『メシ通』が注目するオモロな食の同人誌と、その作者を紹介する「ニッポン偉ZINE伝」。
第3回に登場いただくのは、ハンバーグに特化した同人誌の作者で「ハンバーグ測量士」という異色の肩書きを持つ五島鉄平さん。
今回のZINE「おいしいハンバーグの写真集Vol.1」
発行人:五島鉄平(おこちゃまランチ所属、ハンバーグ測量士)
判型・価格:A5判、1,080円
発刊ペース:半年〜1年に約1回を予定。これまで第1号を発行
内容:都内の有名ハンバーグ店のハンバーグ写真を集めた、全28ページフルカラーの写真集
ハンバーグばかり食べるようになったのは測量の仕事のせい
五島さん、インタビュー場所に入ってくるなり、なにやら、いそいそと作業着に着替え始めた。
よく見ると、胸には思いっきり会社名の文字が。
── あれ? これってひょっとしてコスプレなんですか?
五島:違います、違います。いつも仕事で着ているユニフォームなんですよ。
これまで約1000軒のハンバーグを食べ尽くし、日本一ハンバーグに詳しいといっても過言じゃない「ハンバーグ測量士」五島さんは、ふだん測量会社で仕事をしている。マスコミにも本業を明かしており、取材や出演の際は、トレードマークでもある仕事のユニフォームを着ているんだそうだ。大変失礼いたしました。
五島:そもそもハンバーグを食べまくるようになったきっかけが測量の仕事なんですよ。
── ハンバーグと測量って、あんまり関係なさそうですけど。
五島:測量って毎日現場が変わるじゃないですか。だから、いろんな場所の飲食店のランチタイムを利用できるんです。あと、必ず二人一組で現場入りするんですけど、年がひとまわりくらい上の先輩と組んでいて、その先輩が「せっかく毎日食べ歩いてるんだからブログにして記録ぐらい残せよ」って言い出して。それで、ブログを始めたのが2006年くらいかな。
── 面白い先輩ですね。なんでハンバーグばかり食べるようになったんですか?
五島:無意識のうちにボクがハンバーグをよく注文してたらしいんですよね。先輩にお店に連れていかれて「このお店はナポリタンがうまいんだ」とか言われても、ガン無視してハンバーグを注文したり。で、先輩が「そんなにハンバーグが好きなら、ブログはハンバーグしばりな」とか言い出して、強制的にハンバーグばかり食べさせられるようになったんです。それが最初は苦痛で苦痛で。
── 確かに、いくらハンバーグが好きでも、くる日もくる日も強制されたら苦痛かもしれないですよね。
五島:とくに真夏の現場が最悪。だいたい気温36~37度とかで、ずっとアスファルトの上で仕事してるんで体感温度は軽く40度超えです。そんな灼熱(しゃくねつ)地獄の日のランチが、鉄板ジュージューいってるアツアツのハンバーグですよ。これ、結構キツくて。今だったらパワハラで訴えているかも。
── わははは。
五島:あと、当時の僕の1カ月の小遣いが2万5千円だったんですけど、ハンバーグってそれほど安くないでしょ? だいたい毎食1,000円くらいはかかる。毎月の出勤日がだいたい25日なので、小遣いが全部ハンバーグでとんじゃうんですよ。
── 都心のちょっといいお店だったら、ランチですら1,200円くらいはしますしね。
五島:そうなったらもう赤字です!
