ーユグドラシル最終日ー
「もうそろそろ昼だけど皆は来てくれるだろうか…」
41の席が並ぶ円卓で豪奢なローブを着た骸骨が独りごちる。この骸骨のHN はモモンガ。41人と少人数ながらランキング9位に入った強豪ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターである。しかし、そんな栄華も今は昔。サービス終了日までアクティブユーザーだったのはモモンガ一人になってしまっていた。この日、モモンガは有給をとり朝からユグドラシルにin していた。他のギルドメンバーには最後に会いたい旨を伝えたがまだ、誰一人来ていない状況にモモンガは不安が溢れ出す。
「皆、リアルが忙しいんだろうな…最終日くらいは一緒に遊びたかったけどなー。いや!まだ、昼だし何人かは夜までには来てくれるはずだ」
モモンガが虚しい独り言を言っていると
ー武人建御雷がinしましたー
ー弐式炎雷がinしましたー
「おっす。久しぶり~」
「久しぶりです。元気でしたか?モモンガさん」
全盛期よりも薄くなった装備を着た半魔巨人とハーフゴーレムがモモンガの前に現れる。
「武人建御雷さんに弐式炎雷さん…!お久しぶりです!
まさか、来てくれるなんて思っても見ませんでしたよ…!」
「いやーユグドラシルが最後らしいですからね。ちょうど、仕事も都合つけられたんで建やんとモモンガさんに会いに行こーぜ!ってなって来ちゃいました笑」
「いやいやw俺も仕事休みだったみたいに言うなよw炎雷が急に行動するから仕事前倒しして来たんだぞw」
(懐かしいな…この二人の掛け合いは面白かったんだよなぁ。)
最悪、誰も来てくれないかもしれないと不安だったモモンガには嬉しいサプライズであった。自然に会話のテンションも上がってしまう。
「ふふふっ、どうです?久しぶりにナザリックをまわってみませんか?色々、思い出もありますしね。」
「おおっ!いいねーモモンガさん。まずは宝物殿にいるモモンガさん自慢の愛息子のに会いに行くw?」
「それは、勘弁してくださいよ笑」
◆◆◆◆◆◆◆
まずは二人とも自分の作ったNPC を見に行きたいということで先に五階層を訪れた。
「うおっ!コキュートス久々に見ると迫力あんな~」
白銀の世界から見る蟲王は見上げるような巨躯に身体の丈ほどある巨大な武器を携えて堂々という言葉が相応しい様で佇んでいた。鈍い光を反射するライトブルーの身体が久々の主人の来訪で歓喜を表しているようにも見える。
「建やんの斬神刀皇は今、コキュートスが持ってんのか~。めちゃめちゃ似合ってるな」
「コキュートスは物理ダメージはNPC トップですからね。斬神刀皇があれば鬼に金棒って感じですよね」
その後、設定や作り込みなどを武人健御雷が濁流の様にしゃべり、そこから当時の話などに話題が飛び三人が一通り語り終えたところで二式炎雷が提案を述べる。
「コキュートスをさー。見た目人間種にしてみない?」
「ふぁ!?何言ってるんですか?二式炎雷さん!」
「ほぉー。その理由は如何に?炎雷?」
「いや、ナーベラルと最後に並べたいからさ笑。見た目近い方がいいんじゃん?」
「うーんwその案、採用でw」
「ええっ!あんなに作り込みとか拘りとか語っていたのにいいんですか!?」
「まぁ、確かにコキュートスのこのフォルムは気に入ってるよ。時間かけたしな。だけど、最後の最後にやりたいことをやらないで終わるのは後悔しそうな気がして嫌なんだよな」
(たっちさんに最後まで勝てなかったことも建御雷さんは言ってるのかな)
武人建御雷は、ギルド最強のたっち・みーを打倒することを目標にしていたのは周知の事実であり、本人も打倒たっち・みーのために最強の武器を作成することに打ち込んでいた。しかし、その目標が達成される前にたっち・みーは引退してしまったのである。
「いや、建やんもナーベラルと人間版コキュートスのツーショットみたいだけだろ笑?」
「ばれたかw」
しんみりしそうなところで弐式炎雷が空気を変える。和やかな雰囲気が三人の間に流れた。
◆◆◆◆◆◆◆
「建御雷さんシューティングスター持ってたんですね」
あの後、超位魔法・「星に願いを」でコキュートスに外装だけを人間種にすることを要請したところ運営から
①30分後にクリエイトツールを送るのでそれで変更が可能
②種族スキルまた、種族固有の無効化、弱点等は失われる。しかしレベルの変化は行われない。
③あくまで外装が人間種になるだけなので種族は蟲王のまま
という旨の返答が届いた。現在、30分待つ間に三人はコキュートスを連れて第9階層のナーベラルの所に向かっている途中である。
「いや、ガチャで結構すぐ当たったんだけどモモンガさん、やまいこさんが一発で当てたとき膝から崩れ落ちてたじゃん?言ったら可愛いそうかなと思ってさ」
