はじめに
今、私の中で山岸凉子さんの漫画がアツいです。
いや、もう今に限らず昔からアツいんですけど、最近また私の中に郷ひろみが宿ったかのごとくアーチチ・アチ状態なんです。
なので今日は彼女の作品を皆様に紹介して熱を発散したいと思います。
山岸凉子さんの代表作やどれほどのベテラン作家か、という基本情報は私が書かなくてもネットを調べればいくらでも書いてあるので各自お調べください。
作家生活49年の彼女の作品は、歴史もの、バレエもの、ファンタジー、ホラーetc…実に様々なジャンルに渡り、長編の「日出処の天子」や「アラベスク」といった代表作も素晴らしいんですが、私が今日紹介したいのは90年代以前の短編作品達です。
なぜ私がこれらの作品をピックアップするのかというと、この時期の山岸凉子作品は、根底に流れるフェミニズム精神が実にアツいんですよ!
壮大な世界観のファンタジー作品の面白さとはまた違って、身につまされる思いを味わう系というか、楽しい話ではないものが多いんですが、もう痛いほどに「それな!」という共感の嵐に陥れます。
フェミニズム精神を感じるメジャーな小説はいくつもありますが、漫画はそれに比べて少ないような気がします。
もし私以外にそういう作品をお探しの方がいたら山岸作品は是非おすすめしたいです。
紹介で多少ネタバレしてしまうかもしれませんが、ご容赦くださいませ。
ではご紹介しま〜す!
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鬼子母神 (′93年発表作品)
まずはこちらの作品から。
主人公は双子の兄を持つ少女、瑞樹ちゃん。(向かって左)
瑞樹は天性の明るさを持った少女なのですが、優秀な兄と比べられながら育ちます。
瑞樹達には両親がいますが、父親の影は非常に薄く、家のことは母親のワンオペ状態です。
最後のコマ、母の背中が切ない……。
ストーリーは、双子の成長に伴う母との関係性を瑞樹視点で語っていく感じで、母の行き過ぎた期待と理想像を背負った兄が崩壊していく様と、瑞樹の成長が見物です。
この中で私が紹介したいのは、母から瑞樹への「女の子教育」がうざったい、こんなシーンもあるんですが
「お嫁にいかない女の子なんていませんよ」って、言い切る母ちゃんのヤバみ……。
やはり終盤で、ずっと家庭を顧みなかった父親に実は愛人がいたことを瑞樹が知るシーンがすごいですね。
子供と同レベルで家庭に対して無責任な父親なのに、しっかり名字は背負ってるという皮肉の効いたイラスト。
「これらはみーんな子供がおかあさんに言うセリフ」というさりげない書き文字。
「妻に自分の母親がわりをおしかぶせ、永遠に子供のままで父親になれない男の姿がここにある」というナレーション。
もうね、的確。的を射てる。
うちの母は父に「お母さん」と呼ばれると「あんたなんか産んでない!」とよくキレてたんですが、あれは今思えば、呼び方が気に入らないとかいうレベルの話ではなく、「父親のくせに子供面して面倒を丸投げしてくるメンタル」に怒ってたんでしょうね。
「妻を『おかあさん』と呼ぶ=ちゃっかり子供の立ち位置にいる甘ったれ根性の現れ」としてムカついてたんだと思います。
妻を自分の母親役に仕立ててる男性はけっこう世の中に多くて、そこにモヤモヤやイライラを感じている女性も多いと思うので、このシーンはそこをバッサリ描いてくれてる爽快感があります。
ストーリー全体は、母と兄の歪んだ親子関係がメインなので、こんな両親のもと、瑞樹や兄がどんな人間になっていくのか?というのが見所です。
とても面白いのでぜひ皆様にも読んで頂きたいです。
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パイド・パイパー(’90年発表作品)
さてお次の作品はこちら。