── 確かにそれは困る、と。
五島:はい。なので、先輩と協定を結んだんです。「ランチは毎回1,000円を超えてはならない」っていう協定なんですけど(笑)、先輩とは他にもいろんな協定を結んでますね。
なにやら「おもろい測量コンビ」という感じだが、そんな、どつきどつかれの日々から生み出されたハンバーグ食べ歩きブログが、マスコミの目にとまったのが2011年の11月。日本テレビ系『ヒルナンデス』にハンバーグブロガーとして出演し、華々しくマスメディアデビューを果たした。
同人デビュー作『ハンバーグを食べたいお店』
「ハンバーグ測量士」としての五島さんの地位を決定づけたのが、テレビ番組『マツコの知らない世界』への出演だった。
「確かにステーキじゃなくてハンバーグ顔よねー」などとマツコさんにイジり倒されながら、スーパーやコンビニで買える絶品ハンバーグ、ファミレスで楽しめるおいしいハンバーグ、そして洋食店で味わう本格ハンバーグなどを番組内で紹介し、熱をこめて解説した。
── テレビに出て変わったことはありましたか。
五島:お店の人と話ができるようになったのがデカかったですね。
── ええ? こんなにハンバーグ食べまくっているのに、それまでは話せてなかったんですか!
五島:話せてませんでしたね。先輩が食べた店舗の数にこだわるので、同じお店にはほとんど入らないんですよ。居酒屋さんとか喫茶店のランチでもいいから、とにかくハンバーグがメニューにあるお店を新規開拓するんです。だから、いつまで経っても常連になれないし、お店の人とも話したことなんてなかった。
── なるほど。
五島:テレビのスタッフさんに「好きなお店を教えてください」って言われて、そのお店で撮影があったときに初めてお店の人と仲良くなれて、それでできたのが同人デビュー作にあたる『ハンバーグを食べたいお店』(写真下)ですね。
▲五島さんのデビュー作品となった『ハンバーグを食べたいお店』(1,300円)
2016年の冬コミで初お目見えした五島さんの初同人誌『ハンバーグを食べたいお店』。誌面では、テレビの取材で接点を持つことができた「榎本ハンバーグ研究所」(西ヶ原)、「プティ・ヴェール」(錦糸町)、「キッチンハセガワ」(渋谷)、「ミセスバーグ」(掲載当時は錦糸町、現在は店名を変更しハンバーグWILL錦糸町店)、「山本のハンバーグ」(掲載当時は下北沢、現在は大岡山)、の5店を紹介した。
メニュー解説はもちろん、ソースの種類やパテの配合、厨房の裏事情から、看板娘紹介にいたるまで、大好きなハンバーグ店への愛を詰め込みまくった内容となっている。
▲マツコさんも絶賛、東京・渋谷の「キッチンハセガワ」。もともと行列のできる評判のお店だったが、テレビ出演時に紹介して以降さらに行列が長くなった
▲女性に評判の東京・錦糸町「ミセスバーグ」は、新宿御苑の名店「ハンバーグWILL」の姉妹店(現在はハンバーグWILL錦糸町店に店名を変更)
── ブログをやっているのに、さらに同人誌をはじめようと思ったきっかけは?
五島:そもそもブログを更新するのがめちゃくちゃ遅くて。先日更新した記事は1年前に行ったお店の話です。つまり、1年分ネタがストックされた状態になっちゃってて(笑)。そんな状態なんで、まさか同人誌なんてね、考えたこともなかったですよ。でも、テレビに出たことでSNSとかを通じで、まわりにハンバーグ好きの人たちが集まってきて、本として1冊にまとめてほしいっていう要望が出たので、じゃあということで作ってみたんです。
フリーペーパー『挽肉新聞』を発行
五島さんは集まってきたハンバーグ好きたちを組織して「ハンバーグの会」を結成。2017年の4月から8月にかけては、ハンバーグネタに特化したフリーペーパー『挽肉新聞』も毎月発行し、愛するハンバーグ店に置いてもらった。
▲フリーペーパー『挽肉新聞』 。パッと見、かなり業界新聞っぽい!