武人建御雷まで少額でシューティングスターを当てていたことに軽く、いや結構ショックを受けるモモンガと横でその様子を笑う弐式炎雷。会うのは久々でもブランクを感じさせない仲の良さである。
「おっ!プレアデス発見!ナーベラルも久々だけど、他の子達も懐かしいな」
「弐式炎雷さんは、建御雷さんと違ってNPC に自分のアバターの要素入れてないですよね?どうしてです?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれました!モモンガさん!ナーベラルはほとんどの職業レベルを魔法職に振ってはいるが1レベルだけファイターのクラスをとっているんですよ。この事によって装備から得意の雷系統の魔法を放てる!まぁ、俺が軽戦士系統なので逆に重戦士の設定にしたかったんですよ。魔法職だけどね。しかも名前の意味から…」
このギルドのメンバーは全員がどこかしら癖がある面子で構成されているので自身が手塩にかけて作成したNPC について語ると非常に話が長引く。要因としてはそれだけでなく、モモンガが聞き上手であるということもあるのだが…しかし、今日に限っては聞いている本人のモモンガが楽しんでいるのでwin-win な関係と言える。横で武人建御雷は欠伸をしてはいたが…
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「おっ!運営からツールが送られてきた」
三人の視線が建御雷のコンソールに集まる。ちなみに弐式炎雷はこの時までナーベラルの拘りについて話していた。
「おー外装は顔、髪型、体型まで全部変えられるみたいだな」
「性別は変えられないんか?建やん?」
「いやいやwこの武人設定で女性アバターとかwタブラさんしか喜ばんだろw」
「ギャップ萌えでしたからねぇ…タブラさんは」
コキュートスの外装は三人の試行錯誤という名の悪ノリによりどんどん変えられていき最終的には、髪型は武士のものである黒髪の総髪(男性版ポニーテール)・目はキリッとした形に瞳はライトブルーをしており、見た目は二十代後半から三十代前半の渋めの青年といった感じになった。コキュートスの外装の要素が瞳のライトブルーだけになってしまったが、一時は変なテンションになってしまって肌をライトブルーに設定しようとしていたので比較的まともな形に落ち着いたといえるだろう。そして、装備としてゴッズの鎧を装着した上にノービス装備の袴を着せると完璧な武士である。ただしそこは糞運営、身長設定が変更できずに二m五十cmの武士になってしまった。
「見た目は古風な日本人なのに遠近感狂ってますね」
「まあ、思っていた以上に武士ぽっくなったし糞運営のツールにしては上出来だな」
そして、完成品のコキュートス(人)とナーベラルを使って思い思いのポーズを撮り終わった三人は満足して次の予定である宝物殿に去って行った。
◆◆◆◆◆◆◆
「いやー久しぶりにこんなに長く遊びましたよー。」
「炎雷さんは最近、リアルは忙しいんですか?」
「毎日、残業だらけで死にそうです笑。まぁ、ヘロヘロさんとかに比べればましだとは思うんですけどねー。」
ついさっきまで円卓に腰掛けていた漆黒の粘体の席に視線を向ける。眠すぎて遊ぶどころではなかった彼は挨拶だけするとログアウトしてしまった。
「俺のところも人員削減で手が足りないなぁ。まぁ、クビにならなかっただけましって感じか」
「そんなに忙しいのに今日は来てくれたんですか!?ありがとうございます!」
引退した彼等が忙しいことは分かっていた。理性が仕方ないと言っていても心のどこかで彼等を責めていなかったかと言えば嘘になるだろう。だけれど、そんなに忙しい状況でもまた遊びに来てくれた、アインズ・ウール・ゴウンを忘れないでいてくれたことにモモンガは歓喜で泣きそうな気持ちになる。
「まあ、俺もさ、たっちさんが引退しちまったり、大きいプロジェクトのリーダーになったりで引退したけどさ、ユグドラシルは楽しかったんだよな。この後の人生でもユグドラシルを振り返るときに楽しかった思い出にしておきたいと考えたわけよ。それなのに最後にモモンガさんに会いに行かなかったら後悔するだろうからなー。多少、無理をしても最後は遊びにいこうと思ってな」
「ただ、モモンガさんがナザリックを維持してくれていたのには驚きましたよ。そのおかげで今日はとても楽しかったです。まさか、最終日に自分の作ったNPCを完璧な状態で拝めるとは思ってもみなかったですよ。」
「そんな…改まって言われる事でもないですよ…ギルドを維持するのはギルドマスターとして当然ですから!」
