166話 帝都でのクーデター
ユウキの指示を受け、カガリは即座に動いた。
その日の内に、ユウキ直下の精鋭が300名近く、帝都の豪邸に集合する。
自由組合の総帥時代に集めた財はかなりのものであり、ダムラダを経由して帝都に豪邸を用意しておく事など造作も無かったのだ。
今回召集した者達は、ユウキに絶対的な忠誠を誓う者達。
不安定な子供ならば失敗する事が多いのだが、大人を召喚した場合には本人には気付かれぬように"支配の呪印"を刻み込んでいた。
ユニークスキル『召喚者』による召喚に応じた者は、本人の意思に関係なく、ユウキへ忠誠を誓う事になっていたのである。
もっとも、これはユウキだけが行っている事ではなく、この世界の召喚儀式にはすべからく組み込まれた呪法であった。
余談だが、悪魔召喚を行う者がたまに出るのは、この忠誠を強制する呪いを過信するからなのだ。
人間や自我の希薄な天使や精霊ならばいざ知らず、精神生命体の中でも自我を持ちやすい悪魔は、呪法への
そうした事実があるのだが、傲慢な者は自分の力を過信し過ぎて、禁断の召喚術に手を出すのである。
今回のクーデターは以前より準備はしてあったようで、呼ばれた者達は薄々状況に気付いていた。
大半が召喚された"異世界人"であるか、軍部で実力を有する者達なのだ。
自身の能力を頼りに軍部で頭角を現している者達。
皇帝への忠誠など最初から存在せず、自分達がこの国に革命を齎すのだと興奮する者もいた。
他にも強さを求めて交配実験を繰り返えされた異種族との混血の者達や、ユウキが買い集めた奴隷戦士等も混じっている。
帝国では強さが全てであり、奴隷であったとしても
ダムラダが集めた魔物の奴隷達も中に混じっている。
西側では決して有り得ぬ事だが、帝国では価値観が異なる。
だからこそ、ユウキの命令で見所のある戦闘系の魔物等は帝国に連れてこられていたのだった。
内訳としては、"異世界人"が30名、魔人が50名、混血戦士が100名、奴隷戦士が100名。
混成軍団の中でも実力の高い者達である。
異世界人や魔人は将校クラスに就いている。実質、ここに集った者が、混成軍団の司令部と言っても過言では無いのだ。
大きな吹き抜けのフロアにある階段を上り、二階にある会議用に造られた大部屋に移る。
全員が椅子に座った時点で、ユウキとカガリ、そしてダムラダが部屋に入って来た。
「やあ、みんな。
今日は皆で、皇帝を殺そうと思う。
敵は、近衛が100名だ。
こいつ等は軍団内での序列強奪戦で戦った事のある者も居るだろうけど、結構強い。
だけど、こっちには10万の軍勢があるし、問題ないと思う。
今連絡を受けたけど、混成軍団は問題なく、帝都郊外に集合を終了したようだよ。
四方の門を抑えて、逃亡阻止の結界を張る。
それが完了したら、帝都に火を放ち、皇帝を炙り出すんだ。
簡単だろ?
今日は近衛相手に、能力の制限なく本気であたっていいよ。
相手は
だから、手加減せずに殺しちゃっていい。
何か質問はあるかい?」
ユウキが気軽に、挨拶のついでのように皇帝弑逆を口にした。
集った者達は目の色を変える。
予想は現実になり、ついに行動に移す事になるという興奮に包まれて。
時は来たのだ。
帝都近郊には、
数日かけて不自然にならぬ程度に、巡回に送り出していたのだ。
つい先ほど、準備完了との"念話"がユウキに届いていた。
順調であると言える。
作戦ではこのままこの邸宅に潜み、四方の門を破り雪崩れ込む混成軍団の動向を見守る。
帝都の戦力は皇帝近衛騎士が100名に、衛兵が2,000名。
そして、軍部の警察組織から20,000名程であろうか?