幼い2人の子を持つ専業主婦、道子が主人公のサスペンスな話です。
物語は、夫の社内不倫で地方左遷となった一家が、道子の郷里であるM市に引っ越してくるところから始まります。
そこは道子にとってただ懐かしいだけの土地ではなく、幼少期に忌まわしい事件に巻き込まれた苦い記憶のある場所でした。
ストーリーは、道子の娘の誘拐事件を、道子が自ら解決していく動きを軸に、M市で20年前にも起きた幼女誘拐事件の真相が明らかになっていく構成で、とても読み応えのある作品です。
その中で取り上げたいページはこちら。
エピローグで、事件中に不倫相手とこっそり旅行に行っていて何も協力しなかった道子の夫が謝るシーンからの道子の独白です。
「この人は女が自分と同じ人間に見えていないのね、男だから許されて女だから許さねばならないと思っているのだわ」
「男はそういうものなんだ」と言えば、女を説き伏せられると思い込んでいる夫の声を聞きながら、道子は誘拐犯の甘い声を思い出します。
事件の犯人像を探る中で道子は「幼い子供の警戒心を解き、つい子供が従ってしまうような優しい語りかけが出来る大人の男とは、一体どんな人物なのだろう?」と疑問を持っていたのですが、ここでその答えを見つけます。
「あの声は自分以外の意志や感情を認められない者がささやく、限りなく自己中心的な声だったのです。」
夫の話を聞きながら、道子がこの答えにたどり着くという事は、山岸先生は「誘拐犯でありながら、優しい声を出せる人間」と、「不倫しておきながら、平謝りで『男の性』を盾に説きふせようとしてくる夫」は、根底が同じだと伝えたいのかな、と私は思いました。
確かに、両者は「自分に都合の良い存在なら愛する」という自己中心的さが共通しているように思います。
「逆らわない限り愛する」という条件付きの愛情の持ち主は、たとえ優しげに接してくる事があっても、対等な人間として愛しているのではなく、お気に入りの玩具やペットみたいに、所有物として愛しているだけなんですよね。
「自分の所有物は自分の悪事は許すべきで、逆らわず、意見もしない。だだ愛らしく自分の側にいて自分に従うこと。」
こんな条件を、生きて感情や意志がある人間に叶えさせるのは無理な話です。
でも彼らはそんな条件を満たしそうな相手、人間じゃなく所有物になってくれる相手を求め、甘い声で囁きます。
それは愛情の証のような甘い声に聞こえるとしても、実は所有物を手に入れたり、手放さない為のエサでしかありません。
女や子供も当然それぞれに人格がある人間ですから、エサで釣って思うように動かせる存在ではないのです。
この作品には「そんな当たり前のことを理解しない人間に騙されてついて行ってはいけないよ」という山岸先生のメッセージが込められているのかな、と思います。
推理モノとしても楽しめる作品なので、こちらもぜひおすすめです。
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ブルーロージス (′91年発表作品)
さて、お次はこちら。
傷つくのが怖くて男性と向き合えない30歳のイラストレーター、黎子(たみこ)が、一人の男性に愛され成長していく物語です。
まぁ、この恋人となる男性も実はワケありで予想外のラストにはなるんですが、それはおいといて、私の好きなシーンを。
身内の法事の手伝いに行った黎子は親類のオッさんから言われます。
「なんだお前いつまでたっても色気がないな」
「ボンヤリせずに、ほれお酌!」
「もう少し愛想よくできないの、東京行って少しは変わるかと思ったら。そんなんじゃ男に愛されませんよ」
オッさん、いきなりのセクハラ3コンボです。ファック!!
でも黎子はピシャリと言い放つ。
「そんな男はこっちから願い下げ!」
そう、その通りだよ黎子!よくぞ言ってくれた!
