第541話 最後の晩餐
―――???
ケルヴィンが食堂の椅子に座ると、周りの風景と雰囲気が一瞬にして変貌した。ガヤガヤと喧騒に包まれる、どこか懐かしい空気のようにも感じられる。今日の漁は大成功だ、あのダンジョンで新たな道が発見されたらしい、喧嘩なら外でやりな! などと、聞こえてくる話し声はどれも取り留めもない内容ばかりだ。次いでカウンターらしきテーブルが目の前にあるのを見て、自分がカウンター席に座っているのだと認識。向かいには食堂の主らしき者の姿もあるのだが、不思議と顔はぼやけて視認できない。
「って、本当に食堂に転送する奴がいるかよ」
「いますよ、ここに」
呟くようなボヤキに、隣に座る人物が反応する。ケルヴィンの直ぐ隣のカウンターには、綺麗さっぱりに食べた後であろう空き皿が積み重なっており、それらは今現在においても更なる高さを構築しようとしていた。そんなタワーを建造する人物の横顔は、ケルヴィンにとってよく見慣れ、とても親しんだ者のものだ。正確には容姿自体はかなり幼く、髪色も全くの別物ではあるのだが、その食べっぷりは今も健在。メルフィーナの悪しき心の化身、クロメルがそこにはいた。
「ングング…… ゴクン。相変わらず良い腕ですね、店主。ご馳走様でした」
「………」
食事を終えたクロメルが礼を言っても、店主は何も言葉を返そうとしない。それどころか、周りの者達も何の興味も示さない。普通であればこれだけの皿を積まれれば、嫌でも注目は集まるものだというのに。まるでケルヴィンとクロメルだけが、元からこの世界に存在していないかのようだ。
「で、ここは何なんだよ。お前の記憶を基にして、どこかの場面を再現しているとか?」
「フフッ、流石はあなた様。何でもお見通しなのですね。これは私の思い出の再現…… 尤も、今のあなた様には覚えはない場所でしょうが。でも、よく分かりましたね? これが現実ではないという事が」
「子供なお前がこんな喰い散らかして、全然注目を浴びなきゃ誰でもそう予想するわ。メルフィーナの時も毎回思ってたが、その体のどこにこれだけの料理が入るんだよ……」
クロメルが積み上げた皿を今一度見て、ケルヴィンは深い溜息を漏らした。今のクロメルの姿は大変幼く、それこそ子供のシュトラと同じくらいと言っても差し支えないだろう。それでも、彼女が口にした料理の量はメルフィーナと並ぶほど。いつも以上にケルヴィンが呆れてしまうのも無理はない。
「
「そ、そうか……」
思っていた以上にまともな答えが返ってきてしまい、ケルヴィンは何とも言えない顔する。同時に、ケルヴィンは酷く迷っていた。したり顔なクロメルに対し、喩え2人分だったとしても、この量はねぇよとツッコむべきを。迷った挙句、生温かい目で見守る事にした。
「あの、何か失礼な事を考えてません? 何ですか、その視線?」
「前にも言った気がするが、きっと気のせいだ」
「そうですか? ええ、まあそうでしょうね。これから私達が迎えるは、長年待ち望んだ至福の時間。そんな今になって、おふざけが起こる筈もありませんから」
「その割に、呼び出した先は食堂なのな。正直、転送先がこれだったのは読んでなかったぞ」
「最初は荘厳な聖堂にお呼びして、オルガンでも弾きながらお出迎えしようとも思ったのですが、何か違うなと感じまして。恐らくあなた様ならば、その椅子を選ぶでしょうしね」
「自己分析がよくできてるじゃないか。確かにお前を思い浮かべたら、聖堂の椅子は絶対選ばない。前世の俺もそうするって、断言できる」
「やっぱり、失礼な事言ってますよね?」
歓談するケルヴィンとクロメルは、傍から見れば仲の良い男女にしか見えない。あくまでも幼い容姿を度外視しての話だが、やはりそれでも、2人はどこまでも恋仲だった。
「……もう、泣かなくても大丈夫なのか?」
「また揚げ足を取りますね。私の涙は以前お会いした際に枯渇しました。心配無用です! それよりも、あなた様も何か食べなくて良いのですか? これが最後の晩餐になるのですよ?」