だが、軍と警察では武力に違いが有りすぎる。大人と子供程にも戦力が違う為、足止めにしかならないだろう。
問題となるのは、事実上、皇帝近衛騎士と衛兵2,000名のみなのだ。
混成軍団に対抗し、近衛騎士の動きにのみ注目する。そして、少数で動く者に狙いを定め、各個撃破していくのだ。
言うなれば、混成軍団そのものは囮として暴れて貰う予定なのである。
ユウキに脅威となる皇帝近衛騎士、上手くいけば、
皇帝への忠誠心を、自分へと向けさせるだけで良いのだから。
その為にも、餌に食いつかせて誘き出す必要があるのだ。
集った者達はユウキが見込んだ者達だが、実力的には
だが、数名で少数を抑え込み、その隙にユウキが動けば、弄せず手駒を増やす事も可能。
そうすれば、その内に数の上でも逆転可能となる。
ここまで計画が進んだ以上、王手である。
何処からも援軍は来ないし、焦らずとも勝利は間近に迫っていた。
「ふむ、クーデター、ですか。
それは失敗すると思いますよ?」
ユウキに冷水を浴びせるように、ダムラダが突然否定の言葉を発した。
常にユウキの手足となり、自由組合の設立から"
冷静な判断力があり、金の匂いに敏感な男である。
物事の成否に関しては並々ならぬ嗅覚を持っており、決して無視出来る発言では無い。
「どういう意味だい、ダムラダ?」
「言葉通りですね。たった今、ミランダが始末されたようです」
そう言いつつ、首に下げたネックレスを取り出す。
三つ首の竜が象られた飾りがぶら下っていたが、竜の首の一つが壊れていた。
「この飾りが壊れたという事は、ミランダは殺されたという事。
つまり、作戦は全て、皇帝陛下に筒抜けであったという事です。
失敗するのが明らかな以上、この計画に付き合うのは自殺行為ですよ」
淡々と陳べるダムラダ。
それはいつもと変わらぬ口調ではあったが、決定的に何か違うとユウキに感じさせた。
ダムラダの言葉は、集った者の不安を煽る事になった。
自信と興奮により輝いていた顔つきが、不安そうな表情へと変化している。
ユウキはそれを不満そうに眺め、
「じゃあ、向こうが準備を整える前に、強襲すればいいだけだろ?」
吐き捨てるように言う。
たった今ばれたと言うなら、今動けば此方が有利。
順番が異なるが、先に皇帝を始末するのも良いだろう。
何なら自分が動いても良いのだ。
そんなユウキの考えを否定するかのように、
「手遅れでしょう。ユウキ様は、情報局を甘くみておられます。
貴方は常に詰めが甘い。
これは、子供の遊びでは無いのですよ」
そう、冷めた目でユウキを見つめながら、ダムラダは答えた。
「貴様、ユウキ様に対し無礼であろうが!」
カガリが激昂し、ダムラダの首元を片手で掴み上げる。
しかし、その手首をそっと握り返し、力の流れを操作して逆にカガリの手首を固めるダムラダ。
力が一点に収束し、カガリの手首の骨はアッサリと砕けた。
「グッ!」
呻き、手首を摩りつつ、ダムラダから距離を取るカガリ。
その様子を見て、目を細めるユウキ。
ダムラダは確かに武術の達人であり、戦闘力は高い。
だが、カガリは元魔王であり、普通の人間に相手出来るような貧弱な存在では無いのだ。
ユウキの見立てでは、ダムラダがカガリに勝つ事は有り得ないのである。
「ダムラダ、裏切るつもりかい?」
静かに問うユウキ。
返答次第では、今此処で、ダムラダを殺す必要がある。
「裏切る? 不思議な事を言われますな。
私は常に協力して参りましたし、ある程度忠誠も誓ってまいりました。
ただし、それは恒久的なものでは無かった。
ただそれだけの事でしょう?
