かが掴む。
(しまった!)
モモンガは全身の血がこぼれ落ちていく様な感覚に陥る。目の前の圧倒的な脅威に目が行き過ぎて、もう一人の方のNPCの存在に考えが及ばなかった。もし、この二人のNPCとこの状態で戦闘になった場合、非常にまずいことになる。モモンガが魔法を使用してこの状況を打開しようとした時、腕に縋りつくポニーテイルの美女が悲痛な声を上げる。
「無礼を承知で質問させていただきます!弐式炎雷様と武人建御雷様はナザリックにご帰還なされたのでしょうか!?それに、先ほど気配が完全に消失されたのですが、お二人はご無事なのでしょうか!?」
「騒ガシイゾ!ナーベラル!御方ノ前デアルゾ!」
気迫の籠った声でコキュートスがナーベラルを咎める。しかし、その武人然とした顔には隠し切れない不安が張り付いている。そして、この辺りでモモンガは運営のバグによりこの状況に陥っているという可能性を放棄する。ころころ変わるNPCの表情、主への肉体的接触そして、成立している会話…
(今のところNPCは俺に害を与えることはなさそうだな。ならば、現在の状況を確かめるのが先決か)
「お前の質問に答える前にナーベラルにコキュートスよ。お前たちは、GMコールという言葉の意味を知っているか?」
「申し訳ございません。無知な私ではその言葉の意味を理解できません。」
「ナーベラルニ同ジデ私モ理解デキマセン。」
悲痛な面持ちを加速させる二人を横目にモモンガは、思考を深くする。
(NPCは、知能はあるがプレイヤーが使うような用語の意味は知らない?ということか。というか、なぜこいつらは質問に答えられないだけで死にそうな顔になっているんだ?)
そして、モモンガはこれからの自分の態度を決める質問を二人に投げかける。今、現在モモンガは魔王のロールプレイを行い二人に接している。それは、この二人がいつ敵対行動をとってもおかしくないため上位者としての圧をかけるためである。しかし、このロールプレイは仲間内で行うのは楽しいが長くやるのは疲れるのだ。できることなら、素でしゃべりたいが…
「お前たちにとって私とはどの様な人物だ?」
しかし、この質問の答え次第ではこの態度を当分は続ける必要がある。もし、この受け答えに不穏な気配を感じた場合、裏切らない様にプレッシャーをかけ続ける必要があるからだ。
二人が姿勢を正す。そこには最上級の敬意が込められている様に感じた。その時、モモンガは非常に嫌な予感がした。何か盛大な勘違いに気づきそうなあの感覚である。まずは、膝をついた武士が頭だけを上げ宣言する。
「守護者各員ヨリ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方カト」
「-ナーベラル」
「神々の居城であるナザリック地下大墳墓の総まとめ役であり、深謀なる智を宿した御方でございます」
なんだか、全然知らない人の話をし始めた。と現実逃避するモモンガだがこれは自分へのこの二人の評価である。目を見れば分かる…こいつらマジだ。
「素晴らしいぞ!お前達ならこの異常事態でも問題なく行動できると強く確信した!」
二人の顔に安堵の表情が浮かぶ。しかし、モモンガは想定の斜め上の事態に困惑する。
(NPCが裏切りそうだから魔王ロールしてたのになんか、こいつらの態度を見ているとロール以外で接しられる気がしない…)
二人が裏切らなそうなのは素直に嬉しい。二式炎雷と武人建御雷の忘れ形見である存在を最悪、殺さないといけないというのはモモンガには選択したくない最後の手段であったからだ。そこで、ふと思い至る。
(弐式炎雷さんと武人建御雷さんは、近くにいるのだろうか…。それに、俺はユグドラシルでは最高レベルだったがこの世界でもそうなのであろうか…)
もし、この世界の住民がレベル10000であった場合、モモンガ達は瞬殺されてしまう。そこまでの開きがなくとも100レベル二人以上に当たると非常に厳しいと未だ膝まづく二人を視界に入れて考える。コキュートスはレベル100であるが最後の悪ふざけにより種族レベル30レベル分はなんの効力も発していないはずだ。検証してみないと分からないが、運営の言い回しからすると100レベルの基礎能力を維持してはいるが、職業レベルのスキルしか発動出来ないということだろう。弱体化していると言っても過言ではない。種族レベルが落ちるという事は本来のステータスが発揮できないということだ。変更前のコキュートスの攻撃力には遠く及ばないし他の項目もそうだろう。ナーベラルは能力的には優秀なのだが総合レベルが63である。100レベルの戦いでは足手まといになる。これらの条件を頭の中で精査したモモンガは現在取るべき行動の指針を決定する。
「ナーベラルよ。先のお前の質問に答えよう。まず、我が友である弐式炎雷と武人建御雷が無事であるかどうかは保証できない。」
ナーベラルとコキュートスの体がぐら付き何か言いかけるがそれを手で制し、言葉を続ける。
「現在、私達三名は原因不明かつ不測の事態に巻き込まれていると考えられる。それは、周りにナザリックがないことからも予測はできるだろう。」
モモンガを見上げていた両名がハッとして周りを見渡す。自分の創造主のことで頭がいっぱいだったのだろう。現在の状況に気づいていなかった様子である。そんな様子に危うさを感じつつもモモンガは一番重要なことを告げる。