黎子は過去を振り返って、オッさんの言う「男の悲哀」とやらが、ただの「子供っぽいエゴを正当化させるための言い回し」だと気が付きます。
私は「男のロマン」とか「男の悲哀」って、本人が1人でその言葉を唱えて悦に浸るのは自由だと思いますが、周囲の人間(特に女)に我慢を強いてまで追い求める物では無い気がするんです。だから黎子の台詞は、まさに「それな!」です。
さらにこの後、「あの人は毒舌だけど悪気はないのよ」と、オッさんをフォローする妹に黎子は反論し、会話の流れで自分に結婚を意識している交際中の男性がいることを明かします。
すると妹のリアクションは…
妹ひどい。
黎子は「そうだ、これに類する言葉をいくつ聞いてきただろう……」と過去に人から言われた言葉を思い起こします。
「これは呪文だ! わたしを縛り付ける呪文」
「男にとって都合よく立ち回らないというだけでかけられる呪文なんだ」
めっちゃ良い台詞。掛け軸にしてほしい。
ここ、まさに黎子の「フェミニズムの目覚め」という感じで、アツいです。
こういったことをこんな風に分かりやすく漫画にできる山岸先生にシビれます。感謝です。
さらにこのシーン、妹の「すっかり怒ってるわ、どうするのよ姉さん」という台詞も注目ポイントなんですよね。
暴れて迷惑をかけてるのはオッさんなのに、妹の台詞はまるで「怒らせた黎子が悪い」と言わんばかり。
これは「無礼な男」よりも「無礼を受け流せない女」を悪いとみなす行為で、いわゆる「男社会で上手く立ち回る術に長けてしまった人」にありがちな考え方だと思います。
妹も悪人ではないし、仲の悪い姉妹という設定でもないのに、男性優位を「当たり前」と取るか否かによって、女性同士でも実はこんなに理不尽な言葉を投げかけているというのがさりげなく描かれていて、すごいです。
このあたりはストーリー的には「特に重要!」というシーンではないんですけど、私としては心に刺さる場面なので、ぜひ作品を通してこちらは読んでもらいたいです。
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天人唐草(′91年発表作品)
さぁ、最後はやっぱりこちらの作品です。これを紹介せずには終われません!
知る人ぞ知る名作「天人唐草」ですよ。この話はすごいです。
主人公は、マッチョイズム全開の父親と貞淑な良妻賢母である母親を持つ、響子という女性です。
響子は両親から、それはもう、こってこての「女の子教育」を叩きこまれて育ちます。
これとか。
これとか。
好きな男子にラブレター送っただけでこの叱責とか。
社会人になってもこのあり様で…。
この話はもう「見所がどこ」というレベルで語れません。
「女とはこうあるべき」という教育を骨の髄まで叩き込まれた響子が、どんな人生を送るのか? ぜひ見届けて欲しい、それだけです。
ちなみに私が最初に読んだ山岸先生の作品がこちらでして、確か小学生か中学生だったと思うんですが、子供ながらに「面白さと恐ろしさ」という相反する感情の両面から惹き込まれました。
ホラーとも呼ばれているこの作品、ぜひ人々にそう言われる理由を確かめて頂きたいです。
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終わりに
いかがでしたか?
拙い紹介だったので、他の山岸先生ファンの方に怒られないか心配ですが、自分の好きな気持ちを込めて書いたので、勘弁してください。
私は、以前も書きましたが「ドS男子にドキドキ♡」系の漫画が苦手です。
理由をざっくりと言えば「若い女の子の男性観が歪む要因の一つになっている気がするから」です。
とはいえ、漫画も表現活動の一種であり、私は表現の自由をとても尊重したいので、ありとあらゆる作品が生み出されること自体は認めなければ、と思います。
だから「そういう作品を生み出すな!」とまでは言いませんが、それでも常々思います。
漫画には映倫のような分かりやすい「倫理感を審査する機関」が無いので、特にティーン向けの作品には大人一人一人が責任を持って取り扱わなければならないんじゃないかと。
漫画が人格形成に与える影響は計り知れません。
だから既に大人である私達が漫画に触れるとき「この作品は世に出していいか、世に広めていいか、この作品を世に広めることでどういう影響が出るか」という倫理審査員のような視点を一人一人が持つ必要があるんじゃないかと思います。
それを怠るのは、若い世代に与える悪影響を野放しにするようなことで、大人として少し無責任な気がするので。
今回、あまり長くなりすぎたので書いてから4選に絞ったのですが、本当は8選ありました。
・30代半ばの婚活を描いた「二口女」
・妻と別れない男性との不倫話「月氷修羅(げぴょうしゅら)」
・元愛人から正妻になった主人公の生活を描いた「貴船の道」
載せられなかったけど、この4作品もすばらしいです。
どれもだいたい90年代以前の作品ですが今読んでも時代錯誤感はなく、むしろ今の時代にフィットていてると思うので、過去作品として埋れてしまったら、もったいないオバケが出ます。
世の中に沢山の作品がある時代なので、どんな作品を手に取るか、影響を受けるかは全く個人の自由です。
ですが、私はここに紹介した山岸先生の作品のように、女性を労わり、勇気付け、解放してくれるような作品がもっと世に広く受け入れられといいな、と思います。
ではまた~