"金の切れ目が縁の切れ目"、そういう諺もあります。
私にとって、皇帝陛下の役に立つ間は、貴方に仕えていただけの事ですよ」
ダムラダの冷たい声が響く。
部屋の中の空気は一変しており、声を上げる者は居ない。
金に汚く、軍に所属するユウキの仲間達には下に見られていたダムラダ。
だが、そのダムラダの鮮やかな技により、強者であるカガリが手痛い目に遭っているのだ。
評価を変えざるを得ない出来事である。
「そうか……
君は最初から、僕を利用するつもりで接触して来たのか……」
「左様ですな。そういうのは得意なものでして」
ダムラダの言葉に全てを理解するユウキ。
自由組合の設立に協力したのも、"
全ては帝国の思惑通りだったのだ、と。
"
それはつまり、西側諸国においての諜報部隊。
裏の情報を集め、有能な者と無能な者を選別する。
取引相手に貴族が多かったのは、弱みを握る目的があったからなのだ。
帝国が西側諸国制覇に乗り出した時、そうした裏の情報は力になる。調略だけで国を落とす事も可能な程に。
そうした目的に沿って動くダムラダの目に止まったのが、ユウキだったのだ。
ダムラダ自身が表に出れば目立ち過ぎるから。
目立つ神輿として白羽の矢が立った、それだけの話。
つまりは、利用しているつもりで逆に利用されていたという事である。
ユウキの心に、仄暗い怒りの炎が灯った。
その炎の名は、屈辱である。
「君は、皇帝の犬だった訳だ。
見事に騙されたよ。
でも、たった一人で暴露するなんて、些か早計じゃないのかい?」
「その通りだぞ、ダムラダ。貴様は殺す! 今、ここでだ!!」
ユウキの言葉に、カガリも同意した。
そして、怒りのままにダムラダに襲い掛かるカガリ。
元魔王の本領発揮と言うが如く、その動きは早く人の反応速度の上を行く。ダムラダに反応出来るハズはない、そのハズだったのだ。
「遅い」
カガリの鋭い魔爪が伸びた左右同時の両手攻撃を難なく捌き、自然な動作でカガリの懐に潜り込むダムラダ。
自分がカガリの右手を破壊したというのに、一切の油断をする事なく対処してのけている。
魔物にとって、骨折程度は一瞬で治る。
そういう認識でいなければ、この世界では生き残れないのだ。
カガリの懐に潜り込んだダムラダは、両手の平をそっとカガリの胸の中央部に添える。
「螺旋浸透破!!」
練りこんだ勁を、両腕を通して相手に叩き込む。
浸透した勁の爆発力により、相手の体内から破壊する奥義の一つ。
ダムラダの全身は薄く発光し、練り上げた闘気の力強さを表していた。
「グフッ!」
吐血し、蹲るカガリ。
立ち上がろうにも、両足に力が入らない。
"漂う精神"であった魔王カザリームではあったが、精神体では力が出せない。精神生命体で無い以上、それは不可能だったのだ。
だからこそ、肉体に依存してしまう。
故に、取り付いたエルフの血を引く女性の身体を魔人の肉体へと変じさせ、強力無比に鍛え上げていた。
それなのに、ダムラダの一撃で動けなくなってしまったのだ。
「ば、馬鹿な! 貴様、たかが人間の分際で!!」
口から溢れる血を吐き捨て、カガリは叫んだ。
魔王たる自分が、人間如きに遅れを取るなど、あってはならないのだ。
そう考えて、カガリはダムラダを睨み付ける。
「ふう、貴女も反省しませんね。そんな考えだから、魔王レオンに敗北するのです。
それに……
高々覚醒もしていない魔王如きが、この私に勝てる道理も無いでしょうに。
まだ、ハクロウという老人の方が手強いですね。
あの老人には本気で相手して差し上げたかったが、悪い事をしました。
それに比べて貴女など……本気を出す価値もない。
確かに魔人は強力無比ですが、人間だって馬鹿にしたものではない。
能力に頼るだけの愚か者も居るようですが、鍛えればどこまでも強くなれます。
私のように、ね」
そう言って、後も見ずに後方へ旋回脚を放った。
首の骨を折られて命を刈り取られる"異世界人"。
余りにもあっけなく殺しているが、それはユウキも認めた強者の一人。
無音移動と存在隠蔽に優れ、暗殺任務に適したユニークスキル『殺人者』を持っていた。
殺す事に特化した、対人なら無敵に近い強さを持っていたのだ。
殺しが好き過ぎる精神異常者であったが、ユウキの能力にて正常な精神に戻し、手駒としていたのだが……ダムラダの前にアッサリと葬られたのだった。
「この様に、能力に頼るだけでは肝心な時に弱い。
もっと肉体を鍛えておかないと、君達は役立たずですよ」
指導教官にすら嘲りを受けた事の無い者達が、まるで弱者に教えるような言い草をされて、怒らぬ訳が無かった。
全員が気色ばみ、ダムラダへ向けて殺意を放つ。
ダムラダは、自分が裏切った相手がどのような末路を辿ろうと、何ら良心の呵責を感じる事はない。
例えそれが、崇拝するように仕えていた
彼の本来の主の命令を受けたならば、肉親であっても粛清の対象になるのだ。
子供っぽさが抜けない幼稚な思考も見受けられたが、冷徹な面もある。
実に計算高く、ダムラダを飽きさせない。
目の前に蹲る
だからこそ!
皇帝近衛 No.02 である自分の手で、始末せねばならない。
それこそが、ダムラダがユウキに向ける、最後の忠誠心であったのだ。