五島:この『挽肉新聞』がものすごいスピードではけたのが東京北区にあるお店「榎本ハンバーグ研究所」。つけ麺みたいにハンバーグを別椀のつけ汁につけながら食べる「汁バーグ」とか、かなり個性的なメニューがあるお店なんですけど、他のお店が10部なくなるタイミングなのに、「榎本ハンバーグ研究所」では80部なくなってる。「榎本」さんは、ハンバーグマニアのお客さんが多いので、『挽肉新聞』に興味を示す人も多かったんでしょうね。
『挽肉新聞』は5号でひとまず終了。ウェブ版に移行して、いまコンテンツを増やしている最中だという。
工場取材を試みた『滝沢ハム チルドハンバーグの世界』
さて、2017年夏コミに向けて制作された、五島さんによるハンバーグ同人誌の第2弾は、ハンバーグ店ではなくチルドハンバーグを販売する企業「滝沢ハム」のみにフォーカスした『滝沢ハム チルドハンバーグの世界』である。
本の中身は「滝沢ハム」のチルドハンバーグ工場訪問記、各種チルドハンバーグの試食、そしてチルドハンバーグを利用したアレンジレシピの紹介からなる3章立ての構成だ。
▲『滝沢ハム チルドハンバーグの世界』(756円)
── どうして「滝沢ハム」だけにしぼったんですか?
五島:一通りチルドハンバーグを食べ比べしてみて、一番好きだったのが「滝沢ハム」のハンバーグだったんですよ。この本ができたのも、「滝沢ハム」のハンバーグを『マツコの知らない世界』で紹介したのがきかっけですね。オンエアされたあと、やっぱり結構売り上げがあがったみたいなんです。「滝沢ハム」の人とも一回話がしてみたかったので、もうこのタイミングしかない! ということで、思い切って「遊びに行っていいですか?」って連絡してみました。
── まずは、取材とは言わずに。
五島:いや、まだこの段階では取材とか、撮影とか、本当にそんなつもりは全然なくて、営業の人と会社の近くの喫茶店で1時間くらいとか、軽い感じでハンバーグの話ができたらうれしいなーくらいに考えていたんです。
── 結局、遊びに行けたんですか?
五島:行けたんですけど、会社に着いたら、机がぶわーっと並んでるものすごく広い会議室に通されて仰天しました。向こうは社長、部長、課長、支店長、工場長までずら~っと並んでて、こっちとしては「ごめんなさい! そんなつもりじゃありませんでしたー!」って感じで、かなり緊張して。
── 会社らしいフォーマルな対応(笑)。むしろこれはもう取材させてもらうしかない、という。
五島:初回の会社訪問で地盤が固まったので、その後めでたく工場取材させてもらえました。撮影に関しては「ハンバーグ会」にカメラマンとかフードコーディネーターの人がいたので任せましたね。自分的には通算2冊目ですけど、まだまだ編集なんてどうやっていいのかわからない手探り状態で。取材用のICレコーダーなんて、先々週はじめて買ったんですよ(笑)。
▲瀧澤社長はじめスタッフの方たちに迎えらたれ工場見学リポートも掲載
▲滝沢ハムの「黒と黒のハンバーグ ホワイトマスタードソース」は番組内でマツコさんも絶賛
『ハンバーグ写真集 Vol.1』で、すっかり“ハンバーグ写真家”に
そして、2017年の冬コミに合わせて作ったのが、『ハンバーグの写真集 Vol.1』。
五島さんのハンバーグへのこだわりと美意識を反映しためちゃくちゃウマそうなハンバーグ・フォトが、洋食店からファミレスチェーンまで12店舗ぶん掲載されている。
まさに「ハンバーグ写真集」と言うしかない内容だ。
▲なにはなくとも、表紙の少年のワンパクフェイスに目が釘付けになる
── まず表紙の男の子が、いかにも「ハンバーグ大好き!」って感じで、最高ですね。
五島:この子は、うちの息子が入っているソフトテニスのチームメイトです。もう絶対に絵になると確信していたので表紙モデルをお願いしたんです。テニスチームのバーベキューとかやると、本人のお母さんが炊飯ジャーを持ってくるんですよ(笑)。「とにかく、この子はねえ、米がないとダメなんです」とか言って。もちろん、食べっぷりも最高です。
── 中身の写真も、たとえば「山本のハンバーグ」のエビフライトッピングとか(写真下)、特別バージョンのメニューが見られるのがハンバーグ好きにはたまらないですね。
五島:そこは狙いですね。「山本のハンバーグ」もかなり世間的に認知されてきているので、やっぱり皆が見たことないやつを載せようと。「榎本ハンバーグ研究所」も、事前予約が必要な3段重ねチーズハンバーグ(写真下)を作ってもらいました。
── 制作にあたって、苦労したこととかあります?
