NPOが適切な「情報発信」をするために考えるべき3つのこと
- モリジュンヤ
- 2018年7月12日
- ニュース
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inquire Inc. CEO。『greenz.jp』編集部にて編集、執筆を担当し、副編集長を経て独立。フリーの編集者・ライターとして『THE BRIDGE』『マチノコト』『soar』等のメディアブランドの立ち上げに携わる。2015年にinquire Incを創業。NPO法人soar副代表、IDENTITY Inc. 共同代表。
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多くのNPOにとって情報発信は常に大きな悩みのタネではないでしょうか? 重要なテーマであることはわかっていても、日々の業務の中での向き合い方や具体的な方法論で行き詰まっている団体も多いのではないかと思います。
特に、わかりやすく「資金調達」に直結する施策“以外”の情報発信との向き合い方については、頭を悩ませているNPOの代表や広報担当者の方は多いはずです。
「情報発信」「広報」「 ブランディング 」と様々な言葉で呼ばれる領域ですが、正解がない世界だからこそ、団体間で大きく差がつく領域だと言えるかもしれません。
そこで今回は「NPOが適切な情報発信をするために考えるべきこと」について、数々のNPOの情報発信を支援している望月優大 氏に話を聞きました。
望月優大 氏プロフィール
ライター・編集者。日本の移民文化・移民事情を伝えるWebマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。経済産業省や Google 、SmartNews等を経て独立。株式会社コモンセンス代表取締役。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。1985年生まれ。 Twitter @hirokim21
望月 氏は、これまでのキャリアにおいて Google やSmartNewsなどで マーケティング の業務などに携わる傍ら「 Google for Nonprofits」や「SmartNews ATLAS Program」といったNPO支援 プログラム も運営してきました。
また、昨年はコレクティブインパクトの取り組みである「スタディクーポン・イニシアティブ」(以下、スタディクーポン)の立ち上げにも情報発信面を中心に関わり、クラウドファンディングで1400万円を超える寄付金調達に貢献しています。
望月 氏はその後、コモンセンスを創業して独立。ライター・編集者として活動しながら、難民支援協会が運営するWebマガジン「ニッポン複雑紀行」の編集長を務めるなど、現在も複数のNPOの情報発信支援に携わっています。
今回は、NPO情報発信を支援してきた望月氏に、NPOは「情報発信」にどう向き合うべきか?を伺いました。 望月 氏が語ったのは、以下3つのポイントです。
- 情報発信の前に事業自体の価値を振り返る
- 情報発信の目的を決めて打ち手を最適化する
- 情報発信そのものポテンシャルに着目する
それぞれ、どういう背景から生まれたのか見ていきましょう。
1. 情報発信の前に事業自体の価値を振り返る
望月 氏が1つ目に挙げたのは「情報発信の前に事業自体の価値を振り返る」というものです。
「事業自体に価値がないのに情報発信だけではどうにもならないし、どうにかすべきでもありません。見据える社会課題と、提案する解決策のどこに『価値』があるのかに向き合ったうえで、その価値をストレートに発信することが重要です。情報発信は飾りではありません。」(望月 氏)
情報発信をそれ単体で考えてしまい、情報発信の土台となる事業の価値の把握を疎かにしてしまう状態について、望月 氏は警鐘を鳴らしています。逆に、その事業に確かな価値があり、その価値がしっかりと伝わる言葉に翻訳できてさえいれば、その価値や言葉をストレートに発信することこそが最も強力な情報発信になると言います。
「情報発信や広報を『テクニックでどうにかする魔法のようなもの』と捉えている人が多いと思います。しかし、事業に価値がないのに情報発信のテクニックで価値がありそうに見せようとするのは、情報の受け手をだましているのと一緒ですよね。質の良い情報発信をするうえで、質の良い事業があることは大前提です。私がNPOによる情報発信の支援に入るときも、まず『この事業の価値は何か?』を自分自身が理解するところから始めます。」(望月 氏)
スタディクーポンの立ち上げを支援する際も、情報発信の具体的な設計に入る前に事業自体の本質的な価値や形を明確にすることに時間をかけたそうです。
特に、このプロジェクトは異業種の複数団体が関わる「コレクティブ・インパクト」の取り組みでもありました。そのため、プロジェクトの細部はもちろんのこと、本質的な点も含めて最初はかなり曖昧な部分もあったそうです。そうした曖昧性をなくすためにチーム内でじっくり議論するところがスタートポイントになりました。
「みんなの力で教育格差をなくそう」「お金が理由で塾に通えない高校受験性にスタディクーポンを届けたい」といった言葉を作る中で、事業の価値を明確化していったといいます。
「『何のためにやるか』『プロジェクトの最終的なゴールは何か』といった点についてしっかりと整理をし、その価値を簡潔に伝えるメッセージを練り上げるところから始めました。チームの内部でも共有可能な言葉に落とし込んだことで、外部にもしっかり伝わるブレない価値を定めていったんです。」(望月 氏)