ふたりからの言葉を聞いてモモンガは奮い立つ。単独でギルド維持資金を稼ぎながら他のギルメンが来るのを心待ちにしていたモモンガにとって二人からの感謝は心から求めていたものだったのかもしれない。しかし、感動を反芻している暇はない。ユグドラシルは後、十数分で終わってしまう。物思いに耽るのはログアウトしてからでも十分可能なのだから…
「ところで、最後はどういう感じで締めますか?私的には最後は玉座の間がいいかなとは思ってはいるのですが」
モモンガの提案を聞いた弐式炎雷がアイコンでにやりと笑う。
「それでしたら、建やんと考えたいい案がありましてね。モモンガさんが聞いてみて賛同してくれるならその案を実行したいんですけどね」
弐式炎雷が考えたプランとは
①ナザリック一階層入り口に魔王のロールプレイをしたモモンガを真ん中にし、サイドにナーベラル・コキュートスを配置
②弐式炎雷と武人建御雷はナザリック外部からモモンガ達の前に行き、そこで思い思いの帰還の儀をロールプレイする。
③最後にモモンガが「アインズ・ウール・ゴウン万歳」の掛け声を上げて終了
というものであった。モモンガもおもしろそうだと思ったのでこの提案を二つ返事で了承した。時間もないので、スタッフオブアインズウールゴウンを装備した魔王様と忍者、侍は上層に転移した。
◆◆◆◆◆◆◆
「おーい、コキュートスとナーベラル連れてきたぞー」
一階層入り口で談笑していたモモンガと武人建御雷にでかい侍と鎧と見間違うようなメイド服をきた女性をつれた弐式炎雷が声を掛ける。
「うーし!じゃあ打ち合わせ通りいこうか!モモンガさん、俺達の帰還の儀を思い切り楽しもうぜ!」
「じゃあ、我々は外で待機しておくので準備が出来次第、メッセージを繋いでくださいね」
残り時間は三分をゆうに切っている。モモンガは二人を迎え入れる形にコキュートスとナーベラルを配置。他の準備も直ぐに整え、二人にメッセージを繋ぐ。
「弐式炎雷さん、建御雷さんこっちは準備オッケーです。」
「…」
しかし、メッセージの返答はない。
「どうしたんですか!?何かあったんですか!?」
終了まであと、一分とちょっと。モモンガの語尾が、荒くなる。待ちに待ったギルメンと過ごす最終日、それをバグか何かの問題で邪魔されているかもしれない。そう考えたモモンガの心境は穏やかでない。
「…すいません。モモンガさん。やっぱり俺達の最後はここで迎えるはべきでないと思うんですよ。だから、そっちには行けません。」
意味が分からない。モモンガの心に最初に浮かんだのはその感情である。この10年のユグドラシル生活の締めを弐式炎雷の案で行うのではなかったのか。ギルメンに対して怒りが湧くことは無いが、モモンガはリアルで眉を顰める。しかし、新たに繋がった武人建御雷のメッセージで疑問は氷解する。
「俺達の関係がユグドラシルと一緒に終わるのは嫌じゃん?だから、締めはリアルに持ち越しで!文句はオフ会の時にのみ受け付けるぜw」
「近々、オフ会開く予定なのでモモンガさんも絶対に参加してくださいね〜」
その言葉でモモンガの中に温かい感情が生まれる。鈴木悟は孤独な人間であった。彼女や友人,果ては、家族までいない。ユグドラシルだけが趣味であり、アインズ・ウール・ゴウンだけが心の拠り所であった。ユグドラシルのサービス終了だって、あそべなくなる悲しみよりもギルメン達との絆が無くなることを本当は恐れていたのかもしれない。しかし、もうその心配はいらない。
「ふふふ。そうですね。では、文句はオフ会の時にたっぷり言わしてもらいます…まさか、最後にドッキリにかけられるとは思ってもみませんでしたし。」
「おーおーモモンガさんの小言は怖そうだなwじゃあ、
「残り時間三秒になったら、決め言葉を言いましょうか。」
弐式炎雷の提案に他の2人がメッセージ越しに了解の意を伝える。
23:59:51、52、53
(そうだ、楽しかったんだ…)
モモンガはギルドの象徴の杖を握りしめる。終わりは悲しく、寂しい。その感情も間違いなくある。けれど、モモンガの心はそれだけの感情に占められていなかった。
23:59:54、55、56
「「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!!!」」」
(さようならユグドラシル。そしてありがとう…)
そして、時計は全て0を示し モモンガ達の視界が暗転する。
その後、視界に入るのは見慣れた自分の部屋ではなく…
一面の草原だった。
ニ式炎雷と武人建御雷のキャラは又聞きを参考にしたものなので安定してませんので悪しからず笑
ちなみに、笑=弐式炎雷
w=武人建御雷のセリフです。
混乱させてすいません。
アークメイツさん誤字報告ありがとうございます。