五島:この本に関しては、すべて自分で写真撮影したんですけど、とにかく撮影というものに慣れていないので、どうしてもうまく撮れない。結局、各店2、3回は撮り直しに行ってます。その都度、ちゃんと自腹で食べてるんで、それが大変でしたね。お店の営業のジャマになっちゃマズいので、昼過ぎの時間とか、閉店前とか、微妙な時間帯を狙って行くんですよ、デジタル一眼レフ抱えて。そもそもデジカメは、子どもの運動会用だったんです。普段はスマホでしか撮りませんから。でも、この本を見てお店に行ってみたとか、おいしかったという人から反響をもらえるとうれしいですね。中には掲載店のすべてに訪問したという読者もいて、それはめちゃくちゃうれしかったです。
「撮影が苦手」としきりに謙遜する五島さんだが、最近では「キッチンハセガワ」のメニュー撮影とデザイン、そして「ミセスバーグ」のメニュー撮影を、お店から依頼されて担当していたりするからスゴイ。お店からの信頼も厚いんだろうなあ。
五島:メニューって、専門の業者に頼むとけっこうとられるみたいなんですよね。「キッチンハセガワ」は外国人のお客さんも多いので、英語版のメニューも作ることになって。ボク、翻訳なんて全然できないんで困ったんですが、自分の「ハンバーグ会」に翻訳できる人がいたので、そこは丸投げしてなんとか完成させました。
── ハンバーグ写真を撮るコツってありますか?
五島:うーん、コツはわかりませんけど、ボクが嫌いなのはインスタとかにありがちな、真上からの俯瞰(ふかん)写真。やっぱりハンバーグは高さを出したいんで。あとはもう、自分がうまそうだと思える角度から撮っているだけですね。余談ですけど、「中央線ハンバーグ」って呼んでいる、平べったくて、上から見た表面積は大きいんだけど、体積はそれほどでもないハンバーグもあるんですけどね。高円寺の某店とか。あれはあれでまだ違う撮影テクが必要です(笑)。
── 最後に、人生最高のハンバーグを教えてください。
五島:笹塚にあった「レストランASA」っていう洋食店のハンバーグが最高でしたね。ボク、デミグラスソースが大好きなんですけど、ASAのソースが一番でした。もちろんパテもおいしかった。でも、今年2018年の2月に閉店してしまって。2年くらい休んで再開するって、約束はしてくれたんですけど、あそこの味はやっぱり恋しくなりますね。
気になる五島さんの次なる同人誌は、「爆弾ハンバーグ」で知られるハンバーグチェーン「フライングガーデン」の紹介にしぼりつつ、編集の手法的にはこれまでの3冊をミックスした意欲作になるとのこと。楽しみだ。
しかし、いつものことながら、その道の専門家から食べ物のウンチクを聞いていると、なぜか、めちゃくちゃ食べたくなってくるのである。ハンバーグ欲がムラムラわいてきた筆者の脳内は今、個人的お気に入りハンバーグである「ハンバーグWILL」(『ハンバーグの写真集』にも登場)の岩中豚フォアグラ入りハンバーグ温泉卵添えで占領されている。
このムラムラを解消するには、もう、これを食べに行くしかない!
同人誌販売情報
『ハンバーグを食べたいお店』『滝沢ハム チルドハンバーグの世界』『ハンバーグ写真集 Vol.1』の3冊はコミケなどの即売会ほか、同人誌専門店「COMIC ZIN」の店頭もしくは通信販売で入手可能です(品切れの場合もあるのでご了承ください)。
COMIC ZIN 通信販売/商品詳細 おいしいハンバーグの写真集Vol.1