オバロ瓦落多箱(旧オバロ時間制限60分1本勝負) 作:0kcal
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第9階層 副料理長がマスターを務めるバー・ナザリック。そのカウンターには、ここの常連としてよく見られる2人の守護者の姿があった。
「コキュートス、君はエントマの事はどう思ってるのかね?」
「エントマ、カ」
その1人、コキュートスはグラスに鋭い口吻を付け、一口飲む。
「幾度カプレアデスト戦闘訓練ヲシタガ、流石ハ我々ト同ジク至高ノ御方々ニ創造サレシモノダ。メイドトハ言エ、高レベルノ戦斗能力ヲ相当ナ練度デ使イコナシテイル。特ニ、エントマハ符術ト召喚ノ2ツノ技術、蜘蛛人トシテノ特殊能力ヲ組ミ合ワセタ戦術デ、非常ニ状況対応力ニ優レテイル。故ニ、エントマヲ作戦行動ニ従事サセタ判断ハ間違ッテハイナイト思ウガ、ヤハリ後衛職デアル彼女ヲ、前衛無シデ戦場ニ出スベキデハナカッタノデハナイカ?」
コキュートスはつい先ごろ、デミウルゴスが指揮した人間の都で行われた大規模な収奪作戦で出撃したエントマがかなりの負傷をした、と聞いていたため、自分が思っていたことをデミウルゴスに伝える。
「すまない、コキュートス。そういう意味で聞いたわけではないんだ」
「ム?ドウイウ意味ダ?」
「いや……そうだね、君が子供をつくる相手として、エントマをどう思うか、という意味だったんだがね」
ブッと音を立ててコキュートスの口吻から酒が逆流する。
「副料理長スマナイ、粗相ヲシタ……デミウルゴス!」
「なにかね?」
「……プレアデス、イヤ、プレイアデスモ、アインズ様ノ后候補ト言ウ話ダッタダロウ、ナゼソンナ話ニナルノダ」
男性守護者のみでの話し合いの際に、アインズ様の后候補としてアルベド、シャルティアの他にプレイアデスも候補として考えるべきでは?と発言したのは他でもないデミウルゴスだ。
「その話なのだがね……あれからの状況を見るにプレイアデスと言っても候補と言えるのはナーベラル位で、可能性があったとしても、後はシズか末娘位ではないかと考えを改めてね」
「ム?ドウイウコトダ?」
「アインズ様のプレアデスに対する対応を見ていてね……ナーベラルはモモンとして活動される時にずっと連れ歩かれているだろう。我ら守護者を含めてもナザリックで最もアインズ様と共に過ごすことを許されているのはナーベラルだと言っても過言ではない。むしろ統括殿やシャルティアより、本命と考えてもよいのかもしれないと思ってるくらいだ」
「タシカニ……アインズ様ヲ守護スル任ニツイテイル、ナーベラルハ羨マシイ限リダ、ダガ、何故ソレデ他ノプレイアデスガ候補カラ外レルコトニナルノダ」
「ユリはナーベラルと同じく、外に連れ歩くには適した外見を持ってるにもかかわらず、ナザリックに詰めたきりだし、ルプスレギナも別の任務に従事させお連れになられていない。ソリュシャンも同様で、セバスのお付のままだ。それでも彼女たち個別の任務を直々に与えられたことが何度かあると聞いた。エントマに至っては一度もお連れになられていないし、直接指令を出されたという話も聞いていない」
「ダガソレハ……ソウダ最後ノ部分ハ、エントマダケデナク、シズ・デルタト桜花領域守護者モ同様ナノデハナイカ?」
「シズ・デルタはナザリック全てのギミックと解除法を網羅している最高機密の塊だ。単独任務や連れ歩くなどという事はシャルティアの一件が無くともなさらないだろうし、末娘殿はあのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの守護及びナザリック全ての転移門を管理している、ナザリックから動かすことはできないだろう。そも、これ程の重要な任務を任されていること自体がアインズ様に信頼されているという証にほかならぬと思うがね」
「ヌウ……」
