トヨタ河合副社長はなぜ毎日、鍛造風呂に入るか

現場一筋55年、モノづくりの「こころ」を語る(前編)

2018年7月13日(金)

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 2018年7月、名古屋で行われた日経ビジネス特別セミナー『現場からみた「トヨタ生産方式」と伝説の「オヤジ」たち』。

 中学卒業後、15歳で入社。以来、現場一筋55年、トヨタ初の叩き上げ副社長となった河合満氏と、『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』を上梓したノンフィクション作家・野地秩嘉氏との対談が行われた。受講者を募集するや即満席となった、この人気セミナーの模様をお届けする。

 現場から見た、トヨタ生産方式の真の姿とは、そしてニッポンのモノ作りの神髄とは――。その前編。

トヨタをやめようと思った時

野地:トヨタ生産方式(TPS)については、様々な本も出ていますが、誤解されているなあと思うことが多いんです。『トヨタ物語』でも書きましたけれども、まずTPSは、あくまでも技術革新じゃなくてイノベーションなんですね。

 この二つは、混同している人が多いですけど、まったく別物です。たとえばIPS細胞は技術革新であって、誰でもできるものではありません。

 でも、イノベーションはいわば発見、気づけば誰でもできる。

 コンビニのお握りがあるでしょう。あれ、個別包装での販売が始まった時に、誰かが、それまで海苔はお握りと一緒に巻いてあったけど、海苔は別にしておいて、食べる直前に巻けばパリパリのままでいいじゃないかと気づいた。これがイノベーション、発見です。

 河合さんも「改善は、入ってすぐの新入社員にだってできる」と仰る。「ゴミ箱を置く場所が、本当にここでいいの? と思って、もっと使いやすいと思ったところに置く。それだって立派な改善なんです」と。

河合:トヨタ生産方式って、元々はお金がなかったから始めたことなんですよ。僕らは、物資を買って、それを車にして、お客さんに渡して、初めてお金が入るわけです。でも会社にお金がないから、そのリードタイムを短くせないかん、そのためには徹底してムダを無くさないかんかった。

河合満(かわい・みつる)氏
トヨタ自動車副社長
1948年、愛知県生まれ。66年、トヨタ技能者養成所卒業後、トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)入社。鍛造部で腕を磨き、2005年、本社工場鍛造部部長。08年、本社工場副工場長。13年に技監就任の後、専務役員などを歴任し、17年より現職

 それから「自働化」というのは、「自動」じゃなくて、にんべんがついてる方の「働」の字をあてますけど、(トヨタグループ創始者の)豊田佐吉が開発した、自動織機に始まります。糸が切れたら自動的に止まることによって、不良品を出さなくした。機械を止めて、問題を顕在化することによって生産性を上げたわけです。

 他にも、ジャスト・イン・タイムとか、いろいろ言いますけど、とにかくムダを徹底的に無くすこと、それに尽きます。僕はよく言うんですけど「物は売れる速さで、形を変えて流れていくんだ。物が形を変えずにリフトやコンベアで運ばれていって、在庫として倉庫に積まれているのはムダでしかない」と。

 溶接にしても、火花が出ている時は溶接の仕事といえますけど、その道中には付加価値はありません。新入社員であっても、一人一人が改善していけるんです。かんばん付けました、アンドン付けました、だけじゃあ、意味がない。アンドンを付けたら、それが使われた時、つまり異常を発見してラインを止めて、その異常を解決していかなくてはならない。そういう改善を繰り返して、はじめて意味があるんです。

野地:僕は『トヨタ物語』を書くために世界各地のトヨタの工場を見させてもらいましたけど、他の工場と違うのは、まず明るいんですね。全体も明るいし、手元も明るい。

 そして7~8年の取材期間中、80回ぐらいは工場見学させてもらいましたけど、1回も電灯が切れているのを見たことがない。広い工場でですよ。他の会社の工場もあちこち見に行きますけど、5000坪の工場とかになると、そりゃ1個、2個ぐらいは電灯が切れてる。でもトヨタはそれがないんです。現場で「なぜ1個も電灯が切れてないのか」と聞いたら「誰かが見てますから」と。

河合:異常をそのままにしておくと、それが正常になってしまうからね。異常に気づく、その感性が大事なわけだから。

野地:あとトヨタの工場は3カ月たってから同じところに行くと、レイアウトが変わってたりする。河合さんに「ここ、変わりました?」と聞くと「変わった」と。工場って普通はラインをひいたら変えないのに、トヨタの工場では空き地を利用しながら「来週、ここを変えるんです」というのがよくあります。

 それから他の会社の工場だと、社長や副社長と一緒に見学していると、従業員の方が気を遣ってこちらを見たり、早く帰ってくれないかなという気配がにじみ出るものですけど、トヨタは河合さんが「おはよう」と声をかけても、手を挙げるだけだったり、「おう」と短く答えたりと、何だかふてぶてしい感じで(笑)。こちらに気を遣うことなく、自然に、勝手に働いてるんですよね。

 河合さんは15歳で入社以来、55年になるんでしたっけ。

河合:そうですね。当時はトヨタ技能者養成所は、まだ高校ではなくて、技能者の訓練所でしたから、半分勉強、半分仕事でした。

 『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』にも野地さんが書いて下さったけど、入った鍛造という部署は、今では随分綺麗になりましたが、当時は工程が手作業で、火花が飛んで、油まみれで、きつくて怖い現場でね。3Kも3Kで、養成所で1年訓練して、正式な配属が発表された時に「鍛造」って言われて「もうやめよう」って思ったぐらい。

 でも、おふくろが泣くんだよ、せっかくトヨタに入れたのにって。僕のオヤジもトヨタに勤めてたんだけど、早くに亡くなったんですね。そのオヤジの上司やら、親戚やらが家に来て、僕を説得するわけ。しばらくしたら配属も変わるからとか何とか。そうなるともう半分やけみたいなもんで「やってやる」って。

 実際にやり始めると、真っ赤に焼いた鉄を叩いて有形にしていく、いわば鍛冶屋の仕事ですが、技能の醍醐味を感じるし、それをさりげなくやる先輩に憧れてね。ああなりたいと思ったものです。

 だから55年間で、本当に会社をやめたいと思ったのは、その一度きりですね。

コメント4件コメント/レビュー

かっこいい。(2018/07/13 11:42)

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「トヨタ河合副社長はなぜ毎日、鍛造風呂に入るか」の著者

野地 秩嘉

野地 秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年、東京生まれ。出版社勤務などを経てノンフィクション作家に。人物ルポ、ビジネス、食、芸術、海外文化など幅広い分野で執筆。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

かっこいい。(2018/07/13 11:42)

「ものづくり」の企業において、事務方のみの権限が強くなっていくと衰退するという事例が多くみられます。河合副社長をはじめとして、現場をバランスよく見ることができる指導者たちがいる「ものづくり」企業は容易には衰退しないでしょう。(2018/07/13 10:12)

イノベーションと革新は、日本では同じ意味として使われていますよ。発見は finding。(2018/07/13 09:21)

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