望月 氏は「3つのポイントの中でも、この部分が最も重要」と何度も強調しています。情報発信について考えるときは、事業自体の価値を改めて考える機会とするとよいと言えるでしょう。
2. 情報発信の目的を決めて打ち手を最適化する
望月 氏が、2つ目に挙げたのは「情報発信の目的を決めて打ち手を最適化する」です。
大前提として、多くのNPOはリソースが限られている中で、情報発信や広報といった業務は、メインの事業に関する業務やその他のバックオフィス系の業務(人事・経理など)に比べて後回しになってしまいがちです。そして、それは仕方のないことだと望月 氏は話します。
「しかし問題なのは、情報発信にかけられるリソースが相対的に限られているにも関わらず、無駄に使い潰してしまっているケースがあまりにも多いことです。新しく登場した ツール や他の団体がやっている取り組みに惑わされて何となく後追いで始めたり、あるいは過去に何となく始めた施策を継続してしまったりということが頻繁に起きています。」(望月 氏)
リソースが限られているからこそ、「何のために情報発信をするのか」という目的の設定、そして「その目的に対して最適な打ち手は何か」を考え続けることが大事だと望月 氏は言います。逆に言えば、その目的に照らして意味のない施策は潔くやめることも大事だということです。
「私が情報発信の支援に入るときは、トレーニングジムの利用者とトレーナーのような関係性になると思っています。もし利用者がトレーナーに対して『筋肉をつけたい』とだけ言ったら、それは見た目にもムキムキになるようにしたいのか、それとも夏までに足が細くなるように見せたいという意味なのか、その目的を明確化するための質問をすると思います。そこを明確化せずに、例えばやみくもに腕立て伏せをするという打ち手を選んでしまっていては、なかなか思い通りの効果は出ません。NPOの情報発信についても同じです。ただでさえ忙しいNPOは、情報発信の目的を掘り下げ、打ち手の優先順位を明確化する作業が何より重要です。」(望月 氏)
さらに、目的が定まらないまま情報発信をしてしまうことの副作用は、結局「成果」が出ないことで、現場も経営者もモチベーションが下がってしまうことだと望月 氏は言います。
「最悪なケースは間違った情報発信の結果、『自分たちの思いを分かってくれない社会が悪い』と、社会に責任を転嫁して失望してしまうことです。そうなってしまったが最後、どこにも辿り着けなくなってしまいます。」(望月 氏)
3. 情報発信そのもののポテンシャルに注目する
望月氏が3つ目のポイントに挙げたのは、「情報発信そのもののポテンシャルに注目する」です。これまでの2つとは、少し違った視点からのポイントです。
望月 氏が編集長として関わる、日本の移民文化・移民事情を伝えるWebマガジン「ニッポン複雑紀行」では、情報発信自体を「事業」として捉えているそうです。
「ニッポン複雑紀行を一緒に作っている難民支援協会では、『難民を受け入れられる社会を作る』というミッションを達成するために新しい形の情報発信が必要だということ自体が団体の中で意思統一されていました。NPOの場合、対人支援をメイン事業としているところも多いと思いますが、そのメイン事業をレバレッジするためだけに情報発信をするのではなく、人々の物の見方や文化を変えるための情報発信それ自体を並行して重要な事業と捉えるという新しい選択肢も出てきていると思います。」(望月 氏)
望月氏と難民支援協会の間でニッポン複雑紀行で発信した記事について振り返るときは、単に PV などの把握しやすい数値を見るだけでなく、記事の方向性が正しかったか、SNSなどでどんな反応があったかなどを総合的に話し合っているそうです。
管理しやすい数値目標を設定して内部の一担当者や外部のパートナーに丸投げするのではなく、何のために事業として継続的な情報発信をするのかという根本に立ち返りながら、日々改善をしていく。あくまで数値にこだわりつつ、同時にその情報発信によって社会にどんな影響があったかは数値以外のところにも現れる、そのことを知っておかなければならないと望月 氏は指摘します。
「ひとつの社会問題に対してずっと現場の近くで見続けているのはNPOぐらいしかありません。しかし、その優位性にNPOが気付けていないことも多い。NPOが適切な情報発信をすることで、世の中を一歩ずつ変えていく前提となる情報の広がりを起こせる可能性があります。新聞や雑誌といったメディアに頼るだけでなく、NPO自身が情報発信の力を身につけることで、社会の地殻変動を引き起こすポテンシャルも十分にあると感じています。」(望月 氏)
まとめ:3つのポイントを意識して情報発信をする
今回は、NPOが情報発信を行うときに気を付けるべき3つのポイントについて、望月氏に紹介してもらいました。
- 情報発信の前に事業自体の価値を振り返る
- 情報発信の目的を決めて打ち手を最適化する
- 情報発信そのものポテンシャルに着目する
いずれも、「どんな情報発信をするのか」といったミクロな話ではなく、「事業の見つめ直し」「目的の設定」「ポテンシャルへの注目」など、マクロな話でした。
情報発信に注力していきたいと考えるNPOや、情報発信がなんとなくになってしまっているNPOは、日々の情報発信の活動を振り返ってみてはいかがでしょうか。
(執筆協力:庄司智昭)