確かにデミウルゴスの話は筋が通っている。いや、そもそも自分が思いつくようなことをデミウルゴスが見逃すはずはないのだ。だがコキュートスは、何故か自分がデミウルゴスに反撃のをすべく糸口を探っていることを不思議と思わなかった。だが容赦なくデミウルゴスの話は続く。
「アインズ様の后候補から外れるとなれば、次に強者たる子をなせるとすれば我々守護者という事になる。マーレは幾ら何でも若すぎるとしても、君の相手のことはナザリックの未来のために早急に考えておくべきだろう」
「ソノ理屈デイケバ、デミウルゴス、オ主モ考エニ入レルベキデハナイカ?」
「いくら私でも自分のそういう事を客観的に考えるのは難しい、そうは思わないのかな?」
(ソノクライ、オ主ナラ容易ダロウ)
即座にそう言い返したかったが、自分にできないことをお前ならできる、と他者に面と向かって言うのは武人気質のコキュートスには些かためらわれた。その躊躇いを隙とみられたのかデミウルゴスが畳みかけてくる。
「考えても見給え、アインズ様の御子……不敬かもしれぬが仮に若様としよう」
「若様!」
「古来、主君の跡継ぎには御守役である家臣、君が爺と呼んでいるものだね、の他に」
「爺!」
自分の台詞を途中で切られたデミウルゴスが間を計り、続ける。
「幼き頃から共に育ち、主君を支える近習という家臣達がいたそうだ、コキュートス、考えてみたまえ、その光景を」
「オオオ……」
コキュートスの脳裏に鮮明な情景が次々と流れる。若様の誕生――自身の息子と共に若様を鍛える日々、仮の自身の息子の腕が6本ある事には気づいていないようだがーー成人した息子に主従としての心得を言い渡す自分――玉座に座る若様と、その横に立つ息子、それを感慨深く見る自身の姿――若様に跡目を譲った至高の御方と共に自分達の栄光の過去と、若様と息子の未来を語る自分――
「コキュートス、コキュートス、戻ってきてくれないか?」
「ハッ……スマナイ、最近休日ニモ瞑想ニ耽ル事ガ多クテナ、深度ガ深カッタヨウダ」
迷走の間違いではないかい?という言葉をデミウルゴスは吞みこみ、話を続ける。
「素晴らしい光景を見たようだね、ではどうかな?別にすぐの話ではないが前向きに考えることは出来そうかい?」
「……イヤ、ヤハリ無理ダナ」
デミウルゴスがその宝石の眼を意外そうに見開く。
「ワタシモ、確カニソノ光景ニハ心躍ッタ。ナザリックノ未来ヲ考エレバデミウルゴス、オ主ノ提案ヲ前向キニ考エルベキナノカモシレヌ。ダガ私ハ、ソウイウコトハ利益ノタメデハナク、モット感情ノ部分デ考エルベキナノデハナイカト思ウノダ。ソレニ」
「それに?」
「同ジ至高ノ御方々ニ創造サレタノダ、本来我々ハソノ意味デハ平等ノ筈。エントマニモ選ブ権利ガアル、違ウカ?」
デミウルゴスがじっとこちらを無言で見つめてくる。コキュートスは自身の言葉がナザリックの利益よりも、自身の感情を優先した発言であり、その理由づけに恐れ多くも至高の御方々を引き合いに出してしまったことはわかっていた。
このバーで話すことは基本的にはお互いの胸の内に留めるのが暗黙のルールではあるが、それは至高の御方々への不敬は当然含まれない。心中に冷や汗が流れるのを感じつつコキュートスもその視線を受け止める。2人の視線だけが交錯し、しばし時間が過ぎた。
「……いや、すまなかったな。私も早急に過ぎた、今の話は忘れてくれ給え」
「オ主ガ、ナザリックノ未来ヲ常ニ考エテイルノハ私モ理解シテイル、今ノハ私ニ非ガアル。コチラコソ、スマナカッタ」
その後は2人ともその話題には触れず、いつものように至高の御方々への尊敬と女性守護者への少々の愚痴で会合は終わった。バーにはデミウルゴス1人が残っている。これは珍しい事ではなく、階層が近いデミウルゴスはいつも会合が終わったあとも少しバーに残るのが習慣だったのだ。
「……と、いうことだがエントマ、君の選ぶ権利というのはどうなのかね?」
デミウルゴスは誰に聞かせるでもなく、そう呟くとバーから退出していった。