「ならないさ。それに、エフィルの手料理で力は付けてきた」
エフィルの用意する食事は文字通り、様々な付与効果をもたらす。もちろん、この場合の意味をクロメルは理解しているが、少しだけ不機嫌そうだ。他の女の話をするな、とでも言いたげである。気を取り直して、クロメルが咳払いを1つ。
「あなた様はこの世界で沢山の方々と出会い、様々な影響を与えてきましたね。楽しんで頂けたようで幸いです」
「ああ、そうだな。転生させてくれた事に感謝してる」
「……あなた様は私の思惑以上に、この世界に影響をもたらしました。あなた様がいなければ今の仲間達はここに集う事はありませんでしたし、それ以前に幸せな人生を歩む事もなかったでしょう。刀哉ら今代の勇者達が正しく魔王討伐をしていれば、トライセンに向かう最中に黒霊騎士、ジェラールは討たれていました。エフィルは火竜王の呪いにより、最悪はろくでもない主に両腕を斬られていたかもしれません。セラだって身の安全は保障されていなかったでしょうし、リオンは転生の機会などなかった。クロトやアレックスなど、誰とも知らぬ冒険者に討伐されていたかも。三竜を生きたまま捕らえようとする者など、あなた様しかおりません。トライセンに対抗すべく迅速に連合軍が結成されなければ、シュトラは洗脳されたまま、悲惨な事の顛末を迎えるところでした。アンジェだってそう、前世の呪縛から囚われたまま、今のような明るさは取り戻せなかった」
「……ああ、そうかもな。けど、そんな未来は訪れなかった」
「これから訪れるのかもしれませんよ? 私との戦いであなた様が敗北すれば、私は神の座に就きます。そうなれば、次に行われるのは『世界転生』。新たな世界の創造です。そこに皆はいません。新たな世界、新たな冒険、新たな仲間――― そして、新たな人生が幕を開ける。その次も、来世も、永遠に、私の手の上で」
歓談は終わり。そう言いたいのかクロメルは席を立ち、ケルヴィンに背を向ける。彼女の背には黒き翼が顕現しつつある。
「何だ、クロメルは気が早いな。それもこれも、お楽しみが終わった後の事だろ? 勝手に俺の負けを確定させないでほしいもんだ」
「……本気で勝てるとでも? 前回、あれだけ力の差を見せつけたのに?」
「負けるのが分かって、ノコノコとやって来る俺だと思ってるのか? こんな盛大な大騒ぎを計画して、あれだけ俺の事を理解してる癖に?」
ケルヴィンの表情に、迷いや恐怖といったものは一切なかった。その瞳に宿るは、勝つのは自分であると本気で信じている強い意志。クロメルはそんなケルヴィンの顔を見て、ほんの少しだけ頬を緩ませる。
「さて、そろそろやりましょうか」
「ああ、やろう。だけどその前に、さ?」
「……? あ、フフッ。そうですね」
仕切り直し。そうだと言わんばかりに、ケルヴィンは食堂の入り口に向かい、クロメルは改めて店のカウンター席に座り直した。少し高めの椅子で床に届かぬ足を軽く揺らしながら、クロメルは誰かを待っているようである。
「よお、約束通り来たぞ。待ったか?」
「いいえ、私も今来たところです。待っても精々、3分ほどですよ」
そんな彼女に声を掛けるケルヴィン。クロメルは待ち人の来訪に喜び、ひょいっと椅子を飛び降りる。これは何の茶番なのか? 答えは単純、2人がただやりたいだけだ。深い意味はない。
「そっか、じゃあ―――」
「はい、思う存分―――」
周囲に映し出されていた食堂風景全てに亀裂が走り、偽りの夢世界が崩壊していく。欠片が剥がれ落ちた先にあったのは、いつぞやの巫女の神域だった。誰の邪魔も入らないこの領域にて、2人は色々な意味での満面の笑みを浮かべている。
「―――戦おうか!」
「―――戦いましょうか!」
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