「しかし、言い換えれば弐式炎雷と武人建御雷もこの事態に巻き込まれている可能性は非常に高い。だが、この世界のことは未知数であり我々はまだ何も情報を得ていない。そんな状態で二人を探しに行っては、二人を探し出す前に危機に巻き込まれる可能性がある。よって、今から我々はセフティーゾーンを作りそこで周りの生物の有無、そしてその文明、個体のレベルを確認するべきだと私は考えている。何か意見はあるか?」
ナーベラルがおずおずとしかし、確かな意思を感じる動作で挙手をする。モモンガは顎をしゃくり発言を促す。
「弐式炎雷様、武人建御雷様も不測の事態に巻き込まれているのなら配下である私とコキュートス様だけでもすぐにでも捜索し命を賭してでも危険を排除すべきであると愚考します。」
「周囲にどんな存在がいるか、まだ不明な段階でか?その行動は愚かだと私は考える。確かにお前たちにとって創造主は自分の命より大切なのだろう…しかし、お前たちの命は私が弐式炎雷、武人建御雷から預かっているものだ。二人と会えるまでお前たちを失うわけにはいかんのだ」
先ほどの態度から推測するにNPCにとって創造主は大事な存在なのだろう。しかし、もしこの世界に仲間が来ていたとしてもその子供に傷をつけたとなれば顔向けができない。その点でも慎重に行動すべきだ。なぜか号泣しだすNPCに異論がないことを確認するとモモンガは、セフティーゾーンの建築を開始した。
◆◇◆◆◆◆◆
その日、ナザリック地下大墳墓の下僕たちは幸福感に包まれていた。久しく、姿を見せていなかった至高の御方がまた、ナザリックに再臨されたからである。そのなかでも直接創造されたものたちのテンションは振り切っていた。引退してしまい、もう2度と姿を見る事が出来ないと考えていたのにまた活動を再開したグループの熱狂的ファンの心境と言えば伝わりやすいだろうか。まあ本人たちの喜びようは見ているものには分からないのだが…。
そして、当事者の一人であるコキュートスの前に創造主にその友をつれた至高の主人モモンガが現れる。コキュートスは膝をつき最大限の敬意を示したいが待機の命令が邪魔をしそれを実行することが出来ない。そんな状況のなか至高の方々が会話を始める。
「うおっ!コキュートス久々に見ると迫力あんな~」
(あなた様に創造していただいた姿でございます。私もそこに誇りを持っております。)
コキュートスは歓喜の気持ちを浮かべながら凛とした姿勢を維持する。
「建やんの斬神刀皇は今、コキュートスが持ってんのか~。めちゃめちゃ似合ってるな」
(最上級のお褒めの言葉でございます。弐式炎雷様…)
コキュートス自身は創造主の武器を託されたことに不安があった。創造主に遠く及ばない自分にこの武器を使う資格はあるのだろうか?といつも自問していた。しかし、至高の御方が認めてくださるのなら間違いはないのだろう。
「コキュートスは物理ダメージトップのNPCですからね。斬神刀皇があれば鬼に金棒って感じですね。」
(!!!)
先ほどの弐式炎雷の言葉ですら恐れ多いと感じたコキュートスは上乗せされた賛辞に滂沱の涙を流す。その後、設定や作りこみを主人が喋るたびに自分が愛されていることを感じたコキュートスにはこの日は忘れられない日となった。その後、自分の外装が変えられるとは夢にも思わなかったが。
◆◆◆◆◆◆◆
「おっ!プレアデス発見!ナーベラルも久々だけど、他の子たちも懐かしいな」
その声を聴いたナーベラルは歓喜のあまり泣き崩れそうになった。もう2度と聞けることがないと思っていた創造主の声。それがもう一度聞けたのだ。これ以上に嬉しいことはない。
「二式炎雷さんは、建御雷さんと違ってNPC に自分のアバターの要素入れてないですよね?どうしてです?」
それは、ナーベラルも気になっていることではあった。実際、自分たちNPCに御方との一致点がないものは多い。しかし、できることなら御方と同じである栄誉を賜りたいと考えたこともないわけではないからである。
「ふっ、よくぞ聞いてくれました!モモンガさん!ナーベラルはほとんどの職業レベルを魔法職に振ってはいるが1レベルだけファイターのクラスをとっているんですよ。この事によって装備から得意の雷系統の魔法を放てる!まぁ、俺が軽戦士系統なので逆に重戦士の設定にしたかったんですよ。魔法職だけどね。しかも名前の意味から…」
その説明を聞きながらナーベラルは顔を紅く染める。創造主と同じであった方がいいのではないか?と少しでも考えていた少し前の自分を小一時間説教したいような思い違いであったのだ。創造主と形は違えど私自身には恐れ多くも創造主の理想が込められている。それを知ったナーベラルは晴れやかな気持ちで創造主達を眺めていた。その後、自分の目の前で同僚のコキュートスの外装が変更されるとは思わなかったが…
◆◆◆◆◆◆◆
目の前には、自分たちの創造主。横にはこのギルドの主であるモモンガ。NPCであれば最高の誉れと言える状況である。しかし、自分たちの主人は自分たちを置いて墳墓の外に向かってて行ってしまう。不安が過るが動く許可はもらっていない。二人は待機を実行し続ける。
「うーし!じゃあ打ち合わせ通りいこうか!モモンガさん、俺達の帰還の儀を思い切り楽しもうぜ!」
「じゃあ、我々は外で待機しておくので準備が出来次第、メッセージを繋いでくださいね」
その言葉に二人に歓喜の念が訪れる。自分たちの創造主が正式にナザリック地下大墳墓に帰還されると仰ったのだ。これを喜ばずして何を喜ぶと言えるほどの祭事である。その後、横の主人の「アインズ・ウール・ゴウン万歳」の掛け声とともに二人の視界は暗転した。
コキュートスのセリフが面倒くさ過ぎる…